6 黄金の騎士
「あ、あの……辺境伯様! 私の命を救って下さり、本当にありがとうございます! つきましては、ぜひ……私のお父様とお母様に、あなた様の事をご紹介させて頂きたいのですが……」
「この私を、エルムハルト王とアリスティア王妃にですか……? 私などには、あまりに勿体ない言葉をかけて頂きありがとうございます。ですが私は、この国で爵位を頂いて間もない新参者の貴族です。とても王族の方に、直接お会い出来るような身分ではございません」
「そんな……!? 新参者とか、そんなのは全然関係ないです! だってあなた様は、聖女後継者である私を救って下さった『命の恩人』なのですから。お願いです! どうかここは私の顔を立てると思って……願いを聞き届けては頂けませんか?」
シシリティアは両手を重ね合わせて、ゴールドハルト辺境伯に強く懇願した。
その表情はとても真剣で、例え誰に何を言われたとしても。絶対に引き下がるつもりはないという、強い意志が感じられた。
エルムハルト王の一人娘である、次期聖女候補のシシリティアの願いをむげに断る訳にもいかず。
黄金の鎧を着た辺境伯は、困ったような顔色を浮かべて頭に手を当てると。最後には観念したように、彼はシシリティアの願いを聞き届ける事にした。
「――分かりました。実は私も、王都パルティンで今度開かれる、舞踏会に参加したいと願っていたのです。私は辺境の田舎者ゆえ、王国の貴族に『つて』がありません。舞踏会は招待制ですので、もしよろしければ……エルムハルト王に私を紹介してくださると助かります」
「任せて下さい! そんな事は私にとってはお手もの物です! なにせ私は次期聖女候補で、ライラック王の一人娘ですから。絶対にゴールドハルト辺境伯様を舞踏会に招待してみせますから、どうか安心していて下さいね」
力強く自分の胸を叩いて、精一杯のドヤ顔を示してみせるシシリティア。
そんな彼女の、裏表の全く無い快活な笑顔を見て。辺境伯は思わず、口元を緩めて微笑んでみせた。
シシリティアは、辺境伯の見せる小さな笑顔を見ただけで。体中に電撃が走ったかのように、顔を紅潮させて全身をブルブルと震えさせてしまう。
こんなにも、女性のように美しく。それでいて誰よりも強い力を持った男性に。今まで、シシリティアは一度も出会った事が無かった。
もう……シシリティアの瞳には、黄金の髪色をしたこの若き騎士の姿しか映らない。
ゴールドハルト辺境伯の透き通るような青い瞳に見つめられただけで、息を吸い込むのも忘れてしまうくらいに。激しく胸がときめいてしまうという……初めての『恋』の感覚に戸惑いつつも。
シシリティアは、何とか笑顔を作り出し。震えるような声で黄金の騎士に呼びかけてみた。
「あの……辺境伯様。私の事はどうか『シシリィ』って呼んで下さいね。私と親しい間柄の人達はみんな、私の事をそう呼びますので……」
「――分かりました。では、シシリィ。私の事も辺境伯ではなく、どうか『クルス』とお呼び下さい」
そう言って、辺境伯はシシリィティアの手に握ると。彼女の手の甲に、自身の唇を優しく押し当ててみせた。
「クルス……様……」
再び頬を真っ赤に染め上げた、シシリティアの顔を至近距離から見つめて。
辺境伯は少しだけ物憂げな表情をして、彼女に小さな声で話しかけた。
「シシリィの瞳と唇は、お父様のエルムハルト王にそっくりだね。優しくて温かい日なたの匂いがする……」
「く、クルス様の方が……私なんかより、遥かに綺麗な青い瞳の色をしています。まるで宝石のサファイアのように美しくて素敵です……!」
普段は勝ち気な性格をしているシシリティアが、ここまで異性に対して緊張をしながら接するのは初めての事だった。
まさか自分が男性に顔を近づけられただけで、ここまで顔に熱を帯びてしまうなど……思いもしなかった。
そんな話は、恋愛小説の中でしかあり得ない出来事で、自分には全く関係の無い事だとずっと思っていた。
ましてこんなにも華奢で、まるで女性のような細い体型をしている若い青年に見つめられただけで。
自分がこんなにも脆く、あっさりと。今までに一度も経験してこなかった、初めての『恋』に落ちてしまうなんて……。
「――では、シシリィ。エルムハルト王とアリスティア王妃に、よろしくお願い致します。もし私が舞踏会への出席が許されたなら。そこでまた、ぜひお会いしましょう」
若き辺境伯は、そうシシリティアに告げると。
彼が乗ってきた白馬に再び跨って、そのまま森の奥へと去っていく。
そんな黄金の騎士の後ろ姿を、無言で見つめ続けて。
改めてシシリティアは、大きく深呼吸をして。自分の高揚した気持ちを落ち着けようと試みた。
「ハァ……落ち着きなさい、シシリティア! 早く気持ちを鎮めないと、このままじゃ熱を帯びた全身から、しまいには火が噴き出てしまいかねないわよ……!」
改めて思うと、黄金の騎士クルスとの出会いはとても不思議な出来事だった。
シシリティアには、クルスとの出会いは……きっと起こるべくして起きた、自分の人生における『必然の運命』なのだと本能的に理解した。
きっと自分は、あのお方に会う為に生まれてきたのかもしれない。
あの女性のように素敵な笑顔を持つ、若き騎士様にどうしても……もう一度、お会いしたい。
だから絶対に、クルス様を舞踏会に招待しよう。そして彼をお父様とお母様に紹介して、ライラック王家とゴールドハルト辺境伯が懇意の仲になるように働きかけなければならない。
そうすれば……彼に恋するシシリティアは、王宮の中でも、外でも。自由にあの素敵な騎士様にお会いする事が出来るようになるのだから。
シシリティアは高鳴る心臓の鼓動を必死に鎮めながら――そう強く心に誓うのだった。
けれど……一つだけ。シシリティアには、どうしても気になる事があった。
ゴールドハルト辺境伯であるクルスが、ライラック王国の国王であるエルムハルトの名前を口にした時。
少しだけ……悲哀に満ちた切ない表情をしたような気がしたからだ。
もしかして、どこかでクルス様は私のお父様や、お母様とお会いした事があるのだろうか?
