9 嵐の予感
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「はぁ……。クルス様は、本当に舞踏会に来てくれるのかしら……?」
舞踏会の会場入り口付近に用意された、来客用ホールの入り口付近で。
普段は着慣れない白いドレスを着飾ったシシリティアは、憂鬱な表情をしながら。何度も白い息を地面に向けて吐き出してしまう。
シシリティアは花壇を取り囲んでいる、石のレンガの上に腰を乗せ。彼女にとっての『想い人』の到着を、今か今かと首を長くしながら待ち侘び続けていた。
そんなシシリティアの元に、遠くから大きく手を振り。快活な声色で話しかけてくる若い男が近付いてくる。
「おーーい、シシリィ! 良かった、ここにいたのか!」
シシリティアの前にやって来たのは、父親譲りの茶色の髪色をしたショートカットの好青年。ソレイユ・モノリス公爵であった。
「――ソレイユ? あなた、もう戦場から帰還を果たして王都に戻ってきていたの?」
「もう戻ってきていたのって……それは無いだろう。ボクにとって、今回の国境付近での魔族軍との戦いは初陣だったんだぞ?」
遠い辺境の地に、モノリス家の騎士団を引き連れて遠征し。初めての戦場で見事に初陣を飾り、大きな怪我一つなく無事に生還を果たした婚約者に対する第一声が――『もう戻ってきていたの?』とは……。
思わず若いソレイユは、自分の額に手を押し当てて嘆息してしまう。
そんなソレイユの顔を見て、シシリティアはクスクスと笑って謝罪する。
「そうね、ごめんなさい、ソレイユ。……で? 初めての戦争はどうだったのかしら? 少しは手柄を立てる事が出来たの?」
婚約者であるシシリティアに問われて、熱血漢な性格をしているソレイユは、腰に手を当てて。『フフン』と、一丁前にドヤ顔をしてみせた。
「――もちろんさ! ボクは初陣で王国軍を華々しい勝利に導いてきたんだからね。どうだい、君の婚約者は騎士としても、大きく名を上げてみせたんだぞ?」
ソレイユは今日の舞踏会に合わせて、黒いタキシードを着ていた為。元々長くスラリと伸びた脚がいつもよりも更に長く見えていた。
王国一の大貴族であるモノリス公爵の長男であるソレイユの身長は、190センチを超えている。
女性としては背の高い方であるシシリティアの身長、165センチを彼は遥かに凌駕していた。
そんなソレイユは、昔のようにシシリティアの頭に自分の手を乗せて『ポンポン』と撫でようとしたのだが……。
聖女候補であるにも関わらず剣術が得意なシシリティアに、俊敏な動きで見事に避けられてしまった。
「ソレイユ? 気安く私の頭に手を乗せないでと昔から言っているでしょう? もう私達は子供じゃないのよ。それに今回の遠征で魔族軍に勝利出来たのは、あなた一人の手柄では無い事は知っているわ。ゴールドハルト辺境伯の功績があったから勝利する事が出来たのよね?」
「うっ……!? どうしてそれを君が知っているんだ!」
まるで魚の骨が喉につっかえたような、苦々しい表情をするソレイユ。
実直で気骨もあり、兄貴肌な性格をしている人の良いソレイユは……嘘をつくという事が大の苦手であった。
それはとても称賛すべき性格ではあるのだが、それ故にシシリティアは婚約者のソレイユに対して。異性として恋愛感情を抱いた事は一度も無く。幼少の頃より共に剣術の修行をしてきた彼の事を、良い『兄貴分』としてしか見る事が出来なかったのである。
「ハァ……。まったく、それくらい分かるわよ。その事はもう街で噂になっているもの。それにあなたの今の顔を見たら。やっぱりそれが真実であった事を裏付ける証拠になったわ」
正直者なソレイユの反応をみて。国境付近で行われた王国軍と魔族軍との戦いでは、やはりゴールドハルト辺境伯のクルスが大活躍した事は間違いないようだ。
シシリティアは、彼女にとって今……最も興味と関心のある存在でもあるクルスについてもっと知りたいと考えた。
「ねえ、ソレイユ? 国境付近で行われた魔族軍との戦いなんだけど。ゴールドハルト辺境伯は、一体どんな活躍をしてみせたの?」
「それを当事者である、このボクに聞くなんて。ハァ……シシリィは本当に昔から天然の小悪魔だよね。まぁいいよ。確かに辺境伯の活躍が無かったら、ボク達は戦場で総崩れになって敗走していた可能性さえあったんだから」
嘆息しながらも、ソレイユは彼の婚約者のシシリティアの質問に渋々答える事にする。
なぜなら婚約者であるソレイユの事を、剣術修行に付き合ってくれる、ただの『兄貴分』としか見ていないシシリティアとは違って。
ソレイユの方は自分よりも背丈の低い、銀髪の勝ち気な性格をしている婚約者シシリィの事を……心の底から愛していたのだから。
天真爛漫で、いつだって自由奔放な性格のおてんば姫。
それが王宮での……シシリティアの評判だ。
