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■■ 15 ■■
しばらく経ち、夕方――
綾羅木定祐と上市理可は紀伊半島の真ん中辺りの山中をレンタカーで走り続けていた。
では、今なぜこんなところを走っているのかというと理由はこうである。
怪調の零泉たちが碇賀元とその失踪に関わった女がいる可能性のあるエリアを分析しており、その一つが今走っている道の先にあるからである。
「はぁ……、チカレタ……」
運転席の上市理可は、確かに草臥れた様子でつぶやいた。
「うむむ……。そうだのう」
助手席の綾羅木定祐は干し梅などを咥え、何とも適当に答える。
「ねぇ、先生……」
「……ん? 何かね?」
「ちょっと、変わってください。運転……」
虚ろ気味の、生気のない目で上市が定祐にお願いした。
すると、その定祐は答えは、
「……やだ」
「はっ……?」
と、思わず上市は耳を疑うものであった。
まさかの、“やだ”の二文字とは――
それだけでなく、梅干を咥えた定祐中年は続ける。
「見たまえ、これで私は赤ちゃんだ。赤ちゃんに運転させるヤツが、この世のどこにいるというのだね?」
「……」
思わず絶句し、顔の筋をビクビクさせながら上市は引きつった。
いやいやいや。何をやってるのだ、このオッサンは……? キモいかつ、最高にイライラするってヤツではないか!
というよりも、狐のヤツがいなくなったらなったらで、このオッサンをつっこまなけれなならないのか……!
その時、上市の中の“何か”の導火線に火がついた。
「は? 何ダラなこと言ってっとらぁよ? 何が赤ちゃんすか? てか、定祐先生、赤ちゃんてよりも爺ちゃんじゃないすか!」
「あん? 何をぅ? まだ私は若いぞい! 撤回を求める、撤回を! でないと、君の給料を3割カットしゅりゅ!」
「は!? ふざけてんすか!?」
「さあ、撤回すりゅか? イェスかノーかね?」
梅干を咥えた腹立たしい顔で決断を迫る定祐。
疲れからか突如勃発した不毛なバトルのヒートアップに、ここで上市の“何か”が爆発した。
「ああ、もう!! うるさいすね!!」
道は峠に差しかかりながら広くなり、上市は思い切りアクセルを踏む。エンジンはブォォーン! と唸り声をあげながら、某頭文字のマンガのように峠を攻める。
「おっ!? ふおぉぉぉ!!!」
定祐が荒ぶる上市の運転にビビッて叫んだ。
まるで、アクション全振り&他の要素はピクルス並みの申し訳程度に添えた脳筋映画――某ワイルドス〇ードのカーアクションのごとく激しいドライビングをするレンタカー!
「ひっ、ひぃぃ!!! よ、よせ! よせて! 上市君!!!」
「どう、先生!? ドリフトでもキメてヒィヒィ言わす!? それともそのまま山に放置プレイでもしてみる!?」
悲鳴を上げて懇願する定祐に、まるで別人格が発動されたように上市は狂人ぶって昂ぶった。
というよりも、そもそも上市がこんな運転ができるというのが、若干どこかのステータスが振り切れ気味におかしいのであるが。
「――わっ、分かたて! 分かったから、あ、アクセル緩めてくれっちゃ!!」
定祐はヒィヒィ言いながら懇願した。
すると、聞き入れてくれたか、上市はアクセルを緩めてスピードを落とした。
「ハァ……ハァ……! か、勘弁してくれんかね……」
「そしたら、あんましダラなこと言わないでくださいよ、先生。文さんじゃあるまいし」
「分かたって……。あ、アイツと一緒にするなて……」
定祐は妖狐の名を聞いてバツの悪そうに嫌そうな顔をしていた。
***
しばらくして、定祐と上市の二人は無人の休憩エリアらしきところに車を停めていた。
自販機とトイレくらいしかない、ごく簡素な山中のパーキングエリア。
二人は夕暮れに染まる空を眺めながらベンチに腰掛け、エナジードリンクと牙賀邸でもらった柿を食っていた。
「ふぅ……。この柿、美味いのう」
「そうですね。けっこう、甘いですね」
柿とエナジードリンクがマッチするのかはさておき、二人は柿の味に満足する。
そうしているうちにも、秋も中旬で日も短くなってきたからか、茜空が青く染まり星空が現れ始める。
その中には、ハロウィンには満月になる月の姿ものぞいていた。
「あっ、月……」
上市は指さした。
今回の案件について、未だに湧かない実感……
いや、『棍棒を投げる会』なる者たちが恐らく存在し、“棍棒”も存在していることは確実であること……、彼らが行おうとしていることが本気であることも分かっている。分かっているのだが――
「――まったく。『何が棍棒を投げる会』だ、馬鹿馬鹿しい」
「そうですよね。月に棍棒を投げるって言っても、あまり実感が湧かないですよね」
「まあな……」
上市と定祐は同じく、どこか突拍子もない馬鹿馬鹿しさのようなものも感じていた。
それゆえに、月を破壊して地球にも甚大な影響が出る可能性もあるという、クライシス映画にもひけをとらない案件なのであるが、どこかシリアスさは感じにくかった。
「――とはいえ、ハロウィンまであと2日か……」
エナジードリンクを手に、定祐がつぶやいた。
