第56話 前線指揮所にて
早速、ローテーション制度がその機能を発揮した。
警報が出るのとほぼ同時に、二つの当番ユニットから主チームと予備チーム、計四チームが強い隔獣反応を検知した区域への偵察に出撃。さらにバックアップチームも境界層に入り、不測の事態に備える。
幸いというべきか、オフイベで多くの魔法少女が首都区近郊の会場に集まっていたこともあり、そのまま、オフイベ会場内にあるホールの一つで隔獣駆除対応チームの編成も迅速に進んだ。
編成を終えた魔法少女が順次出撃していく傍らで、特災庁駆除課の職員の人たちが次々に到着し、あっという間に持ち込んだ機材でホールを前線指揮所に変えていく。
機材が増えるたび、本部指令室とのビデオ通話画面や、様々な情報が表示される区域マップ、編成された魔法少女チームのリストと状況などがホールの壁面に次々に映し出されていき、やがて壁の一面が丸々と巨大スクリーンのようになる。
ちょっと不謹慎かもだけど、こういう司令部的な設備って、ちょっとワクワクしちゃうよね。
『偵察班チャーリーです! ルーク級らしき巨大隔獣、ポーン級六体を確認!』
『区域コントロール了解。隔獣は移動中か?』
『こちら偵察班ブラボー! ルーク級を確認した。他にポーン級複数がルーク級の周囲を巡回している』
偵察に出たチームからの報告がホールに流れると、緊迫感がぐっと増す。
ルージュ? なんで私を見るの?
「見事にフラグを立てましたわね!」
「立ててませんってば!! もう!」
「あの、私は偵察に出なくても良いのですか?」
「ヴァイセは待機でお願いします。状況によって、お願いしたいことが変わりますから」
「わかりました!」
身体の前で両手をぐっと握るヴァイセ、かわいいか。スクショしたい。
けれど、トークライブ会場最前列から変身して出てきた件については後で詳しく。
「このメンバーが待機でいいの? チェネステ、どうせ君の仕込みでしょ? ボクにもわかるように説明」
「ノワ様? 何でもかんでも私のせいみたいな言われようはどうかと」
「違うの?」
「違いませんけど!」
今、前線指揮所となっているホールの片隅で待機しているメンバーはセラ様、ノワ様、ルージュ、ヴァイセ、私の五人。
セラ様、ソファで優雅に寛いでる姿も素敵です。
この五人、いつぞやに、私から久我原さんに頼んだ、境界層深部偵察チームの構成そのままだ。
「チーム制度の導入によって駆除体制が整った、というよりも変わったんですが、その成果として、境界層での早期駆除率が劇的に向上しました」
「チェネステ、難しい! わかりやすく」
「……わがままぁ。隔獣を早期発見、駆除できるようになって、避難指示の発令が減ったんです」
「あ、確かにそうですね! 友達とも、定期テスト期間に避難が無かったの珍しいよね、って話してました」
ヴァイセはいちいち仕草が可愛いね。それでいてあざとくないのがすごい。
この前、雑談配信でちょっと真似してみたらコメント欄が酷い事になった。消したい記憶だ。
「それで?」
「早期発見と駆除の浸透で、概ねどの区域も、瘴気レベルは観測開始以来の低い水準になっていたんです。特災庁の試算だとルーク級が発生しうる瘴気濃度は――」
「チェネステ、すぐ言い回しが難しくなるぅ」
「つまり、瘴気が薄いのに、濃い瘴気が必要な大型隔獣が複数発生したのはおかしい、今はまだ見えていない原因がある、ということですね」
「なるほど。ヴァイセ、いい子いい子」
ノワ様、外見は正統派クール系だから、ヴァイセと並ぶと、美少女姉妹感がすごいな。
……ノワ様? まさか、妹系美少女なヴァイセを愛でたいから、わからないフリしてたとかじゃないよね? ジトっとした視線を浴びせるぞ?
