第37話 花の魔法少女の華のある配信
一時間ほど保健室で眠ったらだいぶスッキリした。
疲れが溜まっていたのかな? 体力には結構自信があったのだけど。
起きて、七限の授業を受けて放課後。
今日は境界層には入らず、まっすぐ家に帰る。
ここ数日入ってないけれど、前に入ったときに近隣区域の隔獣は掃討したからもうしばらくは大丈夫かな。
いきなり瘴気濃度が上がる、この前みたいなこともあるから油断はできないけれど。
頑張りすぎて倒れたら本末転倒、推し活は健康第一。
隔獣駆除は推し活なのか、って?
推し活に決まっている。
一体でも多く駆除すれば、それだけ推しの負担が減るのだから、立派な推し活!
家に帰って、お母さんと少し話して、自分の部屋に入る。
保健室で休んだこともちゃんと報告した。黙ってる方が心配させるからね。
宿題をぱぱっと済ませたら、パソコンを立ち上げる。
せっかく時間の余裕ができたので、その、友達、友達のね! 配信を見ようかと。
さすがに夕食前のこの時間にライブ配信はしてないので、ブラウザでヴァイセの配信チャンネルにアクセスし、一覧から一番最近の配信のアーカイブをクリック。
再生を始めたところで、不意に部屋の扉が開いてから、ノックの音がする。
「お姉ちゃん帰ってたなら教えてよ! あ! 配信見るの? 真奈も一緒に見る!」
「真奈、ノックはドアを開ける前」
「ん! 気をつける!」
部屋の隅に置いてあるスツールを引っ張ってきた真奈が隣に座ると、パソコンのモニターでちょうど待機画像が消えてヴァイセが画面に登場する。
うーん、いつ見ても正統派美少女。
ダークピンクのブラウスに羽織る同色のケープが落ち着いた印象を強めていて、ヴァイセのキャラとぴったりマッチしてる。
ブラウスの袖口を絞る黒いリボンは、ヴァイセが推してやまないキルシュの魔法媒体である黒いリボンを意識してのアクセントだ。
推しの意匠をさりげなくまとう、わかる。
『皆さま、ようこそ。ヴァイセ・ブリューテです。今日も会いに来てくださり、ありがとうございます』
ふわりと微笑み、楚々と一礼して椅子に座るヴァイセ。
動作にあわせて、さらりとケープが揺れるのが、清楚な印象を強めている。
すごい。ただ挨拶をして座っただけなのに、それが絵になってる。
華がある、というのはこういうことを言うんだろうなぁ。
最近、ファンがすごく増えたと言ってたけれど、確かに序盤からコメントの流れが早い。
落ち着いた口調で進行していくヴァイセ。
デビューわずか半年とは思えない、貫禄すら感じる、滑らかな進行だ。
すごい。
『最初にお知らせです。前回の配信で予告していました新しいグッズのサンプルが届きました』
ヴァイセが手を伸ばし、カメラに映らないところに用意してあった箱を丁寧に引き寄せて開ける。
『今度のグッズのテーマは、“日常に小さな花を”です。普段使いしやすいアイテムを選びました』
そうして机の上に並べられていくグッズ。
ステンレスボトル、スクエアバックパック、デスクマット。
ぱっと見、色遣いがシックでキャラグッズ感は皆無だ。
細身のステンレスボトルは、マットブラック、マットホワイト、ダークピンクの三色展開。黒とピンクはヴァイセのバトルドレスカラー、白は花片魔法のイメージカラーだね。
ボトルの側面には小さな花のマークと、流麗な筆記体で「Weiße Blüte」とレーザー刻印が入っている。
花のマークも甘すぎず、中性的でシャープな印象。
スクエアバックパックは黒地にダークピンクのラインが入ったものと、黒一色の二色展開。花のマークと筆記体ロゴは上部中央に小さく入っている。
大学生や若い会社員が通学・通勤で違和感なく使えそう。
よく見ると、光の加減でうっすらと花片模様が浮かび上がるように入っている。表面処理が凝ってる!
黒地のデスクマット――机に敷く大型のマウスパッドは、下部にボタニカルデザインっぽい模様が入っていて、よく見るとそれがヴァイセのバトルドレスのスカートの裾に入ってる模様と同じだと分かる。
うまいなぁ。これも右下に小さく、花のマークと筆記体ロゴ入り。
『普段使いに差し障りがなく、知っている方が見ればヴァイセ・ブリューテのグッズだと分かるように、デザインを頑張りました』
ふんす、という感じのヴァイセの仕草に、コメント欄もほっこりした感じになるけど――
「ふわー。ブランド品みたいだね!」
「ね。高級品っぽい見た目通りにお値段も安くないけど、それが逆にファンに刺さる」
ヴァイセのファン層は概ね高校生から大学生くらいが多いらしい。
ヴァイセの「お兄さん」「お姉さん」としてちょっと背伸びするようなファンに、綺麗に刺さるアイテム選びとデザインだ。
ファンを「わかっている」としか言いようがない。
しかもこれ、企画してデザインしてるのヴァイセ本人なんだよ。天才か?
