第33話:週末の隠れ家と、二人の小さなお茶会
領主館の重厚な執務室において、その毎週の行事は、国家の命運を左右する最重要軍事機密として扱われていた。
卓上に広げられた羊皮紙には、領主代行ローランの神経質な筆跡で、仰々しい表題が記されている。
『極秘指定:至高の調停者マノン閣下との第参回定期外交会談記録』
出立の前、兄ローランは決死の覚悟を滲ませた眼差しで、妹であるレオノールの両肩に手を置き、幾度も言い聞かせたものだ。
「レオノール、くれぐれも粗相のないようにな。あのお方の機嫌を損ねてはならん。何か不穏な要求があれば、領地の予算をいくら削ってでも応じると伝えるのだ。セリア、お前も命に代えて妹を守れ」
直立不動で「ははっ!」と応じるセリア副隊長。
館の衛兵たちに見送られ、まるで戦地へ赴く決死隊のように馬車は山道へと繰り出される。
――しかし。
車輪が山裾の深い雑木林へと入り込み、館の尖塔が見えなくなった瞬間、車内の空気は跡形もなく一変するのだった。
「セリア、見て! 今日もとってもいいお天気ね。空が抜けるように青いわ!」
「ええ、レオノール様。風も穏やかですし、絶好の……ええと、会談日和にございますね」
馬車の窓から顔を覗かせ、淡い金色の髪を秋風になびかせるレオノールの表情には、悲壮感など爪の先ほどもなかった。
あるのは、待ちに待った週末の小旅行を楽しむ少女の、輝くばかりの笑顔だけ。
客車の足元には、マノンに喜んでもらおうと料理長に無理を言って包んでもらった最高級のバターや、領民から献上されたばかりの新鮮な採れたて卵の木箱が、大事そうに積み込まれている。
セリアもまた、手綱を握りながら、先週までの引きつった表情をすっかり緩めていた。軍服の胸ポケットに入っていたはずの胃薬はいつの間にか姿を消し、代わりにマノンからお土産にもらった焼き菓子の包み紙が、お守りのように大切に収められている。
いつしか、週末に山奥の平屋を訪れることは、レオノールにとって何物にも代えがたい「生きがい」になっていた。
***
カタカタと車輪の音を響かせて庭先へ滑り込むと、今日も変わらぬ素朴な佇まいの平屋が、二人を暖かく迎えてくれた。
真新しい防腐香木のウッドデッキの上では、白猫のタマが純白の巨体を豪快に投げ出して二度寝を貪り、手すりの上では黄色い小鳥のピピが「ピピッ♪」と歓迎の歌を囀っている。
「いらっしゃい、レオノールさん、セリアさん! ちょうどお湯が沸いたところよ」
からりと引き戸を開けて顔を出したのは、白い麻のエプロンをきゅっと締めたマノンだった。
化粧気のない素朴な笑顔。その姿を見た瞬間、レオノールの胸の奥に凝り固まっていた貴族社会の窮屈な緊張が、ふわりと初夏の雪のように解けていく。
「おはようございます、マノン様! ……あ、あの、今日はこれをお手伝いしたくて!」
馬車から降りたレオノールは、自ら持参した麻の手提げ袋を誇らしげに掲げてみせた。
中から取り出したのは、藍色に染められた木綿の作業用ワンピースと、厚手の布手袋だった。
高貴な身分を隠すためではない。先週、マノンが「来週は冬が来る前に、お庭の雑草を抜いて、ハーブを干さなくちゃ」と呟いていたのをしっかりと覚えており、自分も一緒に作業着を着て、泥仕事を手伝う気満々でやってきたのだ。
「まあ! わざわざお着替えまで持ってきてくださったの? ふふ、お嬢様なのに、手が荒れちゃったら申し訳ないわ」
「いいえ! 私、ずっとマノン様とお庭仕事をご一緒してみたかったんです。何でも言いつけてください!」
やる気満々に腕まくりをするレオノールを見て、マノンは嬉しそうに目を細めた。
こうして、領主館の記録官が見れば卒倒しかねない、「至高の調停者と深窓の令嬢による、冬支度の庭仕事」が幕を開けた。
***
晩秋の庭の土は、夜のあいだに降りた朝露を吸って、しっとりと黒く湿っていた。
作業用の厚手手袋をはめたレオノールは、マノンと並んで庭の片隅にしゃがみ込み、小さな草削りのヘラを握りしめていた。
「レオノールさん、雑草を抜くときはね、葉っぱだけを引っ張っちゃダメなのよ。途中でちぎれちゃうと、春になったら根っこからまた生えてきちゃうから。根元の土をヘラで少しだけ揺らして、指の腹で根っこの一番太いところを掴んで……こうやって、まっすぐ上に引くの」
「根元の土を、揺らして……こう、ですか……?」
レオノールはおっかなびっくり、青々とした頑固なスギナの根元にヘラを差し込んだ。
サクッ、と土が微かに鳴る。
指先に力を込め、教わった通りに真上へ向けて、ゆっくりと引き抜く。
――スコンッ!
