第59話 避難所にて
――少し前 星ヶ台市第一避難所
避難所内にある、地域の各学校に割り当てられた区画は、夏休み期間ということもあり、いつもよりも幾分か生徒の数が少ない。
警報が出たのは昼下がりの時間帯だったので、部活動の生徒などは学校から集団で避難し、地元にいる生徒は地域単位での避難後、学校区域へとやってくる。
大人達は大人達でやることがあるため、子供は子供で学校区画に集合するのが基本の行動となっている。
帰省やレジャーなどで遠出している場合は、それぞれの行き先での避難だ。
隔獣災害が日常になって十年以上。避難指示が出た時の行動は、すっかり日常の中に定着している。
そんなこんなで、割り当てられた区画に集合した星ヶ台市立星見原中学校二年三組も、いつもに比べると幾分か人数が少ない。
「黒乃森さんが居ないと、なんだかこう、物足りないですね。ライブ配信を見ていても、少々盛り上がりに欠けるというか」
配信の画面を見ながら、そんなことを呟く委員長に、美宙は意外そうな表情を向ける。
「杏奈、今日はイベントで遠征だったからね。委員長、騒がしいのはそんなに好きじゃないと思ってた」
「そうですか? 無意味に煩いのは苦手ですけど、杏奈さんのは喜怒哀楽が見えて好ましいですよ」
「そういうものか」
「そういうものです。それにしても、避難所内だとライブ視聴が制限なしになったのはありがたいですね。気兼ねなく見ることができます」
美宙は、確かに、と頷いた後、再び委員長に意外、という視線を送ってしまう。
「本来は制限されているものを、暗黙の了解でよしとされてはいても、グレーな方法で見るのはね。せめてクラス委員くらいはきっちり規則を守るべきでしょう?」
「委員長らしいね」
「硬いとは思うのですけどね。ちなみに、ノワ×グレイス推しのノワ様ファンです」
「ノワ様ファンなのか。意外と王道というか……」
言葉を切った美宙から何かを察したのか、委員長の目が少し細められる。
「奇抜なのは自分の名前だけで十分です」
「何も言ってないし! それよりほら、配信。ノワ様映ってるよ」
「見てます。あーさんに、ノワ様の扱いについて一言申し入れるべきでしょうか? いえ、宙を滑るノワ様というレアシーンを見られたので赦します」
委員長のスマホに映る配信画面には、何かを話し合っている五人の魔法少女が代わる代わるに映っており、いまはちょうどノワ様――魔法少女ノワール・ガルドのアップが映っているところだった。
「城崎さんも、なんというか、意外な一面を色々と見たといいますか」
「ちょっと、熱くなっちゃってたね……心配させるあーちゃんが悪い、うん」
配信画面に映し出される巨人型の超巨大隔獣との息詰まる攻防を見ている間、美宙は気が気でない、といった感じにそわそわしっぱなしであり、画面の中の「あーちゃん」――魔法少女チェネレントラ・ステラのバトルドレスの袖が飛び、あわやという場面では、悲鳴まで上げてしまっていた。
日頃から落ち着いている美宙のレアな様子に、委員長は珍しいものを見ました、という表情を向けている。
少し離れたところでは、クラスの男子たちが、各々の端末で配信を見ながら、ああでもない、こうでもないと盛り上がっている。
「けっこう危ない場面あったけど、あーさん、大丈夫なのかな?」
「はぎー。そこでヴァイセ・ブリューテじゃなくてあーさんを心配するのさー」
「な、ちがっ!? く、クラスメイトの心配するのは当然だろ!?」
「ムキになってる時点で、丸分かりなんだよ」
「男のツンデレとか需要ねーよ」
やいのやいのとじゃれ合う様子に、委員長は肩をすくめ、美宙はしょうがないね、と軽く笑う。
一方で、画面に映る配信のコメント欄は、かなりのスピードで流れ続け、大勢が配信に注目していることが窺えた。
―― ヴァイセ居るなら、お嬢と組ませればいいのに
―― それ思った。チェネステ采配かこれ? 珍しく冴えないな
―― 無茶言うなよ、初見だろ
―― 対応力高いルージュお嬢とチェネステでひと当てするのはむしろ正解だろ
―― ヴァイセをいきなり前に出すのはリスキーが過ぎる
―― チェネステがバトルドレスにダメージ貰ってるの初めてじゃ
―― ヤバい相手だよな
―― 大丈夫なんか
―― あのサイズが臨界とか考えたくない
―― ちな俺北海道、いま避難所に退避準備指示出た
―― マジか
―― 気をつけて!
