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前世オタクの私が魔法少女は解釈違い!  作者: 天氷岐 久音
だからコソコソがんばります

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第5話 灰宮家の食卓

灰宮綾星は、普通の中学生である。

少なくとも、周りからはそう見えるはず。


自宅の玄関の扉を閉めたところで、ふ、と肩の力を抜く。

慣れ親しんだ生活の匂いは、心のどこかを安堵させてくれる。

けどまだ、気は抜かない。抜けない。


玄関奥のシューズクローゼットに泥汚れのついたトレッキングシューズを置き、シューズの中に消臭乾燥材を押し込む。

そろそろ汚れが目立ってきたから週末にちゃんと洗おう。

玄関前のたたきで砂や小石は払ったから大丈夫のはずだけど、玄関を離れる前に、変な痕跡を残していないかチェックする。

コソコソ活動を始めたばかりの頃、スニーカーの中に入り込んでいた砂とか小石が玄関に散らばってたのをそのままにして部屋に戻ったら、後でお母さんから、どこに寄り道してきたのか、とすごく心配した顔で問い詰められた苦い思い出がある。

警報が解除されたとはいえ、小学六年生の娘が寄り道して遅く帰ってくる。山中先生が注意していた、慣れからくる油断で注意事項を疎かにして隔獣に遭遇してしまう人の行動そのものだ。親からしたら、これほど心臓に悪いことはない。


痕跡チェックを終えたら、玄関脇にある洗面所で手洗いとうがい。

ついでにスクールバッグから出した体操服を洗濯カゴに。

ぅ、汗臭い。洗濯一択!

ウィンドブレーカーとジャージはまだスクールバッグから出さない。どっちも泥汚れが目立つ。寄り道疑惑を招くものは家族の目に触れる場所に放置できないから、どっちもタイミングを見て自分で洗濯。ジャージとウィンドブレーカーの泥汚れは手洗いが必要だけど、お風呂掃除のついでにやれば濡れているのが見られても不自然じゃない。洗濯とお風呂掃除の手伝いは頻繁にしているので、そこは怪しまれない。

手慣れているとか言うな。二年近くもコソコソ活動を続けていれば、ノウハウも貯まるのだ。


ざっと床をチェックして寄り道疑惑を招きそうな落とし物がないか見てから、洗面所を出る。


「お母さん、ただいま」


リビング手前にある階段を上る前に、奥にいるお母さんに声をかける。


「おかえり、綾星」


ちょうど夕食の準備をしていたお母さんがこちらを向く。

灰宮澄香。

私が生まれる前は出版社でバリバリと働いていたらしい。隔獣災害最初期の混乱に、私を産んで育てる時期が重なったのもあって、産休明けから在宅中心の仕事に切り替えたという話を聞いた。

