第39話 チェネステ・レポート
夜、パソコンの前に座ってノートアプリを立ち上げる。
公認魔法少女になってから、部屋にはパソコンが追加で二台増えた。
事務所から支給された、公認魔法少女業務用と、事務所業務――オンライン会議とか配信とか――用の二台だ。
魔法少女業務用のものには、ルミナ式の認証システムがあり、実質魔法少女本人にしか使えない。
おまけに、灰宮家の私の部屋まで新たに引かれた専用回線でネットワークに繋がっており、セキュリティがすごい。
ルミナ式ドローンカメラに記録されたデータを扱うには、それくらいのセキュリティが必要なんだそうだ。
ノートアプリを立ち上げたのは、その魔法少女業務用のパソコン。
書くのは、境界層で遭遇した見慣れない隔獣に関する詳細報告。
ドローンカメラに記録されていた映像データをチェックしつつ、隔獣の形状、サイズ、挙動などに、適宜所感を加えつつまとめる。
実のところ、報告自体はそこまで詳細に書かなくてもいいようにはなっている。
魔法少女の業務報告は、支給されているドローンをクレードルにセットしておしまい。
ドローン内の記録は特災庁へ自動転送され、映像ログの解析、駆除数の集計、実績との紐づけまで全自動。
なにか気づいた点があれば、追加報告として口述筆記システムに伝えるだけでいい。
魔法少女の多くが未成年の中学生か高校生だからね。
大人ができることは大人がやる、というのが社会の風潮だ。
じゃあ、なんでお前は報告書を書いてるのか? というと、その方が考えをまとめられるから。
「やー、チェネレントラ・ステラさんくらいです、わざわざレポート送ってくるの」
とは、レポートを受け取った特災庁の久我原さん。「レポート」の所に変なルビがついてるような雰囲気を感じたのは気のせいだろうか?
なんか、私が送ったレポート群には「チェネステ・ファイル」という名前がついてるとか。
未解決事件ファイルか何かかな?
この前の出張講義もどき? の時もそうだったけれど、特災庁の境界層研究の常識と、私の常識というか経験則がだいぶ異なっていたらしい。
「常識が壊れました」と言われても、その、困る。
常識がズレた原因の大半は、私が変身せずに境界層に入り続けていたことのよう。
いやでもさー。
変身はしたくないけど、魔法少女に覚醒したからには、できることから目を背けるのも違うと思っての行動だったんだよ。
久我原さんには『|ナントカと紙一重の行動』と言われた。
解せぬ。
いや、レポートは真面目に書いているよ。
レポートの内容は、おちゃらけられないものなので。
なんで隔獣が瘴気を集めているということに神経を尖らせているかというと、黒霧虚災が関わるからだ――
◇
二年と少し前の黒霧虚災が発生する半年ほど前から、隔獣が発生しそうな瘴気だまりを発見した場合に、瘴気を散らすことで隔獣の発生を抑制する、という試みが行われていたらしい。
この試みは、隔獣の発生数をかなり抑制できたため、これを瘴気の浄化と当時は認識していたそうだ。
けれど、散らしただけの瘴気は異なる場所で再び滞留することが、黒霧後の観測の積み重ねにより分かった。
そのため、この試みが瘴気濃度の局所的な上昇を招き、隔獣の同時多発的な発生を招いた要因のひとつではないか、と現在の特災庁では考えられているのだ。
ただ、この瘴気散らしを黒霧の要因の全てとするには、黒霧虚災の規模と釣り合いが取れない。
黒霧発生要因の全容解明にはいまだ至っていないのだ。
瘴気散らしについて、今さらどうこう言う気はない。
当時は隔獣の発生を減らすことが正しいと思われていたのだ。
それが間違いだったとしても、関わった誰かを責めたところで、シャイニースターは帰ってこない。
うん、少し話が逸れた。
この瘴気散らしと、見慣れない隔獣による瘴気の収集と運搬。
どちらも瘴気を移動させている、という点で似ている。
隔獣が瘴気を集めているとするなら、集められた先で大規模な瘴気だまりとなり、大型の隔獣が発生する可能性が高まる。
ついひと月ほど前のルーク級の突然の発生と、符合すると考えるのは、強引な結論だろうか?
少なくとも、放置していい懸念ではないと思う。
ルーク級も一体なら何とかなる。
けれど、もしも。
大規模な瘴気だまりが複数作られていたら?
そこから、ルーク級が同時多発的に発生したら?
悪夢だね。
蜂型隔獣を追跡するためのチーム編成と、そのチームでの偵察は、可能な限り早く行いたい。
隔獣によって作られている瘴気だまりの報告が上がってきていないのであれば、日常的に魔法少女が活動する範囲内には無い可能性がある。
そうだとすると、追跡チームはかなりの長距離進出を想定しなければならない。
理想的な編成は、オールレンジで対応できるセラ様、機動力と攻撃力を兼ね備えたルージュ・エトワール、防御担当のノワール・ガルド、最も機動力があり移動補助も行えるヴァイセ・ブリューテ、偵察と情報収集を行う私の五名だ。
わたしのかんがえたさいきょうの布陣! というわけではない。
ないよ?
