第41話 円卓会合に出ます
杏奈に魔法少女になったことを伝えた週の土曜日。学校の休みにあわせて円卓の非公式会合があるということで、首都区にある特災庁第一分庁舎までやって来た。
首都区で最も高い、天を衝くようなビルの最上階にある会議室へ入る。
途中にあった案内板を見る限り、このビル自体は複数省庁の合同庁舎で、最上層に特災庁の魔法少女関連部署が入っているみたいだ。
今日は土曜日だけど、学校の制服姿。制服はどんな場にも着ていける、オールマイティな礼服だからね。
いくら私でも、境界層用の迷彩服で円卓に乗り込んだりはしない。
会議室にはまだ誰もいなかったので、そそっと窓際まで行ってみる。
んー! 高い!
今日は天気がいいから、遠くまでよく見える。
ちょうど東向きの窓だから、彼方に見えるのが東京湾で、その手前に広がる黒々と染まったビルの森が旧首都区かな。
ここから三十キロほど先の旧首都区中心部、かつての東京都心は、瘴気汚染が酷くて立ち入り制限がかかっているとは聞いていたけれど、目に見えて黒いのはヤバいね。
足元の方を見ると、ビルの林の中をモノレールが縫うように走っていき、大きな鉄道ターミナルに吸い込まれていくのが見える。
駅前の繁華街のあたりをなんとなく眺めていたら、ドアの開く音がして、視線を向けると、魔法少女が一人、入ってきた。
少しウェーブしたグレージュのロングヘア、薄青と灰青色が氷河を連想させるマーメイドラインのバトルドレス。円卓メンバーでこの配色は、魔法少女グレイシャル・ムーンだ。
攻防どちらにも優れたオールラウンダータイプ。自身の名を冠した魔法は領域改変系で広範囲に強力なバフ・デバフフィールドを形成する。
円卓の一員に相応しい戦場支配タイプの魔法少女だけれど、ソロ戦闘が主体の今は、いまいち力を発揮しきれていない。
て、考えに耽ってる場合じゃなかった。
挨拶! 第一印象!
「あの、はじ――」
「あら? 中学生? 迷子?」
ふえ? 迷子? ホワイ?
「ここは見学ルートではありませんし、関係者以外立ち入り禁止ですよ。どちらの学校?」
「いえ、あの」
「まだ時間もありますし、そうですね――集合場所まで送りましょう。いらっしゃい」
んん。なんか、修学旅行かなにかで見学に来たと思われている?
「あれ? グレイシャル、トイレ?」
「んな……ノワ! 違います! それとせめてお手洗いと言ってください! そこの迷子の子を見学の集合場所まで連れて行こうと」
会議室を出ようとしたグレイシャル・ムーンがノワ様とかち合う。
黒青銀の姫騎士バトルドレスに黒髪ロングなクール系美少女なんて外見でボクっ娘という萌え凶器な魔法少女ノワール・ガルド。
ノワ様? こちらを見て少し首を傾げた後、急に悪そうな顔になったのは何ゆえ。
「あー、グレイシャル。その子、関係者だから送らなくて大丈夫だよ」
「そう? ならいいけれど。ノワの知り合いですか?」
「んー。知り合いだけど、ボクもこうして顔を合わせるのは初めてかな?」
「あ、えと、あの」
「それにしても、来るの早いね、グレイシャル? 予定までは、まだだいぶ時間あるよね?」
「何事も一番を目指しておりますから。集合も一番に来て当然でしょう?」
「なるほど、いいね。グレイシャルのそういうところ、好ましいなぁ」
「な、な、な、何を言って?!」
ノワ様が楽しそうにグレイシャル・ムーンをからかい出したので、そっと距離を取る。
近くにいると巻き込まれそう。
「あら? ノワがもう居るなんて珍しい。と、初めまして、ブルーローズです。よろしくね」
「っはい! よろしくお願いします! チェネレントラ・ステラです」
びっくりした!
