第61話 決着と、彼方の彼岸と、侵蝕と
巨人の胸部にマーカーとして撃ち込んだ弾丸が、白い輝きを放つ。ルミナ同士が僅かに引かれ合う性質を利用し、強化した砲撃誘導ビーコンだ。
勘が良く、的確な判断を見せる巨人がセラ様の放つ「とっておき」にどう対応するか? 盾で受ける? そんなリスクを冒すとは思えない。となれば、巨人が回避という手段を選ぶ可能性は低くない。
どうやって巨人の足を止めるかが悩ましかったが、図らずもいい方法を巨人が自ら教えてくれた――強いルミナ反応を追尾する黒光だ。
あちらにできて、こちらにできない道理はない。
巨人が逃げの一手を打っても、誘導ビーコンがそれを許さない。
それに気付いたのか。
迫る眩い金色の光に、巨人は黒剣を両手で構えて対峙する。
真っすぐ構えられた黒剣が膨大な瘴気を吸い集め、紫電を纏う黒い光の塊がその先端に生じる。
なんて圧……! あんな奥の手を隠し持ってたなんて!
巨人が黒剣の先端でチャージして放った黒光が、巨人に命中する寸前だった金色の光を飲み込むように突き進んでいく。
金色のアストラ・クラウンより一回りほども太い黒光は、あっという間に中間地点を越えてセラ様へ向かうが、そこに二本目のアストラ・クラウンが突き刺さって黒光の勢いを食い止め、そのまま拮抗状態になる。
紫電を纏う黒光と、白金のスパークが奔る金光が、互いを喰い合うようにのたうつ。
その拮抗を崩すべく動く巨人。
黒剣を握り込むように両肩を上げ、さらに力を込めるように腰を落とすと、黒光が一回り以上膨れ上がって金色を押し込み始める。が、すぐに三本目のアストラ・クラウンが追加されて黒光を押し留める。
それに反応するように、巨人の背から黒光がシャワーのように放たれ、急カーブを描いて黒剣から放たれている黒光に合流して膨れ上がるも、続けざまに四本目、五本目のアストラ・クラウンが迎え撃つように加わり、金色の光が暴れる黒光を押さえつけるように巨人に向け進み始める。
加勢したいところだけど、さっき撃ったフルチャージ弾にありったけのルミナを注ぎ込んだばかりで、もう変身を維持するくらいのルミナしか残ってない。
ルージュやヴァイセも似たり寄ったりな様子だ。
凄まじいエネルギーの奔流のぶつかり合い。その余波が嵐みたいに吹きつけてくるから、正直立ってるだけで精一杯だ。
じわじわと巨人に迫る金色の光。
それを押し返さんと、僅かに剣を引いた巨人が、力を振り絞るように、さらに一段腰を落とし、剣を前に突き出す。
巨人を中心に渦を巻くように集まり続ける瘴気が黒光に加わり、再びの拮抗。
だが、それも束の間。
六本目、続けて七本目のひときわ眩いアストラ・クラウンの金光が暴れ猛る黒光を押さえ込んでねじ伏せ、均衡を一気に突き崩す。
瘴気を浄化しながら迫る金色の光に向かって、巨人が足掻くように黒剣を振るうが、そこまで。
黒光をかき消した七本のアストラ・クラウンが巨人を飲み込んだ。
黒剣が砕けるように崩壊し、腕、肩と金色の光の中で形を失っていき、胸郭に達したところで、金色の光が爆発的に膨れ上がり、巨人の巨体をかき消すように飲み込む。
その寸前、黒い弾丸のようなものが後方に放たれたように見えた。
視界いっぱい、天高く高く立ち昇る金色の柱。
……ああ、綺麗だな。
暖かい光だ。
以前のルーク級との戦いの時のように、光の柱の頂点付近から、金色の粒子が広がり、周囲一帯の瘴気を浄化していく。
光の柱の規模も、粒子が広がる範囲も、ルーク級を撃破したあの時とは比べ物にならないほど大きく、広い。
あれだけ濃密に渦巻いていた瘴気がルミナに変わっていき、あたり一面が金色だ。
セラ様、すごいです。
これは確かに「とっておき」です。
だけど、何故だろう。
対物ライフルを握る手が緩まない。
『やりましたわね!』
ルージュの明るい声がリンクに乗る。
うん、やった。
やったはずだ。
そのはずなのにゾワゾワしたものが消えない。いつもなら、明るく反応しそうなノワ様が沈黙してるのが怖い。
何か、見落としている? 巨人から飛び去ったアレ?
いや、アレの正体はわからないけれど、今すぐの脅威じゃない。
『ルージュ、チェネステ、ヴァイセ、すぐにボクのところまで下がって!』
『――っ! はい!』
ルージュとヴァイセが下がってくるのに合わせて私も後退し、ノワ様の近くに降りる。
「何か問題ですの?」
「んー、わからない。勘だよ」
「わかりましたわ!」
頷き、両手の武器をチェックするルージュ。セラ様は……と見ると、やや後ろで、アストラ・クラウンをチャージしている。
セラ様のルミナ量は底なしかな?
