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■■ 17 ■■
夜の紀伊半島の山中――
まるで、ドラキュラ城佇むトランシルバニアのようにであり、月は煙雲に漂っていた。
綾羅木定祐と上市理可の二人は車を碇賀たちにパンクさせられ、立ち往生して途方に暮れていた。
「はぁ……。どうします? 定祐先生……」
肩を落としながら上市が聞いた。
「歩いていくわけにもいかんし、ロードサービスでも、……いや、あの狐を呼んで待ってた方が速そうだな。――しかし、まったく。レンタカーだぞ? 何てことしてくれるんだ、アイツら……」
定祐も草臥れた様子で答えつつ、
「とりあえず、狐のヤツに連絡でもしてみるか……」
「そっすね……」
おそらくは今ルーマニアにいる妖狐・神楽坂文に連絡することにした。
定祐はスマホを取り出し、発信する。
――ピピピピ……
――ピピピピ……
10秒ほど待ってみるも、
――ピピピピ……
と、相変わらず発信音のみ続くだけで、出る様子がない。
「出ないん、……すか?」
「もう一度かけてみるわい。――ったく」
定祐はもう一度通話を押す。
しかし、
――ピピピピ……
――ピピピピ……
と再び、発信音だけが続く。
「ちっ……、なかなか出んのう、アイツ……」
定祐がイライラしていると、
――ピピピ……ブツッ……!
と、今度は向こうから発信を切られてしまった。
「は? 切りやがったぞ、あの化け物」
「な、何かあったんですかね……?」
「うーむ……そんなことはなかろう。まあ、とりあえず、こちらから発信し続ける」
「はい」
定祐と上市はめげず、ひたすら鬼電攻撃を続けることにする。
再々度の発信……、すると、今度はつながったと思いきや、
『――おかけになりやがった電話は……、ただいま、電話に出ることができない、もしくは出るつもりがさらさらないため、おとといかけなおしてきやがれください。この底辺、低能、低沸点のトリプルTの低級動物ども……――ブツッ!』
と、煽り全開の音声案内が流れ、またしても通話が切れてしまった。
「「は? は? はいぃ?」」
定祐、上市は表情筋をピクつかせ、キレる寸前の顔になる。
「おいおい! どういうつもりかね、あの化け物!」
「は? ほんと、舐めてんすかね? あの狐?」
二人のイライラは沸点に迫り、狐のヤツを殴ってやりたい衝動がこみ上げる。
とはいえ、妖狐は今ここにおらず、加えて、いつ戻ってくるかも分からない。ただフラストレーションだけが募りながらも、しばらく諦めるより他なかった。
「ったく……。アイツ、戻ってきたらブーブー文句言ってやろうに」
「ああ、もう。ほんと、シバきたい、あの狐……」
定祐、上市は怒りの、イライラのやりどころがなく途方に暮れる。
そのようにしているうちに、昼からは柿一つとエナジードリンクくらいしか口にしてないため、そろそろ腹が減ってくる。
「はぁ……。お腹すいてきましたね……」
「うむ。そうだな……」
「あ、そういえば、お菓子ありましたよね?」
上市は車の中にあった菓子を思い出した。
「ああ、そうだったな。というか、とりあえず車の中で待つかね? こんなところでずっと過ごすより」
「そうですね」
そう言いながら、二人は車に向かおうとした。
その時、
――ガサッ……
と、頭上の、何か枝葉が揺れるような音がした。
「え? な、何……!」
「ど、どした?」
ビクンと驚く上市と、怪訝な顔する定祐。
辺りを見回してみるに、碇賀たちはすでにここにはいないはずである……
それでは、いったい何者かいるのか? もしくは、何かの気のせいかと思ったところで上市が気がついた。
「な、何かいます! 先生! ――あっ、さ、猿!」
「な、何だって!?」
上市の指さす方を見て、定祐は驚愕する。
まさかの猿とは、まあ山間部であるから出てきてもおかしくはないが、人前にわざわざ現れたからには何か嫌な予感がした。
その間に、猿はザッ――と木から地上に降りてきた
。
続けざま、猿は颯爽とした動きで上市に飛びかかるようにして近づいてくる。
「ちょっ! ちょっとぉ!?」
慌てふためく上市。
猿はキィッ、キィッとの鳴き声で上市との間をつめる。
その次の瞬間、
――パッチーン!!
