第36話 魔法少女にも時給があるんですよ
翌朝の教室は、チェネステ円卓入りの話題で持ちきり……とはならなかった。
代わりに話題をさらっているのは、特災庁の内部資料とされるものが流出したという話。
ニュースメディアが一斉に報じたらしいその資料で特に注目を集めたのが、隔獣の細かな分類と、その分類に基づいた駆除報酬だった。
中でも、資料にあった「標準時給・四千八百三十円」という数字が独り歩きし、ネットでは高いだの安いだのと議論になっているそうだ。
あと、隔獣について政府が定めた正式名称は「虚象域で発生する未知生物様存在」なのに、内部資料では単に「未知生物」としか書かれていないことも、ちょっとした笑い話になっている。
らしい。
らしいとか、そうだとか、知らんのか、って言われても登下校中にスマホ見ないし。
教室で話すクラスメイトたちの話を断片的に聞いた範囲ではそんな感じだった。
「時給五千円が安すぎるって言ってる人と、高すぎるって騒いでる人がいるみたいなんだけど、高いの? 安いの? 教えてあーちゃん先生!」
「よろしい、講義の時間だ」
なんて、なんとなくノリノリで眼鏡をクイっとして見せると、杏奈が拍手する。
ひえ、照れる。
「といっても、私も『安い』『高い』の主張の根拠までは知らないから、報酬がどう決まるのか、それが妥当に思えるか、という話になるけどいい?」
「おおー。さすがあーちゃん、お願い!」
「まず、隔獣の分類は大まかにクラスとタイプがあって――」
特災庁内での隔獣分類は、主にその隔獣がどの程度の脅威か、を示すクラスと、同クラス内での特徴に応じたタイプによって分類される。
現在あるクラス分類は、ラット、ビースト、ポーン、ビショップ、ルークの五クラス。
このクラスごとに、報酬係数というのが定められていて、駆除報酬は標準時給×係数×出動時間で計算される。
係数が二のポーン級駆除に出動して、駆除、帰還までが二時間半なら、ざっと二万四千円くらい。
「うーん、お小遣いとかアルバイト代と比べると高い金額に見えるけど……」
「命がけって考えると安く思える? 杏奈」
「そう! 美宙、それ。めっちゃ怖いのに頑張ってそれだとちょっと安いかも、て思う」
杏奈が、むしろもっと出すべき。これが高いと言うのは酷い、と憤る。
「うん。だから公認魔法少女には、基本手当とか、緊急出動対応加算とか、色々つく仕組みになってるんだよ」
「へー! そうなんだ」
「さっきの駆除報酬は、公認、非公認関係なしに、駆除したら支払われる報酬なんだ」
「あ! スター・ホワイト! みたいな例もあるから、ってこと?」
「あーちゃん、詳しいね」
う。「魔法少女関係者しか知らない話」に踏み込み過ぎた……?
チェネレントラ・ステラ/スター・ホワイトの正体を知ってる美宙が、そっと釘を刺してくる。
杏奈にはまだ言えてないからね……。
「あーちゃん、解説ありがと!」
「どういたしまして」
機会を見て、ちゃんと言わないとなぁ。どう切り出そう?
難題だ。
境界層で隔獣狙撃するほうがずっと簡単。
朝のホームルームを始める日直の声かけを聞きながら、なかなか答えの出ない悩みにそっとため息を吐いた。
◇
昼休みになると、教室の話題は隔獣の分類の話に移っていた。
どうも朝のうちに、特災庁からも声明が出ていたらしい。
内容はほぼ公開予定のもので、流出経路は調査中。未確定情報も含まれているので、すべてが事実ではない、とか概ねそんな感じ。
これで、流出資料には一定の根拠が付与されたわけだ。
解説動画も次々とアップされ始め、隔獣の具体的な脅威度や、魔法少女ごとの強さの話なんかにも話題が広がり、ああでもない、こうでもないと盛り上がっている。
隔獣のクラスに応じて、魔法少女を何人あてるべきかを検討していることも資料から読み取れたらしい。
杏奈は隔獣の分類に興味が湧いたらしく「あーちゃん、解説お願い」と言われたので、以前に鳴海さんからもらった資料の内容を思い出しつつ、ザックリ解説。
特災庁の資料で分類されていた五クラスの隔獣のうち、ラット、ビーストの二クラスと、ポーン、ビショップ、ルークの三クラスは、「コア」の有無という明確な違いがある。
コアなしは、主に隔獣災害の初期に見られた隔獣で、現実世界に出現後は時間経過によって存在が薄れ霧散する、という特徴がある。
ラット級なら適切に避難すれば被害はほとんど生じないけれど、ビースト級は出現するや激しく暴れまわるため、境界層で発見された場合は、優先的な駆除対象となっている。
「昔の隔獣は危険度が今と段違いだった、て話をたまに見るのは、そのビーストのせい?」
「杏奈、するどい。コアなしの隔獣は、今ではほとんど発生していないみたいなんだ」
私としては、ビースト級はコアを狙撃しての撃破というコソコソスタイルが通じず、変身して駆除しか対応方法がないから、あまり遭遇したくない。
「あーちゃん、あーちゃん」
「ん、何? 杏奈」
「ポーンっていうのが、魔法少女がよく戦ってる隔獣で、ルークはこの前のでっかいヤツだよね。ビショップって?」