そのセラ様の表情も厳しい。
私もゾワっとしたものが止まらない。
異常はないかと、金色の光が満ちる周囲を見回そうとしたところで、ヴァイセの声が響く。
「あれ! あそこ! なにかおかしいです!」
ヴァイセが指さす方向を見ると、かなり離れたところで、金色の粒子が何かに阻まれるように滞留している。
時折、金色と赤紫の光が不規則に走り、見えない壁があるような――!?
全員が注目するのを待っていたかのように、不可視の壁が紫電を帯びながら剥がれていく。
その向こうは黒。黒一色。見渡す限りの、のっぺりとした黒。
まさか……
「ちょ、まさかアレ全部隔獣とか言わないよね?!」
「どう見ても、そのまさかでしてよ、ノワ――」
景色が霞むほどに濃密な瘴気が砕けた壁の向こうから押し寄せて金色の光とぶつかり、視界の至る所でスパークが奔る。
「――セラ先輩!」
「まだ! です! アレだけの数となると……!」
ヴァイセが、アストラ・クラウンをチャージしているセラ様に声をかけるけれど、あんな見渡す限りの隔獣なんて……
薄曇りが常の境界層の空まで暗くなっていく。
まさか、瘴気の影響がそこまで――
「――!! 来た! やった! ボクらの勝ちだ!!」
ちょ、ノワ様?! 何が――
「夜だ! 夜だよ! 冷たい夜が来た! ほら」
あまりにも振り切れたテンションではしゃぐノワ様についていけずに固まった私を、引っ張るように後ろへと向かせてくるノワ様。
ちょっと! どうしたんですか、急に……?
蒼黒く塗りつぶしたような空に昇っていく、青白い……月……?
!!!
周囲のルミナが急速に活性化していき、呼応するようにセラ様の周囲に次々と金色の星が出現していく。
あれは……間違いない!
「グレイシャルムーン!」
誰かが歓声を上げるようにその名を呼ぶ。
胸に満ちる高揚感。
スッ――と引き締まるような、冷たく澄んだ空気。
セラ様の涼やかな声が響き渡る。
「蒼穹を支えし巨人の枝、天冠に輝く七姉妹よ詠え――アストラ・クラウン・プレアデス!」
一瞬、いきなり昼間になったかのような明るさが周囲に満ちて放たれるセラ様の「とっておき」――アストラ・クラウン・プレアデス!!
今日二度目のそれは、先とは違って、今度は七本の金色に輝くアストラ・クラウンが扇状に同時に放たれ、彼方にひしめく隔獣を紙切れみたいに引き裂き薙ぎ払っていく。
視界いっぱいに広がる重苦しい絶望感に満ちた黒が、瞬きの間に金色に塗り替えられていく。
思わず、隣にいたルージュと見つめ合ってしまった。
セラ様のルミナ量は本当に桁違いだ。
まさに一掃。
数えきれないほどの隔獣が、すべて、一かけらと残さずに白いルミナへと還った。
……ほっ、と力が抜ける。
冷たい空気が気持ちいい。
思わず、紺青の空に浮かぶ月を見上げてしまう。
――それにしても、シャルはどうやってここまで来たのだろう?
空間の歪みを駆使してきた私たちでも、三十分かかったというのに。シャルの機動力はそこまでじゃないし、誰かに運ばれてきたとしても、足の速いメンバーは、皆、ここに引っ張ってきてしまっていたし。
……と、考えている間に、上からシャルが降ってきた。途中で一回くるっと宙返りしてから着地するの、かっこいいな。って、シャルに誰かが飛びついた……って……
え? ノワ様!? え??
「花ちゃん!! 花ちゃん! 愛してる!」
「ちょっ?! ま、な、こんなところで名前出すな! 薫のバカ! あ、こら、ほっぺた擦りつけるな! ちょっ、人目を気にしろー!?」
「だってもうダメかと思ったんだよ! そしたら花ちゃん来てくれた!! 愛が溢れてもしょうがないじゃん!」
……。
いや、いや、ノワ様とシャルって、そういう?!
確かに普段からなんか距離感近いし、シャルがやたらセラ様を睨むの、なんかセラ様とノワ様が話してる時が多いなって思ってはいたけど。
いやそれより、誰がシャルを――
……て、今度は青薔薇様が降ってきた?! と思ったら続けてキルシュも。
ああそうか、キルシュなら確かに……
キルシュ? そんなに血相変えてどうし――
「ローズ! すぐチェネを看ろ! 左脇腹の辺りだ!!」
「っはい! ステラさん、そのまま、すぐに横に! ルージュ、手伝ってください」
……お、おう。
いや別にどこにも痛みは……?!
「――っんぎ?!」
青薔薇様の手が脇腹に触れた瞬間、焼けるような痛みが走る。
いづぅ!! っな、んだ、これ!?
「瘴気侵蝕です。動かず、意識をしっかり持っていてください」
「っ! っわか、っ!」
息が、詰まる。
一発貰ったアレか……。
こ……れは、キツい、な。
……ヤバいなぁ、美宙が心配しそうだ。
油断したわけじゃないけど……。
……
ああ、セラ様、そんな顔しないでください。
大丈夫です。
そこまで酷くはないです。
んん、なんということ。
推しに心労をかけるとは。
不覚……!