いや。それはあり得ない……と、思いつつも。シシリティアには、どうしてもその事が気になってしまう。
そんなシシリティアの耳に、大声で背後から呼びかけてくる声が聞こえてくる。
「――お嬢様ーーっ! ご無事ですかーー!?」
どうやら、執事のアドニスが側に駆けつけてきたらしい。振り返ると、アドニスの周りには王国の騎士達が10名近く馬に乗ってきていた。
どうやら、アドニスが助けを連れてきてくれたのだろう。
「ええ、アドニス。私は無事です……。それよりも先に、怪我をした騎士達の手当てをしてあげて下さい」
シシリティアは再び、馬車の中に戻ると。火照りの収まらない自分の体を両腕で強く抱きしめながら。
誰にも聞こえないように、小さな声で呟いた。
「ああ、クルス様……。早く、早く、シシリィは、あなた様にもう一度お会いしたい! だって私の胸はこんなにもあなた様に恋焦がれて、今にも破裂しそうなくらいに高鳴り続けているのですから……」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
深い緑の木々に、周囲を囲まれた森の奥。
白馬に乗った黄金の髪色を持つ、ゴールドハルト辺境伯は……走らせていた馬をいったん止めて。周りに誰も居ない事を注意深く確認すると。
左目に付けていた金色の眼帯を外し。聖魔法を宿した右手を髪にゆっくりと触れさせる事で――先ほどまで金色の輝きを放っていた髪を、元の美しい水色の髪色へと戻していく。
長い髪を短く見せる為に、後頭部で束ねていた髪留めを外したクルスは、『ふぅ……』と、軽く息を吐き捨てた。
そして腰に括り付けられた、黄金色の剣を抜くと。剣の鞘部分からモクモクと大量の黒い煙が放出され。
やがてその黒い煙は、真っ黒な髪色を持つ若い男の姿を形成し始める。
辺境伯の側に出現した黒髪の若い男は、白馬に乗る水色の髪の女性に対して低い声で話しかけてきた。
『――で、首尾はどうだったんだ? 黄金の聖女、クリスティナ』
「フフ。上手くいったわ、カノープス。アリスティアの娘のシシリティアは、命の恩人である私を王宮の舞踏会に招待してくれるらしいわよ。これでやっと……30年ぶりに可愛い妹と、元婚約者の2人に会いに行く事が出来るわ」
白馬の上に跨っている黄金の騎士の正体は、聖魔法によって髪の色を黄金色に変え。
若い男の姿に変装していた、元ライラック王国の聖女後継者である、クリスティナ・フォルスであった。
上機嫌そうに笑うクリスティナの返事を聞いた黒髪の男は、その場で『クックック……』と、くぐもった笑い方をしてみせる。
「……何がおかしいのよ? カノープス」
『いいや。可愛い妹だなんて、心にも無い事を言うものだから、つい笑っちまったのさ。これから30年前ぶりに王宮に舞い戻り。かつての婚約者と妹を八つ裂きにして地獄に放り込もうとしている、残忍な姉のくせに。随分と平然とした顔つきをしているものだと思ってな』
「――当然でしょう? この日の為に、私がどれだけ入念に準備を重ねてきたと思っているのよ。早速、あなたにも働いて貰うつもりだから、そのつもりでいなさい。この世の全ての魔物を従える『大悪魔』――カノープス」
白馬の上からギロリとクリスティナに睨まれた黒髪の男は、腹に手を当てて豪快に笑ってみせた。
『アーハッハッハ! いいだろう、この俺に任せておけよ。何ていったってお前は、大悪魔であるこの俺様を従属させて使役する、とんでもない極悪聖女様なんだからな――黄金の聖女クリスティナ!』
黒髪の男の両目は、まるで血で染まっているかのように……真っ赤な色で埋め尽くされていた。
もしもこの男が、ひとたび普通の人間を睨みつければ……。たちまちその者は、全身から真っ赤な血を噴き出して死に絶えてしまうだろう。
それほどまでに『大悪魔』であるカノープスの力は、強大なのである。
それにも関わらず、そんな大悪魔を平然とした顔で従者として引き連れている黄金の聖女――クリスティナ・フォルスは、そんな事は全く気にしないと言わんばかりに。
クスクスと笑いながら、白い馬を走らせて薄暗い森の中を前進していく。
30年ぶりに西の海に浮かぶ監獄島から解き放たれたクリスティナが目指す場所は――ただ一つ。
自分を地下牢獄に追いやった者達が今も、のうのうと権勢を欲しいままに振るい。豪華で贅沢な暮らしを満喫している、虚飾の栄華に満ちたライラック王国の王宮だ。
「……これからきっと、王宮の中で『楽しい事』が起きるわ。栄華を極めた王族や貴族達がどれだけ惨めに、そして苦しみながら没落していくのかを、直接この目で見届けさせて貰う事にするわね。ウフフ……」