いつの間にか部屋に入って来ていた青薔薇様に声をかけられて、五ミリくらい飛び上がってしまった。
「あの、あの! 青薔薇様」
「はい、なんでしょうか?」
「青薔薇様の支援魔法、その、かなり細かなバフとか精神高揚とか、あの、かなり医学知識に基づいたもののようにお見受けするのですけれど、治療、その、回復魔法的なものの可能性とかはいかがですか?」
「回復魔法ですか。考えなかったわけではないのですけれど、被術者側がかなり細かくルミナを感じ取れる方でないと魔法として確立するための調整が難しく――」
青薔薇様と私の目が合う。青薔薇様の目がスッと細められ、私は軽く口の端が上がる。
お互いに「魔法」への探求心を持っていると認め合えた気がする。
「キルシュさんから、チェネレントラ・ステラさんはかなり細かいルミナ制御、感知ができるようだと伺っておりますが」
「バッチリ得意分野です」
「では、いくつか考えている回復魔法の作用機序について――」
うひ、うひひひ。
楽しいいい!
青薔薇様、医学部在籍らしく人体に詳しい。
その知識を基に、魔法少女がなぜ変身できるのか、なぜ境界層に入れるのかを独自に研究していたそうで。
いくつか仮説に基づいた回復魔法の理論について、二人で軽いルミナ操作を交えつつ話し込んでたら、ノワ様に肩をぽんぽん叩かれた。
「すみません、ちょっと今いいところで――」
「もうみんな揃ったよ」
みんな? 揃った?
顔を上げて会議室を見回す。
一番奥には、やわらかな黄色のバトルドレスに淡い水色のミディアムボブのお姉さん――魔法少女サニーレインだね。
シャイニースターと同時期に覚醒したレジェンド。現役の中では最も経験豊富な魔法少女。
少し戸惑った表情でこちらを見てるのは、何故だろう。
その左隣にセラ様!
今日も大変麗しい。眩しい。ちょっと直視が躊躇われる。
金色のロングヘアに、夜空を思わせる優雅なバトルドレス。もはや星の女神では?
少し心配そうな表情でこちらを見てるのは気のせい?
大丈夫です、セラ様。私はそれなりに平静です!
その隣は、豪奢に広がる真紅の縦ロールヘア、キャラクターの濃さは魔法少女の中でも随一、高笑いが似合う魔法少女ナンバーワン、華麗な空中機動は見るものを魅了してやまない超攻撃的アタッカー、魔法少女ルージュ・エトワール。
武器はハンドガンタイプを両手に持つスタイル。カッコイイ。白い鳩が飛び交う教会が似合いそう。
あ、にっこり微笑まれた。すき。
ルージュの隣から青薔薇様、私、ノワ様、グレイシャル・ムーンと並んでサニーレインに戻る。
七人。
確かに出席者全員揃ってる。
おおう。
三十分以上話し込んでたらしい。
青薔薇様、素知らぬ顔して座り直して澄ましてるの、心臓強すぎませんか?!
「ところでチェネステ、その格好でいいの?」
何ですかノワ様、その格好?
制服姿が何か?
皆さんも、バッチリとバトルドレスです……し……?
あれ。
バトルドレス……変身……私、制服……
私だけ、変身してない……?! あ。
中 の 人 大 公 開 !
「灰に覆われし星屑よ!」
すちゃっと変身。
初回以外なら、キーワードを縮めても、変身の意志が明確なら発動する。魔法少女豆知識。
立ち上がって一礼。
「魔法少女チェネレントラ・ステラです。未熟な点も多々! 多々、あるかと思いますが、よろしくお願いします!」
やーらーかーしーたー!
そりゃ、グレイシャル・ムーンも迷子だと思うわけだよ!!
みんなバトルドレスの変身姿なのに、私だけ変身せずに中学の制服姿なのだから!
魔法少女の集まりなのだから、魔法少女姿なのは自明だよね。
いや、制服姿がダメという規則もないのだけど!
ひーん。
この麗しいしかない面々に平凡地味素顔をぶっちゃけてしまったことに羞恥心を覚えればいいのか、一人だけ明らかに露出高めなバトルドレスに羞恥心を覚えればいいのか!
セラ様、満足げに頷かないでください!
とりあえず。
だれか介錯してくれませんか?
