第47話 ヴァイセ、負傷
空間の歪みを抜けること三つ目、抜けた瞬間から瘴気が濃い!
抜けたところで即座に超広域感知をかける。周囲警戒が疎かになるけれど、今はキルシュが居る。
「右前方! 二時の方向! 距離千百、ポーン二体! 推定蜂型十以上!」
「ポーンが二体?! 配置!」
「手前、メガロケロス! 奥、推定アルクトス! 接敵まであと四十秒!」
「接敵から二秒! 動きを止めるからポーンから片付けろ! 足止め以上は出来ん」
目視で……見えた!
手前の鹿型は後回し、接近戦で危険な奥の熊型が優先!
一気に奥にいる熊型隔獣の懐に飛び込み、斧槍を跳ね上げる。
こちらの動きに反応しようとした熊型の動きが一瞬、何かに縛られたようにギシリと止まり、白いルミナ光が三日月を描いて胴の真ん中やや後ろ寄りのあたりを抉り、熊型の四分の一ほどを消し飛ばす。
斧刃がコアを砕く手応え。
クリティカルヒット!
そのまま回転していく斧槍の勢いに逆らわずに身体を流しながら捻って、鼻先を通り過ぎた鹿型に向き合う。
牽制するように振りかざされる巨大なツノを、斜めに振り下ろす斧槍で根元から斬り飛ばす。
ルミナを散らし、生半可な魔法を霧散させる効果も、固定化されたルミナ武装をどうにかできるほどじゃない。
ツノを失い僅かに停止した鹿型に向かって踏み込み、全身を回転させて斧槍を振り抜く。頭から胴の前半分をごっそり抉ったが、コアが斧槍の先端が通る軌道の上へすり抜けるように逃げる。
残念だったな、もう詰みだよ!
振り抜きの反動を利用してさらに踏み込み、コア目掛けて蹴り上げるようにハイキックを叩き込めば、狙い通りにヒールがコアに突き刺さる。
そのまま脚を振り下ろしてコアを地面に叩きつけ、砕く。
斧槍を手元に引き寄せ、サラサラと崩れていく隔獣の身体を散らすように軽く振って構えると、ちょうど正面、少し離れたところに居たヴァイセと目が合う。
なんかヴァイセが、ぶわっ、て赤面したけどなんで?
チラッと周囲を確認すると、鹿型の妨害から解き放たれたヴァイセの花片と、うっすら見える黒い糸が入り乱れて蜂型を次々に落としていた。
キルシュの糸が蜂型の動きを封じ、ヴァイセの花片が蜂型の露出したコアを砕いている。
十体以上いた蜂型がほんの一呼吸で全滅してるし。
崩れた壁の瓦礫に埋もれるように座り込んでいるヴァイセのもとに駆け寄り、ざっと目視でチェック。
「ヴァイセ、じっとしてて」
「ス、ステラさん、あ、その」
意識はしっかりとありそう。見える範囲で大きな出血なし、左腕と左脚のルミナがかなり乱れてる。擦り傷あちこち。
「どうだ?」
ふわり、と隣にキルシュが着地する。
あ、ヴァイセがビシリと固まった。本物だよー、キルシェ先生じゃない、本物のキルシュ・ツァウバーだよー。
心臓大丈夫かな?
『区域コントロールへ、チェネレントラ・ステラです。ヴァイセ・ブリューテと合流、隔獣は全て駆除を確認。ヴァイセは左腕と左脚に打撲の疑い、ヴァイセが境界層に入った地点に救急手配を。最寄りの接続点まで運びます』
『区域コントロールです。搬送待機済みですので、境界層からの搬出をお願いします』
『了解』
リンクで会話してる間に、キルシュがヴァイセを触診してる。ヴァイセの表情がちょっとカオスになってるなあ。
最推しだもんね。私も同じ状況でセラ様から手当て受けたら、心臓ヤバいかもしれない。
「チェネ、担架」
キルシュに声をかけられたと思ったら、ちょっと歪んだ鉄筋を二本、投げ渡された。
これを? ああ、まっすぐに整形しろと。ふむ、鉄パイプにしちゃえばいいか。
整形した担架棒にキルシュが黒いリボンをスルスル巻いて即席の担架を作り、そっとヴァイセを載せる。
ヴァイセ、視線がキルシュと私を行ったり来たりして忙しそうだな。私は気にせずキルシュだけを見てていいんだよ?
最寄りの接続点まで向かい、リンクを介して特災庁とやり取りしつつ、ヴァイセを現実世界に送り出す。
ヴァイセとキルシュと私、皆、違う場所から境界層に入っているから、入った場所に戻るという接続点の仕組み上、現実世界まで付き添えないのが少しもどかしいね。
◇
『救急隊への引き継ぎ、すべて完了しました。迅速な救援、ありがとうございます』
『お互い様だからな。間に合って何よりだ』
本当にね!
