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第37話:王都からの金ぴか馬車と、エリート魔術師の野心

晩秋の乾いた風が吹き抜ける街道に、けたたましい車輪の轟きと、重々しい蹄の音が地鳴りのように響き渡っていた。


跳ね上がる褐色の砂埃の中を切り裂くように進むのは、四頭の純白の軍馬に引かれた巨大な馬車であった。

それは、辺境の素朴な宿場町には到底そぐわない、豪奢という言葉すら生ぬるい異様な威容を誇っていた。

車体は黒漆で鏡のように磨き抜かれ、扉や窓枠の周囲には、王都の宮廷御用達の金細工師が数ヶ月を費やして彫り上げたという絢爛たる葡萄唐草の装飾が、陽光を照り返してギラギラと下品なまでの黄金の光を放っている。

車軸には最新式の魔導式衝撃緩和装置が組み込まれ、街道の小石を粉砕しながらも、客車本体は水面を滑る白鳥のように微塵の揺れも見せない。

馬車の前後を固めるのは、揃いの濃紺の外套を羽織り、抜き身の魔導槍を掲げた五十名の精鋭魔術兵たち。彼らが身に纏う特注の軽銀甲冑が擦れ合う冷たい金属音が、街道沿いの枯れ草を震わせていた。


その金ぴかの馬車の中、深紅のビロードが張られた特等席に、一人の男が深く背中を預けていた。


エティエンヌ・ボワイエ。三十一歳。

若くして王都の魔法省において頭角を現し、先月、史上最年少の若さで『主席宮廷魔術師』の栄冠をその手に収めたエリート官僚であった。


仕立ての良い濃紺の高級シルクで縫い上げられた魔道ローブは、糸の一本一本に魔力伝導率を高める秘薬が染み込まされており、胸元や袖口には複雑怪奇な幾何学魔法陣が金糸でびっしりと刺繍されている。

仕立て直したばかりの立ち襟に収まる顎は細く尖り、血色の薄い唇は、常に他者を値踏みし嘲笑うかのように歪な弧を描いていた。

そして、鼻梁に乗せられた冷たい銀縁眼鏡の奥には、油断なく計算を巡らせる、底知れぬ野心に濁った灰褐色の瞳が光っている。


「……遅いな。御者に鞭の入れ方を教えてやらねばならんか」


エティエンヌは苛立ちを隠そうともせず、懐から取り出した純金製の懐中時計の蓋を、爪先でパチンと弾いた。

王都を出立して早五日。舗装もろくにされていない地方の悪路に揺られ続けたせいで、彼の神経はすっかり毛羽立っていた。

手元の小さな折りたたみ机の上には、王都の魔法省諜報部から極秘裏にもたらされた、分厚い羊皮紙の綴りが広げられている。


『――フォレスト辺境伯領における不穏分子および古代遺物に関する調査内報:

辺境伯家は、極北の永久凍土より覚醒せし神話級魔獣【霜狼神フェンリル】をはじめとする未登録の超高位厄災魔獣を、領内の山奥の拠点に囲い込み、私兵化している疑いあり。

神獣の強大なる魔力波長は幾度となく領内で観測されるも、領主代行ローラン・ド・フォレストは一切の中央報告を怠り、秘密裏に物資を横流しし、独自の盟約を結んでいる模様。

意図は不明なるも、王家に対する叛意、ならびに軍事クーデターの準備と推測される――』


「くく……叛意、か。辺境の貧乏貴族風情が、分不相応な夢を見たものだ」


エティエンヌは冷笑を漏らし、細い指先で書類の端をトントンと叩いた。

この密告を耳にした瞬間、魔法省の老獪な上層部どもは「神獣の覚醒など狂人の妄言だ」と及び腰になり、調査を先送りしようとした。現場の恐ろしさを知らぬ腰抜けの老人どもめ、とエティエンヌは唾棄した。

だが、彼にとっては違った。

これこそが、自らを魔法省長官へ、果ては王国中枢の宰相の座へと押し上げるための、天が与えた絶好の踏み台であったのだ。


もし、辺境伯が危険な古代魔獣を手懐けているというのが事実なら、それを王国軍の力で叩き潰し、首謀者であるローランを反逆罪で処刑台へ送る。

そして何より――その魔獣たちを、自らの開発した最新の魔導捕縛装置によって接収し、王家の直轄兵器として中央へ連れ帰るのだ。

神獣を使役する栄誉。それを成し遂げた英雄として王都へ凱旋すれば、宮廷における自分の地位は絶対のものとなる。


「田舎者が小手先の餌付けで魔獣を飼い慣らしているつもりなら、笑止千万。魔獣とは所詮、本能と魔力の塊にすぎん。高度な魔導理論に基づいた術式で急所を縛り上げれば、どんな凶獣とて我が前に額づく下僕に成り下がるのだ」