「んー。ポーンとルークの中間くらいのサイズの隔獣なんだけど、出現報告は二年前の黒霧の時だけ、っていう隔獣」
ビショップ級の隔獣については、よくわかっていない。
黒霧虚災で境界層に複数体が出現し、この前のルーク級巨大隔獣が放っていた黒光と同様の遠距離攻撃で魔法少女に甚大な被害をもたらした。
それまで遠距離攻撃をしてくる隔獣は存在しなかったため、多くの魔法少女たちが不意を突かれてしまったそうだ。
「ヤバいヤツだったんだ」
「黒霧の負傷で引退を余儀なくされた魔法少女は、とても多いからね」
隔獣にも遠距離攻撃をしてくる存在がいる、という黒霧での教訓があればこそ、ヴァイセも私も、その可能性を念頭に置いて未知のルーク級に対処できたのだ。
情報共有の大切さについては、大いに共感するところだ。
と言っても。
円卓で私に何ができるのやら。
「あーちゃんがなんか黄昏てる」
「黒霧前後で、魔法少女の顔ぶれも大きく変わったんだよね」
美宙が魔法少女の話を積極的にしてこなくなったのも黒霧のときから。
推しが失われる痛みは、理解できる、なんて簡単に言えない。
私は、たまたま、黒霧の一年弱前にデビューしたセラ様推しだったから、最推しが突然いなくなるという悲劇にはあわなかっただけ。
黒霧前のセラ様は、今では想像がつかないほどマイナーな存在だった。
アストラ・クラウンの際立った存在感も、それをぶつける隔獣がいなければ、その輝きが放たれることなく埋もれる。
デビューして一年未満の若手に、隔獣駆除の機会が巡ってくるのは数カ月に一度。
それくらい、黒霧直前の隔獣駆除は安定していた。
そんな状況が一転し、それまでの累計討伐実績が数体というルーキーから、トップオブトップまであっという間に駆け上がれるほど、セラ様に出番が回ってくるようになった、と言えば黒霧がもたらした被害のほどが伝わるだろうか。
「そっかー。だから、未知の巨大隔獣を一蹴したチェネレントラ・ステラが、話題になるんだ」
ぐっふ。
急角度でブーメランがすっとんで来た?!
「あわや、また惨事が起きるのか、とみんなが嫌な予感に襲われたのを、きれいに吹き飛ばしたからね」
「それは盛り上がるね! そっかー、偉いな。チェネレントラ・ステラ。美宙もファンになった?」
杏奈、杏奈、オーバーキルはやめて。
「そうだねぇ。うん、偉いな、て思うよ」
美宙さん、意味深な笑顔を向けるの止めてください!
こそばゆいというか、いたたまれないというか、その、そういうのにまだ慣れてないから!!
「それと! 黒霧で大勢の魔法少女が引退した影響は今でもあって、トップ層の魔法少女に隔獣駆除の負荷が集中してるって問題もあってね」
それとなく強引に話題を別の方向に逃がす。
美宙、ニヤニヤしないで!
「あー、まとめサイトがいくつか記事上げてるやつ? トップ層偏重の体制が明らかになった、て」
「そうだと思う」
私はリーク資料ではなく、特災庁の鳴海さんから聞いたのだけど、公認魔法少女の約二割にあたる三十人弱の魔法少女が全体の八割以上の駆除を担っている。
その中でも余裕のない人から順に不調をきたし、残ったトップ層の負荷がさらに高まるという負のスパイラル。
ただ、ここ半年くらいは、少しだけ状況が緩和していたそうで、御礼を言われてしまった。
どっかの誰かが、トップ層が負担する駆除数の二割強を担ったことで、トップ層、特にセラ様とルージュ・エトワールの負荷がかなり下がったから。
誰だろうね……??
そりゃ、特災庁も目をつけるし、身バレが一瞬だったことにも納得はいく。
それはそれとして、推しの睡眠時間を増やしたのはちょっと誇らしい。えらいぞ私。
「あーちゃん、この、初期の頃はコアなしばかりだった、ていうのはなんで?」
「そういえば、なんでだろうね?」
「最初はコアなし、その後コアあり、黒霧で大きいのが現れて、この前はすごく大きいのが出た……大丈夫かな?」
杏奈が少し不安そうな顔を見せる。
確かに、隔獣が少しずつ進化してるようにも見えるけれど、何か歪な気がする。
自然に変化したのではなく、何かが介在してるような。
それも随分と性急な……焦り? 何故?
星環エネルギーの取り扱いは、急ぐべきではなく――
ふっ、と思考が途切れる。
「あーちゃん? あーちゃん!」
「ふえ?!」
「急に目が虚ろになったからびっくりしたよ。体調悪い?」
なんだ? 一瞬……呆けた?
気絶……はしてない。
頭痛なし。視界も正常。
んー? なんだろう。
「あーちゃん、保健室いく?」
「んー。どこも変な感じはしないけど……」
「あーちゃん」
美宙が、じっと見つめてくる。魔法少女活動でなにかあったのか心配されてる気がする。
「んー、わかった、ちょっと行ってくる。寝不足かなぁ?」
ついて行こうか? と目で聞いてくる美宙と、心配そうに見つめる杏奈に大丈夫と手を振り、保健室に向かう。
正直なところ、ここのところの環境の激変でイマイチ寝つきが良くないし、保健室で少し休むのはいいかもしれない。
ああ、だから魔法少女事務所の業務にメンタルケアがあるのか。
大変だな、魔法少女業。




