7 エルムハルト王と、アリスティア王妃
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魔物達の襲撃から命を救われたシシリティアは、王都パルティンに急いで帰還すると。
森の中で起きた出来事を、すぐに彼女の父親と母親であるエルムハルト王と、アリスティア王妃に話す事にした。
「――なに? 森の中で魔物の襲撃を受け、ゴールドハルト辺境伯に命を救われただと?」
宮殿内の最上階に設けられている、エルムハルト王専用の書斎部屋。
そこで彼の一人娘であるシシリティアから話を聞かされたエルムハルト王は、驚きの声をあげる。
書斎には、王妃のアリスティア、そして内務大臣ザエビルも含めた合計4人が集まり。
彼らは紅茶を飲みながら、公務の合間に設けられたひと時の休憩時間過ごしている所だった。
「ハイ、お父様。もしもあの時……ゴールドハルト辺境伯様が助けにきて下さらなかったら、私の命は森の中で失われていた事でしょう。彼は、私の命の恩人なのです」
「そのゴールドハルト辺境伯という者は何者だ? あまり聞かぬ名前のようだが……」
エルムハルト王の問いかけに対して、内務大臣のザビエルがシシリティアに代わって王に返答する。
「エルムハルト陛下。ゴールドハルト辺境伯は、我が国の国境に面したルームハルト地方を治める新興貴族です。元は商人出身との事で、現在彼が手にしている伯爵の地位は、没落貴族の旧ルームハルト公から金で爵位を譲り受けたのではと、街で噂になっているお方でございます」
「……なるほど。つまりは、成り上がりの辺境貴族という訳か」
立派な白い髭を口に蓄えたエルムハルト王が、訝しげにそう呟くと。
書斎のソファーに座っていたシシリティアが、勢いよく立ち上がり。真っ先に父親に対して猛反論する。
「お父様! それはゴールドハルト辺境伯に対する、世間の噂の一つにしか過ぎません。あのお方はそのような悪評も軽く吹き飛ばしてしまわれる、『偉大な功績』を戦場であげています!」
大事な一人娘のシシリティアに大声で反論され。エルムハルト王は、眉間にしわを寄せながら。内務大臣のザエビルに改めてその事を尋ねてみた。
「――偉大な功績だと? それは一体、何なのだ?」
「陛下、シシリティアお嬢様の仰る事は確かです。つい先ごろ国境付近で行われたライラック王国軍と、魔族軍との戦争において。ゴールドハルト辺境伯が多大な功績をあげて、我が軍を勝利に導いたとの報告を受けております」
「……あらぁ? その戦いで一番の功績をあげたのは、シシリィの婚約者でもある、モノリス家のソレイユ公爵だと私は聞いていたのだけれど? 事実は違ったという事なのかしら?」
エルムハルト王の隣に座っている、アリスティア王妃が黒い扇子をあおぎなから。内務大臣のザエビルに対して、意地悪そうな表情で問いかける。
おそらくアリスティア王妃は、その答えを既に知っていて。あえて内務大臣の口から直接、自分の前で説明させようとしているらしかった。
王妃に横目で睨まれたザエビルは、額から冷や汗を流し。身振り手振りを交えながら、必死に王妃に対して弁明を始めた。
「お、表向きは確かにそう発表されておりますが……。実際の戦場ではその、ゴールドハルト辺境伯の率いる軍勢が魔族軍を撤退させたのが事実でして。その評判は街の者達の間にも広まっているようなのです」
「ふーん。なるほどねぇ。成り上がり者の辺境伯に、戦場で武勲を取られてしまったとは言えず。モノリス家のザハル公爵が国内の貴族向けに、自分の息子が戦場で一番活躍したと見栄を張って報告してみせた訳なのねぇ。まぁ、プライドの高いあのザハル・モノリス伯ならやりそうな事よねぇ」
……クスクスクスと、アリスティア王妃は黒い扇子で口を隠しながら笑ってみせる。
人の欠点や悪口を見つけ出す事に関して、王宮内でアリスティア王妃の右に出る者はいないと言われている。
彼女は、人の弱点や失点を見つけ出し。それを意地悪にもジワジワと追求しいく事に、至福の喜びを見いだす性格の悪さがある。
それゆえに、もしも宮廷内で王妃に目をつけられたなら。たちまち悪評をばら撒かれて、失脚させられてしまうと貴族達の間ではもっぱらの評判になっていた。
本人の前では決して言う事は出来ないが――性格の悪いアリスティア王妃の事を、宮廷内の貴族達は『ピンク髪の女狐』と呼び。
彼女にだけは、絶対に目をつけられてはいけない……と、皆が内心ではビクビクしながら過ごしているのだ。
「それで? そのゴールドハルト辺境伯は、どうしてそんなにも強い軍隊をお持ちなのかしらね? 新興の辺境貴族にしては力を持ち過ぎているんじゃないのぉ?」