小気味よい感触とともに、白い髭根をびっしりとたくわえた雑草が、黒い土粒を散らしながら丸ごと抜け落ちた。
手袋越しに伝わってくる、湿った大地の重みと、引きちぎられた植物の鮮烈な青い匂い。
「わあ……! 抜けました、マノン様! 根っこごと、綺麗に!」
「ふふ、上手上手! 筋がいいわねぇ。その調子で、柊の生垣の周りをお願いできるかしら」
「はい!」
褒められたことが嬉しくて、レオノールは無我夢中で手を動かした。
領主館の温室では、咲き誇る薔薇の花を愛でることはあっても、土に触れることすら禁じられていた。泥にまみれ、自分の手で余分な草を抜き、地面を整えていくという作業は、驚くほど無心になれる、至福のひとときだった。
サクッ、スコン。サクッ、スコン。
無心に土を掘り、草を抜く。
背中を温める秋の木漏れ日。竹籠の中に抜いた草が山となって積まれていくたびに、自分の手で何かを成し遂げているという確かな実感が、胸をじんわりと満たしていく。
もちろん、平和な作業の傍らには、いつもの愛らしいお邪魔虫たちがいた。
「グルルゥ……」
巨大な白猫のタマが、のそのそと歩み寄ってきたかと思うと、レオノールが一生懸命に積み上げたばかりの雑草の山の真ん中へ、ドスンと自らの丸々とした胴体を擦り付けて寝転がったのだ。
抜きたての青草がタマの純白の毛並みに散らばり、草の山が一瞬でペシャンコに潰れる。
「ああっ、タマちゃん! せっかく集めたのに、草だらけになっちゃうわよ!」
レオノールが苦笑いしながらタマの白いお腹を撫でてやると、タマは前足を宙でフミフミと掻きながら、「ゴロゴロゴロ……」と重低音の喉鳴らしを響かせて甘えてくる。
一方、黒猫のクロは、レオノールが土を掘り返した拍子に飛び出してきた小さなミミズや甲虫に目を奪われ、素早い前足の動きで「チョイ、チョイ」と土を跳ね飛ばしていた。黒い鼻の頭に泥をちょこんとつけ、真剣な眼差しで獲物を追う姿は、国境を消滅させた凶獣の面影など微塵もない、ただの好奇心旺盛な子猫そのものだった。
屋根の上からは、ピピが「ピピッ、チチッ♪」と囃し立てるように鳴き交わしている。
「みんな、レオノールさんに遊んでもらえて嬉しくて仕方がないのね」
マノンが笑いながら汗を拭い、立ち上がった。
「さあ、草むしりはこれくらいにして、次はハーブを収穫して干しましょうか」
***
庭の南側、日当たりの良い畝には、霜が降りる前の最後の収穫を待つハーブたちが、青々と葉を茂らせていた。
マノンから小さな花切り鋏を手渡され、レオノールは手ほどきを受けながら、伸びた枝先を丁寧に刈り取っていく。
木質の硬い茎を持つローズマリー。
指先で触れただけで、鮮烈なメントールと柑橘の香りを放つペパーミント。
甘くスパイシーな香気を放つタイム。
そして、秋風に揺れる可憐な白いカモミールの花々。
鋏を入れるたび、パチンと心地よい音が響き、切り口から凝縮された植物の精油の香りが庭いっぱいに弾け飛ぶ。
刈り取ったハーブの枝は、大きな竹ざるの上へと山盛りに積み上げられた。
「よし、これを束ねて軒下に吊るすのよ」
二人はウッドデッキへと上がり、座布団に並んで腰を下ろした。
マノンは籠から細い麻紐と小刀を取り出し、手際よくハーブを仕分け始めた。
「下の方の枯れかかった葉っぱは、こうやって指先でしごいて落とすの。風通しを良くしてあげないと、干している間にカビが生えちゃうからね。で、五、六本の枝を揃えて……茎の根元を麻紐でギュッと、二重に固結びにするのよ」
「こう、でしょうか……?」
レオノールも真似をして、ローズマリーの枝を揃え、細い麻紐を巻きつけていく。
