第4話 家に帰るまでが避難です
少しざわついたまま整列を終えると、担任の山中先生が出席簿順に点呼をとる。
避難した時のルーティンなので、淡々と進んでいく。
黒乃森杏奈、城崎美宙、灰宮綾星。私たち親友三人組は、出席簿順だとそんな並びだ。
点呼が終わったら連絡事項と、今日中止になった授業の振り替え予定などが告げられる。いつ起きるかわからない隔獣警報だけど、それによる避難はすっかりと日常の中に組み込まれているから、授業のスケジュールも突発的な中止が前提になっている。
特別ではない日常の一コマ。
正直、私たちの世代では大人が言う「今は非日常が日常になっている」というフレーズはピンと来ない。
朧げながら、今と似た世界の前世の記憶らしきものがある私だって、月に1~2回、警報が出て授業が中止になって避難することに違和感はない。またか、くらいの感じなのだ。
避難所のあちらこちらにある大型モニターに表示されている真っ赤な「避難指示発令中」の表示も、駅の大型モニターに表示される列車遅延情報も、注意を促す情報、という意味では同列という感覚だ。
そのモニターの表示が、白い文字に切り替わる。
特殊災害警報に基づく避難指示は解除されました
当該区域における未知生物反応は消失しました
避難所からの退去時は誘導係員の指示に従ってください
モニターの文字を見て胸の内で小さく呟く。
未知生物反応、消失させました。
少しだけ、胸に満ちるものがある。
誇るつもりはない。
家族と友人と身の回りの平穏を守る助けに少しでもなれたら、という私の勝手な願い。
魔法少女はただキラキラしいだけの存在じゃない。
フィクションではなく現実の存在で、時には命の危険がある。
社会全体が魔法少女に熱狂しているような状況であっても、推しだなんだと騒いでいても、みんな心の片隅では知っている。
魔法少女が戦ってくれているから、私たちは推し続けられる。
だからちゃんと推し続けさせてほしい。
今日も明日も、好きな魔法少女を好きだと言っていられる日常であってほしい。
私はたまたま、そこより一歩踏み込める力を持ってしまった。
幸運なのか、事故なのか、黒歴史の報いなのかは分からない。
でも、できることがあるなら、やらない理由にはしたくない。
だから、キラキラした世界に飛び込むことはできないけれど、私なりのやり方でできることをできる限りやる。
決意したことに嘘はないけど、それはそれとして、あっち側の世界に認知されるのは想定外というか、ジャージで芋砂してる姿が、どこかの魔法少女の配信に映り込んだらしぬ。
こころがしぬ。
社会的にも死にそう。
魔法少女オタクとしては、そんなヤベェヤツが配信画面に映ったら、絶対追及する。
草の根分けてでも探し出しはしないけど、たぶん、延々と何者なのか、どういう魔法少女なのか、変身した姿がジャージなのか、考察しまくる。
自分で考えて、しぬほどダメージ受けた。つらい。
「よーし伝達事項は以上だ。誘導に従って避難所を出るまでは列を維持、寄り道買い食いは禁止だぞー。いつも通り保護者には解散通知いくから、寄り道してっと心配されて捜索願い出されるぞ」
いつも通りの、ちょっと砕けた調子の山中先生からの注意。
捜索願いを出されたのは私ではない。念のため。
「聞き飽きてるかもしれんが、家に帰るまでが避難だ。慣れからくる油断で注意事項を疎かにした結果、隔獣に遭遇してしまい亡くなった人は大勢いる。歩きスマホなんかで、友人や家族を悲しませる結果を招くな。以上だ」
パラパラと返事の声が上がる。
人は慣れる生き物だけど、慣れてなおざりになるのは危ない。
隔獣警戒網の整備と、魔法少女による境界層での駆除で頻度は減ったけれど、それでも現実世界に実体化してくる隔獣はゼロになってないのだ。
クラス委員長の先導で列が進みだす。
二万人が一斉に避難所を出るため、ゲートのあたりはどうしても混雑するから、避難所を出るまでが結構長い。