「もし……、本当に月に棍棒が命中して壊れたら、どうなるんですかね?」
同じく、エナジードリンク片手に柿をかじりながら上市が尋ねた。
「うーむ……、何かのシミュレーションで見た気がするな……。壊れ方にもよると思うが、確か、月があるおかげで地球の自転が安定しているとかじゃなかったか? それで、月が壊れる――多分、投げる会の棍棒の破壊力が反物質によるものだとすれば、対消滅することで月の質量の大部分がなくなるわけだ。……すると、自転が不安定になるんじゃないか?」
「一日が極端に早くなったり、遅くなったりとかですかね?」
「まあ、そんな感じかのう……。気候が不安定になって日常的に嵐が吹き荒れたり、洪水が起きたり、……今のマイルドな気候の下の文明が成り立たなくなるとか、そんなシミュレーションだったか」
定祐が思い出しながら、齧った柿をワイングラスのように持ってかっこつける。
「へぇ……そういうわけで、月が恋人とかに例えられるんですかね? 一緒にいたら、安定するみたいな」
「まあ、人間、一緒にいたらいたらで、それはそれでも問題があろうがな。月と地球のように、適度の距離がいいじゃなかろうか? だから、平安の貴族の連中は通い婚みたいなことしてたんだろう。月を詠みながら」
「……」
柿越しの定祐の顔を見ながら、上市は続きを聞く。
「まあ、平安の貴族がどうこうはおいておき、人間など、何もなくてもストレスが生じるようにできていてな……。ゆえに、他者がまったくいない状態では、つまり心が安定しないものなのだろう。この“他者”ってのは、必ずしも恋人や人って意味でないがね」
「……そうだから、寂しいって感情があるんですかね?」
「……まあ、ある意味人間にとって一番重要な感情要素の一つだな。人間という生物の、大きくなるまで親が守る必要があったり、集団を形成する必要があるという生物的な脆弱さも根底にあろうからだろうが」
「……」
上市は、定祐の目を見ようとした。
普段はボーっとしたり、髪をくるくるいじったりしながら厭味なこという男であるが、こんなことも考えているのだな、と……
いや、そもそも、少し冷めて陰なところのある似た者どうしなのかもしれない。
「定祐先生……」
「うむ……?」
上市と定祐の目が合った。
秋の夜空の空気の中、互いの匂い、息使い、体温が伝わろうとした……
そこへ、
――カランコロン♪ カランコロン♪
と、定祐のスマホが鳴った。
「あん……? はぁ……、アイツからかね」
嫌な予感がして着信の相手を確認すると、妖狐・神楽坂文からであった。
「――ったく、何かね?」
『ニンニン! こんばんわでござる、低級ども』
スピーカーモードになって妖狐の声が聞こえてくる。
「おい、初っ端から鬱陶しいこと言ってくるなよ。ムカつくの」
「そっすよ。こっちは疲れてんすよ」
『まあ、そういきり立つな、低級動物ども。私の方も、そこそこ大変だったが、それなりに収穫もあってな――』
「ああ、そうかね」
定祐は適当に話を合わせる。
『ちなみに、貴様ら、三重でもうひと仕事しておるそうだな?』
「ああ、清水子のヤツから頼まれてな。碇賀って怪調のエージェントが休暇中に失踪した可能性あってな。――それで、その碇賀が休暇中にこっちの実家に戻ってたていうから、こっちにいるついでに少し調べてくれってな」
『ふむ――』
妖狐は続けてこちらの話を聞く。
「――で、棍棒の件で怪調が忙しくなるってのもあるが、その、何だ? 万が一……」
『万が一、その碇賀が棍棒の投げ手に選ばれた可能性も、無きにしもあらず……、とでも言いたいのか?』
定祐が言おうとしたことを、妖狐が先取りした。
「まあ、そういうことだ……。ただ、さすがにそう都合のいいことはないとは思うが……」
定祐はそう言いながら、あくまで可能性の一つとしておく。
また続けて、定祐は聞く。
「――そういうわけで、私らは松本たちに協力して碇賀本人と失踪に関わった可能性のある者を追跡しているわけだ。ところで、お前、戻って来ないのかね?」
『そうか。んー……、ちょっと、私はしばらく戻れんな』
「あん? どうしてだね?」
「そうですよ。てか、文さんは今どこにいて何をしてるんですか? まだルーマニアで調査中ですか?」
考えるように間を置いた妖狐の声に、二人は尋ねる。
できるなら、自分たちパンピこと一般ピープルだけよりも、妖狐が戻ってきた方がよい。
そのように考えていると、狐のヤツからはまさかの答えが返ってきた。
『……ふむ、私か? 私は今、ちょっくら温泉に入っててな』
「「はいぃ!?」」
定祐、上市は思わず素っ頓狂な声を合わせてあげた。
「ちょっ、そんなとこ行ってないで戻ってきてくださいよ! 文さん!」
「まったくだ! 仲間が苦労している時に呑気に温泉入ってる主人公なんて今日日聞いたことないぞ!」
定祐、上市はワァーワァーと非難の声を上げ、戻るように要求する。
それもそうであろう、確かに妖狐の力を頼りにしているこちらもこちらであるものの、自分たちがあくせく働いているときに温泉などとは、舐め腐ってないか?