刺繍用の絹糸とは違う、無骨で毛羽立った麻紐。
きゅっと指先で結び目を作るたびに、手袋を外した素肌の指先にハーブの精油が移り、指紋の溝の奥まで爽やかな香りが染み込んでいく。
「そうそう、上手! 乾燥すると茎が縮んで細くなるから、少しきつめに縛るのがコツなの。吊るした後にポロッと落ちたら悲しいものね」
マノンが優しく手元を直し、麻紐の端を輪っかにして結んでくれる。
出来上がったハーブの小束は、まるで野の花を集めて作った小さなブーケのようだった。
二人は息を合わせて、次々にハーブを束ねていった。
タイムの緑の束。ミントの爽やかな束。ローズマリーの深い針葉の束。
出来上がった束を抱え、マノンがウッドデッキの軒下に渡された長い青竹の物干し竿へと案内してくれた。
麻紐の輪っかを、竹竿に順序よく引っ掛けていく。
サワサワ、と。
晩秋の乾いた風が吹き抜けた瞬間、軒下にずらりと逆さに吊るされた緑の束たちが、一斉に優しく揺れた。
青空と、古民家の飴色の板壁を背景に並ぶ、瑞々しいハーブのカーテン。
そこから立ち上る清涼で甘やかな香気が、まるで平屋全体を包み込む見えない結界のように、優しく、清らかに漂っていた。
「綺麗……」
レオノールは両手を胸の前で合わせ、うっとりと見上げた。
「冬の間、こうやって干しておくのですね。なんだか……冬を迎える準備をしている実感が湧いて、とても温かい気持ちになります」
「ええ。しっかり乾いたら、瓶に詰めて保存するの。冬の寒い夜に、薪ストーブの前でこのハーブティーを飲むのが、今から楽しみなのよ」
マノンは満足げに腰に手を当てて笑うと、ふと思い出したように手を叩いた。
「さ、よく働いたから、お茶にしましょう! 今日はとっておきのおやつを焼いておいたのよ」
***
ウッドデッキの中央に、素朴な木製のお盆が運ばれてきた。
立ち上る湯気とともに運ばれてきたのは、レオノールが持参したあの幻のダージリン・ファーストフラッシュ。そして、素焼きの平皿に乗せられていたのは――黄金色の香ばしい焼き目を纏った、細長い焼き菓子だった。
「これ……ビスコッティというのよ」
マノンがお茶を注ぎながら紹介してくれた。
「一度焼いた生地をスライスして、もう一度オーブンでカリカリになるまで二度焼きした堅焼きのビスケットなの。日持ちもするし、素朴でとっても美味しいのよ。今日は裏山で拾った胡桃と、マルタおばあちゃんから貰った干し葡萄をたっぷり練り込んでみたの」
レオノールは湯呑みのような陶器のカップを受け取り、ビスコッティを一つ、指先でつまみ上げた。
表面には香ばしい焼き色がつき、断面からは大粒の胡桃と黒い干し葡萄が顔を覗かせている。
前歯を当てると、ガリッ、と心地よいほど硬質な音が響いた。
「少し硬いでしょう? 熱い紅茶に、こうやってちょんちょんと浸して、少しだけふやかして食べるのが本場の食べ方なんですって」
マノンの真似をして、ビスコッティの先端を黄金色の紅茶に数秒浸す。
引き上げて口に含むと――。
「……っ!!」
レオノールの目が、驚きに輝いた。
熱い紅茶を吸った外側はほろりと柔らかく崩れ、内側はザクザクとした香ばしい歯ごたえを残している。
噛み締めるたびに、小麦粉の力強い風味と、ローストされた胡桃の濃厚な脂のコク、そして凝縮された干し葡萄の甘酸っぱさが、ジュワリと口いっぱいに広がっていく。
素朴で、飾り気のない甘み。
けれど、丁寧に手をかけて作られたものだけが持つ、身体の芯まで満たされるような深い満足感。
そこへ、最高級ダージリンの気品ある花のような渋みを一口含むと、口の中に残った粉の甘さがすっきりと洗い流され、至福の余韻だけが鼻腔を抜けていく。
