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■■ 間章 ■■
しかし、この一九五五年、そしてたぶん、これから先もだろうが、無責任な好奇心の創り出すお楽しみだけは君たちのものさ。何か面白いことはないかなあとキョロキョロしていれば、それにふさわしい突飛で残酷な事件が、いくらでも現実にうまれてくる、今はそんな時代だが、その中で自分さえ安全地帯にいて、見物の側に廻ることが出来たら、どんな痛ましい光景でも喜んで眺めようという、それがお化けの正体なんだ。おれには、何という凄まじい虚無だろうとしか思えない。
**『虚無への供物』(中井英夫)より
■■ 20 ■■
翌日、ついにハロウィン本番の日である。
東京は神楽坂怪奇調査コンサルタント事務所の洋館にて。ただし、今度は書斎兼事務所の洋室でなく、和室でのことである。
広い和室――、その壁は土壁であるが、黄土の土壁は大きくひび割れが不規則かつ計算されたように走っており、その様はまるで現代アートのようであった。
その床の間には、金属モノリスに生け花などが飾られているのだが、それだけならまともである。
すなわち、それらの他にはNゲージの新幹線に胸像――オレンジ髪に、黒とオレンジの開けたコルセット姿にアニメキャラ風の美少女の胸像であり、口にはバラのように柿を咥えてあり、なおかつその頭には、なぜかソ連戦闘機Mig25のプラモデルが載っかっているという、シュールであまり趣味のよろしくない床の間であった。
「――何なの? この趣味ワルな床の間」
「いいだろに。やかましいのう」
冷たい目で言った松本清水子に、綾羅木定祐は放っておけよと嫌そうな顔をした。
続けて、
「――先生、コーヒー持ってきましたよ」
「うむ。すまんな」
上市が数人分のコーヒーや茶菓子を持って現れた。
松本たち怪奇調査機関の三人がここ神楽坂事務所に来ており、棍棒の投てきのタイムリミットが迫る中、調査をアレコレと進めていた。
「――で、投げ手は残り三人。一人はもう少しのところまで捜査が進んでいるけど、もう一人と碇賀のヤツに関しては 未だにほとんど掴めていないわ」
「う~む……。もう、時間があまりないのう」
定祐が腕時計を見た。
さすがの定祐にも、焦りと重苦しい緊張感がのしかかるように襲ってくる。
残り半日ほどの時間で、碇賀ともう一人残っている投てき者の居場所をつかみ、投げるのを阻止することができるのであろうか――
「それでさ、狐――」
「ふむ。何かね? 更年期」
松本が妖狐・神楽坂文に聞いた。まだ白い療養着姿で、妖力で淹れたのか、ドロドロに溶けた400℃の鉛コーヒーのようなものを飲んでいたが。
「お前、どれくらい回復した? いちおう、二日くらいは療養したろ?」
「まあ、それなりにな……」
妖狐は答える。
顔のヒビやらクマは、先日よりは回復しているように見える。
「悔しいけど、ウチらや警察で、今の状態で碇賀を追うのはちょっときつくてな」
「何かね? 妖力を使えというのかね?」
「まあ、そういうことな――」
松本は遠回しに頼んだ。まだ恐らく妖力が回復していないところ、無理を頼む申し訳なさと、この狐のヤツに頼むのが癪に感じる気持ちとが混じって複雑な気分であったが。
「そしたら、貴様……」
妖狐が、何か言おうとしていた。
「……?」
松本がその言葉を待っていると、妖狐は言った。
「――貴様、仮装しろ」
「は?」
「仮装したら、考えてやるよ。これを着るのだ、更年期」
ポカンとする松本清水子に、そう言いながら妖狐は何か差し出した。
白い生地と、紺の生地――それは下の丈が短いヘソ出し体操服であり、紺のそれは昭和の匂いするブルマであった。
「は? おっま、ふざけてんのか?」
