第29話 しかし まわりこまれて しまった!
結局、その日のうちに避難命令の解除はなかった。
ほぼ全国に近い広域での警報発令であったため、全区域の安全確認に時間がかかるのだとか。
避難解除による大人数の移動を考慮して避難解除は翌朝に予定、というお知らせが特災庁アプリから通知されたため、今夜は避難所での宿泊が決まった。
避難は日常の一部だけど、避難所泊は年に一度あるかないかのレアイベントなため、一部のクラスメイトは、合宿だー、とテンションを上げて山中先生の小言をもらっていた。やむなし。
私は何をしているかというと、宿泊棟の中庭のベンチに美宙と並んで座って夜空を見上げていた。
避難所は灯りが煌々とついているので、星はほとんど見えない。
「あーちゃん、ちょっと現実逃避してるでしょ」
「ばれた?」
「何年、親友してると思ってるかな。あーちゃんでしょ? チェネレントラ・ステラ」
さらり、と訊かれた。
否定は意味がないし、する気もない。
「うん」
「杏奈が見てた配信に映った魔法少女、前にあーちゃんが語ってくれた理想の魔法少女そのまんまで、もう一発で、あ、あーちゃんだ、って」
「確かに語ったけど、4年も前だよ?!」
「大切な思い出だからね。あーちゃんの魔法少女、ちゃんとあーちゃんの理想通りだったよ」
「……そっかー」
そっか。ちゃんと、できていたのか。
「うん、誰も知らない、何をしてくるかも分からない隔獣相手に慌てず騒がず、最高に『カッコカワイイ魔法少女』だった」
ちょっと、ウルっとしかけた。美宙め。
私の涙腺は案外と脆いんだぞ。
「……美宙」
「なあに、あーちゃん」
「魔法少女はずっと応援するものだと思ってた。けど。なったからには、美宙や杏奈に、ちゃんと誇れる魔法少女をやる」
「あーちゃん」
ここで、がんばってね、とは言わないのが美宙なんだよね。
「ヤバかったらちゃんと逃げる、約束」
「もちろん。約束。いのち、だいじに」
「よし。けど、逃げなくていい時に変な理屈こねて逃げようとするの、あーちゃんの悪い癖だからね」
ぐっさり刺された。
変な理屈……
「あーちゃん、一年かもっと経ってるでしょ? 魔法少女になって」
「ぅ、はい」
「いつの間にか居ないけど、いつの間にか帰ってきてるの、今思い返すと、魔法少女の特徴だよね」
「ぐう」
「あーちゃんのことだから、公認にはならず、でも、魔法少女の役目はやってきた、それもコッソリ」
美宙の、私への理解が深すぎる。さすが親友。
「あーちゃん。大人の人たちは、よくわからないけど隔獣がいなくなった、よかった、とはならないよ」
「それは……」
美宙が、私が目を逸らしてた事実を容赦なく突き付けてくる。
「たぶん、すごく困ってると思う」
「困ってるかなぁ」
「あーちゃんの部屋が、毎日勝手にきちんと片付けられてたらどう思う?」
「それは……落ち着かないことこの上ない」
「でしょ?」
ぐうの音も出ない。
美宙は、言いたいことは言ったとばかりにスッと立ち上がると「明日は早いからもう寝よ」と言ってくる。
もう寝る時間か、と思うと不意に欠伸が込み上げてきた。
美宙と話して、ずっと張ってた気が抜けたのか、急激に眠気が押し寄せてくる。
今日は、怒涛の一日だった。
なんだか、お母さん、お父さん、真奈の顔が見たいな。
もう一度欠伸をして、それから伸びをして、美宙と一緒に宿泊棟に割り当てられた部屋に戻った。
◇
翌早朝には、特に何ごともなく避難命令が解除され、避難所から順次帰宅。
平日だけど学校は臨時休校になり、降ってわいた休みということで、杏奈からメッセージアプリでクラスメイト達とのカラオケに誘われたけれど、残念ながら私にはやることができてしまったので、丁寧に断りの返信を送った。
そうして、家で昼食を済ませて午後。
自宅のリビングルームで、私は家族の皆と一緒に、特災庁から来た人たちと向かい合って座っていた。
六人掛けのダイニングテーブルの片側にお母さん、私、お父さん。お父さんの隣のお誕生日席に真奈。向かいに特災庁の志島さんと鳴海さん。
もらった名刺には、それぞれ、
特殊災害対策庁 特殊災害局局長 志島保
特殊災害対策庁 特殊災害局人事課ルミナ適格者管理室室長 鳴海怜
とあった。
テーブルの上には、「公認ルミナ適格者認定制度について」と書かれたぶ厚いパンフレット。
つまり、なにかというと、公認魔法少女になりませんか、という特災庁からのお誘いだ。
コトの発端は、今朝にさかのぼる。
避難命令が解除され、これから帰宅しようというタイミングで、ユサさんからメッセージが飛んできて――
――ユサ:よ、灰星。こっち側へようこそ。先輩として歓迎するよー
――灰星:ぇ。こっち側って、えー!ユサ、魔法少女なの?
