32話 エピローグ
特殊災害対策庁本庁舎、特殊災害局小会議室。
「始めます。例によって資料は終了後回収、メモ、録音は控えてください」
久我原の落ち着いた静かな声とともに、会議の参加者に資料が配られる。
参加者は志島、久我原、鳴海の三人。
この三人による会議も既に五回を数えていた。三人のうちの誰からともなくC案件会議という命名がなされ、異例の秘密会議は、さらに異例の高頻度で開催され、定例会議化しつつある。
「境界層におけるルミナ運用新理論の妥当性検証結果報告」
志島が資料のタイトルを読み上げ、眉間をもむ。
「ふむ、要するにチェネステ理論の検証結果か」
「そこまでぶっちゃけて書くわけにもいかないのはご理解いただきたいですな」
「分かっている。先週のヒアリング会合で出た知見の概要は聞いているが、実際どうだったんだ?」
今度は久我原が眉間をもむ。
「半分ほどはあっさりと再現検証が終わりました。残りは非変身での境界層活動関連のため、検証は後回しにしてます。ま、半分の再現確認だけでも研究所の連中が何人も自信を失って奇声を上げてましたよ。『先輩、俺、昨日まで自分が境界層研究の最高峰最先端にいるんだと勘違いしてました。実際は中学生以下……俺の研究、小学校の自由研究レベルっすかね?』とか真面目な顔で相談されても、どう答えろと? ですよ」
「それで、どう答えたんです?」
「知るか、と。ルミナについても、境界層についても、隔獣についても、我々はわからないことだらけなんです」
しかも、と久我原は続ける。
ルミナを扱えるのも、境界層に入ってまともに活動できるのも、隔獣に対処できるのも魔法少女だけ。
魔法少女というフィルターを通してしか、それらにアクセスできない。
小さな小さなのぞき窓から、広大な世界を探ろうとしてるも同然なのだから、遅々とした歩みになるのは仕方がない。
もちろん、魔法少女が問題ということではない。
十代の少女達が危険を冒して隔獣という脅威に立ち向かっている。その上で研究にも手を貸してくれている。
それを不足だ、もっと協力させるべき、と主張した研究者達は主流から外された。
もっと強硬な、戦力としてあてにならない魔法少女を研究専従にさせろ、と主張した研究者は関連も含めた境界層研究界そのものから排除された。
そうして魔法少女の保護を優先しながらでも、十四年前の、隔獣災害の端緒の頃の何も分からなかった頃と比べれば、様々なことを解き明かしてきた。
境界層を確認し、工夫と苦心を重ねて観測機器を持ち込み、何を意味するのかすら分からないデータを積み重ね、無数の仮説が立てられては消え、漸く隔獣の発生メカニズムらしきものを突き止め、ついには隔獣の発生を探知して現実世界に現れる前に駆除できるようにまでなった。
研究員たちは、その進歩が目覚ましいものであったと自負している。いた。
それが。
「境界層でも使えて当たり前と考えればスマホは使えます、と言われ、それが意味するところに気が付いた時の研究者たちの真っ白になった顔たるや」
大げさに肩をすくめるジェスチャーをする久我原に、鳴海が「そこが分からないんです」と、問いかける。
「研究所の人たちが何に対して、そこまで愕然としたのか、解説してください」
久我原は少し宙を見、そうですね、と呟いてから口を開く。
「チェネレントラ・ステラは何の変哲もない民生品のスマホを境界層で使用していました。曰く、ルミナを介在させれば境界層で使える、繋がる、メッセージのやり取りもできる、なんなら現在地:境界層と表示される、と。すぐにキルシュ・ツァウバーに協力してもらい実験したところ、彼女のスマホも普通に使えた」
ここまではいいですか? と確認する久我原に鳴海が頷く。
「一方で我々は、境界層に関する仮説を立て、それに基づいて観測機器を作り、それを魔法少女に持ち込んでもらっていました。無数の試作開発と十数回の境界層テスト失敗を重ねて、我々の中でもこれと言える理論が成立した。これなら絶対に動作する、そう自信をもって魔法少女に伝え、持ち込んでもらった機器が最初の成功となったんです」
喋りながら、会議室のホワイトボードに簡単な図を描いていく久我原。
境界層、現実世界、魔法少女、スマホ、観測機器、それらを線で繋ぎ、ルミナ、と書き加える。
「これをチェネステ理論に基づいて解釈すると、『絶対動作する』と我々が伝えたから魔法少女はそれを信じ、魔法少女が動作すると信じたから、ルミナが観測機器を動作させて現実世界のネットワークと繋がった、となります」
「あ……」
「小学校の自由研究レベルだった、と嘆きたくなるのも分かるな」
