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■■ 22 ■■
揺れる煙草の煙――
碇賀元はスマホでニュースなど眺めていた。
それによると、
『今回の、『棍棒を投げる会』に便乗した行動は行わないよう、――間違っても棍棒や物を月に、空に向かって投げないでください』
との呼びかけであったり、はたまた渋谷などの街中で、仮装を楽しむ人たちへのインタビューが映し出され、
『いやぁ~、何が起こるか楽しみす!』
『うぇ~い! ムーンにショット!』
などと、いよいよハロウィン本番と、今回の『棍棒を投げる会』の異様な熱に騒いでいる有り様であった。
「おっほぉ! お月さんがパックリ割られっかもしれんてのに、呑気だねい、世間様ってのは」
碇賀は皮肉交じりに苦笑した。
まったく、俺が言うのもなんだが、世間ってのはバカなものだ。
近年、陰謀論がどうとか、ファクトチェックがどうとかよく議論されるが、“陰謀者”がいようがいまいが、そんなことは問題ではない(――まあ、それなりに機関で長い間働いてきたから分かるが、陰謀者は“いる”には、“いる”。半々くらいだ)。
問題なのは、仮に陰謀者がいる場合、その“陰謀なるもの”を簡単に“遂行できてしまえる”世間、社会の脆弱さが問題なのだ!
馬鹿げた陰謀論を笑いたい気持ちも分かるが、同時に点検してみるといい。少なくとも、自分たちのいる国くらいは、“そのような脆弱さ”がないか、を――
んあ? じゃあ、お前はその陰謀的なものを調べ、阻止することを志して機関に入ったくせに、今こうして月に棍棒を投げようとしているが、その正義はどうしたのだと?
おっと、ちょっち、そいつは勘違いってやつだ。
俺は、そもそも、何か人のためにと思って怪奇調査機関のエージェントなんて仕事を選んだわけではない。完全なる、たまたまってヤツだ。タマタマって、下ネタじゃなくてな。
それでも、まあ、強いていうなら……
――と、そこまで考えたところで、
「――それにしても、よく投げ手を引き受けたよね、元。どして? まあ、委員の私が聞くのもアレだけど」
などと、賽賀忍が聞いてきた。こちらは煙草でなく、チョコレートなど咥えていたが。
「ありゃ? アンタがそれ聞いちゃうんかい……」
碇賀はポロっと灰を落としてしまいながら、脱力した。
「まあな、その、特に何つーこともないんだけどさ……。――あ、そういやさ、今日、何かの仮装してく? 俺たちも」
「そうね……」
はぐらかして話題を変えた碇賀に、賽賀も特に気にすることなく、ハロウィンの仮装など考える。
まったく、呑気もいいところであるが……
*****
場所は変わりて、東京は神楽坂怪奇調査コンサルタント事務所の洋室にて。
妖狐は温泉に行っており、松本たちも一旦は怪調へと戻り、綾羅木定祐と上市理可は待機していた。
「――はぁ。……皆、何でこんな呑気なんですかね? 大丈夫なんですか?」
上市が呆れてつぶやく先――、偶然か、スマホの画面にはちょうど碇賀元が見ているのと同じニュースが映し出されていた。
「まあ、人間とはこんなものだ。騒ぐ必要のないことを敏感にヒステリックに騒いでしまうわりには、本当にヤバいことには鈍感なものだ」
皮肉めいた顔で定祐が答える。
「それに……、パニックが起きないように、“本当のこと”までは伝えてはおらんよ」
「?」
上市がはてなマークの浮かんだ顔をしながらも、続きを聞いた。
「……案外、将来避けることのできないカタストロフがある時ってのは、全体としてはこうしておくのが正解なのかものな……。何かが水面下で起きている、それに皆が皆反応してしまうと集団的ヒステリーになったり、パニくって余計に状況は悪くなろうからな。むしろ、それなら『うぇ~い』とパリピに騒いで余計なことをしないでくれた方がよいのだろう。社会の、見えざる全体知みたいなものか?」
