第22話 コソコソ
さて。
内心かっこよく、撤退しない! と見得を切ったが、今すぐあの巨大隔獣をどうにかする打開策はない。
ないものはない。
あったら、とっくにやってる。
じゃあどうするか?
こ っ そ り 近 づ く ん だ よ !
狙撃銃のスコープでルートをざっとチェックする。
さっきはいったん、四百メートルの距離まで近づけた。
今はそこから下がって、八百メートルほど。
もう一度、四百メートルあたりまでは接近できる。
狙撃銃を下ろし、スリングを回して背中に背負う。
大丈夫。
近づきさえすれば切り札はある。
できることなら、切りたくはなかった。
けれど、その「できればやりたくない」は、家族や美宙や杏奈と天秤にかけるほどの重さではない。
だから、ちゃんと切る。
ただ、今は肝心の切り札を場に出す条件が整ってないだけ。
狙撃銃を背負ったまま、遮蔽から遮蔽へ、小走りに走りながら、ポケットに入れていた灰星ちゃんデコイを確かめる。
切り札は隙が大きい。
ルミナ反応も特大。
巨大隔獣が放つ黒光の攻撃範囲内で、そんなことしたらただの的だ。
ビルを貫き、アストラ・クラウンと撃ち合える黒光をまともに浴びたら一発でバッドエンドだ。
だから黒光の死角、巨大隔獣の足元付近まで接近する。
極限までルミナ反応を抑え、ゆっくり慎重に、素の身体能力だけで巨大隔獣の足元まで潜り込めるなら、それが一番リスクは低い。
けれど、隔獣の臨界が近い以上、悠長なことはしていられない。
初見、高難易度、時間制限付きミッション。失敗不可。
手のひらがじっとり汗ばむ。
狙撃銃一丁、スマホ一台、学校の制服、スニーカー、灰星ちゃんデコイ四個。
それが、あの巨大隔獣と相対する私の全装備。
とんだ縛りプレイだ。
ポケットから出したスマホの時計アプリを立ち上げ、ストップウォッチモードにしてスタート。
灰星ちゃんデコイを一つずつ順番に握り込み、遅延発動をセットしていく。
灰星ちゃんデコイは、発動すると魔法少女並のルミナ反応を瞬間的に数度放つ。
この前の雨中戦闘の反省を踏まえて作った。
デコイの反応に紛れて、私自身のルミナ反応を抑える。そうするとルミナを感知する隔獣からは、私が消えたように見える、という逃走補助アイテムだ。
灰星ちゃんデコイは、セットしてから発動までの時間を任意に設定できる優れもの。
ルミナは想像力次第で何にでもなるよ。
あまり無茶な設定にするとルミナがいくらあっても足りなくなるけど。
四つのデコイを、十二分、十二分十秒、十二分二十秒、十二分三十秒で発動するようにセットする。
現在、隔獣まで残り七百メートル。
四番デコイを、瓦礫の少ない、少し開けた場所に置く。
このデコイ、最初は『お守りセラ様』というネーミングにしようと思った。
持ってるだけで、精神が落ち着きそうな御利益ありそうだし。
だけど、用途はどう考えても囮――デコイ。
推しを囮にして逃げる? 許されないでしょう、それは!
オメーが囮になるんだよ!
ということで『灰星ちゃんデコイ』だ。
残り六百メートルで、三番デコイを設置。
チラ、とストップウォッチを見る。三分三十秒経過。
残り五百メートル。
二番デコイを設置。
ストップウォッチは六分二十秒経過。
まだ時間に余裕はある。
小刻みになってた呼吸を落ち着けるように深呼吸。
さっきまでは、セラ様がいた。
私は外野だったから、緊張感はあっても多少の余裕を持てた。
今は、私と巨大隔獣だけ。
あの背板が数枚もこちらに向けば、私は何を感じる間も無く消し飛ぶ。
心臓はずっとバクバクいってるし、背中は汗でブラウスがぴったり張り付いてる。
スマホのストップウォッチを見る。
九分四十秒経過。
巨大隔獣まであと四百メートルと少し。
ここで一番デコイを設置。
次、二十メートル先。ビルの外壁の一部だけが残っているのが、遮蔽らしい遮蔽の最後。
この先は、もう隠れる場所がない。
大小の瓦礫が積み上がって足元は障害だらけなのに、遮蔽になりそうなものはなく射界は開けている。
ストップウォッチの経過時間は十分三十秒を超えた。
巨大隔獣までの距離は四百メートル弱。
ここからは、ルミナ補助全開で一気に駆け抜ける。
命がけの四百メートル走。
呼吸を整える。
デコイが発動したら、巨大隔獣が反応するはず。
背板から黒光が放たれるときに、周辺のルミナが強く乱れ、ルミナ感知がノイズだらけになった。
セラ様と巨大隔獣の戦いを観測していて分かったことだ。
おそらく、ルミナ補助を全開にしてもノイズにまぎれられる。
仮定に仮定を重ねていることは分かっている。
隔獣が視覚ではなくルミナで周囲を把握している、はず。
灰星ちゃんデコイを魔法少女と誤認する、はず。
隔獣のルミナ知覚も黒光の影響で乱れる、はず。
非変身状態でのルミナ補助なら乱れた知覚をかいくぐれる、はず。
確証なんて何もない。
それが、どうした。
やると決めた。
なら、やるだけだ!
背負っていた狙撃銃を地面に置き、クラウチングスタートの姿勢をとる。
ストップウォッチの経過時間が十二分を超える。
ひと息おいて、二十メートルほど背後で一番デコイが発動する。
ぽん、と音を立てて、丸いデコイバルーンが打ちあがり、魔法少女のようなルミナ反応を放つ。
隔獣の背板が数枚動き、黒く滲んで周囲のルミナが乱れる。
いっけぇ!!
ルミナを全身に巡らせ、一歩目を踏み出す。
黒光が頭上を通りすぎるが、バルーンはもう一度ルミナ反応を放つ。
ルミナ反応はバルーンから少し離れたところに、ほんの一瞬だけ生じる。
バルーンの消耗を少しでも遅らせるための工夫だ。
五秒で第二射。
七秒で第三射。
デコイのルミナ反応が途切れる。黒光で一番デコイが消し飛んだ。
十秒で二番デコイが発動。
隔獣まで三百メートル。
上体を思い切り低くする。
重心を極端に前に寄せ、ルミナによる補助で無理やりバランスを取り、無数の瓦礫の間を跳ぶように走る。走る。
十六秒で二番デコイの反応が途絶える。
背板のひとつが迷うように動き始める。
探知された!? けど反応が薄すぎて疑ってる!! と思う!!
二十秒で三番デコイが発動。
隔獣まで二百二十メートル。
足が攣りそう!
心臓が割れそう!
肺が痙攣しそう!!
デコイが五秒しかもたなかった!!!
隔獣まで百五十メートル!
足場にした瓦礫が砕けてつんのめる。
転ぶ……!? ものか!!
ルミナをめいっぱい注ぎ込んで足を前に出し続ける。
四番デコイが発動する。
二秒で潰された!!
早い!!
コイツ、学習するのか?!
あと五十メートル!!! 弱!!
捕捉、される!
けど! 距離は十分に詰めた!!
覚悟を――決めろ!!!
その決意で、私の中でカチリ、と鍵が回る。
固く閉ざし封印していた言葉を引きずり出す。
「灰に覆われし――星屑よ!! 輝け!!!」