けれどいつも父親である、ザハル・モノリス公爵に逆らう事が出来ず。ただ父親の言いなりとなって生きてきたソレイユには、シシリティアの自由奔放な性格がとても魅力的なものに見えていたのは間違いなかった。
そんな男勝りなシシリィが、戦争で大活躍をしたという謎の地方貴族の騎士に関心を持つのは、いつもの事なのだろうと……。
この時のソレイユは何も警戒する事なく、まだ何も知らずに安直に考えてしまっていた。
「……いいかい、シシリィ? 今回のライラック王国の国境付近で行われた戦争では、ボク達は完全に魔族軍に裏をかかれてしまったんだ」
「裏をかかれたって、罠にハメられたって事なの?」
「そうさ。ボク達は当初、敵の兵力はせいぜい5000程度と聞かされていたんだ。モノリス公爵家の領地からボクが戦場に率いていった騎士団は3000人を超えていた。しかも各地の貴族軍とも合流して、こちら側の総数は1万になった。だから誰の目から見ても、ボクらの勝利は疑いようがなかったんだ」
「1万対5000なら、当然そうよね。敵はこちらの戦力の半分以下って事だものね」
次期聖女であるにも関わらず、シシリティアは戦争の話を聞くと目を輝かせてワクワクし始める。
幼少の頃から魔法や、薬学などについての勉強より。シシリティアは剣術の鍛錬ばかりしていた男勝りな性格であった為。彼女にとっては、騎士達が戦場で華々しい戦果をあげる話を聞く方が好きだったのだ。
「……ところがだ、実際に戦場となった荒野に到着してみると。敵の背後には2万を超えるリザードマンの軍勢が控えていた。ボク達はまんまと敵の罠にハメられてしまったんだよ」
ソレイユの話によると、数の勝る敵軍に後方を包囲され。ライラック王国軍は、自国の陣地に戻る事も出来ずに絶対絶命のピンチに陥ってしまったらしい。
そこに助け舟として駆けつけてきたのが、ゴールドハルト辺境伯こと、クルスの率いてきた騎士団だった。
黄金色の旗を掲げたクルスの騎馬軍団、総勢5000は凄まじい速度で戦場を駆け抜けると。
一気にリザードマンの軍勢を背後から蹴散らし。見事にライラック王国軍を勝利へと導いたのである。
「凄い! クルス様の率いる騎馬隊は、まさに一騎当千の猛者達ばかりだったのね。だって5000人で2万を超えるリザードマンの軍勢を蹴散らしてみせたんでしょう?」
「あ、う、うん……。そうだね、確かにゴールドハルト辺境伯の軍勢は、鬼神のような強さだったとボクも思うよ」
子供のようにゴールドハルト辺境伯の手柄を喜び、その場で飛び跳ねてみせるシシリティアとは対照的に。
なぜかソレイユだけは……苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
それは決してシシリティアが、婚約者である自分の事よりも。ゴールドハルト辺境伯の活躍を手放しで喜んでいる事に嫉妬してしまったから……という事だけではなさそうだ。
そう、ソレイユ自身は……今回の国境付近で行われた戦争について。個人的に不審に思う点が幾つもあったのだ。
第一に、敵の動きの不自然さがソレイユは気になった。まるでモノリス家の騎士団を戦場に到着するのを待ち構えていたかのように、リザードマンの部隊は後方に現れ。背後からこちらを包囲するように襲ってきた。
そして更には、そのリザードマン達が出現するタイミングを見計らっていたかのように。
その後方から突如として現れたのが、ゴールドハルト辺境伯の率いる騎馬部隊だった。
確かに奇襲ではあったものの、攻め寄せるゴールドハルト辺境伯の軍勢に対して。2万を超えるリザードマンの軍勢は、まるであらかじめ『決められていた』かのような不審な動きを見せて。ろくな反撃もせずに敗走してしまったのである。
その動きを戦場で見ていたソレイユは、まるでそういう『台本』があらかじめに決められていたかのような、不審さを感じ取っていた。
もしかしたら、敵の魔族軍と……ゴールドハルト辺境伯の率いる軍勢は陰で通じていて。
全て『計画通り』の動きをしてみせただけの、壮大な茶番であったのではないか思えたほどだ。
だが……目の前で子供のように辺境伯の活躍ぶりを喜ぶシシリティアに、そのような自身の考えを聞かせる事はソレイユには出来なかった。
そんなシシリティアとソレイユの2人の元に――舞踏会の入り口付近に集まっていた貴族達が、ざわざわと動揺して騒ぎ始める声が聞こえてきた。
一体何事なのだろう……と、後方を振り返ったシシリティア達の背後には。
いつの間にかに、黄金の髪を束ねた女性のように中性的な外見をした若い青年。
たった今――シシリティアとソレイユの2人が話題にしていたばかりのゴールドハルト辺境伯が、彼らのすぐ側にやって来ていた。
「――やぁ、シシリィ。良かった……また君に会う事が出来て本当に嬉しいよ!」