「ふざけてなどないぞ、今日はハロウィンではないか。であるから、仮装が正装なのは当たり前であろう。さあ、着るのだ更年期、貴様が着ないと協力してやらぬぞ、フハハハ!」
「こいつ、ブチ殺してぇ……」
嗤う妖狐に、松本は殺意をこぶしを握りながら殺意を抑える。
ここで、一旦妖狐を無視して話を続ける。
今度は定祐が尋ねる。
「ちなみに、清水子、――碇賀と残った投げ手に関して、どれだけ居場所を追跡、予測できているのだ?」
零泉が簡易VR装置でホログラフィを表示させて代わりに答える。
「えっと……ですね、先日ので、ガーさん、碇賀さんたちの居場所は一旦絞れたかなと思ったんですけど……」
「逃がしたから、ちょっと分からなくなった感じかね?」
「そ、そうです。いちおう、神楽坂はんが転送した棍棒の“量子共鳴”から“葛葉”を用いて今も追跡しようとしてはるんですけど……、いかんせん、も少し可能性のあるエリアを絞れないときついですわ」
「うーむ。そうか……」
「すみません。私たちが、あの時捕まえれれば……」
定祐、上市は悔やんだ。
続いて、残った投てき者の調査状況について見るも同様である。
「はぁ……。まったく、クソ……。こんな広くなくっていいっての、日本」
定祐が、ホログラフィに映るデカデカとした日本地図を見てため息した。
定祐のいうとおり、日本の国土というのは意外と広い。
その単一言語の国土を東西を欧州の地図に重ねてみると、すっぽりと当てはまるくらいである。ゆえに、一度追跡対象を失ってしまったら、その追跡は難しく、相手が怪調のエージェントかつ謎の協力者がいればなおさらである。
「何とか、狭めれないですかね……?」
願望のように言う上市と、
「まあ、それができたら苦労はせんだろうに」
定祐が至極当然のことを答えるという、不毛なやり取り。
「こう、何だろう? ……雨雲とか出てくれば、いいんですど」
再び言った上市に、零泉が「まあ、出来たら雨天中止してほしいすけど、今日はあいにく、ずっと晴れすね」と気象データを見せた。
「はぁ……。どうにか、少しでも雲が出れば、投げれる範囲は……」
「また、他力本願だのう、君は」
「はい? 定祐先生に言われたくないんすけど」
定祐に他力本願呼ばわりされ、上市は軽くムッとする。
そこへ、
「ほう……」
と、何かピンと来たのか、妖狐・神楽坂文が反応した。
「――ん? どうしたのだ? 化け物」
定祐が聞く。
「ふむ。ちょっと、肝心なことを思い出してな」
「肝心なことだと?」
変わって、今度は松本が。
「ああ……」妖狐は頷きながら、溜めたように二人に告げる。「――それでな、少し、……二時間ほど、私は外すぞ」
「あん? 二時間ほどとは? どこへ行くんかね?」
「そ、そっすよ。どこに行くんすか? 文さん?」
曖昧そうに告げる妖狐に、定祐と上市は怪訝な顔をして、軽く問い詰めるように聞く。『棍棒を投げる会』の定める投てき時間の23時まで時間はあるとはいえ、刻一刻とタイムリミットは迫っており、そんな重い緊迫感の中、二時間外すと言われれば当然だろう。
すると、
「――ああ、ちょっとな、……また温泉に行ってこようと思ってな」
「「はっ?」」
と、妖狐の口から出た思わぬ答えに、二人の半ギレ気味の「は?」の言葉が重なった。
「お前、何言ってんだ? どういうつもりかね?」
「そっすよ、ちょっとふざけすぎですよ。文さん」
「まあ、そう言うな、低級動物ども。今回もなかなかの妖力の消耗でな。もう少し癒す必要があるのだ。」
きつい調子で詰める二人に、妖狐は答えた。
「え? まだ、回復してないんですか?」
「まあな……。それに、妖力の回復だけでなく、秘策があってな……」
「秘策……とな?」
「ああ」
怪訝な顔のままの定祐に、妖狐はドヤ顔して答えた。
──続く




