第5話 疑念
場面は旗艦の会議室。 中央のホログラムテーブルを囲み、持ち帰った未知の生命体のデータについての議論が始まろうとしていた。
最初に口を開いたのはアリスだった。中央に詳細な分析データを展開し、いつもの声で切り出す。
「回収した小型死体、および戦闘ログの解析結果です。該当個体は骨格、筋肉組織ともに連邦標準人類と大きく異なります。」
「体長は小さく、筋肉量は少ないです。技術力に関しては中品質の金属製装備品が中心です。しかし、一部装備品からは、連邦の既存技術とは一致しない未知のエネルギー反応が確認されています。」
「次に、大型個体について報告します。」
「対照的に、将校と思われる大型個体は、体長、筋肉量ともに人類を大きく上回っています。」
「総じて、小型個体は個体性能で劣るものの、大型個体による指揮のもと、組織的に運用されていた形跡があります。」
オットー艦長は椅子にもたれず、腕を組んだまま鼻を鳴らした。
「要するに、筋肉が足らんのだ。」「鍛え上げた肉体は最強の装甲だ、もっと鍛え直してから出直してくるべきだったな。」
だが、その直後だった。 ホログラムテーブルの横に立つエルの目が、突如として怪しく赤く光った。
「システムより、司令官に関する一連の行動ログ解析を報告します」
「艦内突入時の音声記録、および司令官の生体情報を解析した結果、司令官は当該未知生命体の名称を事前に認識していた可能性は九九・七%と推定します。」
言い放たれた言葉に、会議室の空気が一瞬で凍りついた。 アリス、オットー艦長、参謀長ユリアン、副艦長、そして陸戦長。その場にいた幕僚たちの視線が、一斉にレオニスへと集中した。なぜ未知の生命体の名称を、閣下が知っているのか。
おいエル、お前ログからそこまで裏読みしてんのかよ!?
内心で激しく動揺し、冷や汗が背中を伝うのを感じていた。しかし、 レオニスは表情を微動だにしなかった。椅子の肘掛けに肘を置き、額に手を当てながら、思い出すように答えた。
「……ゴブリン、そしてオークだ」
瞬きと共に、エルの目が赤から静かな緑色へと点滅した。
「了解。該当個体名、および身体特徴を連邦データベースに一級機密として新規登録します」
何事もなかったように、機械的にその処理を完了させた。
参謀長ユリアンは、未知の生命体に即座に名称を与えた司令官に畏敬の念を抱いていた。やはり、この御方は我々の遥か先を見通している。
立ち上がったあと、ごくりと息を呑む。
「失礼ながら閣下……どこでその情報を?」
「 連邦の全歴史をひっくり返しても、そのような生物の記録は存在しないはずですが」
レオニスは視線すら動かさず、ただ遠くを見つめるような目を維持したまま、平然と言いかわした。
「ふ…古い書物だ。随分前に読んだものでな。本の名前までは忘れたが、そこに挿絵として載っていた写真と、特徴が酷似していたのだ」
「古い書物ですか...その書物は現在どこに?」
「残念ながら場所も忘れてしまったんだ」
エレオノーラは数秒だけ見つめた。
「……承知しました。」
絶対怪しまれてる気がする...このままだと中身が違うとバレるのも時間の問題か。
この空気を断ち切るように、エルが話を始めた。
「次の議論に入ります。」
「艦内方針の再確認ですが……」
その後、会議は約2時間に及んだ。
「では以上で会議を終了します。」
エルの進行と共に幕僚たちが起立し、長時間の張り詰めた空間がようやく解かれる。レオニスは一同を見渡して声をかけた。
「今日はゆっくり休んでくれ」
「はっ。本日はお疲れ様でした。閣下も、どうかご無理はなさらないでください。」
アリスが労いの言葉を返し、幕僚たちを促して会議室を退出していく。
レオニスもまた、自席を立って自分の部屋へと向かった。張り詰めていた緊張の糸が解け、どっと疲労が押し寄せてくる。早く一人になって落ち着きたかった。
自室のドアを開けて中に入った。
「プライバシー保護を適用。私室内ログ収集を停止します。なお、艦内システムからの緊急報告は継続します。」
ギリギリまでログ収集してたのかよ。
レオニスは深く椅子に腰掛け、一息ついてからペンを握った。 机の上で、明るい照明に照らされながらノートに文字を書き始めた。
この船の装甲、攻撃能力、シールドの耐久力、そして、対艦レールガンの威力が向上していたこと。ゲームの知識として頭の中にある情報を、覚えているうちにすべて書き残しておかなければならない。ガリガリとペン先を動かし、必要な数値を一通り書き殴る。
すべての作業を終えた頃には、精神的な疲労は限界を迎えていた。
「報告。参謀長ユリアンの端末より、一級機密へのアクセス要求を確認。司令官権限に基づくアクセス制限により、自動却下されました。」
「閣下のバイタルサインに疲労を確認。睡眠を推奨します。」
ユリアンの奴は仕事熱心だな。
レオニスは小さく息を吐き、吸い込まれるようにベッドへと入る。
重いまぶたが自然と閉じていき、深い眠りへと落ちていった。




