第20話 揺るがぬ巨体
いやいやいや、ヤバい、なんてものじゃない。
推定目視距離……八百メートル。
最初、二百メートルくらいに誤認した。踏み込み過ぎた、と咄嗟に距離をとろうとしたほどだ。
咄嗟に距離を誤認したのは、見辛さだけじゃない。
存在感とか、圧とか、そういうものも強い。
サイズは通常見かける隔獣の四倍ほど。
体高で四倍なら、単純計算すると体積は六十四倍だ。
低く見積もって普通の隔獣の六十体分。冗談キツい。
さらに厄介なことに、普通の隔獣と違って表面に光の筋、エネルギー流路が見えない。
エネルギー流路が光るパターンを観察して、仮定して、コアの場所を推定するのが私の戦い方だ。
先日みたいな泥試合は私向きじゃない。そもそも、ノーマルサイズの隔獣だって九死に一生を得るレベルの死闘になったのだ。
あのサイズの隔獣相手では九十九死しておわり。バッドエンドしかないクソゲー。
しかもだ。
万に一つコアの場所が割り出せたとして、あの巨体を貫いてコアにダメージを与えられるイメージがない。
これはもう明らかに回れ右案件だ。
ゆっくり、焦らず。
そう思った時だった。
私から見て右手の方角、上空。
キラキラと光の粒子を散らしながら移動する米粒くらいのサイズの魔法少女の姿を捉えた。
捉えてしまった。
あの光は――
狙撃銃のスコープを覗く。
見覚えのある花片を散らす魔法痕跡。
チェリーピンクのブラウスに黒いスカート。
魔法少女ヴァイセ・ブリューテだ。
つい先日見かけて、一方的に共闘して、これから推していこうと決めた。
空中疾走という、公認魔法少女屈指の機動力を持った白き花。
移動していたヴァイセ・ブリューテが、不意に停まる。
なんで?
まだだいぶ距離がある。様子見?
いや、私と同じで、隔獣のサイズを誤認したのかも――
花片の散る量が増えた! 攻撃する気だ。
そこじゃ遠すぎる!!
咄嗟に狙撃銃を巨大な隔獣に向ける。
攻撃するメリット……ない!
デメリット……ありそう!
何もしないのは? なしだ!
込めるルミナ量は最小。効果は爆光。トリガーを引いて、即座に遮蔽をとる。
命中。巨大な隔獣の体表で小さな光が瞬く。
ボルト操作して次弾を送る。
反撃は……来ない?
ヴァイセ・ブリューテは?
魔法を止めた。良し。目測修正できたみたいだ。
やはり判断が速い。察しも良い。
撤退は?
ヴァイセ・ブリューテが再び空を蹴り、隔獣の方へ駆けていく。
見るからにヤバい相手に単騎駆けは……ヴァイセ・ブリューテならしない。
残ってる公式戦闘ログも慎重なほど慎重なものばかりだ。
そんな無謀をする子ではない筈。
遮蔽をとったまま、ヴァイセ・ブリューテの様子を見つつ、ルミナを集める。
ひとつ、ふたつ、みっつ……とルミナでスイッチ付きの小さなカプセルを形成する。
よっつ目を作ったところで打ち止めにし、手のひらの上のカプセルをポケットに押し込む。
これは、いざという時の保険、灰星デコイちゃん。
ヴァイセ・ブリューテは、大きく旋回するような機動。
偵察……それもひと当てして、巨大な隔獣の危険度を測る気だ。
後続魔法少女のための威力偵察。
覚悟が決まってる。
なら私だって。
「推すって決めたなら」
ヴァイセ・ブリューテの動きを見ながら、前に駆けだす。
「とことんがオタクの流儀だ!」
弾種は貫通爆破。前に駆けながらトリガーを引く。
命中。
分かっちゃいたけど、微動だにしない。
もう一発、今度は貫通弾。
命中したけど、貫通した様子無し!
反撃ひとつ飛んでこない。眼中にないか!