歩きながら、ぼんやりと回想にふける。
避難中に抜け出してジャージに着替えて境界層へ行って、隔獣の出現をじっと待って狙撃して境界層を出て、制服に着替えて避難所に戻って今。
なかなかに長い一日、振り返ってる間にもうゲート外だ。
「あーちゃん、あーちゃん」
このあと家に帰って後片付けまでを終えてようやく、灰宮綾星のコソコソ魔法少女活動は終了だ。
段取り99%、引き金1%、戦いは準備と後始末が全て、とは誰が言った言葉だったか。
「あーちゃん!」
「ぇあ、なに?」
「もう! さっきの続きなんだけど」
避難所のゲートを出て整列を解除するや、ススッと寄ってきた杏奈。肩にかけたスクールバッグには推しのぬいがたくさんぶら下がっている。
あ、プリズム・ティンカーのぬい。最近デビューしたばかりでまだ目立たないけど私も注目してる魔法少女だ。
「スター・ホワイトの――」
杏奈が宣言通りにさっきの続きを始めようとしたところで、美宙が「杏奈」と呼びかける。
ピタリ、と止まる杏奈。すごい、さすが美宙。
「今日のあーちゃん、ちょっと疲れてるっぽいから、その話はまた今度ね」
「う、わかった。あーちゃんごめん」
「あ、いや、うん」
ちょっと、ドキりとした。
美宙の目にも疲れて見えたのか。
心配させたくはないが、何かいつもと違う、くらいには見えているのだろう。
その上で、いまは何も聞かずにいてくれているのも分かる。
甘えすぎるのは良くないけど、もうしばらくは、この距離に甘えさせてほしい。
「あーちゃん、しんどい時は甘えていいからね」
ときどきこう、心を読んだかのようなこと言うの、心臓に悪いけど!
「……あーちゃん、疲れてる?」
杏奈が急に心配そうな顔になる。
この緩急が杏奈らしい。
「まあ、ちょっと走り回ってたから」
「避難所、広いもんね」
嘘ではない。
嘘ではないが、正確でもない。はぐらかす言い回しテクニックのひとつ。
「そっか。ごめん、テンション上がりすぎた」
「目新しい魔法少女に杏奈のテンションが振り切れるのは平常運転の証だから」
「平常運転」
美宙が小さく笑った。
杏奈が頬を膨らませる。
「だって気にならない? 未確認、白い光の狙撃、誰にも見つからない、しかもセラ様の近くにも出てるかもだよ?」
「気になる」
それはもう気になる。
ものすごく気になる。
謎の魔法少女の存在がどこまで広まってて、どれくらい認知されてしまってるのか。
「でも今日はここまで。帰り、あーちゃん真ん中ね」
「なんで」
「ふらっと変な方向に行きそうだから」
「行かないよ!?」
美宙と杏奈が同時にこちらを見る。
いやいや、その、信頼していないわけではないけど……みたいな顔をやめて。
「小学校の遠足」
「もう! 美宙! 蒸し返さないで!」
「私もその場にいたかったなー」
「杏奈まで!」
杏奈がくすくす笑って、美宙の口元も少し緩む。
私も親友二人の様子につられて笑う。
魔法少女はなるものじゃない、応援するものだという思いは今もあるけれど。
私がコソコソと這い回って隔獣を倒すことでこの時間が得られるなら、芋砂魔法少女でも路地裏早着替えでもなんでもやる。
「ほら、行くよ、あーちゃん」
「うん」
私はスクールバッグを肩にかけ直した。
バッグの奥には、さっきまで境界層で身に着けていたジャージとウィンドブレーカー、ボディバッグが押し込まれている。
砂埃と、少しだけ泥の匂いがするそれは、今の私の象徴だ。
「……スター・ホワイト」
ふと、頭の中でその名前がまた響いた。
泥や埃とは結び付かないその名は、思いついて却下した当時とは違う意味で、しっくりこない。
それが、世界のどこかで呼ばれはじめている。
世の中何がどうなるかわからない。
私は小さく息を吐いて、美宙と杏奈の後を追った。
家に帰るまでが避難です。
そして、家に着いて後始末を終えるまでが、コソコソ活動です。