「それと、チェネステ理論。本人は意識してないようでしたが、雑多な経験則ではないですね。きれいに体系化されていたので、研究者達の理解も速かった」
「どういうことだ?」
「わかりません」
お手上げ、と久我原は手を上げる。
「質疑の受け答えからも、誰かの入れ知恵の可能性は消えてますし、出自におかしなところもありません」
「ならば転生者だな」
「ラノベの読みすぎですね。フィクションと言えば、一部の研究員は、優秀なSF作家を研究チームに加えるべき、と主張してましたよ」
鳴海が、なるほど、と頷く。
「私たちが妥当だと自然に受け入れられる理論を立て、それを魔法少女たちが共通認識として受け入れれば、それが境界層の理論になりうる、と」
「そうです。ただし、これについては、扱いは慎重にしても、し過ぎることはないと考えます」
久我原が、じっと志島と鳴海を見つめる。
「魔法少女達への悪影響も起こりうる、ということだな?」
「自身の魔法が、境界層の理論にそぐわない、と認識してしまった魔法少女が危険、ということですね」
「そういうことです。基底にはなんらかの原理、法則があり、魔法少女もその法則のもとにあるのは間違いありません。その原理、法則が我々に理解しうるものかどうかは別として」
「だろうな。ごく一部の魔法少女に見られる特異なルミナ出力は、本人の自己認識だけでは説明しきれん」
「セレスティアル・スター、ですね」
他の魔法少女の魔法とは明らかに隔絶した魔法アストラ・クラウン。
最も頻繁に出現するポーン級隔獣に対して、中堅とされる魔法少女の平均交戦時間が十五分前後という数字が出ていた。
対して、アストラ・クラウンはただの一撃で同級の隔獣を消滅させる。
発動に準備が必要であるとか、移動に制限がかかるといった、フィクションで強力な魔法にありがちな制約もない。
撃つだけなら如雨露で水を撒くぐらいには気軽に連射可能、溜めて威力を上げることも可能、というのがセレスティアル・スター本人の言であり、それを可能とするだけの隔絶したルミナ出力がある。
「ルーク級隔獣、問題だな」
志島が、そのアストラ・クラウンを防ぐ装甲を有した隔獣に言及する。
「問題ですが、対処方法も判明しているので然程でもありません」
「一点に圧力をかけて装甲を破損させ、そこをアストラ・クラウンか、それに匹敵する攻撃で突く。実質、セレスティアル・スター頼みであるのは問題ではないのか?」
「そもそもが魔法少女という個に頼っている隔獣対策です。その程度は今さらです。いい機会なので、個に頼らざるを得ないことを前提に体制を整備すべきですね。鳴海君」
「未知生物様存在駆除課と連携を図り、ルミナ適格者管理室から魔法少女のローテーション標準化に関する提言を上げる予定です」
鳴海が数枚の資料を出しながら要点の説明を行う。
ポーン級隔獣を基準とし、ポーン級一体に対応しうるルミナ出力を持つ魔法少女を標準に設定すること。
ルミナ出力の計測は、チェネレントラ・ステラから開示されたルミナ探知法を応用した計測機器を用いること。
それらをもって、ポーン級一体に対し、標準魔法少女二名――バディによる駆除対応を試験的に行い、問題点を洗い出したのち、運用として制式化することで、一部魔法少女に駆除対応が集中している現状を是正していくロードマップについて。
「駆除課は、ルーク級隔獣の存在を強く危惧しており、前のめり気味に賛同をもらっております」
「分かった、調整は久我原のほうで進めてくれ。鳴海君は魔法少女の数値化で起こりうる問題の洗い出しと対応案の策定を進めるように。広報室と連携を取り、事務所を暴走させないようにうまくやってくれ」
「承知しました」
「魔法少女関連は以上です。鳴海君――」
久我原の目配せで、鳴海が立ち上がり、一礼して会議室を出ていく。
それを見送った志島が小さくため息をつく。
この秘密会議の初回でも、同じように鳴海を先に退席させた久我原が、取り扱いに慎重を期す情報を耳打ちしてきたことを思い出したためだ。
その時は隔獣の出現傾向に変化が起こりうる、という予兆情報であり、直後に隔獣の大量発生とルーク級と分類された巨大隔獣の発生が起きた。
そして、その予想通りに久我原が、志島にそっと耳打ちをする。
「境界層においてルミナが魔法少女の意を汲んで事象を改変する、というチェネステ理論はもうひとつ、恐るべき示唆も含んでいます」
「嫌な予感しかしないぞ」
志島が横目で久我原を見る。
久我原は少しだけ頷き――
「隔獣の発生には何者かの意図が介在している可能性が極めて濃厚です」
次章更新開始は8月の予定です




