第28話 ただいま逃亡中
最寄りの接続点まで宙を走って着地。
ルミナを変身維持ギリギリまで絞ってから、接続点を抜けて境界層を出る。
現実世界に出て、いつもと違う感触に少し戸惑う。
現実感が遠いというか、ふわふわしてるというか。
そういえば、変身したままだった。
変身解除を意識すれば、ふわりとした光が全身を包んで、するり、と抜けると元の制服姿。
それも、境界層に入る前の。
ピカピカの新品……ではないけど、少なくとも境界層を走り回ったときについた汚れやほこりっぽさ、瓦礫に引っ掛けてできた生地の裂けなどは綺麗さっぱり消えている。
また、考えることが増えた。
変身せずに境界層に入っていた時に着ていたウィンドブレーカーやジャージは、境界層で汚れたり破損したりすれば現実に戻ってもそのままだった。
魔法少女の変身とは何なのか。
変身して分かったことは、ルミナの扱いが変身前よりも遥かに容易で自由になること。
意識して動かそうとしなくても、自然とついてくるというか。
冷静に考えてみると、斧槍という重厚長大な武器を、あんなにも自由自在に振り回せたことがおかしい。
長柄武器を実際に振り回した経験は無い。
あるのは、ゲームのキャラクターをコントローラーのボタンで操作した経験だけ。
なのに、ゲームのキャラクターがしていた動きみたいに、あるいはそれ以上に自由に思うままに、自分の身長よりも長い武器を振り回せた。
達人の体捌きが自然とできた、という感覚が近いのかな?
それと、もう一つ。
チェネレントラ・ステラに変身している時は、狙撃銃は上手く扱えなさそうに感じたこと。
狙撃銃を構えて静止してるチェネレントラ・ステラの姿を、私がうまくイメージできないせいかもしれない。
チェネステさん、狙撃銃を鈍器にしそうじゃん?
いや、私なんだけど。
あと、ノワ様。
チェネステが私の中にも定着しちゃったんですけど!
おのれノワ様。
責任とって……くださいとか言うと、すごく危険な気配がしそうなので言わない。
残念そうな舌打ちが聞こえたの、幻聴だよね?
なんだか思考が散らかってるけど、学校近くの接続点から避難所までは少し距離があるから、歩きながらどうしても色々考えてしまう。
ノワ様は、セラ様とは違う方向でキャラが濃い人だった。
配信ではもっとこう、さらっとした雰囲気のボクっ娘だったのに。
見ると会うとでは大違いだ。
いや、会ったのは違うか? 結局、セラ様とヴァイセさん以外とは、リンク越しの会話だけだったし。
リンク越しといえば、特災庁の志島さん。
ちょちょっとポケットのスマホ出して「シジマ 局長」で調べたら、特災庁のめっちゃ偉い人だった。
写真もあったけど、見るからに仕事ができそうなナイスダンディーだった。
あと、何となく親しみが湧くというか、どこか覚えのある雰囲気があるというか、根拠はないけれど、同志! という気配を感じる。
なぜかはわからない。
私の中で同志といえば、最推しであるセラ様の配信活動最初期のファン仲間だ。
そのうちの二人とは、今も魔法少女考察なんかで、時々意見交換している。
かなりディープな情報をどこからかもってくるシホさんと、口は悪いけどセラ様愛が深いユサさん。
最近は境界層活動にかまけて連絡してなかったから、またゆっくり語り合いたいな、とか考えていたら、その二人からとてもタイムリーに、ほぼ同時にメッセージがきた。
どっちも掻い摘むと、
『ちょっと聞きたいことあるから、避難解除の後で連絡いい?』
だった。
あの巨大隔獣のことかな?
セラ様とノワ様の共闘というだけでもネットで騒ぎになってそう。
杏奈も、テンション上がってそうだなぁ、と考えたところで避難所に到着。
学校に割り当てられた区画に入ってすぐのところで、「あーちゃん」と声をかけられる。
「美宙、どうしたの?」
「どうしたもこうしたも……あーちゃん、どこにいたのよ? 捜したよ」
じっと見つめてくる美宙の圧が、いつもより心なしか強い。
「や、ちょっとね。杏奈は?」
泳ぐ。泳ぐ。目がめっちゃ泳ぐのが自分でも分かる。
美宙の視線が強まる。
「さっきまで配信を見ながら、うおー、うあー、うおーって騒がしかったよ。もう、心配したんだよ、あーちゃん」
「ぅ、ありがと、捜しに来てくれて」
「……ま、いいや。たぶん、杏奈がうずうずしてるから行こう」
苦笑した美宙が、私の制服の袖をつかんでくいくいと引っ張る。
美宙の「ま、いいや」は、後できっちり訊くからね、の意味だ。油断してはいけない。
「あーちゃん!!」
ぅおう。杏奈、声でっか?!
