第63話 関係省庁会議
首都区危機管理センター中央会議室
特殊災害事態対処関係省庁会議
会議の開始が宣言されてからおよそ三時間。
先月に起きた第三次広域隔獣多発事象――通称「黒巨人襲来」に関する調査結果報告が終わってから、会議では喧々諤々の議論が続いていた。
センターへの立ち入り制限が大幅に強化され、関係職員にも箝口令が敷かれて始まった会議は、冒頭二時間ほどを費やして行われた特災庁境界層研究所からの報告を境に荒れ模様となった。
広域隔獣多発事象という災害に関する調査報告、と受け止めていた出席者に強い衝撃をもたらしたのは、報告の最後に示された内容。
予め内容を知らされていた内閣官房と特災庁からの出席者以外の全員が、配られた報告書の内容にしばし息をのんだまま固まり、数分の空白が生まれたほど。
「異星からの侵略……? この報告は正気か? 信じ難い――」
出席者の誰かが思わず、というように呟いた言葉を否定する声はない。
誰かが言わなければ自分が言っていた、というのがほとんどの出席者に共通する内心。
「正確には『境界層の向こう側にある地球外のどこか』からの侵略という可能性、です。現時点ではその可能性が極めて高い、という段階ですが、よほどのことがない限り覆る可能性もまた低い」
その張り詰めた空白を断ち切ったのは、特災庁参事官の久我原。
報告の根拠となったデータを、会議室の大スクリーンに次々と投影しながら、よどみなく説明を加えていく。
黒霧の教訓を経て整備された境界層観測網の観測データでは、瘴気濃度の急激な上昇が発生したタイミングを区域ごとに並べて地図上にプロットし、分かっている限りの空間の歪みの配置も考慮し、瘴気の流入源を、第一管制ブロック内の巨人出現地点近傍と特定。
現地で対応に当たった魔法少女たちからの聞き取りでは、瘴気を運搬、集積する蜂型隔獣が多数目撃されたこと、計八体のルーク級出現ポイントでは、いずれも蜂型隔獣が近隣区域から集積し瘴気溜まりが構築されていたことが確認された。
これらの事実から、ルーク級の同時多発は次のようなプロセスであったと推定。
まず、第一管制ブロックで急上昇した瘴気濃度は、空間の歪みを経由して全てのブロックへと伝播。
次に、蜂型隔獣が瘴気を集積することで短時間のうちに濃度がさらに上昇し、ルーク級が発生。
また、瘴気濃度の伝播をシミュレーションにかけると、ルーク級が発生した瘴気の集積ポイントは、上昇した瘴気濃度を最も効率的に分配できるように構築されており、極めて多数の蜂型隔獣が統一的な指揮下にあったとみられる。
以上から、八体のルーク級の発生は偶発ではなく計画的なものであると結論。
加えて、魔法少女が各ルーク級の駆除に取り掛かったタイミングで、ルーク級の多発地点から最も遠い第一管制ブロックに巨人型隔獣と、本隊とみられる極めて多数の隔獣が出現。
「素直に考えて、陽動からの奇襲以外の何物でもないと言えましょう」
久我原のその言葉に、厳しい顔で頷くのは特災庁特殊災害局長と、防衛省防衛政策局長の二人と、議長役の内閣危機管理監。質問の声を上げたのは経産省からの出席者。
「特災庁では、明白な意図をもった奇襲を想定していたと?」
「あらゆる可能性を考慮に入れていました。集団で狩りをする野生動物ですら、囮を使いますからね」
その程度のことを考えないやつは野生動物にも劣りますが、まさかそんな阿呆は居ませんよね、と言わんばかりの久我原の言い回しに鼻白んだ表情を見せたのは外務省の局長。
日頃から隔獣対策で交流のある統合幕僚副長は、久我原流の冗談に薄っすら笑みを浮かべている。
特災庁特殊災害局と統合幕僚監部は、魔法少女のチーム制開始前から魔法少女の適切な配置と投入のシミュレーションを共同で行っており、隔獣発生には何者かの意図がある可能性が出た段階で、対応計画をケース別に何通りも作成していたのだ。
「今回はたまたまうまく行きましたが、特災庁にはくれぐれも未来ある若者の命を預かっている点、忘れないでいただきたいところです」
「もちろん。ルミナ適格者の運用には細心の注意を払ってますからね。その関連で――」
牽制の言を発した文科省の局長をちらりと見てから、スクリーンの表示を切り替える久我原。
映し出されたのは、配備が始まったばかりである境界層対応ドローン群。
「黒巨人襲来後、第一管制ブロックで検知した巨大な空間の歪み。これにありったけのタイプの偵察ドローンを飛ばしたところ――」
再び表示が切り替わり、時折ノイズが走るほぼ真っ暗な動画が映し出される。
画面右上の時刻表示の数字が進んでいなければ、ただ真っ黒の画像が映っただけにしか見えない映像。
「通信可能距離が最も長いタイプのドローンが捉えたのが――」
一時停止状態になった画面に映っているのは巨大な都市の廃墟。