『――何を言う、いつから私が主人公格になったのかね?』
「お前なぁ……」
定祐が呆れ、苛立つも、
『いずれにしても、私は今、少々動けんのは事実なのだ。妖力を消耗してな、分かろう?』
「フン、また妖力の消耗かね」
『まあ、そういうわけで、私はしばらく戻れないからな 貴様たちで何とかするのだ、低級動物ども』
妖狐がそう言うと、電話を切ってしまった。
*****
同じころ、千切れ雲の不気味に浮かぶ山中に佇む古城――いや、古城ではなく、城を模した、恐らくはかつてラブホテルだった廃墟と思しき建物にて。
やや時代のバブリーな匂いに残る建物であり、そのような廃墟など全国に珍しくもない。大抵は面白半分に侵入する者たちによって盗難、破壊、ラクガキなどと荒らされ、あとは風雨に任せて諸行無常のごとく朽ちていくのである。
だが、この建物は運が良かったのか、それとも近年まで営業をしていたのか定かではないが、とくに荒れている様子もなく、良い状態のまま残っていた。
そんな中、
「あっ――、ああ”~~」
「うっ、うう~ん」
などと、いかがわしいことをしているのか? 男と女の艶めかしい声が聞こえてきた。
「う、ん……」
女の、力を込める声と、
「おおっ、おお……」
また、男がこらえるような声が……
「んん……」
再び女の色っぽい声がし、そして、
「――どぅふ!」
「ちょっ、どぅふって何? 元?」
と、男の奇声に、女が“元”と名を呼んだ。
「んあ? まあ、だいぶ、カチコチに凝っちまっててよう……。カッチコッチ・ステーションってやつだぜ」
そう答えながら、室内にキャンプ用の照明でも用いているのか、男の顔が露わになる。
揺れる煙草の煙……
ゆるいテンパー交じりの男の顔……
すなわち、その男こそ、現在進行形で綾羅木定祐たちが追っている調査対象にして怪奇調査機関エージェント、碇賀元であった。
すると、女の方はというと、
「――どうだった? 私のマッサージ?」
「ああ、すんげぇきいたわ。むっちゃんこ肩凝ってたかんな。ビックリだわ、忍ちゃん。それとも賽賀たんって呼べばよか?」
「どっちでも。――てか、“たん”付けはやめて。キモい」
先日、碇賀がコンビニで逢った女――水色髪に、くノ一のような妖艶な雰囲気の女であった。
碇賀が言ってしまったが、賽賀忍という名であるようだった。
「――はい、マッサージ終わり。ああ、チカれた、アタシにもやってよ」
今度は賽賀が碇賀に頼む。
「うい、肩揉みくらいしかできねぇけど、いいか?」
「充分よ。てか、それ以上何のマッサージをやってくれんのよ?」
「おっほ、そいつは何か下ネタ言った方がいいのかい?」
「バカ」
碇賀はスケベなことを言おうとするも、“バカ”の二文字で一蹴される。
そのまま、賽賀と碇賀は肩もみされる人、する人ポジションになる。
「しっかしよぅ、……何てったって、球技なんたぁ、“投げる”なんて久しぶりでよぅ。おっとぉ、投げるの、球じゃなかったな」
「ちょっと、本番、ちゃんと投げれそうなの?」
「さあ、どうなんかねい?」
碇賀は賽賀の肩を揉みながら、呑気に答える。
そうである――。もう、すでに分かるとおり、怪奇調査機関の松本たちが嫌な予感のフラグを立てたとおり、この失踪した怪調のエージェント、碇賀元は棍棒の投げ手になっていたのである。
そして、この賽賀忍こそ、『月に棍棒を投げる会』の委員であった。
──続く
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