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■■ 23 ■■
夕暮れのころ、東海道新幹線に乗って妖狐・神楽坂文たち神楽坂事務所の三人は東京から向かっていた。
車窓に流れる、赤く染まろうとする富士山――
そんな中、綾羅木定祐と上市理可の人間コンビは浮かない顔で下を向いていた。
青ブレザーに蝶ネクタイ、それから黒ぶち眼鏡に半ズボンと、某大人になれない名探偵の仮装の綾羅木定祐……
いっぽうの上市理可はコートを羽織りながらも、その下には『りか』と平仮名で書かれたゼッケンの端が体操着に、さすがにブルマはマズいので紺の半ズボンをはいていた。
その横では、
「ふむ。まったく……」
と、景色を眺めていた割烹着姿の妖狐が呆れたような顔をしながら二人を見た。それも不審者を見るような、あるいは白い目で。
「……」
「……」
定祐と上市の二人が、無言で何かを訴えるような目で妖狐の方を見てくる。
「ええい、こっちを見るな、貴様たち。私までヤバいヤツと思われるでないか」
「「だ・か・ら! おめえのせいだろ! 狐!」」
顔をしかめる元凶の妖狐に定祐、上市はキレてつっこむ。
「おい、うるさいぞ。マナーというものが分からんのか? 低級動物ども。それにグリーン車とは静寂を買うものだ」
「「いや、ここ自由席だろに」」
定祐、上市はイライラしつつ、
「だいたい、お前も割烹着姿だろ。自分だけ地味な仮装しおってからに」
「そうですよ、何で私たちだけ、こんな……」
「まあ、そう言うな。今年のハロウィンはこれで行こうと決めたのだ。地味志向でな」
「フン、何が地味志向だ」
定祐は面白くなさそうな顔で、髪をわしゃっとした。
仮装の悶着はさておき、
「しかし、本当にこれから向かう先に、碇賀たちがいるのかね? そもそも、素朴な疑問だが、投げるなら東京の方が良くないか?」
「そうですよね、高層ビルの数と人ごみに紛れるって意味からしても――……あれ?」
と、上市は話しながら何かに気がついた。
「――ふむ。気がついたか? 上市よ」
妖狐の声が聞こえながら、上市が眺める窓の先――
流れる車窓は、夕暮れで空の様子が少し分かりにくいものの、先ほどまで雲などあまり出ておらず、青空がのぞいていたのが一変、薄く広く雲が広がり始めていた。
東京、関東方面はこのままでは星はおろか、月さえものぞくことができず、投げ手は月に狙いを定めるのがほとんど困難になるだろう。
「あれ……? 確か、今日の東京は快晴になるはずだったような」
首を傾げる上市の横、
「んん……? もしかして、お前……」
と、定祐のほうは“何か”に勘づいていた。
「そう、その“もしか”、だ――」
妖狐はドヤ顔で人差し指を立てながら、その続きを、「(――気象をな、少々操らせてもらった。本来、やや御法度クラスで、かつ妖力も膨大に使用する妖術で、この私も使わないで済むなら使いたくなかったがな……)。――とりあえず、そのために、わざわざ秘境の温泉にまで行ったのだ」と小声まじりに答えた。
「「は、はぁ……」」
定祐と上市は、今回の妖術のスケールには、ただポカンとするしかなかった。
そのようにしていると、
――ガラガラ……ガラガラ……
と音がして、前方からワゴンサービスがやってくるのに気がついた。
「お弁当に、お菓子に♪ お飲み物はいかがですか~」との掛け声とともに、席の客に販売して回り、こちらへ近づいてくる。
定祐が眠気に目をおさえていると、
「――お疲れのご様子ですね。試飲のコーヒーはいかがですか? こちら、静岡のご当地ブレンドのコーヒーです」
横についたワゴンサービスの女が朗らかに、試飲と称してコーヒーを手渡そうとしていた。
「うむ? そんなものあったのかね?」
「へぇ……、静岡ブレンドですか」
いちおう、定祐と上市は興味を示す。
「どれ、そしたら、眠気覚ましにもらおうかね」
「いいですね」
二人が受け取ろうとした、その時――、
「あの、ワゴンサービスさん、……そのコーヒーとやら、はたして不味くはございませんか?」
「「は?」」
突然の妖狐の言葉に、定祐と上市は凍りついた。
「(おいおい、何てこと言い出すんだ! お前!)」
「(そ、そっすよ! 失礼すぎますよ! 文さん!)」
慌てて視線を飛ばす二人を横目に、
「はい? こちらのコーヒー、味に自信はございますが。ちなみに、失礼ですが、貴方は、狐さんはこちらの方たちと――?」