「つまり、どこかから濃い瘴気が流れ込んでいる。それを探るにも、根を断つためにも、精鋭メンバーは温存しておきたい、ってことだね!」
「はい。そういうことです」
ヴァイセもヴァイセで、ノワ様のスキンシップ攻撃をサラッと流しているの、すごいな。シャルだったらあっという間に真っ赤になってフリーズしてソファに突っ伏しているところだ。
ヴァイセ、最推しのキルシュ相手でも、キルシェ先生モードの時は塩対応になるっていうし。つよい。
「あの、私も精鋭メンバーなんですか?」
「もちろん、ヴァイセも欠かせないメンバーです。ヴァイセの機動力と、補助能力があればこそ、ノワ様をメンバーに組み込めるので」
「あれ? ボクの方がおまけなの? わー、ちょっとショックぅ」
「ショック受けた顔じゃないですよね?! それ!」
「あ、なにかあったみたいですよ」
ザワっとした歓声のようなものが、ホール中心部から伝わってくる。
どうやら、出撃した対応チームの一つがルーク級を撃破したみたいだ。続けて、別のチームからも撃破報告が届く。
いいね、いいね。士気も上がるね。
「グレイシャルムーンの効果、すごいですね。あの時は倒すのが大変だったルーク級が、もう二体駆除とか」
だよね。報告があった対応チームはどちらもシャルの指揮下で、グレイシャルムーンのバフ効果を存分に受けている。
「グレイスが活躍しているようで、何よりですわね。それに、これほど大勢の魔法少女が同時に境界層で戦っていて、混乱のひとつも無いのは大したものですわ!」
うんうん。仕事のできる銀縁眼鏡、久我原さんと駆除課が苦心して作り上げたケース別対応手順が効果を発揮してるからじゃないかな。私も少しだけ、情報提供とかでお手伝いしたよ。
対応班は、三人チームを三つ束ねて九人一組で編成されていて、前線に出ている対応班は、シャルの指揮下で三班、サニーレイン率いる三班、あわせて五十四人。
あと、それとは別に三人一組の偵察班が八つと、後方支援の青薔薇様組二十人ちょっと。
合わせて百人近い魔法少女が境界層で戦っている。
今日の当番は、待機していたバックアップチームも既に偵察班に割り振られている。昨日の当番だった六チームは現実世界で待機。
残りは、境界層デビュー前だったり、まだ研修課程にある魔法少女たちだ。
総力戦だね。
今のところは順調。
ルーク級も、そろそろ三体目を撃破できそうな様子で士気も高い。
偵察班が確認したルーク級は八体。すべて対応班があたっており、偵察班は周辺偵察に移っている。
何かあるとしたら、そろそろ?
そう考えたところで、報告が入る。
『偵察班デルタからコントロール、区域一の十三にて、区域一の十二方面に極めて強い反応を感知』
『HQよりデルタ、偵察ドローン残機はあるか?』
『デルタよりHQ。三機。自律飛行で一機、出します』
『HQ了解。偵察ドローン一機を自律飛行で出し偵察班は後退せよ』
『デルタ了解。ドローン起動、リンク正常。HQ、リンク確認できる?』
前線指揮所の壁面モニターの一角に、ややノイズ混じりの境界層の風景が映し出される。
『HQよりデルタ。リンク確認した。モニターを開始する。デルタは区域一の十四方面へ離脱せよ』
モニターに映る景色が地上から上昇していき、ほとんど何もない荒野の方向に向けて進み始める。
「極めて強い反応……なんでしょうね?」
「もしかしなくても、出番ですわね?」
ルージュが、そわそわと立ち上がる。
まだ、出番かどうかは分からないよ。ルミナ感知は遠距離になるほど、精度は落ちるからね。
何かあると決まったわけじゃ――
「なんでしょう? 建物でしょうか?」
画質の荒い映像には、彼方の荒野に、確かにビルのようなものがポツンとあるのが映っているけれど、あののっぺりとした黒は……あ。
映像に、ザりっ、と大きくノイズが走り、画面の表示が黒一色に白文字で「NO SIGNAL」になる。
「出番ですわね!!」
ルージュ、なぜ私の方を見るんだ。
出撃の判断は、本部の判断――
『チェネレントラ・ステラ班、報告のあった区域にて、推定、未確認超巨大隔獣と思われる存在の調査、および対応を。出撃後の判断は班長に委ねます』
やっぱりあの黒いの、隔獣だよね? 何もない荒野だから比較対象物なさ過ぎて、サイズ分からないけれど。
て、あれ? チェネレントラ・ステラ班て、私が班長なの?!
