第42話 準備と配信開始
配信することは決めたけれど、即、今夜配信です、とはいかない。
キルシュとのお茶を終えてすぐに原稿……まではいかなくても、大まかな内容と流れを書き起こして、間宮所長に送った。
事務所チェック、大事。
それから配信のための素材作成。
今回は、境界層におけるルミナ感知と、その応用である、自身のルミナ反応を隠す方法。
ということで、地元に戻った翌日は境界層へ。日曜日なので、お昼ご飯を食べてから入る。
いつもの迷彩装備、戦術リンクを繋ぎ、ルミナ式ドローンで撮影開始。
配信状態がオフになっていることも忘れずに確認。
今回の映像は配信の中で使う予定なので、念のため、黒い不織布マスクをつけてフードを被る。
「テステス、マイクテスト――」
スマホで立ち上げたドローンのコントロールアプリで、マイクが音声を拾ってるかもチェック。
後で見た時に何をしている映像か分かるよう、音声も一緒に入れておくためだ。
うまくナレーションできていたら、そのまま使ってもいいかもしれない。
「今回は、ルミナ式感知の実演も兼ねた、定期巡回をしていきます」
よし、頑張るぞ。
「巡回路は、隔獣と遭遇しなければ、だいたい九十分ほどで一周です。ルミナ感知は、境界層に入った直後、空間移動ポイントの前後で行います。まずは最初の感知。ルミナを、身体の周りにドーナツ状に形成し、それを薄く薄くのばしていきます」
説明のため、意図的にルミナを薄く発光させる。コツが要るけれど、慣れればゲーミングパソコンみたいにギラギラと七色に光らせることも可能。今はやらないけどね!
「この薄く伸ばしたルミナの円盤が基本のルミナ感知領域になります。できるだけ極薄に伸ばすのが、逆探知されにくくするコツです。最初は二人でペアを組んで、互いのルミナ感知を確認し合うと分かりやすいと思います」
自分が習得した時はどうしていたか、というと。全部手探りだったから、半年くらいアレコレ試しているうちに、いつの間にかできるようになってたのだ。
手早く習得できる方法があるなら、それに越したことはないよね。
状況に応じたいくつかのパターンのルミナ感知方法を、感知領域のルミナを可視化した状態で実演する。
「変化が分かりやすいように十メートルほどの範囲で行ってますが、慣れれば五百メートルくらいまでは無理なく展開できると思います。最初のうちは、障害物が多いと感知領域が乱れたりしますが、感知領域のルミナを十分に希薄化させることで、そのあたりもクリアできるようになります。逆に――」
希薄化が不十分だと、隔獣が反応することも、ちゃんと伝えないとね。
そういう意味でも、ルミナ感知の訓練は二人ペアで行うのが望ましい。そのあたりのことは、特災庁の久我原さんにもレポートしてある。
そのまま、さくさくと巡回しつつ、自身のルミナの隠蔽方法についても、解説。
ただ、隠蔽は感知ほど上手く手順に落とし込めていないので、ちょっと、その、根性論的な解説になってしまう。
教室で気配を薄くして、陽キャと距離を取る感じです、みたいな説明はさすがに控えた。
自分がボッチ系陰キャだとは思ってないけど、基本、美宙か杏奈としか話さないので、社交的でないことは自覚している。
その割には、魔法少女の話題になるとタガが外れるというか、相手のペースを考えずに喋り倒してしまうのは、かなり悪い癖だと重々承知している。なかなか直せないのだけど。
そんなこんながあるので、不用意な喩えはしない。
巡り巡って自分に突き刺さるからね! 安全第一!
◇
予定していた巡回行程を終え、必要な映像素材も撮り終えたので境界層を出て帰宅。
スマホをチェックしたら、事務所から、いくつかの軽微な直しとともに原稿内容オーケーの返事が来ていた。
間宮所長からは「焦らず丁寧に。最初の挨拶を忘れないように」と追記されている。
配信前のチェックリストも添付されてた。ありがたい!
自室に戻って、事務所支給の配信用パソコンを立ち上げ、周辺機材をチェック。
配信に使うアプリについてはレクチャーを受けているので、操作に問題はない。
送ってもらったチェックリストに沿って、ひととおりの動作確認を済ませる。
軽く深呼吸して、SNSのチェネレントラ・ステラ公式アカウントに、このあと十六時から配信する告知を投稿。
配信までは一時間ほどあるから、ドローンの映像データを配信用パソコンに転送して、必要な部分を切り抜く。
迷彩服のルミナ迷彩効果がしっかり仕事していて、映像に映ってるのは可視化されたルミナ感知領域の光だけ。フードまで被ってるから、本格的に光学迷彩っぽい。
輪っか状の感知領域の一部が人型に欠けてるのは、かえって感知の発動者の位置が分かりやすくなっていいね。
思った以上に、いい感じの映像になってたことに安堵する。
原稿にあわせて、映像をぽちぽちと切り抜いてるうちに配信十五分前。
出来上がった素材は、順番を間違えないように、素材リストを大きめに表示し、ひとつひとつの素材のアイコンも一番大きな表示にしておく。
う、ちょっと画面が狭い。少し配置を調整。
それから、あらかじめ描いておいた待機画面を表示しておく。
原稿、各種素材、カメラ、マイク、すべて準備ヨシ。
こういう時、なにかを忘れているような気がして、何度も確認しちゃうよね。
忘れてないよね?
