第38話 見慣れない隔獣
軽い体調不良で大事をとったり、あれやこれやの会議だったりで、ややご無沙汰になってた境界層。
今日も相変わらず、太陽もないのにうすら明るい曇り空のいい天気。
公認魔法少女になってからいつもの手順になったリンク接続をした後、後方斜め上に浮かぶルミナ式ドローンカメラをチェック。
記録モードの緑ランプ点灯。
配信モードの赤ランプは消灯。
確認ヨシ。
うっかり設定を間違えて配信してしまったり、本人が気づかないまま、配信コメント欄で好き勝手に言われる……などという事故は起こさない。
境界層に入る時の確認手順は大事だし、慣れでなおざりにすることは、自殺行為に等しい。
ついひと月ほど前に、ほんの少し警戒が疎かになっただけで、まぁまぁ本気で死にかけたばかりだ。
油断大敵、怪我一生。いやマジで。
何度か袖を通した都市迷彩柄のミリタリーコートも、だいぶ身体に馴染んできていい感じになった。
最初に着た時、ルミナの通りがいい? と思ったのは勘違いではなく、コートと、同じ柄のカーゴパンツの両方へ意識して少しルミナを通すと、迷彩効果が強まることがわかった。
この前、ドローンカメラの録画映像をチェックした時に、映っているはずの私の姿をすぐに見つけられず、結構驚いたのだ。
ルミナが強めに励起される狙撃の瞬間に、伏射の姿勢を取る私の姿がノイズみたいに浮かび上がっていたりもした。着ていた迷彩コートも相まって、一瞬だけ途切れた光学迷彩……みたいな感じで、思わずテンション上がってしまったよ。
それにスナイパーとしては、発見されにくくなるのはアドしかない。
もう少し色々と検証したら、レポートにまとめて特災庁の久我原さんに送る予定だ。
多分、久我原さんなら、「非変身状態でしか発動しない迷彩、興味深いですが実用性は無いですね」と言いそう。
そういうわけで、コソコソ感が増し増しになった芋砂魔法少女、いきます。
◇
いつも通りのルートを巡回すること三時間。
途中、エネルギー収集中の隔獣一体を発見したので、十五分ほど観察してコアの位置を見抜く。あとはサクっとコアを撃ち抜いて駆除。
一度、変身をしたからなのか、非変身状態でも僅かだけどルミナの出力が上がった。
おかげで、鹿型隔獣――分類資料ではポーン級メガロケロス型――が静止状態なら、ツノによるルミナ攪乱の影響をほぼ無視してコアを撃ち抜けるようになったのは、収穫だった。
以前は、ツノの向きによっては、大きく迂回してポジションを調整する必要があったからね。
駆除が楽になったのはありがたい。
変身はしないけどね!
隔獣駆除は、ひとりで、静かに、一撃で、が性にあってるから。
決して、ピンクツインテールミニスカへそ出し魔法少女姿から逃げてるわけではない。
ない。
巡回路に沿って空間の歪みを抜けた先の次の区域は、少し瘴気が濃かった。
隔獣がすぐに発生するほどではないけれど、数日、早ければ明日には発生濃度に達するかもしれない。
周囲をざっと確認してから遮蔽を取り、スマホのメモアプリに区域の番号をメモしておく。
次の巡回の時にはこのメモを確認しながら、隔獣発生が予想される区域から回るようにルートを組むことで、駆除漏れを減らすのだ。
スマホをホルダーに戻してからルミナ感知を行うと、かなり離れたところに小さな反応が複数引っかかった。
発生にはまだ早いと思ったのに。
ラット級……よりは反応が強い気がするけど、ラット級に遭遇したのは、直近でも半年以上前だから、反応の大小にはイマイチ自信がない。
ただ、ポーン級よりは明確に小さい。
隔獣反応が複数はかなり異例だし、それが未知の反応サイズとなると、プチ異常事態だ。
なんにしろ見にいくしかない。
他に隔獣反応がないことを確認しつつ進んでいくと、徐々に瘴気濃度が下がっていく。
基本、隔獣の近くほど瘴気濃度は高くなるため、隔獣反応に近づくに従って、瘴気濃度が下がるというのは、うん、おかしい。
プチから、ミニ異常事態に格上げだ。
遮蔽が取れる高所を見つけたので、よじよじと登る。
手足をかけるところがあれば余裕!
登ったところで姿勢を低くしながら、スリングを回して背負っていた狙撃銃を構える。
スコープ越しに反応があったあたりを探すと……いた。
なんだろう、小動物じゃない。
地上一メートルほどの高さに滞空している、と、消えた?!