「ほら、灰星さん。指示を」
「本部! ステラ班、出撃します! それと、超巨大と判定した根拠を」
『HQよりステラ、コールサイン了解。サイズは画像解析から推定高さ三十メートルと算定』
「でっか!? えー、ボクら、そんなの相手するの?」
「大きな的は狙いやすい的ですわよ!」
だといいのだけれど。
ホールの出口に向かって歩く私の左右、少し後ろにセラ様とヴァイセ、そのまた後ろにノワ様とルージュ。
なんだろう、中心を歩く自分に落ち着かないな!
ホール脇の、ちょっと広い空きスペースに出たところで、新アイテム、どこでもゲートオープナー!
ちょっと大きな鍵状のコレを空間に差し込んでくるっと回すと、あら不思議。境界層への簡易接続点に。
現実世界から境界層への一方通行だから、境界層から出ると、現実側で入った地点の最寄りにある接続点から出ることになるけど、待機場所から接続点まで移動しなくて済むのがいいね。
「チェネステ、それどっからとってきたの」
「ノワ様、人聞きの悪いこと言わないでください。特災庁から運用試験を依頼されてる機材ですよ」
境界層に入りながら、ノワ様がなんか言ってくる。
いいから、ちゃっちゃと入って入って。
「わ、寒……くはないけど、なんか寒そうな感じ!」
「これが噂の、グレイシャル・ムーンさんの魔法ですか」
境界層はいつものどんより空……ではなく、冷たく引き締まった夜空に蒼い満月――グレイシャルムーンだ。
なんど見ても、とんでもない魔法だよね。
「あら、本当に境界層。ステラさんて、謎アイテムを手に入れる、謎のコネがありますわね?」
コネ、なのか? コネか。
言われてみれば、魔法少女が会うことがある特災庁の人って、鳴海さんの魔法少女管理室の職員さんくらいだもんね。
久我原さんや、研究所の人と直にやり取りしてる私は……なんなんだ?
「チェネステ、ちょっと無双系主人公っぽいよね」
「ノワ様、それです。『私、なにかやっちゃいました?』みたいな!」
「そんな灰星さんも可愛いと思いますけど」
「ステラさんがちょっとオカシイのは最初からですわね!」
んなー!
なんなんだよもう。ほら、未知の超巨大隔獣が待ってるからちゃっちゃと行くよ!
「へいへーい。チェネステの力も程よく抜けたことだし……って、待って、待って。飛べないのボクだけ?!」
おや、今頃お気づきになられましたか。
じゃあ、ノワ様の盾を一つ出して、そう、それです。で、こうイイ感じに横にして、その上に乗って。
乗りましたね?
ヴァイセ、お願い。
「あ、分かりました! 行きますよ、ノワ様!」
「わ、わ、わ!?」
ノワ様が乗る四芒星形の盾の下にヴァイセの花片が入り、ふわり、と浮かせる。そのまま浮き上がった盾を押すようにしてヴァイセが上空へ駆け上がっていく。
それを追いかけて、セラ様が光翼を広げて飛び、ルージュと私も宙を駆けて追いかける。
――というか、あれ、いま視線をヴァイセに送っただけで理解された? エスパー? ま、いいや。
「ノワ様! ルミナの流れを感じて、自分で盾を動かして、こう、サーフィンみたいな感じ? で乗りこなしてください!」
「サラッと無茶言うなー! そんなにすぐ分かるかー! ばかー!」
「先導します! ついてきてください! HQ、現着予定は三十分後です」
『HQよりステラ、了解した。慎重に。ドローンが迎撃された範囲を考慮し、目標区域への転移侵入は禁ずる』
「ステラよりHQ、了解!」
未知の超巨大隔獣だからね。石橋をたたくように慎重に行きますとも!




