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前世オタクの私が魔法少女は解釈違い!  作者: 天氷岐 久音
だからコソコソがんばります

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2/15

第2話 現実に帰るまでがコソコソ活動です

美宙からとんできたチャットに、ぶわ、と冷や汗が出る。

親友の既読無視はマズいが、いまここで返信するのもマズい。

避難指示の発令中はチャット発言時に現在地が出るのだ。

たとえば今返信したら、表示はこうなる。


綾星@境界層「ごめんちょっと今トイレに並んでて」


どこのトイレだよ!

境界層なんて表示されたらどんな言い訳も苦しい。急いで避難所に戻る一択だ。


素早く屋上の縁まで走ると、外壁を滑るように降りていく。

ルミナをうまく制御できれば、こんなゲームのキャラクターみたいなパルクールも可能になるのが魔法少女だ。


私が魔法少女というのはどうやら返品不可の事実のようなので、変身は丁重に避けさせていただきつつ、使えるルミナは使わせてもらう。

隔獣駆除はしてるから、ルミナの濫用ではないはず!


地表まで滑り降りたら、最寄りの境界層と現実世界の接続点まで走る。

背中に背負った狙撃銃をルミナに還元して身軽になれば走りやすいけど、境界層内で武器を手放す危険は冒せない。

境界層は現実世界ときれいに対応しているわけではなく、ところどころ空間が歪んでいるから、遠くで湧いた隔獣がちょっと移動したらいきなり目の前にこんにちは、なんてこともあるのだ。


原理はよくわからないが、その歪みのおかげで、現実に戻るポイント、接続点さえ通れば、どこを通っても入ったときの現実側の場所に戻れるという特性もある。

私がコソコソ活動を続けられるのも、そのちょっと謎な境界層の仕組みのおかげだ。


接続点についたらルミナを少し集めてゲートを開き、するりとくぐれば、境界層では感じられない濃密な空気感が身体を包む。

現実世界……の路地裏だ。


狙撃銃をルミナに還元して消し、路地裏の物陰に隠してあったスクールバッグを引っ張り出す。

畳んでしまってあった制服を出し、ジャージの上から手早くスカートを穿く。

それからジャージを下ろし、体操服とウィンドブレーカーを脱いで、ジャージと一緒に畳んでスクールバッグに押し込む。

ブラウスと上着を身に着け、リボンを整え、ボディバッグからスマホを出してポケットに。


変身バンク?

ない。


キラキラした帰還演出?

ない。


現実は路地裏早着替えだ。


私だけかもしれないけど。


ボディバッグも畳んでスクールバッグを肩にかけたら、人通りの絶えた道を避難所まで走る。

昼下がりの陽ざしが眩しい。これ、たどり着くころにはちょっと汗だくかもしれない。


街の中心から外れたところにある広い避難所のゲートでは、車両誘導スタッフがやや手持無沙汰に立っていたので、会釈して通り抜ける。

警報が出てから一時間近く経ってるから、避難はあらかた済んでいて、ゲートのあたりは閑散としている。そんなところを、中学校の制服を着た生徒が一人で通り抜けるのは、本当はとても目立つのだけど、誘導スタッフは野良猫に気をとられて、すでに私のことは意識の外だ。