「わっ!?」
上市は目の前の視界が一瞬ふさがれると同時、大きな音に驚かされて仰け反った。
すなわち、あろうことか猿は眼前で猫だましを喰らわせてきたのである!
上市は、「わっ、ちょ、ちょっとぉ!?」と慌てるも、仰け反ったまま体勢から復元することができず、そのまま後ろに大きく転倒して尻餅をついてしまう。
「おっふぅー!!!!!」
山中に上市理可の断末魔が響く。
「か、上市君! ――!? ――にゃ、にゃめろぉ!」
定祐が呼びかけるも、こちらもそんな余裕などなく、今度は猿が自分に襲い掛かってくる。
ビビって情けない声をあげる定祐の顔面に猿が抱き着き、また同時に、敵はもう一匹ゆらりと現れていた。
「て、定祐先生! も、もう一匹いるっ!」
倒れた上市が知らせるもすでに遅く、片割れと思われる猿が定祐のポケットから“何か”を奪った。
「よ、よせ! 何をするだぁっ!?」
猿たちは定祐からも奪い終えると、そのまま颯爽と再び木の上に登った。
そして雄猿と思しき猿が、ドヤっとしたポーズとともに黒い何かを見せた……
それはあろうことか、レンタカーの鍵だった。
「な、何しとんかねっちゃ!」
「ちょ、返しなさいよ! ダラ!」
定祐と上市が怒声をあげるも、猿は鼻をほじりながらほくそ笑んでいた。
「頼むから、返せ! な! 車の中の柿とか菓子とかやるから!」
定祐は車の中を指さし、懇願するように叫ぶ。
すると、
「キッ……」
と、猿はこちらを見て鍵を掲げた。
「うむ?」
「か、返してくれるの?」
二人が、一瞬期待をした。
……がしかし、次の瞬間、最悪なことが起きることになる。
猿はあろうことか、鍵のスイッチをポチっと押していた。
そのまま、カシャッ――と、車から嫌な音がした。
「「なっ!?」」
驚愕する二人。
あろうことか、車のドアがロックされてしまったのである!
「お、おいおいおいおい……!」
「な、な、な……、何てことを……」
愕然として崩れ落ちる人間コンビに、雄猿はイケメンのような顔をするとともに親指を立ててグッドサインを送ってやった。
「「グッドじゃねぇよ!!」」
定祐、上市はつっこむも空しく、猿は尻を見せて消えて行ってしまった――
***
猿から鍵を奪われた挙句にレンタカーのドアをロックされ、綾羅木定祐と上市理可は再び途方に暮れていた。
「おいおい、何てこったい……」
露骨に嫌そうな顔の定祐と、
「ど、どうするんですか? ――て言うか、お尻痛いし……、もう……」
上市も尻をおさえ、泣きそうな顔をしていた。
まさに踏んだり蹴ったり、泣き面に蜂とはこのことである。
だが、しかし、……これだけでは問屋が卸すはずがなかった。すなわち、哀れな定祐、上市の二人にさらなる悪いことが起きようとしていたのである。
――ォーン……
と、何か小さな音が聞こえたような気がした。
音源は、少し遠くにいるように思われる。
「え……? て、定祐先生……、な、何か聞こえなかったすか?」
「うむ……? な、何がかね?」
定祐が怪訝な顔をしていると、
――ォーン……ワォーン
と、今度は明瞭に、何か鳴き声と思しき音が聞こえてきた。
「ひっ!? や、やっぱ聞こえたでしょ! 先生!」
泣きそうな顔する上市と、
「あ、ああ……」
ここで定祐の顔も険しくなる。
そのように、どんどん嫌な予感がする中、ダメ人間二人に容赦することもなく、
――ワォーン……ワォーン……
と、さらにはっきりと鳴き声らしき音が聞こえ、鳴き声の主がさらに近づいてくるのが分かる。
「せ、先生……、ま、まさかの、お、狼ですか?」
「ば、バカ言うなて。……そんなわけなかろう。オオカミなど、日本では絶滅して久しいではないか」
「そ、それでも、野犬とかの可能性もあるじゃないすか……!」
二人は引きつり、震えて怯える。
確かに狼ではなく野犬の可能性があろうが、いずれにしろ、できれば遭遇したくないものには変わりない。
――ワォーン……! ワォーン……!