今は、在宅で校正の仕事をしている。そのためか、言葉の裏とか、間とかに対して驚くほど鋭い。

そんなお母さんに対して、私は隠し事がどんどんうまくなってしまってる。


「避難、だいじょうぶだった?」

「うん、何ごともなし。いつもどおり杏奈の魔法少女語りが長かったくらい」


お母さんの視線が、私の顔からスクールバッグへ、ほんの一瞬だけ落ちた。


「そう。もう少ししたら夕ご飯だから、荷物置いたら降りてらっしゃい」

「はーい」


時計を見る。十七時。友達の家とかと比べるとかなり早いが、我が家ではもう夕食時だ。

リビング奥でお父さんがテレビを横目にスマホを見ている。

作業着のズボンに着替えているから、今日は夜勤だ。

灰宮誠一。

社会インフラ系の企業に勤めるお父さんは、月に数日の夜勤シフトがあって、夜勤出勤前の時間帯に夕食を囲うのが我が家の習慣だ。


二階への階段を上がってすぐ右手が私の部屋、向かいは妹の部屋で、左奥が両親の部屋。


部屋に入っても鍵はかけない。

本当は、コソコソ活動装備のアレコレがあるから、安全確保のためには鍵をかけたい。

けど、中学二年生の娘が部屋の鍵をかけると、親からの視線が何というか、思春期だもの色々あるのは分かるわ、みたいな感じにすごく生温かくなるのだ。

ものすごくいたたまれない。そして気まずい。

思春期特有の感情の乱れがあるのは事実だし、そういう時は家族内の約束事として鍵をかけることになってるから、なおのこと、毎日部屋に鍵をかけて籠るなんてできない。


スクールバッグを机の横に下ろし、ぱぱっとジャージとウィンドブレーカーを洗い替えの予備と入れ替える。

汚れたジャージとウィンドブレーカーはいったんビニール袋に入れて部屋の隅に。


次にボディバッグを取り出し、傷や破れを入念にチェック。

以前、境界層の移動中にバッグが裂け、中身をぶちまけた苦い経験があるからだ。


続いて中身の確認。

予備眼鏡、スマホ、水筒、タオル、救急キット、十徳ナイフ、アルミ毛布、生理用品、替えの下着。

度重なるコソコソ活動の末に厳選されたラインナップを、ひとつずつ確かめる。

破損、不足なし。


これは万が一見られても「避難所グッズ」で通るため、必要以上には隠さない。

下手に隠す方が、かえって挙動不審になるからね。


最後にスマホの充電残量を確認して、コソコソ活動の後始末完了。


今はだいぶ手慣れたけど、始めた頃は大変だった。準備で一日、後始末で一日とかだった。

世の魔法少女はどうしているのだろう。

事務所のバックアップがあるから、そういう些末事には煩わされないのかな?

そのあたりは配信でじっくり語られることもない。

いや、そもそもコソコソと活動してる魔法少女は配信なんかしないから、配信でコソコソ活動のコツが聞けるわけもないのだけど。


いけない、思考がとっ散らかってる。


ひと息ついて、ぐるりと部屋を見回す。

部屋に入って右手の壁に大きな本棚。その奥に二帖ある大きめのクローゼット。

左手にも本棚があり、そこには推し魔法少女グッズとセラ様グッズを飾っている。

窓際には、会社にあるような白い事務デスクとベッド。

机とパソコンは、お父さんのおさがりだ。


小六の時に、部屋の掃除は自分でする代わりに、両親が勝手に部屋に立ち入らない約束をしているから、部屋の中はそれなりに安全ではあるのだが、最近は頻繁に妹が突撃してくるのが頭痛の種。

お姉ちゃんが留守の時は部屋に入らない、は約束させたけど果たしてどこまで守ってくれているか。

不意に部屋の扉が開く。


「お姉ちゃーん! ごはん!」

「いま行く。あと開ける前にノックして!」


灰宮真奈。

私の妹。十歳。

魔法少女ネイティブ世代ど真ん中。

私よりもさらに、魔法少女がいて、配信して、世間がそれに熱狂する世界を当たり前として育っている。


妹に続いて階段を降り、ダイニングテーブルにつく。

夕食は、鮭のホイル焼きと味噌汁、ほうれん草のおひたし。テーブルの中央に煮物が入った大皿。


「綾星、避難所でも変わりなかったか?」

「んー、いつも通り。帰りの混雑もいつも通り」


お父さんが手早く食事を進めながら、聞いてくる。

手早いのに丁寧でガチャガチャしないお父さんの食事の仕方、見習いたい。


「そっか。今日は早めに警報解除だったとはいえ、疲れるだろう」

「んー、少しね」


疲れたのは主に、美宙からのメッセージに慌てて境界層から避難所まで走ったのが主因だけど。


「今回も現実側に出る前、境界層内で対処できたということだから、事後対応も早めに終えられそうで本当助かるよ」


助かる、の言葉に少しだけ、ほわっとする。

どういたしまして、なんて言えないけど。


「現実側に出てくると、直接被害がなくても点検範囲が広がるからね。警報明けの確認箇所は、いつものこととはいえ多い。危険を冒して戦ってくれる魔法少女には頭が下がるよ」