アリスティア王妃からの問いかけに対して、内務大臣のザビエルは、彼が入手しているゴールドハルト辺境伯についての情報を包み隠さず王と王妃に伝えていく。
「は、ハイ……。実はゴールドハルト辺境伯の領地では最近、無限の黄金の埋蔵量を持つといわれる『大金鉱』が発見されたと話題になっています。辺境伯はライラック王家に対しても、多額の上納金を献上して下さっていますので。苦しい財政状況が続く我が国にとって、大きな貢献をなされているお方という訳なのです」
「……ふむ。つまり、仲良くなっておいて損は無い存在という訳なのだな。それほどの功績があり、なおかつ我が娘の命の危機をも救ってくれたともなると――。その者に直接、礼を言う為に宮廷に招待すべきであろうな。ちょうど明日の晩には王宮で『舞踏会』が開かれる。ゴールドハルト辺境伯にもぜひ出席するようにと、私から彼に招待状を送る事にしよう」
「――ほ、本当ですか!? お父様……ありがとうございます!!」
父親であるエルムハルト王から、ゴールドハルト辺境伯を王宮主催の舞踏会に招待する旨の約束を貰えたシシリティアは……胸をはずませながら。小躍りするように、その場で両手を大きく広げてみせた。
そんな浮ついた態度を見せる娘に対して、エルムハルト王は『オホン……』と大きな咳払いをすると。
一言、釘を刺すように、娘のシシリティアに対して厳しく声をかけた。
「……シシリィ。お前は近日中に、モノリス家の跡取りであるソレイユ公爵と婚姻を結ぶ身だという事を忘れるでないぞ。婚約者であるソレイユ殿も、明日の舞踏会には来られる。会場ではしっかりと彼をもてなし、舞踏会に参加する他の貴族達に対して、ライラック王家の未来が安泰である事をアピールする必要があるのだからな」
「ハイ……。お父様。それは承知しております……」
婚約者のソレイユの件について触れられ。浮かれていたシシリティアは、少しだけ表情を曇らせてしまった。
だが……彼女はそれを父と母には悟られまいと。すぐにいつもの明るい笑顔を取り戻して笑うようにする。
シシリティアにとって、婚約者であるソレイユ公爵は決して悪い男という訳では無かった。
彼はライラック王国の中で最も力のある、大貴族ザハル・モノリスの嫡男であり。シシリティアとは幼き頃から将来結婚する事が約束されている許婚でもある。
ソレイユは、文武両道に優れた好青年であり。聖女としての魔法勉強をそっちのけで、剣術ばかりを好んで鍛錬していたシシリティアは、ソレイユとは幼き頃から共に剣の修行に励み汗を流した仲だった。
それ故にシシリティアにとってソレイユは、剣術を自分に教えてくれる、良き兄貴分としての感覚の方が強く。
いまいち彼に対して、将来結婚する事が約束されている『異性』としては見る事が出来ずにいたのである。
「――シシリィ? 分かっているとは思うけれど、ザハル・モノリス公爵はライラック王国の中で最も力のある大貴族なのよぉ? 私達夫婦も、ザハルとはとても仲良くさせて貰っているの。それに王国の商業の大部分を取り仕切っている彼の息子と結婚する事は、ライラック王家の未来の為にもなるわ。その事をくれぐれも忘れないようにして頂戴ね」
「は……ハイ! お母様、それは重々承知しています」
「ふーん。本当かしらねぇ? あなたと結婚するという事は、ソレイユ公爵が未来のライラック王国の国王にもなるという事なのよ。舞踏会では彼をちゃんとエスコートして、出席している貴族達に未来の国王夫妻の円満ぶりを見せつけてあげる事。いいわねぇ?」
エルムハルト王と、アリスティア王妃の両方から嗜められたシシリティアは、背筋をキリッと正し。
改めて彼女の父親と母親に対して深く一礼をしてから、書斎の外に出ていった。
廊下を歩きながら、少しだけ表情を曇らせていたシシリティアは……すぐに口元をまたニヤけさせると。
明日の晩には、ゴールドハルト辺境伯に舞踏会でまた会えるという喜びに胸を高鳴らせ。
まるで子供がスキップを踏むように、小躍りしながら廊下を足早に進んでいった。
「ああっ……! これでまた、クルス様にお会いする事ができるわ! 何と素晴らしい事なんでしょう!」
シシリティアの頭の中には、もう……森の中で出会った黄金色の髪の青年の事しか考えられなかった。
そしてもし、ゴールドハルト辺境伯のクルスが自分の本当の婚約者であったなら……と。禁じられた恋のロマンスに想いを馳せて。
顔を赤らめながら、何度も首を横に振り。それでも想い人に再び会える喜びに、胸を締め付けられるように熱く焦がしてしまうのであった。