うん、チェックリストのチェックは全部入ってる。
ふー。緊張する。
深呼吸、深呼吸。
よし、始めよう。
◇
チェネレントラ・ステラの配信予告に気付いたのは偶然だった。
たまたまスマホを見た時に、通知欄にチェネステ公式アカウントからの配信告知が出ただけ。
通知をタップして公式アカウントの告知ポストを開き、告知内のリンクから配信チャンネルにアクセスする。
配信開始予定時刻の少し前だったから、かわいくデフォルメされたチェネステが描かれた配信待機画像が表示された。
ちなみに、チェネステのアカウントをフォローしてるのは、ヴァイセ・ブリューテが配信でチェネステと友達になったとか言ってたから。ヴァイセファンとしては、そこはきちんと押さえておくべきだろう。
それ以外の理由はない。
別にチェネステのファンというわけじゃない。
チェネステの配信を見るのは、チェネステを見たいわけじゃなくて、ヴァイセの友達だからだ。
静かに流れていたBGMが途切れ、待機画像が消えて配信画面に切り替わる。
……え? 誰?
―― はじまった。
―― チェネ…え? 誰?
―― チャンネル間違え、てないよな?
―― チェネステ配信にきたら全然知らん子が居る
コメント欄の混乱を見て、少し落ち着く。
配信画面に映っているのは、黒髪で黒縁眼鏡の少女。中学生くらいか?
オーバーサイズ気味の迷彩コートを羽織っていて、顔には黒いマスクをつけている。
画面の少女はコメント欄の混乱に気付いた様子もなく、開始を宣言すると今日の予定について滑らかに話し出す。
ルミナ感知講座というのは魔法少女向け? 境界層からのライブ配信や戦闘ログを見る時に、どこへ注目すればいいかという解説は気になる。
いや、それ以前に。
誰? まじで誰?
ホワイトピンクのツインテールが特徴のチェネステと画面に映ってる黒髪の少女の関係は?
―― コメ欄まったく見てないくさい
―― チェネステ中の人?
―― 何の説明もなく本題?に入ってる
―― 中の人配信、無いわけじゃないけど…
―― 映像わかりやすい
―― 内容全くわからん
―― 魔法少女向け?
コメント欄の混乱も収まらない。ルミナ感知の方法を解説した映像は確かに、へー、っていう感じだけど、どう考えても一般視聴者向けではない……よな?
このズレた感じ、ちょっと早口気味に、けれどなめらかに喋り続ける声の感じ、それから黒縁眼鏡と、その奥で輝く瞳。
すごく既視感がある。
よく似た人を知っている。
クラスメイトの顔が思い浮かび、画面の中の少女と重なる。
灰宮……さん?
配信画面を小さくして、チャットアプリのクラスチャットを開く。
―― アオ:チェネステ配信にあーさんっぽいひとが
―― Misolla:はぎーも見てるんだ。あーちゃん電話出ない
―― え? なになに? チェネステ配信してるの?
―― 杏奈:みんなわかってると思うけど、口外ダメ!
黒乃森さんに釘を刺されるまでもなく、口外なんてしない。魔法少女の正体を知ったからと言って、それを吹聴するようなバカはいない。
いないよな?
魔法少女本人の明確な許可なく、その正体を公開するのはガチの法律違反になる。
昔、俺たちがまだ小学校に上がる前くらいに大事件があって、法律が制定された――と、小学校の時に習った。
テレビ局が魔法少女相手の取材でやらかし、最終的にとんでもない被害が発生したらしい。
チャットの通知に気付いたのか、クラスメイトが続々とチャットに出てくる。
みんな暇してたのか?
―― チェネステ配信どっから見れる?
―― おわ、マジであーさんだ
―― あーさん、なんで変身してないの
―― それな けど、あーさんだからなぁ……
―― 変身をうっかり忘れてる説
―― チェネステって、あーさんだったの?! はぎー、終わったな
終わったって何でだよ。
灰宮さんがチェネステだったとして、ヴァイセファンの俺には特に関係が。
いや、友達っていってたな? もしかして、ワンチャン、友達のツテでグッズにサインしてもらえたり――
―― はぎー、あーさんに、チェネステの衣装がけしからんとかなんとか
―― ざまぁ
―― ぬけがけ野郎に天罰じゃ
やべぇ。
やっちまった……!!
いやいやいやいや。無理だろ?! 分かるかそんな地雷! どんな確率だよ!
クラスメイトに魔法少女がいることが、そもそもありえないレベルなのに。
よりにもよって、それが、ピンポイントでチェネステとか!!
―― 男子ぃ、アホ言ってないで。明日絶対騒ぎになるからさ
―― たしかに
―― 教室に他クラスのやつ入れんようにしないとな
―― Misolla:あーちゃんは、こっちで見るからお願い
―― 委員長:任しときー
―― アオ:え、あーさん許してくれるかな?
―― ヴァイセにチクられないといいな!
やめろ?! 灰宮さんは、そんなことしない。しないよな?
『以上で配信を終わります。あ、チェネレントラ・ステラでした』
スマホから、灰宮さんの配信終了を告げる声が流れる。
バッチリ名乗ってるし。確定したし。
え、明日、どんな顔で灰宮さんに会えばいいんだ?




