第9話 白・黒・灰のガールズトーク
帰りのホームルームを終えて夕方。
今日は七時限目まである日だったから、外はもう夕方の色をしている。
中学に上がってからは、授業のコマ数も増え週に二回は七時限目まである。
お母さんが言うには、昔は長くても六時限目までだったと。
今は隔獣警報で授業が潰れることも多いから、その穴埋めとして七時限目も必須だ。
こんなところにも、隔獣災害の影響があるのだけど、私たちには最初から七時限授業だったので、そういうもの、という受け止めしかない。
いや、早く帰れるならそのほうが嬉しいけど、その状況を想像するのが難しい、と言うべきか。
どこか弛緩した放課後の空気が漂う校庭脇を、美宙、杏奈、私の三人で並んで歩く。
「あーちゃん、今日はまっすぐ帰るの?」
美宙が何とはなしに聞いてくる。
最近はずっと、「ちょっと寄るところがあるから」とすぐに別れてコソコソ活動に向かっていたから、こうして三人で帰るのは久しぶりかもしれない。
友達がいがなくてごめん。
「うん、今日はまっすぐ帰る」
スター・ホワイトの件とか、スター・ホワイトの件とか、キルシェ先生の配信の件とか、つまりスター・ホワイトの件とかで頭がぐるぐるしてる。
こんな状態で境界層に入れば、注意力散漫で大事故を引き起こしかねない。
無理はしない。
家族や友達を悲しませるのは本末転倒だ。
「私もまっすぐ帰ってキルシェ先生の配信の続きを見る」
「杏奈には聞いてないけど」
「聞いてよ!」
美宙がクスクスと笑う。
「キルシェ先生の配信、頻度は多くないけど内容が濃いから、一回見始めると止めどころがなくて」
「それは分かる」
「でしょ!」
「ランキングの話とかも、確かに考えさせられるところもあったし」
杏奈が勢いよく喋りはじめる。
それに私が合いの手を入れたり、私が語ってしまったり、それを美宙がニコニコしながら聞く、といういつものパターンになるかと思ったら、今日は少し違った。
杏奈がちらりと私を見て、少し申し訳なさそうな表情になる。
「スター・ホワイトの話題、なんかあーちゃん苦手っぽいのに止まれなくてごめん」
「んえ……えっと、杏奈、私こそごめん。ちょっと、いろいろ考えさせられるというか」
「昨日、美宙に止められたときに、もうちょっと考えればよかった。ちょっと、わーってなっちゃってて」
わかる。気持ちはすごくわかる。
ん、言葉にしないと。
「わかるよ、杏奈。正体不明の魔法少女、姿を見せず、隔獣を一撃で仕留める」
ちょっとだけ、内心を切り離して、一魔法少女ファンとしてどう反応するかを考えたら、するすると言葉が出てくる。
「賞賛を求めて表に出てこず、淡々と隔獣を狩り続ける。しかも、キルシェ先生が『すごい』と言った狙撃の技術。気にならない方がおかしいし、謎だらけだから、想像の余地がすごいある!」
「あーちゃん……」
「でも、もしかしたら、何か事情があるのかもしれないって考えたら、素直に盛り上がれなくて」
「そっかー、そうか。謎めいたじゃなくて、表に出られない事情がある、か」
杏奈が、さすがあーちゃん、みたいな目を向けてくる。
ひぃん。
自分で言って、自分で大ダメージを受けた。
「そうだよね、さすがあーちゃん」
声に出して言われた!
