第19話 いつもと違う警報
いつもと変わらない朝、いつもの教室。
美宙と杏奈と私も、いつもみたいに朝のホームルーム前のおしゃべりを楽しんでいた。
いつもと少し違うのは、杏奈が魔法少女の話題を振ってこなかったこと。
「あーちゃんと杏奈が魔法少女の話してないの、珍しい」
「んー、あーちゃんに区切りがつくまで?」
「杏奈……」
「もしくは、あーちゃんがセラ様語りをするまで?」
ちょっといい空気っぽくなったら混ぜっ返される。
杏奈め。
「それよりあーちゃん、眠そうだね」
「ちょっと気になることがあって調べもので。んー、授業前にちょっと顔洗ってくる」
「はーい、いってらっしゃい」
ホームルームまであまり時間も無いので、ぱぱっと、小走りにトイレに入ったところで、スマホがけたたましいアラート音を響かせる。
不安感をひどく掻き立てる、不協和の。
何かを思い出させる嫌な音。
アラートを繰り返すスマホをポケットから出して通知をタップ。
広域警報?
特災庁アプリをチェックすると、私のいる区域を含む周辺区域すべてで隔獣警報が出され、アプリを見ている間にも、近隣区域一覧が避難命令を示す赤色表示に更新されていく。
避難指示よりも一段重い、強制力を伴う避難命令。
「同時多発的な隔獣発生……? なんで、昨晩は気配もなかったのに?!」
スマホをポケットに突っ込み、廊下を走る。
ちょうどホームルームのために教室に向かっていた担任の山中先生とすれ違う。
「灰宮? 避難命令」
教室とは反対方向に走る私に山中先生が声をかけてくる。
うまくごまかすのは難しい。なら。
「私のことは気にしないでください!」
言葉にルミナを込め、認識阻害を意図的に行う。
山中先生の表情に一瞬怪訝なものがよぎるも、教室のざわめきが廊下にまで漏れてきたことで気が逸れ、すぐに私から視線が外れた。これで山中先生だけでなく、美宙と杏奈もしばらくは私の不在を気にしないだろう。いつも通りに避難所で私と合流、くらいに思うはず。
ルミナを使って認識阻害をごり押しすると、後々に違和感が強く残るからあまりやりたくはないが、いやな予感が止まらないから仕方ない。
避難命令の発令で教室から廊下に出て列を作り始める同級生たちを横目に、階段を三段とばしに一階まで降りて裏口から外へ出る。
生徒も教職員も、避難対応でまだみんな校舎内なので、もし誰かに見られたらひどく目立つけど、そんなことを言ってる場合じゃない。
来客用駐車場を横切り、通用門から校外へ出て、狭い路地を全速力で走る。
境界層に入る接続点までの距離がもどかしい。出勤中らしいスーツ姿の男性がどこかに連絡を入れながら歩き、住宅からはぱらぱらと不安そうな表情の女性やお年寄りが路地に顔を覗かせる。
五分ほど走り続けて見えた小さな公園へ。
息が、苦しい。
足を緩めて、忙しなく呼吸を繰り返しながら、公園内のなんとなく近寄りがたい気配がする場所に向かう。
ここは普段使わないから、ルミナをとばして、接続点になる歪みを探す。
あった。
歪みにルミナを差し込んでこじ開けるように接続点を開くと、ひと息に境界層へと突入。
入った瞬間、息が詰まり、咳き込んでしまいそうになるほど重い風のようなものが吹き付けてくる。
「な、にこれ……」
境界層で風が吹きつけてくるなんて、記憶にある限りでも初めてだ。
異常事態が起きてることが嫌でも分かる。
心臓の鼓動が嫌な感じに速まる。
いつものようにルミナから狙撃銃を形成して肩にかけたところで、制服姿のまま境界層に入ってたことに気付いた。
ジャージもウィンドブレーカーもボディバッグも、教室に置いてきたバッグの中だ。
どれだけ慌ててたんだ私は。
取りに戻る?