「これですね。境界層でよくみられる空っぽの街は現実世界の街の風景が投影されたもの、というのが現在までの定説ですが、見ての通り、ここに映っている都市にあてはまる特徴――建築物、道路らしき構造物、その他の視認できる特徴に一致する都市は、衛星画像、航空写真データベースからは確認できませんでした。ま、見ればわかることですが、我々地球人類の都市が境界層へ投影されたものではないですね」
無数の、窓のないのっぺりした直方体のビル群。その間を縫うように走る、何層も複雑に重なっている高架道路。そしてなにより、都市を覆う壊れた巨大なドーム。
「ドーム都市……子供の頃に見た、未来都市の予想図によく出てきたな」
「異星の風景……ということか」
「興味は尽きないところですが、通信距離の限界でこれ以上の映像はありません。特災庁からの報告は以上です」
着席する久我原。
会議出席者のほとんどが、スクリーンに映し出されたままの映像から目が離せないでいる中、議長が静かに発言する。
「以上を踏まえ、未知生物様存在による特殊災害として扱ってきた一連の事象を、我が国への侵略的事象として認定すべきか、安全保障会議へ上げる必要がある。各省庁から、想定される対応と課題を可能な限り全てあげていただきたい。個別具体の制度設計については、幹事会および各分科会へ付託するものとする」
その言葉に、静かな喧噪が会議室に満ちる。
真っ先に声を上げたのは、文科省の局長。
「ひとつよろしいか。ことが侵略への対応であれば、ルミナ適格者が前に出るのは、教育・青少年行政を所管する文科省として容認し難いがいかに」
「同感だ。海外事例も参考に、ルミナ装備の開発を加速するべきでは?」
「黒巨人襲来事案の時点で、相当数の隔獣が確認されているのに、今からルミナ装備の開発が間に合うとでも? ルミナ適格者を前に出さないなどと悠長な理想論ではなく、いかに彼女たちの安全を確保しつつ事態へ対応するかを議論すべきだろう」
「海外事例というがね、実態は境界層迎撃すら覚束ない事例ばかりだ。都市への実体化許容ありきの作戦など、どれだけの被害が出るか」
「一定の成果は得られている。安全保障の観点からしても本邦が出遅れるべきではない」
「出遅れというが、ルーク級八体の同時発生を特定個人に依存せず、死傷者なしで対応できる本邦が、ポーン級の駆除に四苦八苦している余所に後れを取っていると? おもしろい冗談だ」
「ルミナ装備開発、製造の海外事例の実情をご存知ない? 装備製造現場におけるルミナ適格者の非人道的な状況を――」
「戦場に送り込むよりは人道的だろう!」
喧々諤々の意見のぶつけ合いは大きく二派。
隔獣に対抗できるルミナ装備の開発を急ぎ、魔法少女を前線から下げるべき、というルミナ装備開発派。
現状で安定している魔法少女による対応を続け、ルミナ装備開発は魔法少女支援を主眼とするべき、という現行体制派。
主流二派内にも主張の濃淡があるため、どちらも一枚岩ではない。
「予想通りですね、新崎局長」
「だが、予想よりも強気だ。装備開発派……聞こえのいい主張だけに、メディアと結びつくと厄介だぞ、久我原君」
内閣官房内閣審議官として政府中枢で隔獣対策の取りまとめを担うようになった志島の後任で、特殊災害局長に就いた新崎祐と久我原が小声で言葉を交わす。
経産省、文科省と連携してのルミナ装備開発推進を主張する声が増している防衛省の事務方から異動してきた新崎は、古巣では少数派となりつつある開発慎重派。量産して運用できるかどうかも分からない未知技術の塊を、いきなり国防の中心に持ってくるべきではない、という立場だ。
「メディアの連中、魔法少女関連から締め出されたのがよほど恨めしいようで」
「大人こそが、一致団結……とまでは望まないが、せめて彼女らの足を引っ張らない方向にまとまれんものかね?」
「難しいですね。大人だからこそ、しがらみも譲れないものも無駄に増える――」
「やれやれだな。根気よくやっていくしかあるまい」
小さくため息をつく新崎に、久我原が頷く。
「そろそろ議長がまとめに入りそうですが……装備開発派、粘りましたね」
「予定の範囲内ではあるが、開発案件、こっちも巻き込まれるのだろう?」
「首を突っ込んでおかない方がまずいですよ」
久我原のささやきに、新崎が「頭の痛いことだな」と呟く。
特殊災害対策が新たなフェーズへと入ったことを確認する会議は、予定の時間を大幅に超えて紛糾しつつも既定路線――隔獣対策は引き続き魔法少女を中心とし、政府はより一層の支援強化に注力する方針、を結論として採択。
会議がまとまったのは、その「支援強化」に非適格者が扱えるルミナ装備の開発も盛り込まれたため。
これにより、境界層における非適格者の活動補助装備開発へ予算がつくこととなる。
閉会が告げられ、三々五々と退室していく出席者を横目に、久我原が新崎にそっと耳打ちをする。
「局長、このあと少し時間ありますか?」
「ふむ、もしや噂のC案件会議か」
「ええ」
頷き、小声で付け加える久我原。
「今回は張本人にもご臨席いただきます」
「それは……楽しみだな」
次の更新は、9月29日の予定です。