鳴き声が夜の山々に反響しつつ、もうすぐそこの近くまで迫ってきた。
「やばい、やばいっすよ……! 定祐先生……!」
「はっ、はっ――に、逃げるぞ!」
定祐、上市は逃げようとするも車は鍵を閉められてしまっており、あとは廃墟か木の上にでも逃げ込むしかない。
そのように二人が動こうとした矢先、
――ガサガサ……!
と、近くの茂みから何かの音がした。
すでに20メートルもないほどの所にだろうか? 明らかに“何か”が迫っているのが分かる。
「ひっ、ひぃっ!! 定祐先生!!」
「か、上市君!!」
定祐と上市の二人はガタガタと震え上がる。
その間も、さらに10メートル、5メートルとガサガサ音は近づいてくる。
ザワザワ……と、眼前まで迫る音。
「「び、びゃあああ!!!!!」」
定祐と上市が、思わず抱き合って叫んだ。
断末魔に抱き合う相手が互いに、定祐であろうと上市であろうともはやどうでもよかった。むしろ、何も考えてられない状況である。
同時に、無慈悲にもヒョコっと茂みから現れる犬耳らしき影――
もうダメだ――! と、二人は思った、その瞬間、
「――こ、コン……」
と……、現れたのはまさかの、着物姿の妖狐・神楽坂文であった。それも、ちゃっかりと両手指で狐の形を作りながら……
「……」
「……」
絶句したまま固まる定祐と上市。
そして、
「「コンじゃねぇーよ!! しかも、噛んでんじゃねぇーよ!!」」
二人は堰を切ったように妖狐につっこんだ。
その勢いのままに、二人は妖狐を詰める。
「もう! どこ行ってたんすか! 文さん」
「そうだ、こっちは大変だったんだぞ! 電話に出ろっての、まったく!」
「まあ、そうカッカするな、低沸点の低級動物ども。ちょっと、ルーマニアに行ってきてな――」
妖狐はそう言いながら、二人に土産を差し出した。
一つは先日と同じルーマニア製のチョコレートであり、もう一つは瓶詰めされた、化粧品と思しき黒い泥――先ほどのノロイヨシの泥であったが。
「まったく。チョコくらいで誤魔化しおって」
「これは、化粧品的な――?」
受け取る二人に、今度は妖狐が聞いた。
「しかし、碇賀と女を逃がしたとな? この低級動物ども」
「ムカつくのう、我々だけでヤツらとそんな対等に戦えるかねって?」
「そ、そっすよ!」
二人はムッとしながらも、
「それで、お前の調査の方も、何か収穫はあったのかね?」
「ああ、もちろんだ」
嫌味っぽく聞いてきた定祐に妖狐はドヤ顔をした。
ドヤ顔しながら、妖狐は続けて、
「やはり、この『棍棒を投げる会』の棍棒……、ヤバいことがわかってな」
「ヤバいこと、とな?」
「ああ、そいつは――」
眉をひそめて聞く定祐に、ドヤ顔の妖狐が答えようとしたその時、
――フッ……ドサァッ!!
「ふ、文さん!?」
「お、おい!? 化け物!?」
と、妖狐・神楽坂文は音を立てて崩れ落ち、倒れてしまった――
──続く