少し離れたところにいた杏奈が、美宙と私を見つけて、ぶんぶんと手を振っているのが見える。
そのまま、じっと沈黙してこっちを見てる杏奈。
近づくと、見るからにソワソワしてるのが分かる。
……話したいよね、わかるわかる。
「聞くよ、杏奈」
私はそう言った。
言って、しまった。
「見た? 見た? あーちゃん見た? 謎の新人魔法少女! チェネレントラ・ステラ!! セラ様の一時撤退でどうなっちゃうのかって思ったところで、突然隔獣の目の前が光ってそっからばーん! ってピンクのツインテールの魔法少女が出てくるの、めちゃカッコよかった!! そっから、ドンと踏み込んでの横殴りの一発で隔獣ぶっ飛ばして、うおー! って思わず声あげちゃった! あーちゃん、見た?」
「それはもうしっかりと」
ええ、私ですからね!
ここまでちょっと逃避気味に思考を飛ばしていたけど、杏奈が容赦なく現実を突きつけてくる。
変身した。
魔法少女になった。
昔の私が考えた究極にカッコカワイイ魔法少女に。
できることなら、杏奈の隣に並んで応援する側が良かった。
「で、セラ様のアストラ・クラウンがズドン! って入ってトドメ! あれは痺れたぁ。て、あーちゃん、聞いてる?」
「聞いてる、途中の連携も良かったよね」
「そう、それ! それもすごかった! パズルを次々埋めていくみたいに綺麗にハマっていくの、めちゃ快感で」
ノンストップで盛り上がる杏奈と、時々相槌をうつ私を、美宙がニコニコしながら見ている。
「最後の金色の光、めっちゃ綺麗で、なんか心がふわっとした」
「そうだね、とても綺麗で温かい光だったね」
「くー、一時はどうなるかと思ったけど、セラ様たちが頑張ってくれたおかげだね。特に、チェネレントラ・ステラ! なんか初めての変身らしいってコメントあって、絶対怖かったと思うのに、あんなに頑張って! うおー、めっちゃ推す! 配信あるかなー?」
その予定はない!
それに、変身後は隔獣を前にしても怖さはなかったし、羞恥心が五割、思うままに動ける気持ちよさ五割だった。
いろいろぐちゃぐちゃでハイになって恐怖心が麻痺してただけかもしれない。
次は、もしかしたら恐怖にすくむ可能性も。
いやいやいや。
次はない。無いったら無い。
だから、杏奈、推そうとしないでほしい。気持ちは分かるけど。分かるけど!
私がチェネステを見る側だったら、今頃、ファンアートの五、六枚を描いてるところだ。
私の好きな要素全部詰めの魔法少女だからして。
けど、それに自分がなるのは違うというか。カッコカワイイけど中身は私だぞ? 推されていいのか?
不意に、むぎ、と両頬を摘まれる。
「あーちゃん、変なこと考えてるでしょ。無駄に」
む、むだ?!
「考えすぎるのは、あーちゃんの欠点。セラ様が隔獣倒した。魔法少女のみんな、ありがとう」
美宙が、みんな、に強く力を入れたのがわかる。
「それでいいの。わかった? あーちゃん」
「はい」
むぎゅ、と今度は抱きしめられる。
「あ、美宙ずるい! 私もあーちゃん、ぎゅ、てする!」
「わ、と、杏奈、飛びつかないで、わ、わ」
「ふへへ。あーちゃんも美宙もあったかい」
すこし照れ臭くて、そっと触れるくらいに二人に腕を回す。
美宙と杏奈の顔が近い。
じ、と見つめられて、じ、と見つめ返して、なんだかにらめっこみたいになって、三人同時に噴き出すように笑いがこぼれる。
この温かさを、笑顔を、守れたんだな。
なんとなく、そう実感できた。