それもそうだな! ダメージっぽいダメージ与えられてないからな。
近づいてどうこうなるやつじゃないけれど、何をするにしても、もう少し距離を詰めておきたい。
少し走り続けて、距離四百メートル。
遠めにはただの黒い塊だったのがステゴサウルスっぽい外見だとわかる。
ステゴサウルスに比べると、首と尻尾が短く、かなり寸詰まりな印象だ。
ずらりと並んだ背板は、何か効果があるのか。
初見プレイで何もわからない辛さ!
上空では、ヴァイセ・ブリューテが白く輝く花片を、渦巻く螺旋状に展開している。
かっこいい! なかなかの大技っぽい! ゆっくり眺めていたいところだけれど。
狙撃銃を構え、背板が並ぶ背中の中央あたりに向けてトリガーを引く。
続けてもう一発!
光を吸い込む真っ黒な隔獣は、上空から見下ろす形だと、黒一色でかなり照準し辛い。
だから目立つ目印を撃ち込む。
巨大隔獣の背中でパチパチと光が連続して瞬く。
それに合わせるように、ヴァイセ・ブリューテが螺旋の切っ先を少し修正した。
すごい。気持ちいいくらい意図を察してくれる。
ヴァイセ・ブリューテの頭上に大きく広がっていた花片の螺旋が、ぎゅっ、と絞り込まれ、光の槍となって放たれる。
いけー!
ルミナの槍が、巨大隔獣の背中に浅く突き立ち。
閃光・そして轟音。
衝撃波を遮蔽でやり過ごし、巨大隔獣の方を見るが、あまりダメージが入ったようには見えない。
ヴァイセ・ブリューテは既に隔獣から距離をとる方向で走っている。
チラリと見えた巨大隔獣は、背板に少しダメージがあったかどうか。
その背板がざわざわと動き始める。
嫌な予感がする!!
とっさに頭を守るように伏せる。
来ない?
うかつに頭を上げたりせず、伏せたままじりじりと位置を変える。
不意に薄曇りの空に幾筋もの黒い線が走った。
私のすぐ頭上にも一本。
遅れて巨大隔獣の近くにあったビルが数棟、まとめてゆっくり沈んでいく。
うひい、廃ビルを貫通してる。
どんな威力だ。
幸いなのは、距離をとってよく見ていれば避けられる程度の速さなことか。
威力はヤバいけど、見えない速さで命中するような攻撃じゃない。
ヴァイセ・ブリューテは?
うまく躱してる。
攻撃を放ってすぐに距離を取ってたのが良かった。
戦闘センスがあるというか、勘が良いというか。
誰だよ、見た目は良いけど、実績面が弱いとか言ったやつ! 私です。
こんど投げ銭するから許して。
巨大隔獣はズラリと並ぶ背板のうち数枚の先端をヴァイセ・ブリューテに向け、何本か黒い線を走らせたあとは沈黙している。
こちらの攻撃に反応するタイプ?
いや、能動的に攻撃してくる可能性は念頭に置け。予断は良くない。
かなり距離を離したヴァイセ・ブリューテが、リング状にした白い花片を二つ連ねている。
なんだ?
トンネルの入り口と出口のような……何かを通す?
何で二つ?
一つでも三つでもない、二つに意味がある?
二点で決まるものは直線……
!!
セラ様キター!!!
花片のリングを通る白金の線!!
完璧な照準ガイド!!
いけ! やっちゃえ!! アストラ・クラウン!!!
空を横切る定規で引いたように真っ直ぐな線が巨大隔獣に達し、眩しいほどの白い光が膨れ上がった。
命中!!
あとはトップオブトップの魔法少女の最強魔法が、巨大な隔獣をのみこみ消しとばす。
私が予想したその光景を現実が裏切ってくる。
巨大隔獣は、アストラ・クラウンの光をあっさりと散らした。
その巨体が崩れるどころか、揺るぐことすらない。
まるで見せつけるように、背板がゆっくりセラ様に向けられると、その先端を滲ませ反撃の黒光が次々と走る。
なんだこれ。
悪夢か?