それにしても……
「なあ、チェネ。ポーン級が二体に蜂型多数、集まったのは偶然か?」
「遭遇した時のことを聞いてみないと分からないけど」
戦闘の痕跡に目を走らせる。
慎重なヴァイセが、接近戦では極めて危険な熊型や、相性が最悪の鹿型に至近距離で挑むとは考えにくい。
最初に遭遇したのはおそらく少数の蜂型。
区域の瘴気が濃かったことを考えると、蜂型が瘴気採取ではなく、蓄積を行っていた場所の可能性が高い。
瘴気の集積ポイントだったとするなら、各所から瘴気を集めて次々と戻ってくる蜂型との戦闘中に、瘴気だまりから鹿型が現れ、妨害で身動き取れなくなったところで、熊型の接近か湧きを許してしまった……かな?
「……妥当な推測だな。偶然隔獣が集まっていた、とするより説得力はある」
「推測だらけだけれど、こうなると単独行動での駆除は――」
「今後はかなり危険度が増すな。単独行動中にポーン複数との遭遇は致命的だ」
相性の悪さもあったとはいえ、中堅上位に迫る実績を上げつつあったヴァイセでもかなり危なかったのだ。複数のポーン級を危なげなく同時に捌ける魔法少女なんて、本当に一握りだろう。
「ところでキルシュ、身体は大丈夫なの?」
「あー、そんなにルミナ使ってねーから、帰るくらいなら問題ねーよ。あんだよ、そのジトっとした目」
「いーえー。なんかもう、実力違いすぎて嫉妬も起きないな、ってだけ。援護助かったよ、存分に動けた」
なんだよ、その、モニョモニョした顔は。
私だって嫉妬くらいするし、自分で言うとすごくアレだけど、現役魔法少女の中ではかなり上澄みな自負だってあるし、伸びた鼻をぺしゃってされたら、凹みもするぞ。
「キルシュは特災庁がやってる魔法少女運用の見直し、どこまで進んでるか聞いてる?」
「ほぼほぼ、形にはなってるらしい。ただ、事務所調整に難航してるって話だったが……」
「今日の件で動きそう?」
「わからんな。アヴァロンがかなりささくれ立ってるっぽくてな」
ふむ? ファーストナイトに遅れをとることを危惧してたりとかだろうか。
「チェネ、お前だお前」
「私?」
「特災庁の横槍でチェネを獲得できなかった、って噛みついてるんだと」
えー! そんなこと言われても、なぁ。
「三大事務所といいつつ、ファーストナイトが頭一つ抜けて目立ってるからな。アヴァロンは中堅上位こそ多いが、なんつーかな、飛び抜けたヤツがいないんだよ」
確かに、実績でセラ様やルージュ・エトワールのように飛び抜けた人はいないけれど。
「グレイシャルも向上心は強いんだが、空回りしてるしな」
「グレイシャル・ムーンとか、集団運用になったらものすごく化けるのにね」
「本人も、魔法の伸びしろがないことを気にして……ん?」
「どうしたの?」
「化けるのか?」
むしろ、化けない理由がなくないか? フィールドバフ、デバフ系とか強キャラの定番じゃん。
「表情で語るな、表情で。なんとなく言いたいことわかるが。またアレか、認識のズレ案件か」
「またかと言われても……」
「よし確認だぞ。グレイシャルの魔法“グレイシャルムーン”は発動に時間がかかる上に自身が少し強化される程度、他の効果は空が暗くなって月が出る配信映えする魔法……おい、なんだその顔は」
いやだってそういう認識だったとは思わなかったんだよ。
これも、ルミナが視えないと分かりづらい系の話だったか。
「私が見た限りだと――」
グレイシャルムーンは発動した時点で周囲のルミナを活性化させる。それから空の低い位置に月が見えるようになって、月が高く昇るほどルミナの活性化率は上がるっぽい。なんで月が見えるのかは分からん。
ただ、月が中天に昇り切るまでに一時間くらいかかりそうなところは、少し使い勝手が悪いかも?
周囲のルミナが活性化するので、範囲内の魔法少女は全員その恩恵があるね。魔法の効果アップとか。
逆に隔獣には動きが鈍る、強度が落ちるといった影響が出る……と思う。
グレイシャルのログ、私が見てる範囲では、隔獣に対して明確に効果が見え始める前に駆除を終えちゃってるから、実際どれくらいの影響が出るかは未知数。
「よし、チェネ。明日の日曜、特災庁に来い。予定空いてるよな?」
「空いてるけど、何をするのさ?」
「お前が知ってることを洗いざらい全部吐き出してもらう会議だよ」
「ええー?! いや、そんな顔しないでよ。嫌とか言うわけじゃなくて。長くなりそうだなって――」
って、言うだけ言ってどこかに連絡してるし。久我原さんかな?
帰ったら首都区へのお出かけ準備だね。
よし、前向きに考えよう。
魔法少女の魔法語りをいっぱいできる! いや冗談だけどさ。意義はちゃんと理解してるよ。
力を発揮できていない魔法少女の、魔法への理解の助けになれるなら。
がんばるか!




