第13話 未確認ルミナ適格者
大人側の事情
特殊災害対策庁本庁舎、特殊災害局小会議室。
「時間も限られてますので始めます。資料は終了後回収、メモ、録音は控えてください」
落ち着いた静かな男性の声とともに、A4用紙二枚の薄い資料が配られる。
特殊災害対策庁境界層担当参事官、久我原薫。
自称は隔獣対策何でも屋。
境界層における観測網の構築運用、観測データを基にした隔獣出現予測モデル研究、隔獣警報発表に伴う技術判断、境界層にかかわる研究行政全般を取りまとめる切れ者。
艶やかな黒髪をオールバックに撫で付け、埃ひとつないシルバーフレームの眼鏡をかけたエリート官僚のイメージそのものの姿。
その男の下に、境界層で起こるあらゆることが集約されているからこそ、国内の隔獣対策が曲がりなりにも形になり回っているとまで言われる。
「境界層域未知生物発生/駆除総数点検調査報告」
白髪が目立ち始めた短髪の男性が配られた資料のタイトルを読み上げる。
志島保。
特殊災害対策庁特殊災害局の局長。
久我原が境界層対策の技術面を束ねる男なら、志島は隔獣災害対策における行政のトップに立つ男だ。そのスケジュールは秒刻みとまで言われ、あまりの多忙さに、大臣が報告を聞きに志島のオフィスに通ってると言われるほど。
本来、庁舎の奥まった場所にある会議室でコソコソと会議をしている暇などない人物である。
志島がタイトルを読み上げた資料が、仮にタイトル通りの内容だったとして、隔獣の発生と討伐の細かな数字を直接確認する立場ではない。本来であれば。
「例の統計漏れの件か?」
「そうです。直近一年のデータ、隔獣駆除報告千百七十件、境界層内五万一千地点の観測ログと統計データ、全部洗い直した結果がこれです。だいぶ無理をさせましたが」
国内で最も忙しいともいえる二人は、しかし、深刻な顔で資料をめくる。
「駆除未確認の隔獣が推計百二十三、この数字は確かなのか?」
「確度の高い数字です」
「わかった、順を追って聞こう」
志島が資料から顔を上げ、久我原を見る。
「まず、駆除報告が上がらなかった隔獣の残存反応が二十一件。うち、十三件は消失過程を観測。ついで、隔獣発生に相当する汚染星環エネルギー濃度の上昇が観測されるも、隔獣の駆除が報告されなかった事象が四十四件」
「速報の観測不能隔獣五十件弱、の件だな?」
「そうです。駆除課で行われた先月末の監査で、駆除報告が上がっていない隔獣駆除痕跡が二十件以上発見され、駆除課の課長が血相変えてこちらに怒鳴り込んできたのが先週です」
特殊災害局内でもトップに近い二人に挟まれてやや居心地悪そうにしていた女性が答える。
鳴海怜。
特殊災害局人事課ルミナ適格者管理室室長。
ルミナ適格者、いわゆる魔法少女の登録、公認、活動報告を扱う立場で、魔法少女から上がる隔獣駆除報告を取りまとめる立場でもある。
「こっちが報告サボってるんじゃないか、てそれはもう大変な剣幕で」
肩をすくめる鳴海に、久我原が「それで」と続ける。
「駆除課と管理室の数字を突き合わせて、どっちも間違っていないとなり、念のために観測室の統計をチェックしたところ、隔獣の可能性があるエネルギー濃度の件数が、発生を確認した数より四十四件多いとなり、局長に速報が上がったのが先週末」
「この一年で四十以上の隔獣がどこかに『消えた』なんて報告メール、心臓に悪いったらないぞ。俺もいよいよ地方出向かと覚悟したな。いや、それはそれでいいかもしれんな、はっは」
「笑い事じゃありません。一年分のすべての統計と観測データを洗い直す羽目になったんですから」
疲れたように眉間をもむ久我原。
「その結果が、この数字か」
「そうです。観測全地点の汚染濃度の変化を解析した結果、既知以外に推定五十八体分の隔獣発生に相当する汚染星環エネルギーが還元されてることが分かりました。散逸ではなく還元なので、隔獣化と駆除、ないしそれに準じるプロセスを経ています」
「つまり」
志島の顔が真剣なものになる。