ちなみに、アクスタやアクキー、缶バッジ、キャラTといった定番どころのグッズを出していないわけではなく、事務所の公式ショップでしっかりラインナップされている。
ソツがないな、ファーストナイト。さすが最大手。
「ヴァイセのお兄さんとかお姉さんになった気分で使えそう!」
「そうだね。ファンなら分かるけど、知らない人にはオシャレなアイテム。ブランド品のようなアイテムで、ファンの自尊心を日常の中でも満たしていく戦略、よく考えられている」
「さすがお姉ちゃん、魔法少女評論家!」
「評論家はなんかちょっと……」
「お姉ちゃんのグッズも、普段使いできるものー、て感じだったよね」
「ぅ」
正直言うと、間宮所長とグッズについて話したときに、ヴァイセのグッズ展開を参考に、と言った。
アクスタやアクキーの類は、しばらく封印もお願いした。
もし万が一、街中でチェネステのアクキーを見かけたとき、自分が正気でいられる自信がまだない。
「そうだよ! お姉ちゃんのグッズ! 全然買えなかったんだけど! ママにサイト見てもらった時には全部売り切れてたんだよ。早すぎない? て、あ! その白いパーカー! チェネステパーカーじゃん!?」
うぐ。
じっと見つめる真奈の瞳に抗えない。
「真奈には少しサイズ大きいと思うけど、それでいいなら」
「やた! お姉ちゃんありがと! 大好き」
く、かわいい!
そんな会話をしてる間にヴァイセの配信はお便りコーナーを経て、雑談コーナーに。
『それでですね、ついに! なんと! チェネレントラ・ステラさんとお友達になれました! ふふ、魔法少女のお友達、第一号です!』
おおう。
なんだ、その、なんだ。
笑顔が眩しいな!
ヴァイセ、魔法少女の友達いなかったのか。
コメント欄に、おめでとうと、てぇてぇが溢れている。
あ、こら、キマシタワーは要らん、建てるな。
考えてみれば確かに、デビュー時からファーストナイトの有望新人、いずれはエースのひとりへ、という扱いだったから、周りからは少し浮いていたのかもしれない。
ヴァイセと似たような時期に公認登録された魔法少女たちは、最近になってポツポツと境界層デビューを始めている。それに比べると、すでに月数体のペースで隔獣を駆除しているヴァイセは、明らかに頭ひとつ抜けた存在だ。
花片魔法の使いこなしというか、進化もすごいし……
それはそれとして、ヴァイセさん、その、あんまりチェネステ持ち上げないで!
真奈、お目目キラキラさせて聞き入らないで。
ハードルが上がる!
ただでさえ、円卓入りでハードル上がってるのに!
なんかもう、ハードルどころか、棒高跳びの高さだよ!
真奈、お姉ちゃんはそんなにすごい魔法少女じゃありません。
『チェネレントラ・ステラさんの特にすごいところは、魔法に対する豊富な知見と応用力ですね』
ヴァイセぇ……
「お姉ちゃん、すごいんだね! 主人公キャラみたい!」
真奈、いいですか。その認識は大いに間違っています。
主人公というのは、セラ様のようなルミナに愛された魔法少女のことをいうのです。
『もう少し語りたいところですが、そろそろお開きにしましょう。では、今後の予定です――』
雑談を締めたヴァイセが、画面を今後の境界層ライブ配信や雑談配信の予定に切り替える。
このあたりはフォーマット化されていて、どの魔法少女の配信でも見られる流れ。
予定について告知した後は、魔法少女への応援に関する注意事項までがセットだ。
『魔法少女への応援の気持ち、とてもありがたく思っています。ですが、出動区域へ会いに来ることは絶対にしないでください。魔法少女以外の方は境界層に入れません。避難区域へ近づくことも危険です』
画面の半分に、特災庁が配布している公式アプリの案内が表示される。
『もし魔法少女に覚醒した時は、特災庁へ連絡してください。皆さんのスマホに入っている公式アプリから連絡できます。また、覚醒しても、いきなりひとりで境界層へ入ることは絶対にしないでください。魔法が使えても、命を守れる保証にはなりません』
ぐふぅ。
あ、真奈の視線が刺さる。痛い痛い。
ヴァイセの注意は正しい。とても正しい。
けれど、正しさは時に思わぬ形で人に刺さる。
……あれ?
私も配信の時、この注意を言わなきゃいけないのか?
めちゃめちゃ自分のこと棚に上げて言うセリフになるな!
白々しいにもほどがないか!?
思考が明後日の方向に流れている間に、配信アーカイブの再生が終わっていた。
なんというか、ヴァイセの手際と準備の良さでよどみなく進む配信だった。
終始リラックスして見ていられるというか。
配信を見ながら書いていたメモを見返す。
真奈がメモの内容を見て、なにやら期待の眼差しを見せる。
「まだ、先の話だから。準備とかも要るし」
「お姉ちゃんなら、そのまま、ただ喋るだけでもいいと思うけど」
真奈さん、いいですか。
準備してないので、とりあえず雑談です、みたいなことをいう配信者。あれは、ただのポーズです。
視聴者を緊張させないよう、あえて隙を見せる高等テクニックで、実際は入念に準備してあるものなのです。
定期テストの前に秀才くんが、今回は全然勉強できてないんだよなー、とか言って牽制してくるのと一緒。
うっかり信じて自分も勉強せずにいたら大惨事!
それと同じ。
そもそも、だ。
私が準備なしの雑談とかしようものなら!
あっという間に話題が尽き、間が持たずに目が泳ぎ、謎の沈黙がひたすら続く事故配信になるのは確定しきった未来だ。
「お姉ちゃんの場合、それくらいの方が上がったハードル下がりそうだけど」
「真奈、魔法少女ファンとして、無様な配信はできないの、分かって?」
「お、おう……わかった。お姉ちゃん、がんばれ」
とはいえ、配信で何を話したらいいのか。
セラ様語りならいくらでもできるけれど、万が一にもセラ様本人に見られたら……しぬ。
もう、どんな顔して会えばいいかわからなくなること間違いなしだ。
円卓で顔を合わせること確定なのに。
魔法少女語りは、本人が見るかもしれないリスクが高すぎる。
かと言って、魔法少女ネタを封じられると、ネタがない。
あれ?
私、もしかして、魔法少女ネタ以外に語れるものが……ない……?