◇
だいたいそんな感じの内容をまとめて久我原さんに送信。
秒で返信が来た。
『チェネステさん、私の連勤数がいくつになってるかご存じですか』
知らない! お仕事頑張って!
『ご提案の偵察の件は、私の決裁権を超えるので少々お時間をいただきます』
面倒なことをお願いしてしまった? でも、必要だと思うのでお願いします!
偵察、絶対に必要だと思うんだよね。
あ、独りでコソコソ行ったりはしないよ。
行かないよ。フラグでも、ネタでもない。
出来ることはやるが、出来ないことはやらない。
隠密行動に自信はあるけれど、言い換えると隠密しかできない。
変身したら、隠密ではなくなるし、仮にルーク級が二体いたら詰むからね。
ルーク級の牽制の黒光弾ならともかく、背板の黒光をまともにくらったら、チェネステに変身しててもかなりヤバい。しかもセラ様と砲撃戦を繰り広げていたように、背板の黒光は、かなり気軽に連射される。
あっという間に蜂の巣になって終わりだ。
無謀ダメ絶対。
久我原さんからの返信メールを閉じると、レポートを書くために開いていた記録映像の静止画面が視界に入る。
コアを撃ち抜いた直後の蜂型隔獣は、端の方から霧散が始まっている。
そもそも、なぜ瘴気を散らすのはダメで、瘴気だまりから発生した隔獣の駆除はオーケーなのか。
その答えになるのが、隔獣を駆除した時に起きる瘴気の還元反応だ。
隔獣を駆除すると、それまで感じていた不快な反応が急速に薄れ、魔法少女のルミナに近い性質へ変化する。
見た目には、隔獣を構成していた黒い塊がほどけ、霧のように散って消えていく現象だ。
瘴気が大元となるエネルギーへ還元されるので、駆除しても瘴気濃度の上昇を招かない。
よって、駆除はオーケーというわけだ。
各種の観測値の記録もこれを裏付けている。
では、瘴気やルミナってそもそも何? という話になってくると、もう仮説だらけだ。
今のところ、特災庁の境界層研究所では、隔獣や瘴気に由来する反応を黒色ルミナ反応、魔法少女が扱うものを白色ルミナ反応と分類している。
「色」が違うだけで、どちらも同じ根源的なエネルギーから派生したものである、という仮説に基づいた分類だ。
そして、その根源的なエネルギーのことを、境界層研究界隈では星環エネルギーと呼んでいる。
境界層観測ノート由来らしい。冗談だと言ってほしい。
ちなみに、なんで星環エネルギーと名付けたか、はっきりとは憶えていない。書きながらふんわりそんな感じかな、と思ったような……謎の記憶さんの仕事か?
とりあえず、ざっくり星の生命力みたいな高次元のエネルギー、という理解で多分あってるんじゃないかな!
この件、深く考えたら負け!
瘴気、黒いモヤ、隔獣はこの星環エネルギーがルミナとは違う形に変化したもの。
隔獣は由来がそういう根源的なエネルギーであるため、現実世界の兵器では攻撃がその本質に届かず、同じ星環エネルギーを源としたルミナと、それを扱える魔法少女でしか対抗できない、というわけだね。
少なくとも、研究所が解明したいくつかの現象はこの説を裏付けているらしい。
ただそれでも――
隔獣が何故現実世界に実体化するのか?
魔法少女――ルミナ適格者はどのように覚醒するのか?
何故、覚醒するのは十代の少女ばかりなのか?
――は、さっぱりわからない。
魔法少女になることを強く望む子が覚醒するわけでもない。
覚醒しても戦えない子もそれなりにいる。
十三年前、隔獣災害は何故始まったのか。
十二年前、始まりの魔法少女の覚醒以降、次々と魔法少女が覚醒したのは何故なのか。
黒霧の少し後、何故私が魔法少女に覚醒したのか。
分からないことだらけ。
だけれども。
魔法少女をやっていくと決めた。
いろいろあって、公認魔法少女をやっていく覚悟も……できた。
隔獣は変わらないようで、変化している。
いつ、何が起きるか分からない。レポートを書いていて、そう思った。
できることを先延ばしにするべきではない。
私も、少しは変わらないと。
けどやっぱり円卓はまだちょっとだいぶかなりハードル高いよ。
私物のパソコンで同時に流している四つの魔法少女配信、そこに映る四人の新人魔法少女。
この先、私が何かした時には彼女たちに大きな影響があるかもしれないということに、魔法少女オタクとしてまだ葛藤がある。
けれど。できることはやっていく、と決めているのだ。
ひとまず。
明日、杏奈に話そう。