「ええ。恥ずかしながら、このクソダメ人間たちを管理しております。今日もやめておきなさいと忠告したにも関わらず、『ハロウィンだウェーイ!』などどぬかして、こんなおかしな服装で新幹線に乗りましてね」
「「(こ、この野郎……!)」」
定祐、上市は殺意に拳を握るも、あいにく公共の場であるので殴れない。
また、ワゴンサービスの女は続ける。
「……左様ですか。――でもまあ、せっかくだから皆さん、仲良く飲んでみませんか?」
「だから、いりません! 私は不味いコーヒーは嫌いでしてね。せっかくの旅を不味いコーヒーで台無しにしてほしくないのです」
「お、おい……!」
「ちょっ! ふ、文さん!」
さすがにこれ以上は不味いと、定祐、上市も妖狐を制止しようとする。
「失礼ですね、アナタ……」
ワゴンサービスの女も明らかに不快な表情をしている。
さらに、騒ぎに周りの客たちも加わり、
「おい、アンタら! さっきから聞いてりゃ、失礼にもほどがあるぞ!」
「そうだ! この姉ちゃん、かわいそうじゃねぇか、おう? 変な格好したオッサンと姉ちゃんよう?」
「わ、私が言ったんじゃないちゃ!」
「そ、そっすよ!」
定祐、上市はまさかの自分たちの言葉にされ慌てる。
「おい、謝れやぁ! そんで、飲んでみやぁ! そこのふざけた狐耳ぃ!」
ヒートアップする厳ついタコのような中年男と、
「そうですよ。一度、飲んでみてはいかがですか?」
再び朗らかな表情になって穏便に勧めてくるワゴンサービスの女であるが、しかし、
「しつこいヤツらめ。不味いコーヒーなどいらぬ! 特に、睡眠薬のトッピングで台無しにされた不味いコーヒーなどな――」
「えっ!?」
「す、睡眠薬だと!?」
ここではじめて、妖狐がコーヒーに仕込まれていた睡眠薬に気がついていたことを明かし、二人が驚愕する。
「――それに、おかしいですかね? 新幹線のワゴンサービスで試飲など、あまり聞いたことがないのは私だけでしょうか?」
「あっ……!」
「確かに……」
シリアスに表情を変えた妖狐に、二人もハッとなった。
その間、
「まあ、バレてたか……。狐」
ワゴンサービスの、刺客の女は先ほどの朗らかな表情とは打って変わり、アサシンのような“それ”になっており、また、
「おい! そしたらよぅ! 皆でこいつらひっ捕らえようじゃねぇか!」
「おう!」
「うぇい!」
などと、周りの乗客たちもなぜか、――まるで何かに操られたように女に加勢し、妖狐たち三人を捕えようと盛り上がった。
その中の、先ほどの柔道選手のごとくガタイよいタコ男が定祐を指さした。
「まずはお前や! オッサン! ワゴンサービスの姉ちゃんとコーヒへの侮辱の罪や!」
「ちょっ!? 定祐先生!!」
「おわっ!? 何で私!?」定祐は理不尽に驚きながらも、「や、やめ――ふぐぅー!!」と、次の瞬間には投げられ、廊下に叩きつけられてしまう。
「て、定祐先生!!」
「ちっ! 何をやっておるのだ、貴様」
妖狐が舌打ちして間に入る。
定祐は幸い受け身をとっており、「ぐぅ……。ま、まったく、何よう?」とその間に立ち上がり、次なる攻撃を回避した。
「まったく。仕方がないヤツらめ――」
妖狐が言いながら、何か巻物のようなものを車内に放つと同時、ボワッ――! と煙幕が生じた。
「なっ!? 何をした、狐! ――ひっ!? ヒック!!」
「くっ!? 煙幕か! 姑息なやっ――ゲッホ!! ゲホ!!」
煙幕に包まれながら、刺客の女たちが混乱する声と、何やらクシャミやら咳こむのが聞こえてきた。
そのいっぽう、
「へ? どゆこと?」
「な、何だ? この煙幕?」
定祐と上市の方は何ともなく、むしろ、その視界もスッキリとしていた。
そこへ、
「何をぼさっとしておる、低級動物ども。ヤツらにだけ目隠しと催涙効果のある煙幕だ。効果が切れんうちに、さっさと逃げるぞ」
「あ、ああ」
「は、はい!」
と、妖狐が急かす声がし、定祐と上市たちは刺客たちから退避した。
***
そのまま退避してデッキへ。
通路ドアには妖狐が一時的だがシールドを張っており、追っ手を何とか防いでいた。
「ハァ、ハァ……ど、どうなっとるんだ!? まったく!」
「ほ、ほんと、いったい何なんですか!?」
定祐と上市は息が上がりながらも、まだ混乱していた。
「お、おい、化け物、反対側からも来るんじゃ――」
「ああ、分かっておる」
慌てる定祐に妖狐は答えながらも、反対の通路の方にもシールドを張っていた。
「ただ、これは簡易的な妖術だ。そのうち破られてしまうだろう。それに、先の妖術でかなり浪費していてな……、ガハッ――!?」
