10 舞踏会で再会する姉妹
舞踏会の入り口付近が、急に騒がしくなった。
その理由は、王都で行われた貴族達による『大行進』が終わり。各地から集結した大貴族達が、続々と会場に到着してきているからでもあったのだが……。
一番大きな理由は、辺境のルームハルト地方からやって来たという、今……最も王都パルティンの人々を賑わせている話題の人物。ゴールドハルト辺境伯クルスが、舞踏会の入り口付近にその姿を見せたからである。
ライラック王国の国境付近で起きた戦争において、魔族軍を蹴散らし。大活躍したと評判の若き辺境伯。
それだけでも、王都に住まう人々の興味と関心を引くには充分なのだが。会場の入り口付近に集まった人々をざわめかせているのには、もう一つの大きな理由があった。
それはゴールドハルト辺境伯クルスは、なんと1000人を超える『黄金の鎧』をまとった、屈強な体格の騎士達を従者として会場に引き連れてきたからだ。
彼の配下の騎士達は、全身に光り輝く黄金製の鎧を着込んでいる。その煌びやかな黄金の輝きは、間違いなく『純金製』であり。
これだけの量の黄金を、騎士達の体を着飾る鎧として持参してきたゴールドハルト辺境伯の奇抜なパフォーマンスは、王都に住む人々の度肝を抜いた事は間違いなかった。
一般的に、騎士の全身を覆う鎧には『鉄』が使用される事が多いとされている。それらを全て身につけた時の総重量は20〜30キログラムにもなる。
ゴールドハルト辺境伯の配下の騎士達は、その鎧に『純金』を使用しているのだから。鎧だけで重量は70キログラム近くに及ぶのは間違いない。
そんな超重量の鎧を身につけて行進出来るだけの、屈強な体格の騎士達を大勢引き連れてきているだけでも凄いというのに。
1グラムで、2万5千ルピスもの価値があるとされている高価な純金を……なんと70キログラムも使用した鎧を身につけているのだ。
それを合計1000人分引き連れてきたゴールドハルト辺境伯は、なんと『1兆7千億ルピス』の総資産価値のある、黄金の騎士団を持参してきた事になる。
商売感覚に長けている貴族達は、それらの計算を頭の中のそろばんを弾いて瞬時に計算し。
ゴールドハルト辺境伯の引き連れてきた黄金の騎士団の、そのあまりの資産価値の凄さに。全員が頭を抱えてその場で卒倒しそうになっていた。
そんな小国の国家予算規模に匹敵するような贅沢な財力で装飾を施した、黄金の騎士団を引き連れて。
堂々とこの場にやって来た辺境伯とは、どんな人物なのかと。彼を一目見てみたいと王都の住人達がこぞってゴールド辺境伯の周りに集まってくるのは、当然の結果といえただろう。
貴族達の注目と、王都の住人達の羨望の眼差しを独り占めにしたゴールドハルト辺境伯クルスは、颯爽と黄金の装飾が施された馬車の中から駆け降りると。
真っ直ぐに、次期聖女候補であるシシリティアに向かってゆっくりと近づいていく。
その姿を離れた位置から見守っていた住人達は、あまりにも華麗なクルスの姿を見て。ザワザワと興奮の声と歓声を上げてざわめき始めていた。
「……ああ、何て美しい黄金の髪色なんでしょう。とても男性とは思えない美貌だわ」
「あれが噂のゴールドハルト辺境伯か。辺境に住む成り上がりの貴族と聞いていたが……。他の貴族達より遥かに高貴な生まれに見える端正な顔立ちをしているんだな」
「本当にお若いわ。一体、おいくつなのでしょう? そしてあまりにも美しい……。左目に眼帯を付けておられるけど、怪我でもされているのかしら? 背も高くないし、とても細く繊細な体型をされているのに。戦場の最前線に立って魔族軍を追い払ったなんて到底思えないわ……」
王都の住人達は、初めて見るゴールドハルト辺境伯のあまりに美しい外見の姿に見惚れて。口々に彼の美貌を褒め称えた。
そんな住人達の羨望の視線など、全く意に介さない様子で。ゴールドハルト辺境伯クルスは、シシリティアに対して笑顔で話しかける。
「……シシリィ。私はライラック王家が主催する舞踏会への参加経験が無いので。もし良かったら、会場の中を案内して貰えないだろうか? 田舎者の辺境貴族ゆえに道を間違えて、他の貴族の方々の笑い者にされてしまうのは恥ずかしいからね」
「ええ。もちろん喜んで案内させて頂きます、クルス様。今回の舞踏会に来て頂きましたのは、命の恩人でもあるクルス様を私のお父様、お母様にぜひ紹介したかったからなのですから。どうぞ、私の後について来て下さい!」
純白のドレスのスカートの先を指先で優雅につまみ。顔を紅潮させながら、クルスに淑女として礼儀正しい挨拶を披露してみせるシシリティア。
そんなシシリティアの行動を見て。普段はそのような礼儀作法を絶対にしない彼女が、ゴールドハルト辺境伯の前では『女性』として振る舞おうとしている事を察し。
