第23話 チェネレントラ・ステラ
―― なんか大学の新型ライブカメラにヤバいの映ってる
→ ch2sp-broadcast/kyosyouken/k0Cnlc01/
やや要領を得ないそのSNS投稿が急速に拡散していったのは、異例の広域避難命令による、広範な配信規制が原因だった。
避難指示、あるいはそれより強制力のある避難命令が出た区域では、避難を円滑に行うために境界層のライブ配信には自動的に規制がかかる。
避難が最優先、情報収集は特災庁アプリから。
今や小学校から繰り返し伝えられる常識であり、避難イコール配信の規制というのは当たり前になっている。
とはいえ、他区域の端末を中継して配信を閲覧するなど、黙認されている抜け穴もあり、厳密な法規制というわけではない。
避難後に余裕があれば境界層の様子を配信で見る、というのもまた避難時の常識となっている。
しかし、今回の広域避難命令はその常識外の出来事であり、避難した人々が直面したのは、ほとんどの区域で閲覧規制がかかった結果、他区域を経由して配信を中継する中継サーバーのほとんども停止しているという状況であった。
何が起きているかわからない、というのは人を不安にさせる。
その不安に駆られるように情報を探し求める人々の間にもたらされたSNS投稿。
投稿のリンク先にあったのは、特災庁と星ヶ丘学園大学が共同で研究開発中の境界層観測システムからの境界層ライブ配信。
まだ試験中のシステムであったために自動規制の対象から漏れたそこには、確かに「ヤバいモノ」が映っていた。
◇
境界層特有の薄曇りのような明るさの画面中央に、どこか恐竜のステゴサウルスに似た黒いシルエットが映っている。
隔獣特有の立体感に乏しい黒色のためにサイズ感が掴みにくいが、崩れかけた二階建て住宅のような廃墟が、その黒いシルエットの半分ほどの高さしかない。
―― デカすぎわろた
―― さっき、セラ様のアストラ・クラウンが直撃してたよな?
―― これといったダメージ無いの、意味わからん
―― なにこれどうなってるの?
―― 魔法少女は?
―― この隔獣、高さ二十メートルくらいある?
―― セラ様が出動したって聞いたけど
―― さっきまで砲撃戦してた
―― 援護足りなくて一時後退したっぽい
ときおり、ゆっくりと背板が動く以外は、静かに沈黙している隔獣。
拡散された投稿から配信画面に来た視聴者が、疑問や状況を問うコメントをし、先に視聴を始めていた側がそれに答えていく。
緊張感をはらみながらも、どこか現実感のない画像を背景に、セレスティアル・スターが一時撤退という情報がじわじわと浸透していく。
―― 大丈夫なん?これ
―― 実体化まではいかないよね?
―― さすがに特災庁がなんとかするだろ
―― 円卓メンバーは来ないの?
―― あっちこっちで隔獣が大量発生してるから、その対応だって
―― マジかよ大丈夫なんか?
―― 魔法少女に頼るしかないんだよなー
―― 戦力再編したセラ様がなんとかしてくれるよ
―― セラ様と円卓の共闘みられる?
コメントが雑談に流れかけたところで、カメラが一瞬動きかけ、隔獣が背板から黒光を放つ。
前触れのない変化にコメントの量が一気に増える。
―― へ?なに?
―― 攻撃してる?
―― 誰か来た? カメラが動きそうで動かない
―― ステルス魔法少女?
―― 隔獣の攻撃しか見えん
断続的に黒光を放つ隔獣。カメラは動かない。
―― 怪奇現象
―― もしかしてスター・ホワイト?
―― 噂の狙撃姫?
―― スター・ホワイトとかいう誰も見たことない魔法少女
―― 倒してくれるなら何でもいいよ
―― 隔獣が一方的に撃ってるだけじゃん
―― 攻撃止んだ?
―― ダメ、だった……?
不意に、マイクが小さな、しかしはっきりとした声を拾う。
『灰に覆われし――星屑よ!! 輝け!!! チェネレントラ・ステラ!!!』
決意を秘めた涼やかな声の直後、隔獣の眼前でその巨体を圧するように巨大な光の柱が立つ。
固有開放ワードに続く魔法少女名。
少女が魔法少女へと至る変身キーワード。
―― は?
―― え????
―― ここで変身???
―― なん??
―― 光の柱綺麗
―― いやいやいやいやまってまってまって
―― 変身ってこんな派手だっけ?