――ユサ:あれ。とっくに気付いてるかと思った。あー、でも些末事に気を払わない灰星らしいっちゃ、らしいか
――灰星:いえ、そういうわけでは。ただ、ユサは、ユサとしか認識してなかったというか……その、言われて考えたらユサとして思い当たる魔法少女、ひとりしかいないんだけど、まさか
――ユサ:せーかーい。魔法少女キルシュ・ツァウバー、よろしくね、チェネレントラ・ステラ
――灰星:ひいん。よろしくお願いします、大先輩
――ユサ:灰星にまで先輩呼びされるの嫌だなぁ、同志だろ?今まで通りユサでいいよ
――灰星:はぁ、それで話というのは
――ユサ:さっさと公認になれ。あと非公認の間の討伐ログ出せ。どうせお前のことだから、全部記録してるんだろ?
――灰星:私に対する解像度が高い!ログ出せってここに?
――ユサ:んにゃ、シホに
――シホ:遅くなりました。お久しぶりです、灰星さん。
――灰星:あ、お久しぶりです、シホさん。あの、討伐ログ……が、要るということは。ぅぇ、シホさん、特災庁のひとですか?!
――シホ:さすが灰星さん、話が速くて助かります。特災庁の志島です。
――灰星:えらいひとー!?
――シホ:大変急で申し訳ないのですが、本日午後、ご自宅に訪問してもよいか、ご両親に伺っても大丈夫ですか?
――灰星:身元特定済ぃ。いえあの、私が良い悪いを答えていいんですか?
――シホ:ルミナ適格者、魔法少女は、本人の意思確認が第一優先となります。ご両親と折り合いが悪いケースもありますので。
――灰星:理解しました。構いません。ログはすぐに送ります。
――シホ:助かります。それでは後ほど。
――ユサ:今度、茶ぁ行こうなー
という次第で、両親と真奈と私とで、特災庁のかなり上の立場にある志島さんと、特災庁ルミナ適格者管理室……ひらたく言うと、特災庁の魔法少女担当係の一番偉い人、鳴海さんをお迎えした。
私が魔法少女、ということに両親はそこまで驚いてはいなかった。
言われてみれば思い当たることが……という感じ。
真奈はお目めキラキラだが、騒ぐことなく、じっと座って聞いている。私の妹、できた子すぎる。かわいい。
公認魔法少女制度とは、読んで字のごとく、魔法少女としての身分が公的に保障され、魔法少女としての活動に公的な補助と補償がされると同時に、家族へも様々なケアや保障がなされる制度だ。
今でこそ、手厚い法的な保護があるが、魔法少女が公に名のり出た直後は、メディアを始めとする種々雑多な人々から家族への詮索が酷かったという。
家族への保障が手厚いのは、魔法少女として公に活動するにあたって障害となるそれらの事象を防ぐためというのが大きい。
配信であれだけ派手にチェネレントラ・ステラが知れ渡ってしまった以上、公認魔法少女の認定を受けることを拒否する理由はない。
誰にも魔法少女であることを告げず、身バレもしてなかったからこそ、非公認でいられたのだ。
父は「必要なことだと思う」と言い、母は「綾星が嫌でないなら」と言った。
手続き自体は一瞬。私の身分証を、鳴海さんの端末にピッと当てて、同意します、と答えるだけ。
そこまでは、特に大きな問題はなかった。
問題は、今、目の前にある『公認前期間における未知生物様存在駆除報酬額の通知』という書類。
そこに書かれている金額。
¥4,153,800―
よんひゃくまんえん。
私のお小遣い、何か月分だ? 百年分以上か?? 多いな!
午前中にシホさんこと志島さんに送信した討伐ログを精査し算出された、これまでの隔獣駆除の報酬だそうだ。
めちゃくちゃ仕事速いな特災庁?!
鳴海さんによると、公認外の場合の駆除報酬は制度上、基準額のみとなるそうだ。それでも百数十体も駆除すると四百万円以上。
これが公認魔法少女となると、いわゆるお給料にあたる基本手当がつき、さらに討伐時の報酬加算もつく。
ここ最近の私の駆除件数でいくと、公認魔法少女として活動した場合は年収二千万円くらいになるらしい。
お父さんの顔がちょっと引きつってた。
活発に駆除活動に出る魔法少女というのは、それだけの収入を得て然るべきことを果たしていることを認識してください、と鳴海さんに言われた。
お母さんはそれを聞いて、「つまりそれだけ危険、ということなんですね」と。
ちょっと心臓がギュってなった。
私は危険なことはしてないけれど、お母さんにはそんなことは分からない。
鳴海さんは、「その通りです。命の危険もある役目です」とはっきりそう言った。
だからこそ、私は、その危険を遠ざける段取りをしつこいくらいにしていることを、ちゃんと伝えた。
なぜか、志島さんと鳴海さんの表情が途中からどんどん引きつっていった挙句――
「その話、改めて詳しく聞きたいので、後日特災庁で」
と言われてしまった。
魔法少女、境界層関係の職員をできるだけ集めて質疑応答も含めた講義もどきをする羽目になった。
どうして??
ともあれ。
そうしてチェネレントラ・ステラは公認魔法少女となった。