薄く絞ったルミナ感知をすると、反応は……移動した?
滞空して、あまり凹凸が目立たず、素早く動く……ハチドリとか昆虫とかが思い浮かぶ。
何度か視界を移動させていくと、いるいる。
節のようなものが見て取れる丸みを帯びた形状、薄く霞んでいる翅のようなもの――たぶん高速の羽ばたき。
見た目の印象は、蜂……かな?
しばらく観察を続けていると、ひとところに数分から十数分留まり、別場所へ移動する、ということを繰り返している。
サイズは、測距結果とスコープ内の大きさから計算すると、おおよそ一メートル強。
五メートルほどに達するポーン級と比べると小さいけれど、虫って考えると、なかなかゾワゾワするサイズだ。
胸部にあたる位置には赤いコアが露出している。
弱点が露出している理由は何だろう。
留まってる場所は、窪んだ地形、廃墟に囲まれた小さい空き地など。
なんだろう? 瘴気だまりになりやすい場所か?
観察を始める前に比べて、瘴気濃度が下がっているような気がする。
携帯式の瘴気濃度計とかあればいいのに。久我原さんへの相談案件かな。
魔法少女的には、濃度計とかあっても使わないだろうから微妙かな。
必要な情報は、隔獣が居るか、居ないか。居たら駆除、居なければ次、だもんね。
で、だ。
瘴気濃度が下がっているとしたら、瘴気はどこに行ったんだ?
蜂型隔獣の存在強度が上がったようには見えない。
臨界して現実世界に実体化しそうな強度には程遠い。
強度というのも、発生直後の隔獣をルミナ感知した時と、ひとところに留まってエネルギーを吸収した隔獣をルミナ感知した時の反応の違いを、経験則的にとらえてる話で、厳密に測って理論化したものじゃない。
だから、今観察している蜂型隔獣が、現実世界にいきなり現れない、という保証にはならないけれど。
瘴気だまりに留まる蜂型。
瘴気濃度が下がる。
けれど蜂型が強化されているようには見えない。
蜂が蜜を集めるように、瘴気の回収、運搬をする隔獣?
観察を続けるべきか、駆除してしまうか。
もう少し観察を続けたい気持ちもあるが、一通りの行動パターンは記録したし、現実世界に実体化しないと断言できない以上、放置は悪手だ。
とりあえず駆除しよう。
姿勢を確認し、照準を蜂型のコアに合わせて引き金を引く。
素早く次の蜂型の方向へ振って、コアを狙い、撃つ。
体感五秒で五回繰り返したところで、残った二体がすごいスピードで同じ方向に離脱していく。
速い。
あれに追いつけるの、ヴァイセくらいでは? 私じゃ変身しても無理だ。
『区域三の五十四、チェネレントラ・ステラです。小型、未知の隔獣を七体発見、五体駆除、二体が区域三の六十三方向へ逃走。速度極めて大。速度差から追跡困難』
リンク経由で報告を上げる。
『区域コントロール、了解。警報は必要?』
『不要と判断。警戒情報をお願いします。個体サイズ一メートル強。反応強度から、現時点で実体化の可能性は低いと推定。瘴気回収とみられる行動あり』
『区域コントロール、了解。周辺四十八区域へ新種・サイズ一メートル強の隔獣への警戒情報を発信。詳細は帰投後報告を』
『了解、以上です』
『了解』
ふう。全部落とせると思ったのは、慢心だった。
四体目を落としたところで、残り三体の動きが僅かに変わったから、仲間の状態を短い間隔で確認する何かがあるのかもしれない。
反省。
特災庁の区域コントロールとのリンク経由の会話、実はあまり様式は決まってない。
私はさっきみたいな感じだけど、もっと日常会話っぽい魔法少女の方が多い。
それはそうだよね、中学生とか高校生がほとんどなわけだし。
お前も中学生だろ、って言われると刺さるものがあるけど。
こう、オタク的には、ソレっぽい通信の会話に憧れが無かったとは言えない。
巨大隔獣戦のときのリンク会話、あれがなんかウケた? らしくて、特災庁の担当の人もノリノリで返してくれるからつい、ね!
ふざけてるわけじゃないから、許してほしい。
さ、今日はもう帰って、ドローンの記録映像をチェックして初遭遇した隔獣についてのレポートを書こう。
こういうレポート書くの、ちょっとワクワクして楽しいよね?
内容は、まぁ、たぶんあまりワクワクできるものにはならないだろうけど。
レポートを受け取る久我原さん、ごめんなさい。
もし本当に瘴気を回収して、瘴気濃度の調整を隔獣が行っているなら――
かなりマズい。




