第18話 予言ノート?
帰宅してすぐに立ち上げたパソコンで調べた限り、特災庁が公開している境界層観測データにおかしなところはなかった。
局所的に一定濃度以上になると隔獣が発生するとされる瘴気の観測値は偏っているように見えるが、一年スパンで見れば、不規則な増減は年間変動量の範囲に収まっている。
「綾星」
隔獣災害の発生から十年以上、多くの研究者の手によって、隔獣発生のメカニズムは解明されつつある。
ブレイクスルーになったのは――
「綾星」
食卓でお母さんと目が合う。
「箸が止まってる。考え事をするなら、ちゃんと食べ終えてから、でしょ?」
「はい」
お母さんは鋭い。些細な変化も見逃してはくれない。
けれど、それは息が詰まるということではなく、ちゃんと見てくれているという、包み込まれる温かさだ。
「お母さん」
「なあに」
「夕ご飯のあと、少し話いい?」
「そうね、食器を片付けてからね」
二年前の話を聞いてみたいと思った。
当時の私はまだ小学生だった。
最初は学校単位で避難。その後、避難が長期化するということで、家族単位に。
重く沈んだ避難所の空気と、妹の真奈がずっと泣いてたことくらいしか憶えていない。
お母さんの目から見たあの時の話を聞いてみたいと思った。
聞いて、何かを確かめたい、という言語化が難しい何かが私を後押ししている。
それが何かは、まだ分からない。
◇
お母さんとの話を終え、お風呂とかを全部済ませ、パソコンの前に座る。
黒霧虚災の当時の状況を、私の記憶ではあいまいだった部分を色々と聞けた。
魔法少女たちのライブ配信が、あるタイミングで一斉に強制終了したこと。
そのことで避難所の空気がざわつき、子供たちが泣き始めたこと。
どれだけ待っても再開される気配のない配信に、我慢強く待っていた真奈も泣きだしてしまったこと。
私もかなり虚ろな目をして、真奈を慰めながら、何も映さないスマホの画面を見つめていたらしい。
魔法少女が犠牲になるような災害が起きる兆候があるなら、他人ごとではない。
真奈の心を守るためにも、私が、魔法少女オタクを心置きなく言い張り続けられるようにするためにも。
まずは、例のノートの内容確認から。
書いた本人だからといって、内容を一字一句憶えてるわけじゃないので。
短く息を吸って、ゆっくり吐き、ブラウザの検索欄に「境界層観測ノート」と打ち込む。
なぜ検索から、って?
サイトのアドレスが分からないからだよ! ログインIDもパスワードも行方不明だ。
更新が黒霧虚災で途絶えていることに、様々な憶測や深読み、陰謀論まで出てるみたいだけど、アカウント失くして更新できなくなっただけだよ。
なんかすまんな!
検索結果のトップに目的のページはあった。
クリックして開く。
白い背景にサイト名と、考察メモのタイトルが並ぶだけの素っ気ないトップページ。
ズラズラと分類もなにもなく無秩序に並ぶタイトルを拾い読みしていく。
『魔法少女戦闘ログを見て』
『公開ログから見る観測ルミナ量と魔法の飛距離の相関』
…
『魔法少女戦闘ログ3』
『境界層における空間断層と距離の歪みについて』
…
『魔法少女戦闘ログ分析12』
『隔獣分類メモ』
…
『ルミナ出力と変身維持時間の考察』
『魔法少女戦闘ログ分析17』
…
『星環エネルギーについて(下書き)』
これを私が書いた? いや、書いた記憶はある。
このパソコンの前につかっていた古いノートパソコンで書いていた。
書いていたけど、こんな堅いタイトルつけたっけ? つけたような気もする。
タイトルをクリックして開いたページのテキストを読む。
整っている。
整い過ぎている。
ところどころ、メモっぽい端的過ぎる単語の羅列とか、説明が面倒で飛躍してるところはあるけれど、少なくともこれを小学生女児が書きました、と主張しても信じてもらうのは難しい。
いままで特におかしい、とは思わなかった。
私が知らない世界の微かな記憶が、何か関連してるのだろうか。
たまに、これ知ってる……? 気のせい? という程度だったから、正直、重要視してこなかった。
けれど、追いかけようとすると蜃気楼のように消えてしまうから、向き合いようがないというのもある。
観察できないものは苦手だ。
保留、先送り、という言葉が思い浮かぶ。
うん、保留で。
問題はこれだ。
『星環エネルギーについて(下書き)』
ざっくり要約すると――
『隔獣も魔法少女が扱うルミナも、根源は同じエネルギー、星環エネルギーから派生したものと仮定する。
星環エネルギーは、現実世界のエネルギーよりも上位の相にあるから、現実世界の武器が隔獣にはほとんど通用しない。
隔獣は、歪んだ星環エネルギーが半ば物質化した瘴気の局所的な澱みから発生する。
澱みができず、隔獣が発生する濃度に至らない瘴気が蓄積した場合、連鎖的な隔獣発生に至る可能性がある』
という内容だ。
そしてその最後に、
『最近、境界層ログの公開数が少ない。
隔獣が減っているならいいけど、そうでないなら、良くない兆候かもしれない。』
という記述がある。
これは書いた記憶が確かにある。
なるほどこれは、読み方次第で予言ノート呼ばわりも納得せざるを得ない。
連鎖的な隔獣発生、黒霧虚災の状況そのままだ。
けれど、星環エネルギー理論も、隔獣の発生メカニズムも、特災庁の研究所から発表されていたはず。
星環エネルギーという概念に触れて、私なりに考察したものだから、まるっきりのオリジナルじゃない。
はずだよね? あれ、星環エネルギー理論の発表は黒霧虚災後だったか?
それだと、これは確かに予言ノート?
いやそれよりも。
黒霧虚災の予兆という話が裏付けがある話なのかどうかだ。
データは否定している。
なら、私が見落としているだけで、本当に何か兆候があるのか?
パソコンをシャットダウンして立ち上がる。
時間は夜の十一時。
ちょっと夜更かしになるけど、仕方ない。
部屋の鍵をかけ、ぱぱっと、部屋着からジャージと体操着に着替え、ウィンドブレーカーを羽織ってボディバッグを斜め掛けすると、部屋の窓から外に飛び出す。
◇
昼夜関係なく薄明るい境界層は静かだった。
不気味な静けさというわけではなく、いつも通りという意味で。
空間の歪みを駆使し、三十分ほどでいつもの巡回ルートを駆け足気味に回ったけど、感知したのはまだ薄い澱みばかりで、瘴気が濃いところがあるといった感じもない。
特災庁の観測データという客観指標でも、境界層で感じる澱みの状態という主観指標でも、異常はない。
異常はないのに、胸の騒めきは消えない。
「なにもなければ、いい」
けれど。
悲痛な、しかし強い意志を秘めた、妹の泣き顔。
真奈にあんな顔を二度とさせないためにも。
「なにかあったら、なんとかする」
またひとつ、何かがカチリと嵌まった気がした。