エティエンヌは、己の胸元に下がる純銀のペンダントにそっと指を触れた。

中には、彼が心血を注いで開発した、最上位の精神支配術式が刻まれた宝珠が収められている。

彼は信じて疑っていなかった。

自らの卓越した頭脳と、王都の最高学府で磨き上げた洗練された魔導体系こそが、世界の絶対的な真理であると。

泥臭い現場の感覚や、騎士たちの経験則など、文字も読めぬ平民の戯言にすぎない。すべては計算通りに動く。動かぬものがあるならば、それは術者の知性が足りぬからだ――そう思い上がっていた。


ガタツ、と車体がわずかに減速し、御者台から低い声が響いた。

「閣下、フォレスト領の玄関口、第一宿場町に入ります」


「……ふん」


エティエンヌは窓の分厚いカーテンを、指先でわずかに押し広げた。

車窓から見下ろす宿場町の風景。

そこは、エティエンヌが生涯もっとも嫌悪する「俗世の泥臭さ」に満ち満ちていた。


街道沿いに建ち並ぶのは、白壁に素朴な木組みを施した、飾り気のない平屋や二階建ての家々。

屋根には赤瓦が敷かれ、軒下には収穫を終えたばかりの干しとうもろこしや玉ねぎが吊るされている。

石畳の隙間には黒い土が入り込み、風が吹くたびに、薪を燃やす煙の匂いと、焼き立てのライ麦パンの香ばしい匂い、そして乾いた干し草と馬糞の生々しい生活臭が混ざり合って漂ってくる。


突然現れた王都の金ぴか馬車と武装兵の隊列に、町人たちは驚き、街道の端へと慌てて身を寄せていた。

泥のついた前掛けで手を拭くパン屋の親父。

樽を運んでいた手を止め、怪訝そうに眉をひそめる屈強な運送人。

母親のスカートの裾を掴んで怯えたように見上げる幼子。


「相変わらず、薄汚い豚小屋のような町だ」


エティエンヌは心底から吐き気を催したように鼻を鳴らし、香水を染み込ませた絹のハンカチで鼻口を覆った。

王都の大通りの、大理石が敷き詰められた白亜の並木道。

貴婦人たちの纏う高価な薔薇の香油と、磨き抜かれた硝子窓の街並み。

それに比べ、この辺境のなんと野蛮で下品なことか。

こんな泥にまみれた土地で暮らす人間など、知性も教養も持たぬ家畜同然の存在にしか見えなかった。


宿場町の中央広場に馬車が滑り込むと、そこには町の有力者たちが、突然の特使の襲来に慌てふためきながら出迎えの列を作っていた。

その最前列に立っていたのは、腕を組み、不機嫌そうに仁王立ちする四十路の女商人――ヴェロニカ・マイヤーであった。


「……チッ、王都の役人サマが、なんの用だい。物々しい兵隊を引き連れてさ」


ヴェロニカは、馬車の豪奢な金細工を一瞥するなり、砂を吐くように小さく呟いた。

商人としての百戦錬磨の直感が、あの馬車の中にいる男の纏う「鼻持ちならない権力の臭気」を敏感に嗅ぎ取っていたのだ。

馬車の扉が左右に開き、魔術兵が恭しくステップを降ろす。

現れたエティエンヌは、埃一つない黒革のブーツで宿場町の石畳を踏みしめた。

その足取りは、まるで汚物を避けて歩くかのように極めて傲慢で、周囲の住民たちには一瞥もくれない。


「出迎えご苦労。……我が輩は王都魔法省主席監察官、エティエンヌ・ボワイエである」


エティエンヌは銀縁眼鏡のブリッジを押し上げ、冷たい声で宣言した。

広場に集まった町人たちを見下ろすその眼差しは、人間を見る目ではなかった。道端の小石を眺めるような、完全なる無機物の視線。


「この地に、国家の安全を脅かす重大な嫌疑がかけられている。直ちに領主館へ案内せよ。……なお、我が輩の滞在中の宿舎には、清潔なシーツと王都基準の食事を用意しておくように。豚の餌のような田舎料理を出せば、即座に不敬罪に問うと思え」