彼女の婚約者であるソレイユは、途端に機嫌を悪くして。彼にとって因縁の相手でもある若いゴールドハルト辺境伯と、シシリティアの間に強引に割り込み。無理やり素っ気ない声をかけた。
「あなたが、ゴールドハルト辺境伯様ですか? ボクはシシリィの婚約者で、モノリス家嫡男のソレイユと申します。先の戦場ではろくにご挨拶も出来ずに申し訳ございませんでした」
「これはこれは、あなた様がモノリス・ソレイユ公爵様なのですね。お初にお目にかかります、私はルームハルト地方を治める辺境伯、クルス・ゴールドハルトと申します。私の方こそ魔族軍との戦いにおいて、総大将を務めておられましたソレイユ様にちゃんとしたご挨拶が出来ずに、大変失礼を致しました」
「クルス様が謝る必要なんてないわ! だってソレイユはクルス様の事を、最初から地方の辺境貴族だと下に見て。作戦会議の席にも招待しなかったのでしょう? だったら先に謝るべきは、ソレイユの方だわ!」
「シシリィ、それは違います! 私はルームハルト地方を治めていたルームハルト伯から、爵位を譲られたばかりの無名な新参者の貴族なのです。ですので私の名前が知られていなかったのは、仕方の無い事なのですから」
若いゴールドハルト辺境伯は、まるでシシリティアとは旧知の中であったかのように。
可愛いらしく頬を膨らませている彼女を、微笑みながらなだめようとする。
ソレイユにとっては、幼少の頃から常に一緒に過ごしてきたシシリティアが、こんなにも男性の前で浮かれた様子を見せているのは初めての事だった。
だから率直に言って、面白くない。
どうやら初対面であるゴールドハルト辺境伯は、何かしらの事情でシシリティアのとっての恩人となり。既に彼女とは親しい間柄になっていたようなのだが……。
これまでずっと次期聖女候補でありながら、男勝りに剣術の修行をしたりと。自由奔放に生きてきたシシリティアが、辺境伯の前では可愛らしい『女性』として振る舞おうとしている事が……。
幼き頃から彼女の兄貴分として側にいたソレイユには、どうしても許す事が出来なかった。
そしてシシリティアがクルスに対して現在、どういう感情を抱き。そのような行動をとっているのかを理解してしまったからこそ……。
彼女の事を本気で愛しているソレイユにとって、この2人の間にいる事は『精神の拷問』でしかなかった。
だから早くこの場から立ち去って、逃げ出してしまいたいと思ったのは仕方のない事であった。
「すまない……シシリィ。ボクはお父様を迎えに行かないといけないんだ。また、後で話そう。先に行くね!」
「……え? うん、分かったわ。ソレイユ、またね!」
足早にソレイユは、舞踏会の入り口からシシリティアを置いて遠くに逃げるように立ち去ってしまう。
この時、ソレイユは生まれて初めて抱く『嫉妬』の感情に、全身を焼け焦がすような熱に侵されてしまっていたのだが……。
それを若いシシリティアは、気付く事が出来なかった。
「それにしても、クルス様。従者の騎士達全員に黄金の鎧を着させてくるなんて。凄く派手な登場の仕方ですね!」
シシリティアは自分達の周囲に集まっている人々の視線が、クルスの後方に整列している黄金の騎士団に向けられている事に気付き。その事をクルスに話しかけてみた。
「お恥ずかしい限りです。ルームハルト領の主な資源は現在の所、鉱山しかありません。ですが近年、莫大な産出量を誇る『金鉱』を新たに発見する事が出来ました。ですのでエルムハルト王に献上する手土産として、そして王都の皆様に私の顔と名前を憶えて貰う為にも、黄金の騎士団を引き連れてきたという訳なのです」
「ウフフ、それはとっても良いアイデアだと思います。だってクルス様の思惑通りに、王都に住む人々はいまやゴールドハルト辺境伯様の話題で、持ちきりになっているみたいですもの」
ゴールドハルト辺境伯の話す言葉なら、その全てを肯定してしまうシシリティアは、彼の言葉を何も疑う事なく。意気揚々と辺境伯を引き連れて、舞踏会の会場の中へと入っていく。
話題の人物である辺境伯と、次期聖女候補のシシリティアの異色の組み合わせが歩いている姿を見て。
舞踏会に参加している貴族達がざわつく中、そんな事は全くお構いなしのシシリティアは……真っ直ぐに舞踏会の会場のど真ん中を通り抜けて、クルスを会場の2階へと誘導していった。
「……………」
「――クルス様、どうかしましたか? もしかしたら大勢の貴族がこの舞踏会に集まっているのを見て、少し緊張されてしまいましたか?」
「いいえ、違います。シシリィ。この舞踏会ホールのある建物は、昔から何一つ変わっていないのだな……と、つい感慨深くなってしまったのです」
シシリティアと一緒に歩きながら、クルスは途中何度も周囲の様子を注意深く確認していて。
まるで遠い昔を思い出すように、懐かしい視線を向けているようにも感じられた。
そんなクルスの姿を見て、『あれ? クルス様は舞踏会に参加するのは初めてだと言っていたけど……』と、シシリティアは不思議に感じてしまうのだが……。