―― 無事を祈る
―― なんか話し合いまとまりそうか?
―― チェネステ、ちょっと空回ってる雰囲気
―― 良くやってると思うがなあ
―― いうて俺らは観戦しかできんけどな
―― 応援が、こう、ルミナパワーになったりしないかな
―― しない
―― ない
―― わいらマジで見てるだけ
―― 現実が非情すぎる
―― 特災庁が前にかなり大規模に実験したけどな
―― なんの成果も得られませんでした
―― 魔法少女、マジでなんなんだろな
―― 謎
―― 海外のルミナ適格者は、色々だしな
―― 聞いたことある。アメリカだとスーパーヒーローとかだったり
―― チェネステ止まった?
「むぅ、あーちゃんが悪く言われるのは腹立つ!」
「コメントに噛みついても仕方ないでしょう」
そうだけど、と、むくれる美宙。その動きが止まる。
画面の中で、チェネレントラ・ステラが気合いを入れるように頬を叩いたのだが。
―― あ
―― うわ
―― 自分で頬をぶっ叩いた
―― バチーン、て
―― すげー勢いで
―― そんなに全力でぶっ叩く奴がいるか
―― 涙目になってるのカワイイ
「あーちゃん……」
―― 残念すぎる
―― て、なんかやってる?
―― 眼鏡?
―― 眼鏡出した
―― 眼鏡かけた
―― 似合ってるじゃん
―― まぁ、ありかな
「なんか、委員長の眼鏡に似てる。ズルい」
「なんでですか! 城崎さん、急に地を出してきましたね?」
「いや、もう委員長になら良いかな、って」
「なんですか、それ。ほら、あーさんが何かやりだしましたよ」
委員長が美宙の目の前にスマホの画面を置き、ジト目の視線を遮る。
―― まだなんかしてる
―― ハルバード消した?
―― 杖に変えるとか?
―― 砲撃魔法使ってたし、杖くるか?!
―― 誰も武器変更とかいうイレギュラーに突っ込まない件
―― 言うてチェネステやし
―― いまさらすぎ…んん??
―― なんかデカいの出したぞ
―― 対物ライフル…か?
「あーさんてさ、あの外見でちょっとミリタリーマニアっぽいのズルいよな」
「思った。配信で迷彩コートとか着てるし」
「なぜか似合ってるのがなぁ」
―― 杖とか予想した奴www
―― そうはならんだろ!
―― あのデカブツ相手なら重火器も納得
―― むしろ対物ライフルでも豆鉄砲…
―― あんな普通に持てるもんなの?
―― 三十キロくらいあるらしいぞ
―― 眼鏡かけてちょっと知的な雰囲気だしてからのコレよ
―― 斧槍振り回すゴリラから、銃火器振り回すコマンドーに
「ゴリ……ぶふ」
「城崎さんのツボが謎すぎます」
―― このまま再戦行くんか
―― 勝算あるんか?
―― 無かったらルージュお嬢が止めるやろ
―― セラ様がドヤ顔してたから、まぁなんかあるんだろう
―― 音声も流して欲しいな
―― 今度はヴァイセも前衛入るんか
―― この紅白ペア、ヤバいんだよな
―― この前、お嬢の指名で組んだ変則二人チームのやつか
―― お嬢、前々から、一度組んでみたいって言ってたからな
―― あれ見るまで、お嬢は単体で完成されてると思ってた
―― チェネステ、あれ見てなかったんかな
―― あの時はちょうどチェネステも配信してたから
―― 見てたら、ヴァイセとお嬢を前衛後衛で分けるとかしないだろ
「自称ヴァイセファンのはぎー、解説!」
「自称ってなんだよ! ちゃんとファンだよ! デビュー時からの! で、この前のは、確か、ああ。えっと、んー」
「なんだよ、やっぱり……」
「ちっげーよ、説明の仕方を考えてたんだよ! ちょっと前のコラボ配信で、ヴァイセとルージュ・エトワールが合体魔法みたいなの使ってたんだよ」
「それでそれで」
「その魔法がすごかったんか?」
「すごかったんだよ。花の蕾みたいなのがルージュの周囲に浮いてルージュの攻撃がすげー増える」
「イマイチわからん」
「こういう時、あーさんなら上手に解説してくれるのに」
「所詮、はぎーか」
「お前ら人に説明させておいて言いたい放題かよ!?」
美宙と委員長が思わず顔を見合わせ、同時に肩をすくめる。
まぁ、男子だしね、と言いたげに。
画面の中では、再び巨人へ向かって飛び出していく魔法少女たち。
「あーちゃん、がんばれ……!」