―― 初回だけ
―― 初変身だけ特殊演出ある
―― 演出いうな
隔獣は光柱を嫌がるように後退し始める。
白い光の柱が、ピンクと灰の燐光を無数に溢れさせ、弾けるように散ると、そこには身長より長いハルバートを構えた魔法少女が、宙を踏みしめるように浮いている。
ライブカメラが吸い寄せられるように動き、白いバトルドレスの魔法少女をクローズアップで映し出す。
―― 斧槍?!
―― 顔がいい
―― ピンクツインテ チェなんとかステラ?
―― 存在感すご リボン?スカート?から光の粒出てる
―― お顔いいのにピアス強い ヤバい
―― これはSSRキャラですわ
―― いやいやいやまってよ、初変身じゃね?!
―― サイズ差ヤバいて、逃げて
―― そうだよルーキーがどうにかなる相手じゃ
画面の中の魔法少女が、ぐ、と上体を前に傾け踏み出す。
隔獣が威圧するように口を開く。
その口の奥から滲むように黒が溢れ出す。
―― ヤバいヤバい
―― 逃げて!!!
―― やめ
弾丸のように前に飛び出した魔法少女を黒光が掠め、誰もが息を呑む中、隔獣の顎下まで一気に踏み込んだ魔法少女が、くるりと一回転し、回転の勢いを乗せた斧槍を掬い上げるように隔獣の首に叩き込む。
硬質な衝撃音とともに、弾けるように仰け反った隔獣は、前脚まで軽く浮き、バランスを崩して横倒しになる。
―― は?????
―― 逃げ
―― ええええええええ
―― はああ?????
―― え、なん
―― ぶっとばしたぁあ?!!?
―― そうはならんやろ
―― だれ マジで誰
―― チェネなんとか
―― チェネレントラ・ステラ て言ってた
―― 知らない魔法少女だ
―― ヤベー新人きた
◇
やああああっちゃったぁぁぁぁぁ!!
恥ずい!
マジで恥ずい!
覚悟してたけど、恥ずいものは恥ずい!!
髪! ホワイトピンクのロングツインテ! インナーローズピンク! かわいい! 目立つ!
耳! 銀色のピアスいっぱい! ヤンチャが過ぎる!
首! ピンクのチョーカー、むしろ首輪! 中央にかわいい星型チャーム! イタイ!
バトルドレス! 白ベースの袖広ショートジャケット、ピンクのラインに灰色の差し色。カワイイ! ヘソだし! ヤバい!
そこにヘソピアス! お母さんの視線が怖い! 言い訳が思いつかない!!
袖、胸下にピンクのベルトがアクセント、パンク感マシマシ!
白のフリルミニスカート! 両サイドに黒のレースアップ、腰にピンクのベルト! 後ろに大きく流れるテールリボン! カワイイ! 主張が強い!
フトモモまである白いブーツも黒とピンクのラインが入ってカワイイ! けど脚線強調! ヒール高くてセクシーが過ぎる!
おまけで足首にもピンクのベルト!
これがチェネレントラ・ステラだ!
おまえはどこのソシャゲキャラか!
盛り過ぎにもほどがある!!
もし自分が魔法少女になったら……
ふとそれを考えた三年前の私はノリノリだった。
最強に可愛くてカッコイイ魔法少女をそれはもうノリにノッてデザインした。
途中から「もし自分がなったら」の前提が行方不明だった。
我に返って封印したのに……!!
自分がなるのは違うんだよ!!
以上!! 説明タイムおしまい!
振り切れた羞恥心のままに斧槍を振り抜いてぶっ飛ばした隔獣が、起き上がってくる。
起き上がるというか、転倒状態から、起立状態に変形したというか。
なまじ生物っぽいだけに、生物からかけ離れたぐにゃぐにゃとした変形は不気味さがマシマシだ。
なんにしろ。
ぐ、と斧槍の柄を握る。
美宙とやり込んだモンスターをハントするゲームの愛用武器種。
変身前とは桁違いの出力になったルミナの補助があれば、思い描くままに振り回せる。
ずっと避けてきた魔法少女への変身、ずっと抱え込んでいた切り札、それを今この場に出した。
もうこれしかない、と。
けれど、これで勝てると踏んだから切った札だ。
他の魔法少女はいない。いるのは隔獣と私だけ。
盛り過ぎの姿ではあるけれど、一から十まで私の理想を詰め込んだ魔法少女だ。
今なら、好きなように盤面を整えられる。
さぁ、覚悟しろよ。
ここから先は! ずっと私のターンだ!!