今は特にその事は深く考えずに、大好きな彼を早く自分の両親に紹介しようと、意気揚々と前に向かって突き進んでいく。
やがてシシリティアとクルスの2人は、舞踏者のホールの2階バルコニー席の奥に座っている、アリスティア王妃のいる場所にまで辿りついた。
「――失礼します。私の命の恩人である、ゴールドハルト辺境伯をお連れ致しました」
豪華な装飾の施された会場の2階にあるバルコニーの席には、現職の『聖女』であり、エルムハルト王の妻であるアリスティア王妃が一番奥の椅子に座っていた。
アリスティア王妃の周囲には、彼女を守る為に多くの護衛兵が立ち並び。例え娘であるシシリティアであっても、彼らにちゃんと挨拶を済まさないと王妃に接近する事は許されなかった。
護衛兵達は、シシリティアとクルスが武器を所持していないかを厳格に確認した後。彼らをバルコニー席の中に進むようにと誘導していく。
クルスは目線だけで周囲の様子を細かく観察し、このバルコニー席の中に、エルムハルト国王が居ない事に気付いたようだった。
「……シシリィ。エルムハルト国王陛下は、バルコニー席にいらっしゃらないようですが……」
「クルス様、お父様はテラサ地方で起きた暴動に対処する為に、急いで王都から離れてしまったの。ですので、今夜の舞踏会には来られないみたいなのです」
「そうだったのですか。それはとても残念ですね……」
「………クルス、様……?」
その時――今までずっと穏やかな笑顔を浮かべていたクルスが。初めて口元をキリッと細めて、不快な表情を浮かべたようにシシリティアには感じられた。
それはきっと気のせいだろうと……慌てて首を左右に振り。
気を取り直したシシリティアは、ゴールドハルト辺境伯を、バルコニー席の一番奥に座るアリスティア王妃の前にまで連れていく事にする。
「――お母様、このお方が私の命の恩人であるゴールドハルト辺境伯、クルス様でございます」
バルコニー席の一番奥に座っていたアリスティア王妃は、その場ですっと立ち上がると。
ゆっくりと娘のシシリティアが紹介する、ゴールドハルト辺境伯の側にまで近づいていった。
クルスは王妃の前で、片膝を床につけて。深く頭を下げながらひれ伏している。
「……あらぁ。噂で聞いていたよりも、ずっと繊細な体格をした殿方なのね。戦場で大活躍したという騎士様には、とても思えないような細い体つきだわ」
アリスティア王妃は自分の前に跪き、深く頭を下げているゴールドハルト辺境伯の前で腰を落とすと。
彼の耳元に向けて、甘く囁くような声で呼びかけた。
「さぁ――私にその美しいお顔を見せて頂戴、ゴールドハルト辺境伯。この度は私の娘のシシリィの窮地を救ってくれて、本当にありがとう」
――アリスティア王妃の、呼びかけに応じて。
硬い大理石の床に膝をついて、深く頭を下げていたゴールドハルト辺境伯が……ゆっくりと自分の顔を目の前にいるアリスティア王妃に向けて上げていく。
そして、視線を前に向け。黒い扇子を持つアリスティア王妃の目をまっすぐに見つめた。
アリスティア王妃の視界に、目の前にいる金色の髪の若い青年の顔が映り込むと。
眼帯で隠されていない、彼の右目の中に宿る青い水晶のように美しいサファイア色の瞳を見て。
王妃は突然――何かを思い出したように、両目を見開くと。
彼女にとって、この世の全てがひっくり返ってしまったかと思われるような大音量を出してその場で絶叫する。
「……ひ、ひぃぃいいいいいぃぃぃっっ!!??」
突然、カエルが蛇に睨まれたような表情を浮かべて。まるで心臓を誰かに掴まれてしまったかのように、アリスティア王妃は呼吸困難に陥ると。口から白い泡を吹き出してその場に倒れ込んでしまう。
「――お、お母様……っ!?」
アリスティア王妃の周囲にいたお付きの従者達が、一斉に王妃の側に駆け寄り。彼女の安否を確認しようする。
シシリティアも、すぐに自分の母親の元に駆け寄り。倒れたアリスティア王妃の体を抱きしめた。
王妃に付き従う従者の者達も、娘のシシリティアも。
全員がアリスティア王妃の身に、一体何が起きたのかを……瞬時に理解する事は出来なかった。
突如として、口から白い泡を吹き出し。両目を真っ白にさせて卒倒してしまったアリスティア王妃は、自分の喉を苦しそうに両手で掻きむしりながら、かすかに絞り出すような声で……。
意識を完全に失ってしまう寸前に、小さな声で何かを呟いた。
王妃の最後の呟きを聞く事が出来たのは、彼女の一番地近くに居たシシリティアだけである。
シシリティアは、アリスティア王妃が最後に呟いた言葉を、確かにその耳で聞きとる事が出来ていた。
王妃が呟いた、その最後の言葉とは――。
『………な、なぜなの………? クリスティナお姉様が、どうして、ここにいるの……よ………?』




