第4話 残された言葉
「……いくら先制攻撃されたとはいえ、あちらの動きは完全に止まった。見殺しにはできない、救助するぞ」
「即応戦力である本艦搭載のフリゲート二隻を派遣する。本官も直接、現地へ行かせてもらう」
「お待ちください、閣下。司令官が直接敵艦へ赴くなど、危険すぎます」
航空長のアリスが眉をひそめて即座に制止した。軍の組織として、最高司令官を正体不明の残骸に近づけるわけにはいかない。
「過去のデータベースを参照。旗艦司令官が直接敵艦へ赴く確率はほぼゼロ%です。生存率低下のリスクを伴うため、お控えください」
エルの目が、警告を示す不気味な赤色へと変わった。
だが、レオニスの意思は変わらなかった。ゲームの知識があれば、あのフリゲートがすでに反撃不能なのは分かっている。それよりも、自分の目で異世界の敵を確かめたいという好奇心の方が大きかった。
「これは調査も兼ねている。それに、こちらもフリゲートが二隻もあれば安全だろう」
結局、二人の反対を押し切る形で、レオニスはフリゲートへの乗艦を果たした。その後、格納庫の巨大な隔壁が開き、二隻のフリゲートが旗艦からゆっくりと発進する。
ゲーム上入ることのできなかったフリゲートに足を踏み入れ、レオニスは雰囲気を密かに楽しんでいた。整然とした通路の構造に戦略的な意図を感じるものだった。二隻のフリゲートは、漂流する敵艦を挟み込むように接近する。そのうちの一隻が、かろうじて前半分だけが残っている敵艦のハッチへと慎重にドッキングする。
小さな振動が船体に伝わり、ドッキングが完了したことを知らせた。重装甲の宇宙服に身を包み、電磁ライフルを構えた兵士たちが、強固にロックされた結合ドアの前に一列で待機した。レオニスはその背後から見守る。火花を散らしながら、敵艦のハッチが強制的にこじ開けられた。
その瞬間だった。
「ギギィッ!」
耳障りな咆哮とともに、緑色の肌をした小柄なゴブリンの残党たちが、発砲しながら突撃してきた。なぞの金属装備を着込み、剥き出しの敵意を携えての奇襲だった。
「接敵」
「攻撃せよ!」
生き残っていたゴブリンはごく僅かだった。迫り来る残党に向け、兵士の電磁ライフルから放たれた弾が橙色の線を描き、一瞬でその身体を正確に撃ち抜く。 激しい白兵戦にすらならず、なだれ込んできたゴブリンたちは、床へ転がり、一瞬にして制圧された。
「負傷者はいるか?」
「負傷者なし!」
「……周囲の安全を確認。これより内部へ進行します」
「閣下は後ろから遅れずに付いてきて下さい。」
レオニスは兵士とともに、破壊された敵艦の内部へと足を踏み入れる。 通路のあちこちには、先ほどの推進機関の誘爆による衝撃で命を落としたゴブリンたちの死体が、無惨に転がっていた。
「未知の生命体が銃火器を……?」
アリスは驚きを隠せなかった。
ゴブリンか。
一瞬だけ安心した。
いや、安心している場合じゃない。なんでゴブリンが宇宙船にいるんだよ。
どうなっているんだ、この異世界は。
「……パキッ。」
「今の音……」
「何かありましたか、閣下?」
「いや、船の中じゃないような……。」
「周辺に異常は確認できません。」
「では、進行を再開します。」
奥へ進むほど、歪んだ隔壁、剥き出しになった電子回路の損傷の激しさが目立った。爆発の痕跡が生々しく残されている。
目的地である艦橋の前に到達した。 重厚な装甲ドアは爆発の圧力で半壊しており、隙間から内部が見えている。兵士たちがドアを完全にこじ開け、レオニスとアリスはあとへ続いた。
艦橋には薄暗い煙が立ち込めていた。そこには、ゴブリンたちよりも明らかに大きな体躯を持つオークたちの死体がいくつも横たわっていた。胸には歪んだ階級章がつけられており、将校だったことを物語っている。
ホログラム越しに見ていた、あの未知の宇宙船の艦橋内。 レオニスは顎をさすりながら、物言わぬオークたちの死体と、激しく火花を散らす操作卓を静かに見つめ直した。
その時、操作卓の横にもたれ掛かっていた一人のオークが、かすかに身じろぎをした。
「……生存者です!」
最初に気づいた兵士が銃口を向けた。
「待て、撃つな。」
緑色の体に無数の破片を浴び、すでに瀕死の状態のようだが、辛うじてまだ息はある。
オークは薄く目を開けた。銃口を向けている兵士と、その横に立つレオニスの姿をうつろ目で見上げた。
「…エル…ディニア…連合…まさか…」
オークは眠るように目を閉じ、そのまま動かなくなった。
「エルディニア連合……?」
傍らに控えていたアリスが、眉をひそめた。
「聞いたこともない星の名前ですね。」
アリスの言葉に、レオニスはハッと我に返る。 エルディニア連合、あの死に際の言葉が頭から離れない。そして、敵艦が単独で行動していた事実にも、妙な引っ掛かりを覚えていた。
「エル、情報は取れたか?」
レオニスは手元の携帯型通信機へと問いかけた。
直後、通信機から青い光線が投射された。立体ホログラムとなったエルがレオニスの目の前に姿を現す。手のひらサイズの実体感のある映像が、滑らかに点滅した。
「敵艦中央操作盤、およびストレージからの情報収集は完了しました。物理的な破損が激しい部分もありますが、移動航路を含む主要データは確保しています。詳細な解析結果は、本艦に戻りしだい報告します」
いつもと変わらないエルの淡々とした報告を聞き、レオニスは一つ、深く息を吐き出した。
「わかった……生存者はもういないな。全員、フリゲートへ帰還するぞ」
「はっ!」
オークの残した謎の言葉が頭の片隅に残るが、レオニスは再び兵士たちに守られながら、歪んだ敵艦の残骸を後にした。
その後、フリゲートはほどなくして旗艦に帰還した。