「美味しい……! 噛めば噛むほど、香ばしくて甘くて……何本でも食べられてしまいそうです」
「ふふ、気に入ってくれてよかったわ。草むしりでしっかり体を動かした後の甘いものって、格別に美味しいのよね」
マノンも自らのカップを両手で包み、ふう、と満足そうに息を吐いた。
足元には、すっかり作業を終えてリラックスモードに入ったタマが、レオノールの足の甲に顎を乗せて丸くなっている。
黒猫のクロも、ウッドデッキの端から少しずつ間合いを詰め、レオノールの座布団のすぐ隣までやってきて、前足を折り畳んで静かに目を細めていた。
穏やかな秋の静寂。
他愛のない木漏れ日のお茶会の中で、レオノールはふと、心の中にずっと抱いていた疑問を口にした。
「あの……マノン様。マノン様は、どうして王都からこんな山奥へ越していらしたのですか? 王都はとても華やかで、便利な場所だと聞いておりますけれど……」
領主館の兄や騎士たちは、マノンを「俗世を捨て、世界の均衡を見守るために辺境に隠棲した至高の調停者」と畏怖している。
神の如き力を持つ彼女が、なぜあえてこんな素朴な古民家で暮らしているのか。
レオノール自身、ずっと不思議に思っていたことだった。
すると、マノンは「あはは……」と少し困ったように苦笑いを浮かべ、頭の後ろをかいた。
「華やかだなんて、とんでもないわ。私、王都の大手調剤薬舗で十年間働いていたんだけれど……もう、毎日が地獄のようだったのよ」
「……じ、地獄……ですか?」
レオノールは目を丸くした。
調停者が語る「地獄」。それは神々の戦いや、太古の魔術戦争のことだろうか。
「ええ。毎朝、夜が明ける前から叩き起こされて、薄暗い作業場で粉薬の調合よ。天井まで届くような処方箋と伝票の山に追われて、お昼ご飯を食べる暇もなくてね。生薬をすり潰す乳鉢を何千回も回しすぎて、毎日手首に湿布を貼って腱哀炎と戦っていたわ」
「て、伝票の山……」
「それだけならまだ耐えられたんだけれど、人間関係が本当にひどくてねぇ」
マノンは遠い目をしながら、手元のビスコッティをかじった。
「当時の店主が、絵に描いたような理不尽な人でね。売り上げが落ちれば全部助手のせいにするし、少しでも意見を言えば『お前の代わりなんて市場に行けばいくらでも転がっているんだ!』って怒鳴り散らされて。貴族の顧客からの無理難題なクレームが入れば、一番下っ端の私が矢面に立たされて、何時間も頭を下げさせられて……」
マノンの口から語られたのは、神話の戦いなどでは断じてなかった。
泥臭く、理不尽で、理不尽な権力に押し潰されそうになりながら、それでも必死に耐え忍んでいた、一人の働く大人の痛切な記憶だった。
「朝、鏡を見たらね、自分の顔が土気色で、目の下に真っ黒な隈ができていて……ああ、私、このままだと心が死んじゃうな、って思ったの。だから、退職金と貯金を全部握りしめて、逃げるようにこの山奥へ引っ越してきたのよ。もう人間関係にすり減りたくない、自分の手で丁寧にご飯を作って、縁側でお茶を飲んで、自分のペースで生きていきたい……ただ、それだけだったの」
マノンは少し照れくさそうに笑い、「お恥ずかしい話をしちゃったわね」と肩をすくめた。
しかし――レオノールは、笑えなかった。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるように熱くなっていた。
(マノン様も……戦っていたんだ)
領主の娘として、常に完璧を求められ、弱音を吐くことを許されず、自らを無力だと責め続けていた自分。
