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■■ 16 ■■
日も沈んだ夜の山間道――
その途中に、県道から脇にそれた道を進んでいくと“とある欧州風の古城”があった。
いや、古城ではなく、単にラブホテルの廃墟なのであるが、そのデザインや装飾はそこそこ良く、某ディスニー何とかにあっても不自然ではなかった。
そんな廃墟に、綾羅木定祐と上市理可は車を停め、用心しながら向かっていた。
「うーむ……。ここに、いるはずだとのことだが……」
定祐が言った。
碇賀および彼の失踪に関わった者の追跡を続けており、先ほど怪調より新しく情報が入ってきた。
それが“ここ”であり、あくまで推定であるが、この山道周辺に潜伏している可能性が高いとのことである。
なお、妖狐がルーマニアから棍棒のデータを転送してきたおかげで、その推定の制度も上がっているとのことであるが――
「こ、こんなとこにいるんですかね……?」
「う~ん……。分からんが、とりあえず用心して向かおうかね」
半信半疑の上市に定祐も同様であったが、いちおう、調査に向かうからには用心・警戒しておく必要がある。
相手が常人の能力を大きく超えた怪人であったり、あるいは魔人などの可能性もあるわけで、突然襲撃されなどしたらたまったものでない。
ちなみに、このような調査業をしているから定祐も上市も少なからず対怪人・対魔物の戦闘力は有しており、加えて妖力仕掛けの妖狐の道具――すなわち妖具も備えているのであるが。
「……」
「……」
二人は建物に近づくにつれ、無言になる。
とりあえず、今のところ妖具は半径100メートル内に人の気配を検知していない――
いないのだが、しかし、
「あ、辺りを警戒しててくれな、上市君」
「はい――」
あくまで妖具を100%は当てにせず、自分の感覚もフルに働かせておく。
その時、
「……ん?」
と、上市が何か煙のような香りがほわんと漂ってくるのを感じた。
どこかで何かが燃えているのだろうか? 焚火か?
いや、煙は煙とはいえ、もっと違った匂いのような、何というか嗜好的なにおいのそれ――
すなわち、
「うむ? 煙草の匂いか」
定祐も気づいたように、“それ”は煙草の煙の香りであった。
同時に、
「せ、先生! だ、誰かいます、バルコニーに……!」
「(お、おい! 声が……)」
思わず声を上げて指さそうとした上市を定祐は小声で制止し、気づかれては不味いとそのまま物陰に隠れようとするも、
「――ああ、隠れようとしなくていいぜ。多分、もう互いに気がついてっからさ」
「「――!?」」
と、バルコニーから聞こえてきた男の声が二人を引き留めた。
バルコニーに映る男のシルエット……
「い、碇賀さん!?」
上市は面識がないながらも、そう呼びかけた先――、そこには失踪した怪奇調査機関エージェント、碇賀元の姿があった。
その碇賀元と、隣にいる女――当然、定祐たちは面識があるはずもない賽賀忍の二人がこちらを見下ろしている。
「……」
「……」
上市は碇賀と目が合った。
なぜここに……、いや、ここにいるだろうと踏んで追跡していたので、“それ”はまだ分かる。
しかし、碇賀の、その佇む雰囲気は……、もしかして――
そこまで上市は考え、嫌な予感がしていると、
「まったく。“そのパターン”、か……」
「そのパターンて……、も、もしかして、碇賀さんが棍棒の投げ手に――!?」
すでに気がついてしまった定祐の言葉とともに、予感は確信に変わる。
すると、
「まあ、そのもしかっちゃ、もしかだな。――てか、お二人さん、何しに来たんだい? おっと! その前に、わりぃけどさ、自己紹介してよ」
上からヘラヘラした様子で碇賀が答えながら、今度はこちらに要件を話すよう求めてきた。
「そうだのう、“神楽坂の事務所”って言えば分かろうか? 松本清水子から頼まれてな。アンタと連絡が取れないから、探しにきたわけだ」
「そいつはすまんねい……」碇賀は詫びながら、思い出した。「――ん? ああ! アンタ、松もっちゃんの旦那かい!」