居丈高なその物言いに、出迎えた町役人たちは顔を引きつらせ、息を呑んだ。

露骨な見下し。

地方を搾取の対象としか見ていない、典型的な中央官僚の腐敗した傲慢さ。

ヴェロニカは握りしめた拳の爪を手のひらに食い込ませ、脂汗を滲ませながらも、商人としての作り笑いを力ずくで顔に張り付けた。


「……へえ、王都のお偉い魔法使いサマかい。そりゃあご丁寧なこったね。領主代行のローラン様の館なら、この街道を真っ直ぐ北へ行った丘の上だよ。……ご案内するまでもなく、一本道さ」


「案内もできんのか、無能どもめ」


エティエンヌは吐き捨てるように言い放つと、二度とヴェロニカたちに視線を向けることなく、再び金ぴかの馬車の中へと乗り込んだ。

バタンッ! と重々しい扉が乱暴に閉ざされる。


号令とともに、再び動き出す車列。

馬車が巻き上げる猛烈な砂埃が、出迎えの町人たちの上へと容赦なく降り注いだ。

ゴホゴホと咳き込む役人たちの横で、ヴェロニカは手拭いで顔の埃を乱暴に拭い去り、遠ざかる豪奢な馬車の後部を、憎々しげに睨みつけた。


「……ケッ、胸糞悪い野郎だねぇ。何が主席魔術師だい、頭でっかちの青瓢箪が」


ヴェロニカは地面にペッと唾を吐き捨てた。

だが、その胸の奥底には、激しい不快感とともに、冷たい悪寒が這い上がっていた。


(あの野郎……ただの巡察じゃないね。『重大な嫌疑』だと? ……まさか、あのお嬢さんのことを嗅ぎつけてきやがったんじゃないだろうね……!?)


山奥の素朴な平屋。

エプロン姿で屈託なく笑い、焼きたてのリンゴタルトを「おやつにどうぞ」と持たせてくれた、あの心優しい元・調剤助手の娘――マノン。

そして、その膝の上で喉を鳴らす、国を滅ぼす神獣たち。

もしも、あの傲慢極まりない王都の馬鹿役人が、軍勢を引き連れてあのお嬢さんの庭へ土足で踏み込んだら、一体どうなるか。


(死ぬよ……。あいつら、全員骨も残さず消し炭にされるか、氷漬けにされるよ……!)


ヴェロニカは青ざめ、即座に腰を上げた。

「おい、お前たち! 急いで裏山を回って、領主館のローラン様に知らせな! 王都からとんでもない疫病神が乗り込んできたってね!!」


***


再び疾走を始めた金ぴかの馬車の中。

エティエンヌは、肘掛けに頬杖をつきながら、手元の報告書の地図を冷ややかに見つめていた。


地図の上に赤く記された、領都のさらに北――霊峰の山裾に位置する、小さな空白地帯。

そこが、密告文書に記された「魔女の拠点」であった。


「ローラン・ド・フォレスト……若くして領主代行を務める切れ者と聞いていたが、所詮は辺境の小領主よな。得体の知れぬ古代魔獣に怯え、あまつさえそれを取り込もうなどと、愚鈍極まりない浅知恵を弄しおって」


エティエンヌの口元に、残忍なまでの歪んだ笑みが浮かんだ。

領主館へ着けば、まずはローランを勅命違反の現行犯として拘束する。

中央の権威を振りかざせば、地方貴族の小僧など青ざめて土下座するに決まっている。

そして、その案内のもと、直属の魔導軍団を率いてあの山奥の平屋を一網打尽にするのだ。


「古代神獣フェンリル……冥界獣キマイラ……。神話の怪物がどれほどのものか知らんが、我が輩の編み出した神聖捕縛結界の檻に閉じ込め、首輪を嵌めてやれば、ただの大きな番犬にすぎん。それを王都の広場に引き回した時、陛下がどれほど我が輩を賞賛されるか……」


想像するだけで、全身の血液が甘美な野心で熱く沸き立った。

名誉。権力。王宮の頂点。

すべてが、この辺境の任務の先で自分を待っている。


「田舎の泥臭い連中が、何を企んでいようと一捻りだ。中央の真の魔導の威光、その骨の髄まで思い知らせてくれる」


エティエンヌ・ボワイエは、冷たい銀縁眼鏡の奥で狂気じみた愉悦の光をギラつかせながら、馬車の窓の外――美しく紅葉に染まる山並みを、ただただ傲慢に見下ろしていた。


その山奥の庭先で。

小さな黄色い小鳥が日向ぼっこをしながらパンくずをついばみ、白猫が気持ちよさそうにヘソ天で寝転がり、黒猫が魚の煮付けの匂いに鼻をひくつかせていることなど。

そして、自分自身がこれから、世界の理そのものを踏み躙る「絶対の禁忌」へと、自ら笑いながら突っ込もうとしていることなど、このエリート魔術師は、夢にも思っていなかったのである。

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