「痕跡二十一、重複しない統計で四十四と五十八。合計で百二十三体もの隔獣がこの一年で駆除され、その報告がどこからも上がっていない、と。……由々しき問題だな」
「ええ、年間駆除数の十パーセントに相当します」
年間約一割もの隔獣を特災庁が見落としてた、という話だ。
「で、これを上にあげるのか? 混乱するだけだぞ」
「ええ、せめて『誰が駆除したのか』が分からないと話になりません。政治案件になります」
死ぬほど忙しい合間に、小さな会議室にコソコソと集まり、額を突き合わせて善後策がないか打ち合わせなければならないほどの大失態。
資料が紙限定、持ち帰り厳禁なのも、全員が偶然にもスマホを鍵付きキャビネット内に「置き忘れて」この場にきているのもそのためだ。
「そこにきて、こちらの件です」
鳴海が出したA4用紙三枚の資料。
「未確認ルミナ反応による隔獣駆除映像に関する調査」
「つまり」
「少なくとも二十一体もの隔獣を駆除した『何か』の痕跡です。駆除報告が上がっていない隔獣駆除痕跡の二十一件について、痕跡の報告を上げた公認ルミナ適格者に、所属事務所を通じて行った聞き取り調査の結果一覧がこちら」
二枚目の資料に列挙されている聞き取り調査結果。
そのうちの一件を指す鳴海。
「特に注目すべきはこの一件で、公認ルミナ適格者に配布されている新型の追跡観測端末が、未確認ルミナ反応を示す光弾による駆除シーンを捉えていました」
「聞き取り対象は、セレスティアル・スターか」
「彼女が便利棒でドーンした余波で百体以上消えました、てどうだ? だめか?」
「局長、真面目にやってください。セレスティアル・スターが光弾の射出された方向を確認するも、ルミナ感知範囲に特異な反応はなかったとのこと」
「その感知範囲は?」
「約千メートルと報告を受けています」
志島と久我原が顔を見合わせる。
「千メートル以上の距離を?」
「信じがたい」
「狙撃痕跡はすべて白か?」
「はい。痕跡のあった二十一箇所すべてで白色ルミナ反応が計測されました」
「黒の可能性は?」
「極めて低いでしょう」
「セレスティアル・スターの攻撃余波、ということもないのだな?」
「局長、その説は無理があります」
志島がちょっと恨めし気に久我原を見る。
これを報告する身にもなれよ、と言いたげだ。
「既知のルミナ適格者で、該当しそうな人物は?」
「行動ログが該当する公認はなし、未公認も該当現場付近の活動はなし。所在確認の取れていない適格者も居りませんでした」
「特災庁が認知していないルミナ適格者、ということか」
「最も可能性が高いのはそうです」
三人の小さなため息が重なる。
ルミナ適格者……魔法少女……つまり、おそらく未成年の少女が?
一年以上、誰にも気づかれず、百二十体以上の隔獣を駆除した?
「信じがたいな」
「問題は世間の動向です。SNSを中心に狙撃シーンが偶然映り込んだログと、スター・ホワイトという呼称が拡散しています」
「事務所の暴走か?」
「一部大手の広報が意図的に煽っているようです」
「そちらは鳴海君に任せる。久我原は特定・保護につながる情報がないか洗ってくれ」
「わかりました」
「局長の仰せとあれば」
志島がじっと鳴海を見据える。
「ルミナ適格者の多くは未成年だ、くれぐれも念頭に置いてくれ」
「もちろんです。それと確認ですが」
ルミナ適格者の公認と保護を取り仕切る鳴海は、臆することなく志島を見つめ返す。
「未確認適格者の件、公開範囲はどこまで?」
志島が目を瞑り、少しの間を置き、開く。
「人事課内には広げるな。あそこは余所の紐付きが多い。当面は適格者管理室止めで対応。すべての申告処理は迅速に処理を。追加人員はこちらで用意する」
「承知しました」
「鳴海君は上がってもらって構わない」
鳴海が立ち上がり、一礼して会議室を出ていく。
それを見送って暫く。
じっと沈黙していた久我原が、志島にそっと耳打ちをする。
「汚染星環エネルギー分布に偏りが生じ始めています」
志島がわずかに目を見開いた。
便利棒でドーン