いや、どれも絶対必要なものじゃない。
今は時間が惜しい。
幸い、今日の境界層は乾いている。
制服が泥まみれになることはないはずだ。
いつも通りに感知を広げて、そして、いつも通りではない結果。
瘴気反応が強すぎて一気に気持ち悪くなり、吐きそうになる。
うそ。強がった。
吐いた。
なんだこれ。めちゃくちゃ気持ち悪い!
というか、いきなり広域感知かけるなバカ!
異常事態なんだから、慎重にやれ。
焦るな。
落ちつけ。
落ちつけ。
何度かえづきながら、深呼吸。
袖口で口を拭おうとして、慌てて止める。制服だった。あぶない。
ポケットからハンカチを出して口周りを拭う。
ちょっとポケットに戻す気にはなれないので、もったいないけど、ハンカチは捨てていく。
お気に入りの一枚とかじゃなくて良かった。
もう一度、深呼吸。
今度はいつもよりも、ルミナによる感知範囲を絞り、瘴気反応があったなかから、特に澱んでいる、隔獣が発生しそうなポイントに向かう。
いったいどこからこれだけの瘴気が湧いたのか。
深夜に確認してから八時間かそこらで、こんなに環境が変化したことが信じ難い。
信じ難いが、考察は後だ。
最初のポイント、所々が欠けたような隔獣が瘴気を吸い寄せて、欠けているところを急速に埋めている。
これも異常。
過去これまで観察した限りでは、隔獣は瘴気が圧縮されるようにして発生していた。
コアがチラチラ見えるほどの出来かけの隔獣を見るのは初めてだ。
いい感じに崩れかけた壁があったので、狙撃銃のバイポッドを乗せ、照準、射撃。
黒いもやに埋もれかけていた赤いコアが砕け、発生しかけの身体が解け、消えていく。
感知範囲のそう遠くないところにもう一体。
なりかけのコアが見えるやつなら、さほど時間をかけずに駆除できそうだけれど、時間が経つほどに外形の形成が終わった隔獣が増えるだろうことを考えると、もたもたしてはいられない。
けど。
焦るな。
駆けだしそうになる脚を意識して抑える。
これは長期戦になる。
焦って無駄な体力を使うな。
私ひとりで何とかしようなどと思うな。
広域避難命令と魔法少女への出動命令はセットだから、少なくとも近隣区域の魔法少女はそう遠くないうちに来るはず。
避難命令が出た区域の数を考えると、すべての公認魔法少女に出動命令が下りていても不思議はない。
セラ様が出撃する、という予測だけでちょっと元気が出る。
「焦るな。体力を使いすぎるな。自分を見失うな」
声に出して、自分自身に言い聞かせる。
ほどなくして、次の隔獣を発見。
だいぶコアが見えにくくなっている。
見えにくくなっているが、見えていればこっちのもの。
狙撃銃を構えて、撃つ。
コアの強度は先ほどと変わらない。
あと一体か二体は、動き出す前にいけるか?
次は、少し離れたところだ。
この距離と方角なら……
ポケットからスマホを出し、メモアプリを立ち上げる。
ルミナを込めれば通信もできるが、効率が悪いし、メモはオフラインで開けるのでそこまではしない。
表示されるのは、境界層の簡易的な手書き地図。
よし、空間の歪みを二回使えば、遠回りだけど歩いて向かうより速い。
地図を頭に叩き込み、スマホをポケットに戻して歩き出す。
境界層内を移動し、空間の歪みを通り抜けた瞬間、息が詰まりそうなほどの圧迫感を感じる。
「なん……?!」
あまりに圧が強すぎて、咄嗟に方角が分からない。
ぐるりと周囲を見回すと、風景に黒い穴が開いたかのような黒い塊が目に入る。
視覚で見つけてから、感覚が追い付いてくる。
「っふ、っふ、っふ、っふ」
短く呼吸を切って、お腹で息を吸っていく。
このあたりは、廃墟が少ないので見通しが良い。
そのせいで一瞬距離感が掴めなかった。
じっと見つめると、黒一色のせいで輪郭があいまいになり、距離感がずれていく。
アレは、まだかなり離れたところにいる。
なのに、さほど離れていない位置にいるように見えてしまう。
サイズ感がおかしい。
大きすぎる。
見ただけでも分かる。
アレは、ヤバい。
クライマックスフェイズ 開始




