第7話 独り歩きするスター・ホワイト
「おはよ! あーちゃん」
「おはよう、美宙、杏奈」
「あーちゃん、おはよう。昨日よりは顔色いいね」
意識して早く寝ましたので。
なお、寝つきがよかったとは言っていない。
美宙、杏奈、私の三人は少し早めの時間に登校するから、教室内はまだ疎らにしか人がいない。
もう少ししたら朝練終わりの生徒が来て賑やかになっていく。
いつも通りの朝の教室風景。
「それであーちゃん、あーちゃん的にスター・ホワイトどう?」
「どう? と言われると、名前だけが独り歩きしてるな、て」
「そうなんだよね。どっかの事務所の事前プロモーション説が盛り上がってて」
なるほど、そういう見方もあるのか。
私がブラウザを閉じた後のSNSの盛り上がりを、杏奈があれこれ語る。
すごいな、スター・ホワイト。ネットの話題を独占する勢いでは?
「アヴァロンから近々デビューする、て昨日の晩SNSに流れたんだけど、アヴァロン公式の否定が今朝になってからで」
「杏奈、歩きスマホ?」
「今朝」の部分に敏感に反応した美宙のひとことに、杏奈がブンブンと首を振る。
「してないしてない。バスの中で見たの」
「アヴァロンの否定が遅かったから、プロモーション説が強まった?」
「そうそう! さすがあーちゃん、話がはやい。で、どう思う? アヴァロンからのデビュー説」
百パーセントないよ。
え、なに、これ万に一つ、私が魔法少女として名乗りを上げたら、自分の話題を入念に仕込んでいたことになるの?!
魔法少女をなんだと思ってるんだ!
そんな話題ばかり先行する魔法少女、周囲からのプレッシャーでめちゃくちゃ追い込まれるよ!
誰だよ!
私だよ!
「詳細不明の状態でこれだけの話題性、デビューしたらすごそう!」
私が思うにそれは、悪い方向ですごいことになるよ!
「それってさ、非公認魔法少女、てことだよね?」
スッと会話に入った美宙の指摘に、杏奈が止まる。
内心が荒れ気味だった私もなんとなく背筋が伸びる。
「非公認で、誰にも見つからないってことは」
少し迷うように一度言葉を切り、続ける美宙。
「誰にも気づかれないまま、居なくなっちゃう可能性もあるんだよね?」
「そ、れは……」
「謎、謎、て盛り上がるのもいいけど、私はその子がすごく心配」
否定、できない。
チャイムが鳴って、担任の山中先生が入ってくる。
いつの間にか教室を満たしていた喧噪が収まっていくが、私の心にたった細波は静まりそうになかった。
朝のホームルームを終え、一時間目が始まるまでの五分間、教室が束の間の喧騒を取り戻す短い時間に、教室のあちこちから同じ名前が聞こえた。
……スター・ホワイトって……
……スター・ホワイトが……
……スター・ホワイトは……
昨日までは、杏奈の口から飛び出した一部界隈の噂だったはずの名前が、今日はもう、クラスメイトの朝の雑談に混じっている。
「アヴァロンじゃないなら、ファーストナイト?」
「いや、ファーストナイトならセラ様が何か言うでしょ」
「くろっくきゅーぶの可能性は?」
「ファーストナイトよりは説得力ある。個性の塊みたいな事務所だし」
「大穴でトワイライトパレス」
「ねーよ」
「メイルストローム推しなんだよ」
謎の魔法少女がどの事務所からデビューするか。
話題にしたくなるし、めいめいが推しのハコを挙げてる気持ちも分かる。
私もトワイライトパレス推しの誰かとはちょっと語りたいくらいだ。
分かるけど、このいたたまれなさ!
昼休みには、予想投票とか始まりそうな盛り上がりだ。
◇
「考えたんだけど」
昼休み、お弁当を広げながら口火を切る杏奈。
「確かに心配だよね。そういう意味でも、やっぱりこの話題は盛り上がったほうがいいよ。そうして、スター・ホワイトの耳に届けば、皆が気にかけてるということも伝わると思う」
至近距離で伝わっております。
その件に関しましては、鋭意検討し、善処したく……
別にふざけているわけじゃなく、それくらい名乗り出ることへの心理的ハードルが高いのだ。
私が妄想で思い描いた魔法少女は、私がそれになる、という前提をあまりにも自然と、うっかりと、すっ飛ばしてしまった。
妄想のきっかけは確かに、私が魔法少女になったら、だ。
魔法少女ファンとして魔法少女について考察を重ねていた私なりに、こういう魔法少女が必要、という思いが常々あった。
先に魔法少女の見た目を思い描くべきだったのだろうけど、まず私なりの理想の魔法少女を思い描き、その理想にふさわしい外見を思い浮かべ、明確な姿を持った瞬間、私は羞恥のあまりに突っ伏した。
客観的に見て、推せる。
たぶんすごい推せる。
けど、私は推す側であって、推される側は無理だ。
自分の激重感情を、自分で受け止めきれない。
そんな状態で、変身して、公認魔法少女になる?
無理だ。
変身した瞬間、私だけの黒歴史がこの国の歴史になる。
むり。しぬ。
変身せず、名乗り出る?
もっとダメだ。
あのコソコソ活動姿を認識阻害の保護から解き放つなんて。
むり。しぬ。
私のダメなところは、私が一番わかっている。
美宙の言いたいことは分かる。
杏奈の言いたいことは分かる。
そして、どちらにも応えるすべを持たない。
けれど。
このまま何もせずコソコソ活動を続けたとして、スター・ホワイト騒動が鎮静化する可能性は極めて低い。
出口が見えない。
「あーちゃん、あーちゃん」
食べながらスマホをせわしなくスクロールさせていた杏奈が、画面を見せてくる。
「キルシェ先生がスター・ホワイトの話題に参戦、だって」
箸が、止まった。
「キルシェ先生が」
おうむ返しに呟いてしまう。
杏奈のスマホの画面に映っていたのは、昨日深夜のキルシェ先生の配信サムネイルだった。
キルシェ先生は魔法少女としては実質引退状態だが、配信活動はいまも続けている。
魔法少女キルシュ・ツァウバー。
ファンからは、敬意と少しの畏れを込めて「キルシェ先生」と呼ばれている。
愛称募集時のスタッフの誤字を拾ってネタにしてしまうような強かさ、やや毒はあるが的確そのものなコメントの数々。
なにより現役時代は、始まりの魔法少女と並び立った実力者として知られ、今や誰もが一目を置く魔法少女界のご意見番。
そんな魔法少女が、スター・ホワイトに言及。
魔法少女スター・ホワイトという虚像の独り歩きが止まらない。
しかも、今度は無責任な憶測じゃない。
魔法少女をよく知る魔法少女が、その虚像に言葉を投げたのだ。
嵐が、来る。




