第62話 もう、逃げません
それからどうなったかというと、そのまま境界層から運び出されて入院コースとなった。
検査と、苦い薬と、意外においしい食事。
変身解除厳禁、面会謝絶、スマホ禁止。
変身状態で着替えるの、なんか変な感じだよね。
普通の服だとルミナの巡りが悪くなってしまうから、特製の検査着兼パジャマ。青薔薇様が所属する医療法人が魔法少女用に開発したものらしい。
入院してると言っても、ベッドの住人じゃないよ。
個室は二十畳くらいで、バストイレ付。部屋の中央に間仕切りがあって、その向こうにベッド。
今は窓際のデスクで、本とかノートとか広げている。冷蔵庫もあって、なかなか快適な部屋ではあるけど。
健全なオタク中学生から、スマホを取り上げるとか、酷くないか?
もう三週間だぞ、三週間!
ネットに飢えてしんでしまう。
魔法少女配信見られないことが、こんなにもストレスになるとは……
「まるで禁断症状だな」
「そのものだよ。いいじゃん、配信くらい見せてよ……というかそのスマホ寄こせキルシュ」
なぜか、ちょいちょい私の個室に入り浸っているキルシュ。面会謝絶とは……?
「やーだね。スマホ禁止も理由あってなんだから、我慢しろ我慢」
「目の前でセラ様の配信見ながら言うセリフか、それ! 人のこころはないのか!?」
「あふれるくらいあるぞー。あと、チェネの防御が薄いことを心配するコメントも多いぞ」
「うるさいよ?! おまえらはお母さんか!」
ヘソ出しだけど、防護シールドはあるから、布面積はあんまり関係ないよ!
ノワ様みたいなドレスアーマーに比べたら、軽装なのは認める。
ただ、ダメージを受けた理由は多分、一発貰った後に変身維持のギリギリまでルミナを攻撃に回したせいだ。
ちょっと反省しているけど、余裕を残していたらあの巨人の盾を割れなかったので、判断を間違えたとまでは思ってない。
「というか、毎日のように来てるけど暇なの?」
「おまえなー……」
いや、何となく理由は予想できるけど。
家族への伝言とか護衛とか監視とかそんな感じのあれそれだろう。
それよりもせっかくだし、気になることを聞いておこうか。
「キルシュ、黒霧のときのこと教えてよ」
「また、唐突だな。何を知りたいんだよ?」
「クイーン級隔獣」
「どこから出てきたんだよ、その分類」
スマホから顔を上げたキルシュがこっちを見る。
どこから、というなら、隔獣のクラス命名がよくよく考えるとおかしいのだ。
ポーン、ビショップ、ルークとランクが上がってるのは、一見してそこまで不自然ではないけれど、チェスの駒なんてたった六種類しかないんだぞ。
それから、セラ様のアストラ・クラウン。
とっておき、とセラ様が言ったプレアデスの威力は、バフ無しでもルーク級数体をまとめて消し飛ばせそうなほどだ。
なら、今のセラ様と同等かそれ以上のルミナ出力だったと言われる始まりの魔法少女シャイニースターが、黒霧で現れたとされるビショップ級に遅れを取る?
あり得ない。
ルーク級のような装甲を持っていなかったというビショップ級なんて、湧いた端から撃ち抜いて終わりだ。
それに、シャイニースター以外にも、レッドインフェルノや、メルスプライトなど、ルージュ並みの魔法少女が何人もいた。ポーン級が大量に湧いたというが、あのクラスの魔法少女がその程度でどうこうなるわけがない。
そんな、歴戦の強力な魔法少女達が殉職したなら、相応の何かがあったか、居たか。
少なくとも、あの巨人なんかよりも、もっとずっとヤバいヤツが居た筈。
「そう考えると、ポーン、ビショップ、ルークという命名は『クイーン級』というべき存在があったから、と考えるのは自然だし、そんなヤバいのが出現したとすれば、黒霧以外にはないでしょ?」
それから、ビショップ級の脅威もかなり誇張されているような気がする。穿って見れば、クイーン級があの惨事を引き起こした、という情報を隠蔽するために、ビショップ級という架空の存在を捻りだした可能性すら。
「……飛び級しようぜ、チェネ」
「オタクはジャンルに強いだけつってんだろ。ちょっと立場が違ったって、佐久良は親友だってば」
――って、なに耳真っ赤にして照れてんだよ?! 可愛いか?!