中に入ってしまえば、大勢の人に紛れてしまうから見咎められることもなく進んでいける。


広大な敷地の中では、地区ごと、学校ごとに区画が分かれている。

学校区画は、さらに学年ごとにスペースがあらかじめ割り当てられていた。


街に何か所かある大規模避難所は、ひとつにだいたい二万人くらいが避難してくる。

だから、こういう区分がないとすぐに混乱する。


ゲート脇の受付テントの横には、避難者用の充電スタンドがずらっと並び、炊き出し用のキッチンカーまで待機していた。

さすがに毎回稼働しているわけではないけど、警報が長引く場合は温かい食事も出る。


各区画ごとの臨時の売店や宿泊施設が整然と並ぶ広い敷地を、うちの学校に割り当てられた区域まで小走りに進む。


避難という、昔は大騒動だったことも日常に組み込まれて長い。

お父さんやお母さんは、慣れるまでは大変だった、とたまに言っているけれど、街の人たちは皆、隔獣出現による避難警報が鳴ったらどう動けばいいかを知っている。

小学生は先生に手を引かれ、高齢の人は地区の誘導員に付き添われ、親たちはスマホで家族の安否を確認しながらも、整然と避難する。


怖くないわけじゃない。

けれど、怖がり方にも手順ができている。


そのことに、少しだけ胸が痛くなる。

こんなことに慣れなくていい世界だったらよかったのに、と思う。

でも同時に、慣れてくれたから守れているものもある。


私には、私が知らない世界の微かな記憶がある。

前世と呼ぶには曖昧すぎる。

けれどそれには、夢や妄想とは片付けられない、妙なリアリティがあった。

そこでは、隔獣災害らしきものはなく、魔法少女はフィクションの存在だった。

その断片と今の世界を、時折無意識に比べている自分が、たまに、すこし、こわい。


「あ! あーちゃん居た!」


杏奈の声の方に向けば、美宙と杏奈がパタパタとこちらに駆けてくる。


「あーちゃん、遅い」

「ごめん、ちょっとトイレ混んでてさ」

「もう、ちゃんと先生に言ってから行かないと、捜す羽目になるんだよ」

「ぅう、ごめんてば。ちょっと緊急な感じだったの」


美宙は私の前まで来ると、まずじっと顔を見る。

それから、肩にかけたスクールバッグ、乱れていないリボン、少しだけ汗で湿った前髪の順に視線を動かした。


う。

見られている。

ただ怒っているだけじゃない。

美宙は昔から、こういうところがある。


「……走ってきた?」

「え、うん。ちょっと急いだから」

「ふうん」


三文字だけの、ふうん、が怖い。

なにその含み。

小学校からの付き合いである美宙の「ふうん」には、だいたい何かしらの疑念が含まれている。


ちょっと腰が引けかけたところで杏奈が、それよりも! と割って入る。

スマホを掲げているから、たぶん、魔法少女の話題だろう。


杏奈はこういう時ほど魔法少女情報を追う。

それが何の役に立つ、という人もいるかもしれない。

でも私は知っている。

杏奈にとってそれは、怖い現実から目をそらすためだけのものじゃない。


今どこで誰が戦っているのか。

どの区域が守られているのか。

誰かがちゃんと来てくれているのか。


それを確認できるだけで、息がしやすくなる人がいる。

杏奈も、そういう人の一人だ。


「見て見て! セラ様、隣接区域まで来てるって! 今日も連戦だよ!」

「ぅえ!?」


あぶないちょっと声が裏返りかけた。

杏奈が見せてくるスマホには、魔法少女のLIVE配信チャンネルが映っている。

セラ様、こと、魔法少女セレスティアル・スター。

押しも押されぬトップオブトップの魔法少女だ。活動歴はまだ3年とベテラン勢の半分以下だけど、その優雅な見た目、洗練された立ち居振る舞い、それでいて親近感の湧くファン対応、しかして圧倒的な威力で隔獣を薙ぎ払うアストラ・クラウンの輝きは、これぞまさに魔法少女! だ。どっかの芋砂魔法少女もどきとは違う。


それは置いておいて、LIVEが見られるってことは、セラ様の戦域はまだこちらの区域ではないってことか。

避難を円滑にするために、避難区域付近の戦域ログはLIVE配信されない仕組みになってるからね。

ニアミスしなくて良かった。

トップ魔法少女の! 推しの! 前で! 魔法少女もどき芸を披露する羽目になったらしぬ。


「あ、なんか警報レベル下がったっぽい? 誰が倒したんだろ。セラ様? セラ様だったら速報出るかな?」


すみませんわたしです。


言えないけど!!


推しの活躍は見たい! されど、推しに負担は強いたくない!

なにより、美宙と杏奈と家族がいるこの街を危険にさらすわけにはいかないから、推しの来援待ちなんて真似はできない。

だから私は、美宙にほんのり疑念の目を向けられながらもコソコソ活動を続けている。


「ん、避難指示解除だって」


美宙が特災庁アプリの通知を見せてくれる。

警報レベル、避難区域、解除見込み、近隣避難所の混雑状況。

そういうものが、特災庁アプリにはまとめて表示される。


避難指示が解除なら時間帯的に、今日はこのまま避難所でホームルームをやって帰宅の流れだ。

クラスメイトたちの空気も弛緩したものになって、ざわざわし始める。


「あれ? 今回、公式ログまだ出てない。誰が倒したんだろ」

「誰が倒したにしても、どこかの魔法少女が危険を顧みず戦ってくれたってことでしょ?」

「あ、まぁ、そうだけど だからこそ応援したいじゃん!」


すみませんわたしです。

二回目なので心の中でも小声にしておく。


だいじょうぶ、危険なことはしてないから。

危険になる前に駆除してるから。

……その理屈が通るかどうかは、今は考えないでおく。


「ログ出るまでタイムラグある時もあるし、そのうち情報でるんじゃない?」


なんとなくこの話題から離れたくて、そう言ってみる。


「あーちゃんはログ、気にならない?」

「いやまぁ、気になるっちゃ気になるけど」


美宙が少し呆れた顔で杏奈を見て、杏奈がスマホを握ったまま楽しそうに笑っている。

周りではクラスメイトたちが、帰ったらどの課題をやるとか、今日の部活は中止かなとか、そんな話をしている。


避難警報のあとでも、日常はちゃんと戻ってくる。

戻ってきてくれる。


私は、そのことに少しだけほっとする。

魔法少女になんてなりたくない。

変身なんて絶対にしたくない。

でも、この空気を守るためなら、境界層で泥だらけになるくらいは、まあ、仕方ない。


仕方ないだけだ。

断じて魔法少女として頑張っているわけではない。


「あ! もしかして例の噂の子かな」

「例の、噂の、子?」

「スター・ホワイト! 超ロングレンジの光弾一撃で隔獣を倒すって噂の」


すたー・ほわいと……!?

ドバン!!!と封印した黒歴史の扉が開く音が聞こえた気がした。


私が、誰にも言わずに捨て去ったはずの名前だった。

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