「はぁ……。まあ、何となくそうですね」
恐らく半分は適当に言った話だろうが、確かにそんなところはあると、上市は頷いた。
人間と、その社会文明という複雑系――
一見すると、非合理や非効率に見える事象でも全体としてはいちおう適したバランスが取れているということだろう。
まあ、それは置いておき、とりあえず、今の状況を――、棍棒の“投げ手”のうち、あと少しで一人は捕縛できそうである。
そして、肝心のもう一人の、碇賀元の追跡を怪調、警察、さらに日本の情報機関が尽力して行っているとのことである。
「はぁー……。しかし、あの化け物め、いつ戻ってくるのだ?」
「そうですよね……」
ため息交じりの定祐と上市はやきもきする。
ただでさえ、もうタイムリミットが近づいているのだ。こうしてのんびりしていて大丈夫なのだろうかと、焦りが募ってくるのは当然である。
「おいおい、もう日が暮れるぞ」
「本当ですよ」
もう少しで日没もである。より調査・追跡が難しくならないか二人は懸念した。
そこへ、
「――何をダラけておる? このトリプルTの低級動物ども」
「――!? ふ、文さん!」
「お、お前! 戻ってきたのかね」
と、突然の声とともに、再び割烹着姿になった妖狐・神楽坂文が、いつの間にか戻ってきていた。
「もう! ほんと、どこ行ってたんすか?」
「まったくだ。もう日も暮れる、残りの時間もそうないぞ」
「まあ、そういきり立つな、低級動物ども――」
妖狐はそう言いながら、土産の伊香保の湯の華饅頭を急かしてくる人間コンビにくれてやった。
「あ、ありがとうございます」
「ったく……。それで、妖力は回復してきたのか?」
「まあ、ボチボチだ。今回の案件分くらいはもつだろう」
土産ぐらいで静まってくれる人間コンビに妖狐は答える。
続けて、
「――さて、発つぞ」
「うむ? 発つとは?」
「秘策があるといっだろう……。それに、回復した妖力と“葛葉”でな、もう少し碇賀たちを追跡できやすくなるであろう。とりあえず、さっさと準備するのだ」
「まあ、分かったが。――そしたら、準備をするか。と言っても、すぐ出れるけどな」
「はい。私も、すぐ準備します」
急かす妖狐に圧され、定祐と上市は事務所を出る準備をする。簡単に荷物をまとめ、妖具を備えるくらいであるが。
「いちおう、もう出れるぞ、狐」
「準備OKですよ、文さん」
二人は完了を告げるが、しかし、
「――待て。何を言っておるのだ? 低級動物ども」
「へ?」
「あん?」
と、なぜかここで、妖狐は出発しようとする二人を止めた。
「何がどうしたというのだ? まだ他に、何か足りてないというのかね?」
「そうですよ。準備はばっちしじゃないですか?」
「まったく低級動物どもめ。私が先ほど、言ったことを覚えてないのかね?」
「「先ほど……?」」
もしや……? とここで、二人は嫌な予感がした。
そう、今日は、今宵はハロウィンなのである。
ハロウィンということで、先ほど狐のヤツが怪調の松本にもやろうとしていたこと……、すなわち、
「さあ、今宵はハロウィン本番だ。これを着なさい。貴様たち……」
ゆらりと妖狐が二人に突きつけたのは仮装衣装であった。
綾羅木定祐の分は、真っ青のブレザーに赤の大きな蝶ネクタイ、そして半ズボンと──、それらはまさに、体は子供にして頭脳は大人という某名探偵の“それ”。
また、上市理可の分はというと、先ほどの松本の時と同じく体操服にブルマであったが……
「おい! ふ、ふざけんなよ! 化け物! そんなもの着るわけなかろうに!」
「は? 何すか、それ! 嫌っすよ! 絶対着ないですからね!」
そのような仮装を突きつけられたものだから、二人はさすがに声を荒げて拒否の姿勢を示した。
「何だね? 嫌なのか?」
