29
■■ 29 ■■
場所は変わって、港湾地区にある、某世界的に有名なブロックのテーマパークにて。
ハロウィン風にコーディネートされたパークの中ほど、ミニチュアワールドというべきか、東京・大阪・名古屋の日本の大都市はもちろん、ニューヨークやパリ、北京など世界の大都市、あるいは名所をブロックで再現したスペースがあった。
なお、日本スペースには、周囲をやや大きめのミニチュア新幹線などが走っていたが。
ただ、時刻はすでに24時を回って日付が変わっており、人気はまったくなく静まりかえっていた。ゆえに、周囲の高速道路の音や港湾の環境音がよく聞こえる。
そんな中に、妖狐・神楽坂文の姿があった。
「……」
ミニチュアワールドに、ゆるりと佇む妖狐――
その時、
「――この度は、棍棒への狙撃、お見事でした」
との声が、どこかからした。
「……?」
妖狐がゆるりと振り向くと、そこには銀色のスペースオペラ的な鎧姿の者が――すなわち、『月に棍棒を投げる会』と称しながらハッキング放送をした主の男が、そこにいた。
「……ふむ。貴様が、『月に棍棒を投げる会』とやらのボスか?」
「ええ。そのとおり」
銀色の、ダースベイダーもどきが答える。
「ただ、『月に棍棒を投げる会』は、あくまでプロジェクト委員会的なもので、貴様はスタン一族の末裔であろう? それも、ただの人間の一族ではなくてな……」
「左様。よくご存知で……」
「……」
妖狐と銀色鎧の男の間に漂う沈黙……
男は兜を脱いで、
「月が、綺麗ですね……」
と、顔を表して言った。
かの夏目漱石が宣ったごとく、美しい月から照らされた顔は、金髪に、彫刻のごとく凛々しい西洋人の“それ”だった。
男は妖狐に問う。
「――ちなみに、敢えて、“彼”には投げさせたのですか? 君の妖力であれば、投てきする前に彼を捕縛できたり、あるいは始末することもできたでしょう?」
「さあな……。――というより、言うほど余裕ではなかったぞ。このとおり、莫大に妖力を用いてしまったからな」
妖狐は答えながら自身を指さしてみせた。先ほどと同じく、髪は銀髪まじりであり、顔には痛々しくもヒビが入ったままであった。
「そうですか。……君も、なかなか大変ですね。とりあえず、“大会”も無事終わりましたし、今回は月が残ったことに乾杯しましょう。ちなみに、今日は飲酒はOKですか?」
「ああ」
男が尋ねながら指した先、どこかで見たことあると思いきや、先日のカボチャ頭男と魔少女の二人の姿があった。
彼らはワインとグラスを用意し、こちらへ持ってきた。
「――では、ルーマニアの白ワインです。最高の貴腐ワインをどうぞ。まあ、先日も飲んだとは思いますが……」
「……ああ、どうも」
投げる会のボスの男はそう言い、注がれたワイングラスを妖狐に渡して乾杯した。
乾杯と共に月へと向けたグラス――
月灯りの中、グラスに満たされた貴腐ワインが美しかった。
「実はですね、この度のイベント……、主催側の我々は、月に当たろうが当たるまいが、どうでも良かったのです」
「……」
男はグラスを片手に少し歩く。
「運営や、“観客たち”の反応を含めて、遊興のデータを取ること……」
「……」
「意外というべきか、あるいは予想できたというべきか、世の中には月に棍棒が投げられることを期待し、愉しんでいる者も多かった――という観察ができたことも重要です」
「……」
妖狐は黙って聞きながら、共に歩いて回る。
ミニチュアとはいえ大きなもので、再現された数多の名所、ツインタワーに京都の清水寺、それから名古屋駅と周辺の高層ビルが目の前に現れた。そして、手を伸ばせば届くような月が夜空に浮かんでいる……
「まったく。よくできたミニチュアの世界です」
男が言いながら、ふわりと浮いて東京タワーの上に降り立った。
「まあ、この世界自体、“設計者たち”からすればミニチュアのような、ちっぽけなものかもしれないですが――」
男はそう言いながら、“何か”を放った。
「……?」
妖孤が受け取って見てみると、“それ”は棒状に三色国旗のパッケージ――先日と同じくルーマニアのチョコレートであった。
「どうぞ、例のルーマニアの菓子です。まあ、このレ〇ランドとルーマニアに何の関係もないですが……」
断りを入れる男と、その間、いつの間に作ったのか? かぼちゃ男と魔少女がカチャカチャとブロックで“何か”を作っていた。
「できたでござる~! 狐さん!」
魔少女が万歳でもするかのように喜んだ。
そこには先日訪れたルーマニアの建築――アメリカ合衆国のペンタゴンに次ぐクソでか建築――“国民の館”のミニチュアがあった。
「ああ、それ、ルーマニアの国民の館です。先日、行ってきたでしょ?」
「フン……」
面倒くさそうに頷く妖狐。
また、男は続けて話す。
「実に、豪奢な館です。誰か、確か経済学者が、『資本主義の本質は“蒐集”にある』などと宣いました。……まあ、何のことはありません。資本主義であれ社会主義であれ、――いえ、人間社会はおろか、DNAと細胞というものができてこのかた、“蒐集”というのは人間の“本質”なのです」
「……」
「――であるから、ルーマニアの“国民の館”も、社会主義などと謳いながらも、その実、資本主義に負けず劣らずの“蒐集の象徴”となってしまったのも、無理もない話なのです。……ああ、ちなみに月はその“蒐集”の象徴、人間の手に届かないゆえに、かの藤原道長卿も詠ったのでしょう。『この世をば、わが世とぞ思ふ、望月の……、欠けたることも、なしと思へば』、と……」
「そう、か……」
長々と喋り終えた男と、面倒くさそうに聞いてた妖狐はワインをグイッと飲んだ。
そのままワイングラス越しに、男がこちらを見て言った。
「いずれにしても、良い興行データが取れました。次回はオリンピックにでも合わせて、『棍棒投げ大会』でもしてみましょうかね? より強力な選手を、より沢山選んでね」
「……」
「まあ、君も愉しみにしているといい。我々も、世界も、日々成長している……。その中から、いつか君を殺す存在が現れるでしょう。【神楽坂】の住人、アヤ・フォックス君……♪」
「――♪」
イングリッシュネームで呼びながら微笑するスタンに、妖狐もニッコリと微笑で答えてやった。
──続く