◇
主に、私の顔見せと、新種の隔獣に関する情報共有で会合は終わった。
蜂型については、逃走された場合は報告にとどめ、無理に追跡をしない方針を徹底することを確認し合った。
仮に瘴気の集積を行っている場合、既知、あるいは未知の大型隔獣に遭遇する危険性があるからだ。
久我原さんに送った偵察案は、まだ特災庁内で調整中のため円卓の議題には上がっていない。
会合後、サニーレインに「守秘義務がありますから、変身前の姿のことは大丈夫ですよ」と、そっとフォローされた。やさしい。すき。
でも、セラ様の配信にちょくちょく「円卓議長代わってください」のメッセージを送るの、ちょっと、その、アレです。
セラ様、読まずにスルーしてるけど。
グレイシャル・ムーンからは、迷子扱いしたことを丁寧に謝罪されたが、悪いのは変身せずに乗り込んだ私なので、しっかり謝り返した。
ただ、「どんな天狗な子が来るのかと思っていましたが、思ったより……なんでもないです」って何?
青薔薇様とは、回復魔法に関するレポートのやり取りを約束しつつ、色紙に「杏奈へ」と添えてサインをもらった。
不躾なおねだりに快く応じてくれた青薔薇様、すき。
セラ様とは、その、うまく話せていない。
挨拶はしたし、同じ円卓メンバーとしてよろしく、と言われたけれど、どう向き合えばいいのか分からないんだよぅ。推しがよろしくと言ってるんだから、よろしくしろ、といえばそうなのだけど。
もう二年近く、雲の上の推しだったのだ。いきなり、対等に近い関係を、と言われても……
「昔みたいに、セラ様好き好きー、ってしてりゃいいだろ」
「あれは小学生だったからできた態度であって、私はもう中学生、それも二年生だよ!」
会合が終わったあと、電車で一駅のところにあるトワイライトパレスの事務所に顔を出したら、何故かキルシュが居た。「今度、茶を飲もうぜ、って言ったろ」と言われても。
正直、社交辞令かと思ってた。
そんなわけで、今はキルシュと二人で近くの喫茶店に入って、お茶とケーキと一緒にとりとめもない雑談をしている次第。
制服で行ってしまった件は爆笑された。
く、笑えばいいさ!
「で、本命のお悩みは何さ?」
「……配信、何したらいいかな、って」
「ほーん、好きにすりゃいいじゃん」
好き放題やってる人は良いですよねー!
好き放題に見えて、かなり考えてやってるのは知ってるけど。
「好きにと言っても、魔法少女語りは危険だし。あと他に私にできそうなことと言ったら、コソコソ境界層を歩き回って隔獣を狙撃するくらいだよ」
「くらい、って、んなことチェネステにしかできねーよ」
「なるほど、唯一性はあると。なら……」
「めっきり遠慮なくなってきたな灰星」
「遠慮したら拗ねてめんどくさいじゃん。もしかしてルミナ感知とか需要ある?」
スマホのメモアプリを立ち上げて、思いついたことをどんどん書いていく。
ちょっと、配信できそうな気になってきた。
「チェネステ式感知? 正確な方向と、それなりに正確な距離がわかる感知なら、そりゃあるだろうけど。説明できるんか? 『スマホ握って、ギュっとルミナ込めれば繋がる』レベルの説明で分かるやつ、なかなか居ないからな?」
「キルシュに説明するんだから、キルシュが分かればいいじゃん」
「おまえ、真面目な優等生顔なのに、わりと雑だよな」
ほっとけ。顔の造形や髪型で性格が決まるわけないだろ。
「んで? なんでまた、急に配信するぞー、ってなってんだよ?」
んー、義務感……ではないな。
推す側の立場からすると、推すことは、私の場合は見返りを求めてのことじゃない。
ただ……
「応援してくれるファンがいるなら、なにかを返したいじゃん?」
私なりの、推される側の気持ちとしてはそう。
顔の見えるファン――杏奈や美宙、妹の真奈の姿が浮かぶけど、その向こうにも大勢ファンがいる。
グッズの販売数を考えると……いや、あまり考えないようにしよう。
「そか。ま、あんま気負うなよ。自分を差し出すのはファンサじゃねーから」
分かる、ような。分からないような。
けれど、なんとなく方向性は見えた。
「気負いは、多分大丈夫。よし、いけそうな感じがしてきた!」
「ほんとか? 大丈夫か? お前、割としょーもないポンをやらかすから間宮所長にちゃんと相談しろよ?」
「私は、初めてのお使いに出る子供か!」
く、心配だと言わんばかりの言葉と、なにかを期待するニヤッとした表情が言行不一致もはなはだしい。
ちゃんと所長には相談しますー。
やらかしを期待されても応えませんー。
段取りをしっかりやるのは、得意な方なんだ。
配信、やるぞー!




