第33話 灰宮綾星という少女
―― クラスメイト
萩原碧 の場合
灰宮綾星というクラスメイトの第一印象は、図書委員っぽい子、だった。
二年生に上がった最初の日、出席番号順に並べられた席順でひとつ前の席に座った灰宮さんは、図書室で静かに本を読んでいるのが似合いそうだった。細い黒縁のシャレっ気のない眼鏡に、ストレートのロングヘア。
友人の城崎さんと話す口調は落ち着いていて、地味……物静かな子なんだな、と思ったのはよく覚えている。
なんでかというと、その直後に、印象がガラリと変わったから。
きっかけは、ペンケースにつけていたラバーストラップだった。
ピンクと黒のシンプルなベースに「O weiße Blumen, wirbelt herab!」とだけ書かれているラバスト。
意味は「白き花よ、舞い散れ」。魔法少女ヴァイセ・ブリューテの変身キーワード、そのドイツ語訳。
詰め気味に組まれたカッコいい書体と、ドイツ語というひねりが、分かってる感じで良い。
それをチラッと見た灰宮さんが、ぐん、と顔を近づけ「それ、ヴァイセ・ブリューテのデビュー直後に出た限定グッズセットの特典だよね。萩原くん、ヴァイセ・ブリューテが推しなんだ」ときた。
今にもすごい勢いでヴァイセ・ブリューテについて語りそうだった灰宮さんは、城崎さんに、ぐい、と引っ張り戻されていったけれど、至近距離で見た瞳を輝かせた灰宮さんが、思ったより可愛くて少しドキッとしたのだ。
以来、なんとなく、ときどき、そう、ほんのときどきだけ目で追ってしまうことがあるのは、仕方ないと思う。
好きになった、とか、恋した、とかではない。
こう、気になるクラスメイト、というか。
そして、俺と同じような経験をして、なんとなく灰宮さんを目で追うクラスメイトの男子は結構多い。
城崎さん曰く「灰宮被害者の会」らしい。
そうして目で追ってると、灰宮さんは、なんというか、残念なのだ。
まずもって魔法少女語りの熱量がすごい。特に魔法少女セレスティアル・スター、セラ様の話になるとノンストップだ。そこから「萩原くんはセラ様のアストラ・クラウンの撃ち分けについてどう思う」と振られても答えられない。あと、灰宮さんも回答を待ってるわけじゃないので、すぐ次の話題に入る。
正直言って、ちょっとひくレベルのオタクっぷりだ。
黒乃森さんは、よくアレについていけるな、と感心する。
それから、クラスチャットを全然見ていない。というか、新学年初日に参加だけして存在を忘れ去っているらしい。
城崎さんが言うには「あーちゃん、スマホの通知系全部切ってるから」らしい。
そんな灰宮さんが、文学少女風の魔法少女オタク、という印象をさらに裏切ってきたのは、二年生の四月末にあったスポーツテスト。
灰宮さんは女子の中でぶっちぎりの身体能力だった。
運動できそうなオーラ、皆無なのに。
さらに言うと、男子全員、五十メートル走のタイムで負けた。
ちょっと意味が分からなかった。
そんなこんなで灰宮さんは、クラスチャットでは「あーさん」とほんのり敬意をこめて呼ばれている。
本人は見てないけど。
そのクラスチャットで今話題なのは、魔法少女チェネレントラ・ステラ。
衝撃のデビューを飾った魔法少女だが、個人的にはちょっと面白くない。
巨大隔獣戦で活躍したヴァイセの話題がチェネステの登場で流されてしまったから。
最初の偵察、セラ様のサポート、チェネステ含めた他の魔法少女のフォローまで完璧にこなしたのに、特にそれを誇るでもなく。
配信では、チェネステも含めて他の魔法少女の活躍を讃えるヴァイセこそ、讃えられてほしい。
チェネステもヴァイセに匹敵するくらいにビジュアルが強いのは認めないでもない。
ただ、なんというか、ちょっと、直視しづらいんだよ、チェネステ。
曲の雰囲気が好きでよく聴いてるアイドルグループが、テレビに出た時の衣装がかなりセクシー寄りで「これが碧の好きなグループか」とすごく優しい顔で両親に言われた時のいたたまれなさを思い出してしまう。
一部のクラスメイトは、そんなバトルドレスがイイ! と盛り上がっていたが、女子からは「男子はこれだから」みたいな視線を向けられていた。
その点、清楚系のヴァイセはいい。顔もいいし、声もいい。
ファンを公言しても変な目で見られない。
クラス随一の魔法少女オタクである灰宮さんも、チェネステに対しては微妙な反応をしていた。やっぱりチェネステのあのバトルドレスは、灰宮さん的にNGなんだろう。
ちょっと憤慨したような顔で「魔法少女のバトルドレスというものは、ただ、肌を見せればいいというものではなく……」と語る姿が思い浮かぶ。
今度、チェネステのバトルドレスについてどう思うか聞いてみようかな。
◇
―― マネジメントオフィス「トワイライトパレス」所長
間宮純香の場合