「大変だね」

「大変だからこそ、欠かせない仕事なんだ」


夕食を終えたお父さんが立ち上がり、背中に会社のロゴが大きく入った作業着の上着を着て「じゃ、行ってくる」とリビングを出る。


街を守っているのは魔法少女だけではない。

街がいつも通り動くために、大勢の人が昼夜を通して働いている。

夕食を食べた後に仕事に向かうお父さんの背中がそれを教えてくれる。


「境界層で倒してくれる魔法少女がいるから、お父さんも助かってるんだね! 警報が鳴ると、ちょっと怖いけど。でも、誰かが向こうで戦ってくれてるって思うと、待ってられるもん」


真奈が明るい声で言った。


「ええ、そうね」

「どの魔法少女かなぁ、お礼言いたい! お父さんがいつも助かってます! って」


目の前にいるよ。温かい応援の言葉、ありがとう。

言えないけど!


「綾星」

「え、なに?」

「いいことあった?」

「え、あー、まぁ」

「そう」


お母さんはそれ以上は何も言わなかった。少し食卓が静かになる。

やわらかい、あたたかな時間。


「お姉ちゃん、いいことあったの?」


真奈、そこは食いつかなくていいんだよ。


「わたしもね、新しい推しが見つかったかもなの!」


真奈の中で何かが自己完結して話題がすっとんだ。

なぜだろう。猛烈に嫌な予感がする。


「お姉ちゃん、スター・ホワイトって知ってる?」

「げふっ?!」


むせた。


「お姉ちゃん!?」

「んぐ、ちょっとお味噌汁吸い込んじゃっただけ」


どうして嫌な予感がしたところで、口をつけたお椀をおろさなかったのだ、私。

お母さんが無言で布巾を手に取る。

いえ大丈夫です、自分で拭きます。


「スター・ホワイトっていう未確認の魔法少女が最近活躍してるんだって!」


真奈がマイペースに話題を続ける。


「スノー・ホワイトのもじりっぽいところはちょっと安直だけど、白い光で、遠くから隔獣を倒すんだって。誰にも見つからないんだよ。すごくない? かっこいいよね!」


真奈ぁ。いきなり鋭い評価で抉ってこないで。お姉ちゃんのHPに大ダメージだよ。


「未確認なんて、そんなことあるの? 公認されていないということ?」


気になるのは分かるけれど、食いつかないでくださいお母さま。


「ひとりで無理をしていないといいのだけど」

「あ、確かに! そうだよね、心配だ! ちゃんとご飯食べてるのかな」


いま食べてます。

無理はしてません。


「真奈、その新しい推しが見つかったって」

「うん! スター・ホワイト!」


どうして。


「まだどんな魔法少女か分からないんでしょ?」

「分からないから、楽しみなんだよ。なんかね、ミステリアスだけど、名前が安直っぽい感じが、お姉ちゃんぽくて親近感が湧くんだ! きっと、すごくかっこいい子だよ」


真奈がきっちり追い打ちとトドメを入れてくる。

そうね、モンスターをハントするゲームでも、真奈は最後まで油断をせずに仕留めるスタイルだもんね。


次は剥ぎ取りかな?


「お姉ちゃんは、どう思う? スター・ホワイト」


フラグ回収が速い!


「……ひとりで無理はしないでほしい、かな」


いままさに無理して表情を保ってますが!

孤立無援!


隔獣を相手にするよりもスリリングで、ハラハラする食事を終えて部屋に戻ると、机の前に座りパソコンを起動する。


もはや一刻の猶予もならない。

知らないままでは、どこからどんな弾が飛んでくるかわからない。


スター・ホワイト 魔法少女


立ち上げたブラウザに検索キーワードを打ち込んだ。

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