第1話 境界層の狙撃手
人の気配どころか人が生活した痕跡もない、書き割りよりも空虚な街の風景の中、ポツンとシミのように黒い塊をスコープ越しに捉える。
光を反射しない、ただ風景の一部を塗りつぶしたような黒いソレの表面には時折うっすらと光の筋が走る。シルエットだけをみればじっとたたずむ熊のように見えるが、生き物ではない。
隔獣。人や街を襲う未知生物。
この中途半端に現実世界を映した境界層、現実からちょっとズレた狭間の世界に出現し、じっとエネルギーを蓄え、十分なエネルギーを蓄えると現実世界に実体化する。
実体化した隔獣は、極めて危険な存在だ。
ふつうの人間は触れただけでも、触れたところから身体を蝕まれ、壊死していく。
隔獣には銃弾も砲弾も、現代兵器のほとんどは意味をなさない。
そんな危険謎生物相手に何をしているか、と聞かれると、ちょっと言いにくいけど、駆除?
隔獣が世界に現れ、暴れるようになるのと対をなすように、世界には魔法少女が現れた。
ちょうど私、灰宮綾星が2歳になるかどうかという頃だったらしい。
魔法少女。
キラキラ輝くこの世界の希望の星。
軍隊でもどうにもできなかった隔獣を前に、変身して現れ、颯爽と消滅させる。
フィクションの中にしかいなかった魔法少女そのものの少女たちは、理不尽な怪物の存在に逼塞しかけていた社会を、たちまちのうちに熱狂させた。
隔獣が現れると、魔法少女が現れ隔獣を倒す。
それが繰り返される日々の始まり。
魔法少女じゃない人たちも、手をこまねいていたわけじゃない。
魔法少女にしか倒せないなら、せめて彼女たちが戦いやすいようにする。
記録を残し、統計を取り、研究し、境界層という戦場を少しずつ可視化していった。
その結果、隔獣は現実ではないこの世界で生まれ、魔法少女だけがここへ入り込めることが分かっていく。
ああ、別に思考を飛ばしてるわけじゃない。
スコープの中の相手はずっと観察しているから安心してほしい。
身じろぎもせずにいるせいか、ジワリと地面の冷たさが身体に沁みてくるけど、これくらいはいつものこと。
そうやって少しずつ、隔獣への対処は日常に組み込まれていった。
魔法少女の戦いはログとして公開されるようになり、人々はますます魔法少女に熱狂する。
私も熱狂していた。毎日ログをチェックし、推しの活躍に胸を熱くし、お小遣いでグッズを買って身につけたり飾ったり。
魔法少女はイイ。こころをウキウキさせてくれるし、隔獣という脅威が日常になっても、必要以上に怯えずに生活できることには感謝しかない。
少しでも彼女たちの力になれたら、とアレコレ考察したこともある。
推しの活躍にテンション振り切れて、自分が魔法少女になったら、なんて妄想しちゃったこともある。黒歴史だ。
いや、黒歴史にしたはずだったんだ。
まかりまちがっても、魔法少女になれるなんて思ってもいなかったのに。
魔法少女とは、画面の向こうにいるものだった。
フィクションの存在、そういう意識がなかなか抜けなかったのは、たぶん、私の中に薄っすらとある、どこか知らない世界の記憶のせいだ。
魔法少女はなるものじゃない。応援するものだ。
私が魔法少女になるなんて、解釈違いも甚だしいのだ。
だから、私はまだ一回も変身していない。
あ、だいじょうぶ、スコープから目線を切ったりはしてない。
じっくりと観察し、光の筋が次にどこを走るかを予測し、その正誤を検証する。
これまでのパターンに照らし合わせても、光の筋の強さを見ても、ヤツはまだ十分なエネルギーを得ていないからしばらく動く恐れはない。
こちらの予測はもうあと1パターンチェックすれば確信を得られるところだ。
スコープの中央に捉えた、光を吸い込むマットブラックの表面に走る光の筋をひたすら観察する。じっと伏射の姿勢をとってかれこれ30分、静かに意識的に呼吸をゆっくりにし、不規則にうっすら走るその筋のパターンを覚え、最も多く光の筋が集まる箇所に狙いを合わせ、ゆっくりゆっくり息を吐いて、止める。
スッと体温が消え、世界が静止する。
眼鏡の奥で、スコープの中心と赤い光点が重なる。
指先にだけ意識を残して、トリガーを優しく引き絞る。
衝撃はない。
構えた狙撃銃から放たれた光は狙いを過つことなく、静かに黒い熊っぽい隔獣の急所を射抜き、親指の先ほどの、赤い宝石のようなものを砕く。
極限まで高まった集中のせいか、赤い破片が飛び散る様がスローモーションのように見える。
隔獣は一瞬、ビク、と硬直すると、さらさらと煙のように形が崩れはじめ、薄れ、吹き散らされて消えていく。
ここで油断したりはしない。
じっと周囲の気配をうかがう。
隔獣が連続で湧く場面に遭遇したことはないが、そういった事例がゼロというわけではないので、念には念を入れて、周囲を確認してから、ボディバッグの位置をなおし、上体を起こす。
学校指定の体操服の上に羽織った撥水加工のウィンドブレーカーを軽くたたいて埃を落とす。ジャージズボンは、少し泥で汚れたけど破れはなし。
ジャージの魔法少女とか、魔法少女ファンが知ったらイロモノランキングNo.1間違いナシだけど、動きやすくて、そこそこ丈夫で、変身しない私にとっては、境界層で活動するには最適な恰好なんだ。
落下防止バンドで固定していた眼鏡の位置を直し、もう一度周囲を観察する。
現実の街を中途半端に写し取った境界層のビルの屋上。
周囲に変な反応なし。ほかの魔法少女がいる様子もなし。
構えていた狙撃銃のストラップを回して背負う。
これが私の魔法の杖だ。遠距離から安心確実な一撃で隔獣を駆除できる優れもの。
けどまぁ、なんだろ。
じっと伏せて隠れてポップ待ちして狙撃。芋砂行為だよね、これ。
「芋砂魔法少女……絵面、最悪だなぁ」
思わず独り言が漏れた。
やっぱり私が魔法少女とか間違ってるので、これからもバレないように安全第一に、コソコソ活動させていただきます!
……と、固く決意したところで、ボディバッグの中のスマホが震えた。
『あーちゃん、どこ? もう避難所着いた?』
マズい。
コソコソ活動は、帰るまでがコソコソ活動だ。