特殊災害対策庁からの契約斡旋という、異例中の異例を経てトワイライトパレスで預かることになった魔法少女チェネレントラ・ステラ――灰宮綾星という少女の最初の印象は、異色な子、というものだった。
最初の対面は灰宮家のリビング。
こちらの向かい側で少し緊張した様子のご両親に挟まれてダイニングテーブルに着いたのは、飾り気のない黒縁眼鏡をかけたロングヘアの、ごく普通の少女だった。
トワイライトパレスを立ち上げる前は、長く芸能界を泳いできた。
そこで出会った少女たちは、皆、自分を特別な存在と自負していた。
魔法少女業界に入ってから出会った、この世界の少女――魔法少女たちは、皆、特別な存在になってしまい、それをのみこみ、受け入れていた。
灰宮綾星は、そのどちらでもなかった。
一瞬、危ういな、と思いかけ、直後に、危ういと思わされてしまうことこそが危ういのだと気を引き締める。
灰宮家に来る前に面会した特災庁の鳴海室長からは、「大人びていて、話は通じるし、理解も速い。その上で、一切油断ができない子です。ほんの一瞬で、想像の斜め上に飛んでいきます」と言われていたのを思い出した。
最初に聞いた時は、さっぱり理解できなかったけれど、本人を目の前にして分かった。
確かに大人びていて、話は通じるし、理解も速い。その上で、一切油断ができない子だった。
「よろしくお願いします。灰宮綾星です。魔法少女チェネレントラ・ステラをやっています。トワイライトパレスは設立して二年ながら、手厚い支援体制、特災庁との太いパイプが特徴の事務所と認識しています。隔獣への対応はそこそこできますが、配信活動や商業活動に自信はありません。できれば避けたいと考えていますが、理由なく拒否したいというわけではなく、心理的な問題なので、その点を助けていただけるとありがたいです」
初手挨拶がこれだ。
あまりにもよどみない話し方のせいで聞き流しそうになったが、特災庁との間に太いパイプがあるなんてどこから出て来たのか。
その点を売りにしたことはないどころか、おくびに出したこともない。
確かに特災庁には、貸し、と言えるものはある。が、それを使ったことは一度もない。
「綾星さん、とお呼びしても?」
「はい。もちろんです」
「弊所が、特災庁との太いパイプがある、というのは?」
「ええと、トワイライトパレスの設立許認可が異例の速さだったことと、私の所属先として特災庁から紹介を受けたことから。特に後者は、その、こういうこと言うとアレですけど、私って持て余されてるところがあるというか、特災庁から大変な注目を浴びてしまっている魔法少女であることは、一応、渋々ながら自覚してます」
自己分析が的確。そして、自身が特例扱いされていることを自覚した上で、浮かれるでもなく流されるでもなく、慎重な立ち位置を保っている。
本当に十四歳?
「どこの事務所に所属したとしても、私をテコに、特災庁から何らかの優遇を引き出そうと考えない事務所は無いと思っていました。むしろ、それくらい当たり前にやらない事務所は、事務所の経営が逆に心配になります。ただ、いつでも優遇を引き出せる強力な手札が他にあるなら、そんなことをする必要はないじゃないですか。特災庁がトワイライトパレスさんを指名した、ということは、トワイライトパレスさんは、そっちなんだな、と」
洞察力が大人顔負けだ。元女優の意地にかけて表情は保ったけれど。
本当に十四歳??
「そうですね。そういったものはありますが、伝家の宝刀、みたいなものです」
「抜かずに持っておくことが大事ということですね」
「ええ、そうです。いかがですか? トワイライトパレスは」
「ぜひ、お世話になりたいと思います。その、もしお世話になれるなら、トワイライトパレスさんが良いと思ってましたので」
はにかむようにそう言ったときの表情に、少し大人びただけの十四歳の少女らしさが見えて、なんとなくほっとする。
そして、ここまでの間じっと話に耳を傾けていたご両親からは、娘への深い愛情が感じられた。
見栄や欲得といったものが見えず、家庭が彼女にとって安らげる場所であることが察せられる。
その後、ご両親への契約説明を終え、契約金額を提示したところで、数度、金額の桁を数えてから「マジですか」と呆然としたように呟いている姿は微笑ましく、なんとなく、灰宮綾星という少女が理解できたような気がした。
全ての手続きを終え、事務所に戻ってからチェネレントラ・ステラとの契約を発表するプレスリリースを出す。
さほどの間を置かずに、テレビ各局が一斉にニュース速報として流したのを見た彼女は、果たしてどんな表情をしたのだろうか?
今度、彼女が事務所に来た時にでも聞いてみよう。
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