「元だわ。そのことは置いておけっての……」
定祐は嫌そうな顔をする。
続けて、
「それで、だ……。質問をしたいのはこちら側、私らの方だわ」
「んあ? 何か聞きたいことあんのかい?」
キョトンとした顔で、新しく煙草を咥える碇賀。
そんな碇賀に、「そ、そうですよ……! い、碇賀さんはな――「待て。上市君――」と、上市が思わず感情に任せて聞こうとするのを定祐が制止した。
そのまま、
「だいたい聞きたいところは私も上市君も同じだが、碇賀元、……お前さんが棍棒の“投げ手”に選ばれ、そして、お前さん自身も投げるつもりでいる――ってことでいいな? 隣の者による強制とかではなくてな」
と、定祐が問う。普段はあまり使わない、“お前さん”との呼称を使用しながらであるが。
「まあ、ビンのゴ――だな。今更隠してもしゃあないってのもあっけど」
碇賀は咥えた煙草を吹かしながら答える。
「――で、その隣にいるのは何者だね? 協力者か?」
「じゃあ、アタシも名乗っとこっか? 賽賀忍と申します。簡単に言えば、『月に棍棒を投げる会』の委員ってとこかしらね」
賽賀忍が前に出て名乗る。
「い、委員ですか……」
「……」
上市、定祐は賽賀なる謎の女に警戒しつつ、
「それで、根本的なことだが、……お前さん、なぜ棍棒の投げ手になった? 事の重大さは分かっているはずだろう。それに、怪調に、機関に対する裏切りでもあるだろに」
「そ、そうですよ! もし月に命中なんかしたら大変なことになるの、分かっていますよね!」
「ま、まあ、まあ、そいつは分かってるってよ、お二人さん……! でも、投げるってことにしちまったからな。しゃあなしで、勘弁してくんねぇか?」
「な、何だって――?」
「は、はぁ?」
思わぬ碇賀のヘラヘラした受け答えに、定祐と上市は拍子抜けさせられる。
これには、何か、別の理由を隠しているのか?
それとも、本当にこの男の言うとおり、“何となく程度”の理由からなのだろうか……?
今度は碇賀が話す。
「まっ、とりま、そんなカリカリした真剣な顔しなさんなよ。オッサンと姉ちゃんさ」
「誰がオッサンかね」
「いやいや、松もっちゃんの旦那さん、俺より年じゃん。俺ですら、良いオッサンだぜ!」
「ったく、元だったって言うとるに……」
マイペースな碇賀に、定祐は苦虫潰した顔をする。
さらに碇賀は続ける。
「――とりま、投げ手になったのに、大した理由なんてないんだわ。そうだな、エンタメってとこよ、エンタメ!」
「え、エンタメって――!」
思わず声が大きくなる上市。
「おうよ。その昔、尾張か三河の坊さんがさ、『人間なんて所詮、口と尻の穴で締まったクソ袋だ』と喝破したらしくてな。まあ、確かにそのとおりっちゃ、そのとおりで、――すると、人生や文明の進歩の行きつく先ってのも、あんまし意味のないもんっちゃ、意味のないもんなんだわ」
「い、意味のないって……、そ、そんな! 何かあっ――「おいおい、姉ちゃん、別に『意味のない』って、悪い意味で言ったんじゃないぜ」
上市が言いかけたのを、碇賀が言葉を被せるように答えた。
「――たぶん、姉ちゃん、何か嫌なことがあった的なことを聞こうと思って、それっぽい答えを求めたかもしんないけどさ? ほら、ダースベイダーが闇のフォースに堕ちちまったとか、あっち系のさ」
「……」
ヘラヘラ顔の碇賀に上市は沈黙する。
特に理由がないとの碇賀の言葉が嘘や、強がりからくるような偽りでないことを悟った。
「まあ、とりま、何か悪いことがあったとか、そっち系のことはまったく関係なしにだからさ。心配してくれなくていいぜ、姉ちゃん」
また、今度は定祐が聞く。
「――では、その意味のない世界で、何ゆえに“月に棍棒を投げる”など、ムダなことをするのだね? お前さん」
「そうだなぁ……。まあ、ムダっちゃムダなことだねい……」
碇賀は言いながら、自分でも呆れつつ、
「……でも、いんじゃね? ギャンブルとか、パチンコとか、クスリとか、戦争とかさ、世のムダなエンタメがなくなんねぇようにさ? ちょっくらパーッ! とやっちまったって。それに、ハロウィンだわ? 死者の祭り的にふさわしいっちゃふさわしいっしょ?」