杏奈は、言葉を惜しまない。得難い、親友だ。
「あーちゃん、寝不足でしょ」
「んぐ」
「今日は早く寝る。杏奈も。明日またいっぱい聞いてあげるから、今日はこれくらいでね」
「うん、ごめん、テンション上がりすぎてた。いつも思うけど、美宙はママっぽい」
「なんでよ!?」
「わかる、お母さんぽい」
「ええー、なんでよー。もう、なんでもいいけど、あんまり溜め込まないでね、あーちゃん」
「「そういうところ」」
「もう! ふたりして!」
くすくすと、笑い声が重なる。
「私さ、こっち来てから魔法少女のファンになったんだ」
杏奈が、珍しく自分の話を始める。
杏奈が日本に来る前のことを自分から話すことは、滅多にない。
美宙も私も、黙って続きを待つ。
「戦ってくれる誰かがいて、ここは安心していい場所なんだって思える。こっちに来るまで、安心して眠れたことがほとんどなかった。」
少し遠くを見るような杏奈の目が切ない。
「最初は、まだ大丈夫だ、まだ安全だ、って確認するために配信を見てた。けど、見ているうちに、ありがとう、がんばれ、ありがとう、て自然に浮かんできた。だからこれからも、ありがとうをいっぱい込めて、応援し続けたい」
「そっか」
「杏奈……」
ありがとう。いっぱい伝わってる。
「私は、見ていると心配になり過ぎて、ずっとは見てられないんだ」
杏奈に応えるように、美宙が口を開く。
「お父さんが言ったの。『本当は、私たちみたいな大人がやらなきゃいけない危ない仕事を、あの子たちに任せるしかない』って。私は、最初は魔法少女がどれくらい危ないことをしてるのか、ちゃんと分かってなかった」
けど、美宙はそこで立ち止まってしまうような人じゃない。
みんなが魔法少女を見ているときに、魔法少女以外のことを見ている人が必要だと考え、魔法少女に対して一歩引いている。
美宙だって、魔法少女を応援する一人なのだ。
美宙と私が小学校の時に仲良くなったきっかけだって、魔法少女の話題だったから。
応援の仕方が、少し違うだけ。
「私は、魔法少女を応援するのは悪いことじゃないと思ってる」
「うん」
「だから、杏奈は杏奈のままでいいよ。たまに、私に気兼ねしてたでしょ?」
「自分でも、テンション上がり過ぎた後は、ヤバ、て思ってブレーキかけてる」
「無理しなくていいよ。スター・ホワイトについて語ってる杏奈、瞳めっちゃ輝いてたし」
「わかる? わかる?」
不意に二人がこっちを見る。
「あーちゃん、スター・ホワイトの話になると、反応がいつもと違う」
「ち、ちがう?」
「違う」
「全然違う」
そ、そんなに?!
「あーちゃんにとっても、スター・ホワイトは特別なのか」
「セラ様から推し変?」
「それはない!」
私がセラ様推しをやめることはない。やめようと思ってやめられるものでもない。
「あーちゃんはさ、魔法少女の話になると急に難しいこと言うし、変なところで挙動不審になるし、寝不足だとすぐ顔に出るけど、あーちゃんはあーちゃんだよ」
「うええ、どういうことなの」
「美宙の言う通り、あーちゃんは、あーちゃんだな」
「どういう意味なのー?!」
いや、わかってる。
灰宮綾星は、灰宮綾星てことだ。
普通の中学生じゃないかもしれない。
魔法少女としても普通じゃないかもしれない。
けど、灰宮綾星は、灰宮綾星なのだ。
そう言ってくれる親友たちの温かさが胸に満ちる。
「そういえばさ」
杏奈が急に顔を上げた。
「私たち、白黒灰だよね」
「何が?」
美宙が眉を寄せる。
「名前。城崎の白、黒乃森の黒、灰宮の灰。」
「私だけこじつけっぽくない?!」
「えー、でも城って白いイメージあるじゃん。白鷺城、ノイシュバンシュタイン城」
「全部の城が白いわけじゃないでしょ」
「雰囲気だよ、雰囲気!」
杏奈が唐突に話題をすっ飛ばすのはいつものことだけど……
「杏奈は、白と黒と、混ぜて灰色でつながりあるね、っていいたい?」
「それ! 白黒灰の三人組!」
「なんか収まり悪くない?」
「えー」
「でも、あーちゃんは灰色って感じだよね」
「あれ? 流れ弾?!」
「白でも黒でもないあーちゃん」
「褒めてるの? それ」
「褒めてる、褒めてる。あーちゃんは昔からグレーゾーンを突くのがうまい」
「ほんとに褒めてる?!」
美宙と杏奈が笑い、私もつられて笑う。
なるほど、やっぱり、スター・「ホワイト」は私には合わない。
「魔法少女三人組ぽくない? 白黒灰」
「杏奈はすぐ魔法少女に結び付ける」
「えー、いいと思ったんだけどな。……あ、バス停こっちだから、またね!」
交差点で杏奈が手を振って別れる。
「杏奈、また明日」
「また明日ー」
顔、固まってなかったかな。
灰の魔法少女。黒歴史的な意味で冷や汗が出るキーワードだ。
バス停に近づいてくるバスを見て、杏奈が小走りになる。
それを美宙と二人で見送ってから、また歩き出す。
「あーちゃん」
「んー?」
「今日はちゃんと休むんだよ」
「美宙ママの言う通りに」
「もう!」
うん、今日は何もしない。
休むときは、ちゃんと休む。
ルーティンを守るコツ。
「じゃあ、また明日、あーちゃん」
「また明日ー、美宙」
家に帰ったら、セラ様の配信アーカイブでも見て推し活充電だ。
宿題して、推しの配信を見て、寝る。
今日の灰宮綾星は、普通の中学生。
明日は……明日考えよう。




