第6話 新たな航路
[お知らせ]
艦橋AIの名称を「ノア」から「エル」へ変更しました。作品内での設定や役割を考慮し、より適した名称であると判断したためです。
なお、物語の内容や展開に変更はありません。これまで通りお楽しみいただければ幸いです。
(2026年7月18日)
アリス航空長は、いつも通り定刻に目を覚ました。短い時間の間で身支度を整え、すぐに航空隊の夜間報告に目を通す。未知の宙域でも警戒を怠らずに動けているようだ。士官学校を主席で卒業して以来、着実に成果を積み上げてこの航空長まで上り詰めた。だからこそ、昨日の未知の生命体との遭遇という不確定要素に対しても、最善な選択を下す必要があった。
今日は私がレオニス司令官を起こす当番です。昨夜のじゃんけんで最後まで残り、エレオノーラ陸戦長との一騎打ちで見事に勝ちました。エレオノーラは悔しがる表情を見せませんでしたが、内心ではきっと違うでしょう。悔しい時ほど黙るのは、士官学校の頃から変わらない癖ですね。
そんなことを考えているうちに、司令官私室の前まで来ていた。
ドアを三回軽くノックした。
返事はない。
数秒待ってみるが、部屋の中から反応はなかった。
「……珍しいですね、まだお休みでしょうか。」
このままなら、私一人で会議室へ向かうことになりそうです。他の方まで寝坊していなければよいのですが。
アリス航空長は司令官私室を後にした。
その頃、レオニスは艦橋に向かっていた。
目覚めると定番の知らない天井だったし、やはり夢ではないか。私室にずっといても不安だからひとまずいつもの艦橋に来たが……知ってるメンバーが誰一人も来ていないではないか。
分厚い扉が左右に開くと、夜勤明けの当直士官たちが残っていた。
士官たちはレオニスの姿に気付くと、一斉に敬礼した。
誰もが驚いたような表情を浮かべている。
まず来るところは、ここではないらしいが……。まあ、ここで待っておくか。
「おはようございます、司令官。」
エルが静かに姿を現した。
「本日の幕僚会議は0800より会議室で予定されています。」
「航空長アリスが司令官私室へお迎えに向かっています。」
「そうか、では……」
ふいに、エルの目が緑色に変化した。
「緊急通信。救難信号を受信。」
「発信源まで11.92光年。」
「救難信号は連邦標準通信規格と一致します。」
連邦の救難信号……?
どこかで聞いたことのある数字だ。
11.92……。
「1192……いい国作ろう鎌倉幕府。」
「判定不明。」
あぶないあぶない、思わず口に出してしまった。軽く咳払いをし、何事もなかったかのように表情を引き締める。
「いや、こちらの話だ。気にするな。」
「……予定通り会議室に向かう。」
数分後、旗艦の会議室。
レオニスは遅れているにも関わらず、落ち着いた足取りで入室した。
「私室にお迎えに上がりましたが、ご不在で……すでに艦橋へ向かわれていたのですね。」
「少し気になることがあってな。」
その時、エルが静かに現れた。
「救難信号の解析結果を表示します。」
エルの報告と共に、中央のホログラムテーブルの上に立体マップが浮かび上がる。青白い光が、発信源の座標を示していた。
「発信源は11.92光年先。暗号化パターンは本艦と同じガイラディア連邦の標準通信規格と一致。」
「通信距離が遠く、信号の減衰が著しいため、現時点では艦種および個別識別IDは特定できません。」
オットー艦長が眉をひそめた。
「11.92光年だと……?」
「そんな距離まで連邦の艦がいるとは思えん。」
「誤認の可能性はありませんか?」
情報が整理されていない中、アリス航空長は確認を求めた。
「誤認の可能性は0.05%、解析結果に変更はありません。」
静かに聞いていた参謀長ユリアンが発言する。
「このまま手掛かりを得られず漂流を続ければ、いずれ補給の限界を迎えます。」
「食料、水、資材、酸素には当面の余裕があります。しかし、それらはすべて有限です。」「現時点で唯一判明している情報源は、この救難信号のみです。」
「調査へ向かうことを進言します。」
不思議なことに皆の視線がレオニスに向かう。
0.05%って、ソシャゲガチャの排出率と変わらないじゃないか、ふつうに出るぞ。でも行くしかなさそうだな……
「……時間はこちらの味方ではないな。」
「では、発信源へ向かおう。」
彼の長い沈黙の末に下された決断に、会議室の空気が一気に引き締まった。誰一人として異を唱える者はいなかった。
「目標座標へ向けてワープ航路を算出中。」
「所要時間、約18時間。」
「ワープドライブ起動まで10分。」
アリスがすぐさま命令する。
「司令官、ご命令に従い、展開中の偵察機を帰還させます。」
「ワープ開始までに全機を収容します。」
「以上で会議を終了します。では、各自持ち場へ。」
参謀長ユリアンが締めくくり、真っ先に会議室を後にした。皆がせわしく動き始め、レオニスは艦橋へ向かった。
とりあえず艦橋に移動するか。この世界に来て、初のワープか。救難信号の発信源が惑星なのか、漂流艦なのかも分からないな。あるいは、何者かに拿捕されている可能性もあるか……。それでも、立ち止まっていては何も変わらない。
そんなことを考えているうちに艦橋へ着いた。
いつものように警備兵二名が待機している。レオニスの姿を認めると、一人が認証端末を操作し、分厚い隔壁が低い駆動音とともに左右へ開いた。
前回とは違う。艦橋は緊張した空気に包まれていた。交信が飛び交い、士官たちは慌ただしく持ち場を動き回っている。当然、ワープの準備はすでに始まっていた。
レオニスは艦橋後方で、静かに準備の進行を見守った。
数分後、各部署から最終報告が相次いだ。
その時、エルが静かに姿を現した。
「ワープ準備が完了しました。」
「ワープを起動せよ。」
オットー艦長が遥か遠くを見据えながら言った。
「ワープ開始まで残り10秒。」
「ワープ開始まで 3、2、1。」
一瞬、すべての音が消えた。次の瞬間、艦全体に低いうなりが響く。足元へわずかな振動が伝わると同時に、ホログラムに映る星々が一斉に細い光の線へと変わる。言葉にできない何かに引っ張られるようだった。
「ワープ航行を開始しました。」