「当たり前だろう! だいたい、今日日、どこに仮装して調査に向かう探偵モノがあるというのだ、化け物!」
「そっすよ! いくら文さんでも、ダメですからね! 断固着ないですよ、断固!」
「むむむ……」
妖狐は一度無言になった。
予想外の抵抗である。
ここで妖狐は、攻め方を変えてみることにした。
「……ねえ、二人とも、お願い……」
声色を男のそれから妖艶な女の声へと変え、妖狐・神楽坂文は色っぽく上目づかいで二人にねだってきた。
「あ、あん?」
「ちょ、いきなりのおねだり攻撃ですか? そ、そうはいきませんよ! 絶対着ないですからね!」
まさかの妖狐の色気攻撃に、二人は一瞬ドキッとなりながらも突っぱねようとする。
「ねえ、お願い……。着て」
妖狐は再び二人にねだってくる。
この妖狐・神楽坂文は性別不詳ながらも、その外見は恐ろしく妖艶で美しい女性のそれである。そんな妖狐からねだられてしまえば、男である定祐はおろか、女の上市でさえ心が揺さぶられ、堕ちそうになるほどであった。
「くっ、この化け物……」
「そ、そっすよ! だ、ダメなものはダメですよ! 諦めてください!」
二人は何とか妖狐の色気おねだり攻撃をはねのける。
その成果もあってか、妖狐は「……」と再び無言になった。さらには、どこかシュンと、残念そうにして見えた。
「「(ふ、ふぅ……)」」
やったか……? と、定祐と上市は目を見合わせた。
いつもいつも、この狐に振り回されたり、横暴をさせるのを認めるわけにはいかないのだ。ここいらで分からせてやる必要がある。
そのように二人は思いながらも、まだ、しっくりこない何かを感じていた。
「(これで、大丈夫ですよね?)」
「(うむ……。いや、待てよ……)」
定祐と上市は目線を交わした。
どうも、何かがおかしい。この狐のヤツが、そう簡単に私たちに負けを認めてくるだろうか? 人外の力を持ち、かつ横暴な性格なこの妖狐が……
「「――は!?」」
その時、二人が気がついたが、すでに遅かった。
先ほどまで、しおれていたかのように見えた妖狐が、自分たちの前に立ちはだかっていたのである。それも尋常でない、まるで閻魔王のごときオーラを放ちながら、大刀を二つ持って仁王立ちしていた。それこそ閻魔王が振るうかのような大刀を……
「まったく……。いい加減にしておれよ、貴様ら。人が優しく頼んでいるのいいことに調子に乗りおって」
「「い、いやいや、逆切れの仕方おかしいし!?」」
地獄のような威圧感を放つ妖狐に二人はつっこむも、冷や汗をダラダラに飛ばしていた。
「ひ、人じゃないだろ、お前は! ど、どうして私らがそんな衣装を着んといかんのかね!?」
「そ、そっすよ! い、いい加減にするのは、ふ、文さんですよ! そ、そんな体操着とブルマで新幹線になんて乗れないっすよ!」
「文句ばかり言うヤツらめ。そうか、そんなに嫌というなら、罰を与えよう……」
妖狐はそう言いながら、“何か”の妖術を発動させていた。
そこ具現化されたのは、まるでエジプトの死者の書や最後の審判にも出てきそうな秤であった。
そして、秤からの金色のオーラが定祐と上市へと、その心の臓へとのびる。
「うっ!? な、何かね!? これは!?」
「ちょ!? お、オーラが体の中に入ってきてんすけど!?」
「“絶対の秤”……、この妖術は、強制的に二択の選択肢を選ばせるのだ。――では選べ。今日とは逆に、ハロウィンを除くすべての日に仮装をして勤務するか? あるいはハロウィンの今日一日だけ、今ここで着替えて仮装をするか? 貴様たちには、この二択以外の選択肢はない……」
妖狐は地獄の審判のように二人に突きつける。
「くっ、くそ化け狐……!」
「お、横暴ですよ、横暴……!」
二人はぐぬぬ……と歯を食いしばりつつも服従するより他なかった。
──続く