「あと、さらっと話を逸らすな」
「ダメか」
「やっぱり存在したんだ、クイーン級隔獣……というか」
特災庁がひた隠すというなら、たぶん――
「黒い魔法少女」
「――?! チェネ、それをどこで」
「んー、推理。二年前に出たルミナの黒色反応、白色反応についての論文。なんでルミナ反応と瘴気反応じゃないのか、瘴気とルミナの相似に気づいたきっかけは何か。それから、瘴気侵蝕をうけた私が厳重に隔離されてる理由は何か。魔法少女タイプの隔獣が居た、と考えるとしっくりくるんだよね」
「そして、ここに簡単なカマかけに引っかかったやつがいて確信した、か」
ちょっと拗ねたキルシュは、元々背が低いせいもあってか、なんか、年下っぽく見えるね。
かわいいぞ。
「変なこと考えてる目でこっち見んな」
「悪気はないってば」
「変なこと、は否定しないのかよ!」
「いやー、キルシュは可愛いなって」
「私はいつだってカワイイに決まってるだろ」
おっと、すごい自己肯定力。
最強魔法少女様は格が違った。
「ソレが現れたのは、いきなりで、全てがあっという間だったらしい」
一度、目を瞑って沈黙するキルシュ。
「隔獣大量発生の対応で魔法少女が境界層に集まっていたところにいきなり現れて、真っ先にシャイニーがやられて、動揺が走ったところをまとめて薙ぎ払われ、レッドインフェルノが至近距離で相討ちに持ち込んだ」
「ポーン級が飛び込んできて、一瞬、誰が対応するか、どう対応するか、と空白が生まれたところで、ポーンがクイーンになった、というところかな?」
「……証言データを見てもいないのに、よくそこまで」
「んー。答えが先にあったからね。ポーン級という名前に意味があるなら、駒が成るチェスのプロモーションルールは連想できるし。隔獣駆除で、徹底して遠距離戦が常識とされているのも、不意打ち対策の側面があるわけだ」
ただのポーン級が、いきなり未知の危険な隔獣?に変化する可能性があれば、警戒してもし過ぎることはない。
「あまり確たる根拠はないけど、クイーン級はかなりのイレギュラー……だと思う。サイズも魔法少女だったんでしょ?」
頷くキルシュを横目に、手に持ったシャーペンをくるくると回す。
「隔獣は物質化した瘴気で構成されているけど、コアを持つ隔獣の構成体密度には一定の限界がある――ように見える」
少なくとも、ポーン級もルーク級も密度はそこまで変わらない感じだった。あの巨人も同じ。盾とか装甲とか、部分的に密度の濃淡はあるけれど、体積に対する瘴気の総量の比率はポーン級も巨人も似たり寄ったり。
巨人がアレだけ厄介だったのは、物質化してない瘴気を攻撃で消耗した分の補充や修復に使っていたからだ。
攻撃に使える瘴気量が構成体の瘴気総量に比例するから、ポーンよりもルーク、ルークよりも巨人と、サイズが大きくなるほど攻撃が強力になる、と考えるとしっくりくる。
コア持ちの隔獣は、コアによって構成体を維持しているから、サイズの違いはコアの違いだよね。
何らかの制約か限界があって、構成体の瘴気密度を一定以上にできないとすると、強力な隔獣を作ろうとしたら、必然、サイズが大きくなる、というわけだ。
「隔獣は作られた存在、と?」
「コア持ちはその可能性が高いと思う。私が思いつくくらいだし、特災庁でもその結論が出てるんでしょ? コアを持たないラット、ビーストは、瘴気から自然発生したもの。それを意図的に生み出すコア――隔獣コアが造られてポーン級が現れるようになり、その隔獣コアが改良されて、ルークや巨人が現れた」
キルシュの沈黙が、入院中にずっと考えていた推論を肯定する。
コア持ち隔獣の裏には、何者かが存在していて、何かしらの理由があって、この世界に隔獣を送り込んでいる。
ただ、その推論に全くハマらないのが――
「なら、ポーン級よりも小さいのに、コア持ちとは桁違いの出力らしいクイーンは何、って話だよね」
魔法少女と同じようなサイズということは隔獣コアによる瘴気制御ではなく、ルミナを扱う魔法少女と同じような仕組みで、どこかから瘴気を汲み出し扱えるだろう存在。言うなれば――
黒色ルミナ適格存在。
「黒霧の時に一度現れたきりなら、隔獣を送り込んでいる側にとっても、イレギュラーなものかもね。高濃度のルミナに反応してルミナ適格者が覚醒したなら、黒霧発生時の異常な瘴気密度が同様の事象を起こしても不思議じゃない。瘴気が何らかの理由、目的?によって歪められた星環エネルギーとするなら、その歪みが何らかの異常を引き起こしたのかな? 星の免疫機構の暴走とかそういう感じ」
「んん?」
「そもそも、魔法少女――ルミナ適格者が星環に備わった何らかの免疫機構とするなら、歪んだ星環エネルギーが星環免疫機構に異常を生じさせた可能性はあるし、ポーン級が変異したなら、そのポーン級のコアが変異した? 黒霧以降、同種の現象が起きていないなら、やっぱり意図的なものではなく、イレギュラーな事象や事故、例えばコアが元々何らかの異常をきたしていて、限界を超えて瘴気を吸収、蓄積していたとか、そういった再現性のない異常に起因する何かが条件になってるのかな……ね?」
「待て待て待て。長い! それにツッコミどころが多すぎる!」
「私、いつ退院できるの?」
「話が飛んだな?!」
「私さ――」
「おう? なんだよ」
「魔法少女、頑張ろうと思う。推しとか推すとか、推されるのわからんとか、解釈違うとか、コソコソしたいとか……そういうの、いったん全部脇に退けてさ」
キルシュに、きょとん、とした表情をされた。なんだよ、決意表明だよ。
「ちゃんと、逃げずに、魔法少女としてやれること全部、やる」
そうか、とキルシュが小さく微笑んだ。
うん。
それじゃあ先ずは――
「志島局長と会議だ!」
「お前が入院してる間に異動になったぞ」
お役所ーーーー!!