けれど、目の前で穏やかに笑うこの娘もまた、見知らぬ王都の片隅で、理不尽な言葉を投げつけられ、理不尽な重圧に耐え、心身をすり減らしながら、必死に自らの人生を戦い抜いてきたのだ。
どんな立場の人も、みんな戦っている。
華やかに見える王都の人間も、高貴な貴族も、平民も、みんな、誰にも言えない痛みを抱えながら、懸命に今日を生きている。
自分だけが孤独に苦しんでいたわけではなかったのだと、マノンの素朴な告白が、レオノールの心を強く、温かく励ましてくれていた。
「……マノン様」
レオノールはカップを置き、真っ直ぐにマノンの瞳を見つめた。
「お話ししてくださって、ありがとうございます。私……マノン様がこの場所を選んでくださって、本当に、心から嬉しいです」
「あら、まあ……ふふ、ありがとう、レオノールさん」
マノンは嬉しそうに目を細め、レオノールの手をそっと握ってくれた。
土とハーブの香りが残る、温かく、働き者の確かな手。
その温もりを通して、言葉以上の信頼と絆が、二人の間に静かに結ばれていくのを感じていた。
***
夕暮れ時。
山裾が茜色のグラデーションに染まる頃、レオノールを乗せた馬車は、名残惜しそうに山道を下り始めていた。
御者台から振り返ったセリアが、執務用の羊皮紙と羽根ペンを膝の上に乗せ、真剣な面持ちでレオノールに問いかけた。
「レオノール様。本日の会談内容について、領主代行閣下への定期報告書をまとめねばなりません。……本日の閣下(マノン様)との対話において、領地の安全に関わる重大な言及はございましたでしょうか?」
セリアの生真面目な問いに、客席のレオノールは、手元に大切に抱えた竹籠――マノンが持たせてくれた、干したてのハーブの小束と焼き立てビスコッティの包みを見つめた。
脳裏に蘇るのは、領主館の執務室で青ざめながら報告を待っているであろう、愛する兄ローランの姿。
そして、先ほどセリアが下書きしていた、重々しすぎる報告書の文面。
『――本日の定期会談記録:
調停者マノン閣下は、神聖なる結界樹(防腐香木)の敷かれた祭壇にて、極東の霊草を用いた浄化の儀式を執り行われた。
閣下はかつて王都の中枢機関において、国家規模の陰謀と理不尽な権力闘争に巻き込まれ、暗黒の怨念(伝票の山)に苛まれていた過去を告白。
世界の均衡を乱す傲慢な権力者への強い戒めを暗号めいた寓話として示唆された。
我がフォレスト領の今後の姿勢として、民の平穏を尊び、無駄な権力欲を排した清廉なる統治を継続せよとの無言の神託を受領……以上』
「ふふっ……」
レオノールの口から、思わず堪えきれない笑いが吹きこぼれた。
手ぬぐいで口元を押さえ、肩を小さく震わせる。
「レ、レオノール様……? 何か不手際がございましたでしょうか……!?」
狼狽えるセリアに、レオノールは首を横に振り、悪戯っぽく微笑んでみせた。
「いいえ、セリア。何も問題ありませんわ。……ええ、その報告書で完璧です。お兄様には、そうお伝えくださいな」
ただ泥にまみれて草をむしり。
ハーブを束ねて軒下に吊るし。
理不尽な仕事の愚痴を笑い飛ばし、美味しいお茶と硬いお菓子を食べただけの、他愛のない週末の女子会。
けれど、その事実を正直に伝えてしまえば、頭の固い兄の理性は今度こそ完全に崩壊してしまうだろう。
「お兄様には……このビスコッティを差し上げましょう。きっと、また『奇跡の霊薬だ』と大騒ぎなさるわ」
夕焼けに染まる森を窓から見つめながら、レオノールは幸せそうに目を細めた。
週末の隠れ家。
大好きなモフモフたちと、心から尊敬できる優しい友人。
自分を縛り付けていた呪縛から解き放たれ、新しい一歩を踏み出した少女の横顔は、秋の夕陽を浴びて、どこまでも晴れやかに輝いていたのだった。