と、強引にはぐらかしてまとめる。
「はぁ……?」
「お、お前な……」
定祐と上市も、もはや呆れてポカンとする。
それでも、
「で、でも! 碇賀さん、み、皆心配してますよ!」
「んあ?」
「怪調の皆や、そ、それに、碇賀さんの親御さんだって――」
上市が説得のようなものを試みるが、
「ああ。まあ、それに関しても大丈夫っしょ? 親父、お袋の面倒なら姉貴と兄貴がいっからさ。俺、“元”って長男っぽい名前に見えてさ、三男なんよ」
「――!?」
碇賀の飄々とした受け答えに、上市はもはや気力もなくガクッとさせられてしまう。
そのようにしていると、
「――でさ、話はこれくらいでいい? 貴方たちも、元も」
ここで賽賀忍が口を開いた。
隣の碇賀が「うい……」と、ダルそうに答えながらも、バルコニーの下界では、
「お、おいっ!」
「ちょっ! ちょっと、待ってください!」
と、定祐と上市が慌てる。
「んあ? 待ってくれってってもよ、ウチら捕まえんかぎり無理そうな話だぜ? スマンけどよ」
咥え煙草に、おいおいとのジェスチャーをする碇賀。
その碇賀は煙草の火を消しながら、
「ま、そしたら、いいや――」
と、合図のように言い、頷く賽賀とともに動き出す。のろっとしたような緩慢な様子から切り替わるように、残像を残しながら――
「て、定祐先生!!」
「あ、ああ……!!」
動き出した碇賀と賽賀の二人に、定祐と上市の二人も一変して緊張し、構える。
すると、
――シュッ……!!
10メートルほど離れたところから、地を蹴るような音が一瞬聞こえ、
「えっ? え?」
「け、警戒しろ! 上市君!」
ワンテンポ遅れたように、定祐たちが背を合わせて辺りを警戒する。
一瞬のうちに、碇賀と賽賀の二人の姿がなくなった中、
「ど、どこいったんですか!? あの二人!!」
「あ、慌てるなて! 上市君!」
翻弄され、慌てる定祐と上市。
その時――、
「あっ!」
と、上市が気づいた時には、駐車場の碇賀と賽賀の二人はレンタカーのほうにいた。
「お、おい!! どうする気だね!?」
定祐も気がついて思わず叫ぶ。
流石忍びの末裔というべきか――、気がついて嫌な予感がした時にはもう遅かった。
「ちょっち、めんごね♪」
賽賀忍がそう言って、何やら日本刀を取り出した。
そして、
――ザッ! ザッ! ザッ……!!!
まさにマンガのように目にも止まらぬ速さで斬撃を繰り広げた、次の瞬間、
――ズバッ……! ズバッ! ズバッ……!!
と時間差で、あろうことか! しかも、どうやって切ったのか!? タイヤがホイールごと輪切りにされているではないか!!
「「な、何ィィ!?」」
引きつり、驚愕の顔の定祐と上市。
そんな二人に向けて、先ほど「めんご」と言ったように、賽賀忍が“てへぺろ”のような顔をし、両手でゴメンの形を作りながら詫びていた。
「お、おいおい!? 何してくれるだ!!」
「そ、そっすよ!! レンタカーなんすよ、これっ!!」
さすがに慌て、憤慨する定祐と上市。
「たぁーッ! わりぃわりぃ! 松もっちゃんの旦那さんと姉ちゃん、今回は仕方ないから勘弁してくんな」
「めんごめんご♪ お二人さん」
「「だっ・かっ・らっ!!! めんごってレベルじゃねぇぞ!!!」」
定祐と上市の憤りが収まらない中、碇賀と賽賀の二人は再び跳躍し、今度は20メートル以上はある屋根の上に降り立った。
見上げる屋根の上からは、人が乗れるサイズの凧が上がり、
「――とりま、ウチらはちょっとずらかっからさ! いつまでもこんなとこにいるわけにいかねぇからな!」
「じゃあ、またね♪」
碇賀と賽賀がそう告げるとともに退散していた。
「お、おい!! 待てっつんが!! お前たち!!!」
「ちょっ、待ちなさいよ!!!」
定祐と上市は叫ぶも、
「ちなみにさー、お二人さん! 猿とか野犬とかでっから、気ぃつけてなー!」
と碇賀のお節介な声が返ってくるだけで、凧は夜の空の闇に消えていってしまった。
──続く