妖狐は片膝立てるような形で、再び崩れた。
「ふ、文さん!」
「お、お前――!」
二人が妖狐に寄った。
その顔は再びうっすらヒビが入り、また口からは軽く血が垂れていた。
「お、お前、残った妖力で何とかならんか?」
「ならんこともないが、逃げた方がよかろうな……」
「に、逃げるって!? 文さん!」
「そうだ、言うて、逃げ場なんてあるのかね!?」
「いや、逃げ場ならあろう……」
ピンチに絶望的な顔をしてテンパる定祐と上市に、妖狐はチラリと指さした。
その先を見て、
「「――は?」
と、人間コンビの二人は目を疑った。
妖狐が指さしたのは乗降用のドアであった。すでに暗くなりかけて外は見えにくいものの、270キロメートル毎時の速度で走行中のその先は、想像のとおりである――
「「ま、まさか……」」
ビンビンに嫌な予感しかしない、定祐と上市の人間コンビ。
その二人に、妖狐は言った。
「――そのまさかだ。定祐、上市よ、ミッションインポッシブル……、いや、インポッシブルミッションだ!」
「ちょっ! おいおいおいおい!!! 冗談言うなて! そんなことできるかよ!!!」
「そ、そうすよ! 無理無理無理無理!!! 文さんには余裕でも私たちパンピですよ!? 死んじゃいますって!!!」
「そうは言ってもな、――ほら、見よ。シールドは限界だぞ。私が妖力をケチったばっかりにな」
「「だ・か・ら! そこ、ケチんなよ! おい!」」
開き直る妖狐に二人はつっこんだ。
だが、事態は悪化するばかりであり、妖狐は二人に決断を迫る。
「まったく。文句ばかり多いヤツらだ。仕方ないではないか。覚悟を決めたらどうだ?」
「覚悟といっても、どんなスピードで走ってると思ってるんだね、化け物!! 粉々になってしまうではないか!!」
「そ、そうですよ!! 絶対無理す!! 死んじゃいますって!!」
「ふむ。ビビりすぎではないか、貴様たち? ちょっと、ひょいと隣の線路に飛び移るだけではないか」
「「だ・か・ら!! おめぇにしかできねえよ!!」」
二人は再びつっこんだ。
その間にも、
――ガタッ、ガタガタ!
と、ドアは揺さぶられ、両側のシールドは今にも破られる寸前であった。
「ちっ、仕方ないやつらめ――」
事態が逼迫する中、業を煮やしたように妖孤は露骨に嫌な顔で舌打ちしつつ、そのまま定祐と上市を抱きかかえるようにガシッと掴んだ。
「「ふっ!? ふごっ!?」」
掴まれた二人から奇声を上がる。
その同時、妖狐は妖力を用い、赤オーラが乗降ドアを開けさせた。
ドン――! との轟音とともに強い風圧の変化を感じ、空いたドアからは時速300キロで動く線路の光景が見え、キィィーン! と耳を劈くような走行音が直に聞こえてくる。
「ふっ、文さぁーん!!!」
「お、おいおいおい!!! よせっ、化け狐!!!」
「“3、2、1”で跳ぶぞ。いいな? 低級動物ども」
喚き泣き叫ぶ定祐、上市にお構いなしに、妖狐・神楽坂文は確認する。
そのまま、構えるとともにカウントを始め、
「3、――」
――ストンッ……!
「ちょっ!? ふ、フライングじゃねぇかああ!!!!!」
と、あろうことか、妖狐は“2”をカウントする前に、ヒョコンと跳んでしまった。
しかし気づくも遅し、妖狐に抱えられた二人はすでに宙を舞っており、「「びゃあああー!!!!!」」と絶叫を上げていた。
二人が叫ぶ中、妖狐の両足は二本のレールをとらえ、靴の裏から火の粉を跳ばしながら減速する。
並走していた新幹線は三人を追い越し、線路の西の彼方に消えて行ってしまった……
そのまま、妖狐たち三人は横の、線路外へと退避した。
「――ふむ。なかなかに爽快だったな」
妖狐・神楽坂文が言った。
いっぽうの、定祐と上市は「「ハァ、ハァ……!」」と、過呼吸気味に息を吐きながら、顔面蒼白になって冷や汗を垂れ流していた。
「ほら、見よ。無事ではないか?」
「ま、まったく……。し、死ぬかと思ったぞ……」
「ほ、ほ、ほんと、……そうすよ……」
定祐と上市は息を整えながらも、まだ心臓はバクバクしていた。
そこへ、
「ふむ。上市よ――」
「は、はい?」
と、何やら妖狐が呼びかけてきて、上市は顔をあげる。
そして、
「――貴様、もしかして、チビってないよな?」
「は? 何をですか?」
上市が質問に顔を引きつらせながらも、狐のヤツは聞いてきた。
「小便を……」
「「おい、割烹着姿で何つーこと聞くんだ? お前」」
上市、定祐ともに、露骨な妖狐の下ネタにつっこみつつドン引きしていた。
──続く




