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場面は東京へ、怪調の半仮想現実融合型大規模調査室、通称VR室へと変わる。
「ふぅ……。何とか、ある程度までは推定できました」
「ああ、お疲れさん、円子」
VRギア姿で汗をぬぐう仕草をする零泉円子に、黒桐廉太郎はペットボトルのコーラとハッピーターンを持ってきて労った。
「おお! おおきに、黒桐」
零泉は受け取ると、ヘッドギアを付けたままコーラにハッピーターンをキメる。疲れた脳にはその組み合わせが効くのだろう。
とりあえず、今回の棍棒を投げる会に関して、選手と思しき人物の調査・追跡を警察や情報機関、また妖狐の“葛葉”(VR室に貸し出しの形で置いてあるが)とも連携して行っているのと、さらにはエージェント碇賀の失踪の件も、同時並行で調べてある。
作業はいちおう順調に進み、零泉はヘッドギアを外しながらやれやれと一服できるかと思ったところ、
「あっ、円子、また何かデータが来たよ」
「ふぇい……。何ふか?」
再び“何かデータが転送されてきて休憩を妨げられた。
零泉は草臥れ気味に、ハッピーターンをボリボリと食いながら見てみる。
「どれどれ……」
その情報は、東欧はルーマニアからのものであった。
「ん~? これは、神楽坂はんからですか?」
「ああ、狐からか。確か、ルーマニアに行ってるとか言ってたな」
妖狐の名を聞いて、松本が思い出した。
妖狐から転送されるデータであるが、容量もそこそこ大きく、かつ高度に暗号化されているのを、“葛葉”も経由して展開した。
「ごめん円子、ちょっち見てみせて」
「ういす」
松本に頼まれ、零泉はデータをVR室に出力する。
「よっこらしょういち」と、零泉はヘッドギアをつけ、少し操作してホログラフィを表示させる。
「――んん? これは、棍棒のアレすかね……」
「棍棒のアレだと?」
「おそらくなんですけど、ルーマニアに、今回の件で投げる会が用いている棍棒、……もしくはそれに近いものを、神楽坂はんが妖力を用いてデータを転送してくれはったみたいすね」
零泉が松本に答える。
いわゆる“物質転送”のようなSF的なもので、データであるのだが、“ほぼ同じもの”がここに出力されたことに等しいことになる。
「これが、ルーマニアにある……だと?」
「えっと、ですね……」
怪訝な顔の松本に、零泉はさらに情報を表示させてみせる。
そこに映ったのは、先ほど妖狐がいた国民の館のホログラフィであった。
「うわ、……かなり大きな建物だね、円子」
「おうよ。ガチクソでかいな」
黒桐とやり取りする零泉と、その横では「ガチクソ」にイラっとしたのか、相変わらず松本が「ちっ……」と舌打ちしていたが。
零泉は続けて話す。
「ネット辞典をみますと、確かに、高さ84メートルの、地上10階、地下4階と、延べ床面積33万平米と、……アメリカ合衆国の国防省、ペンタゴンの次にでかいらしいすわ」
「へぇー、そんな建物がルーマニアにあったんだね」
「ほんで、このクソでか建築の一角になんですけど、秘密のセクションがあって、そこに保管されてるみたいすね。それを、さっき神楽坂はんが調べに行ったみたいすわ」
「まあ、そのスタンボロバンとやの民話の、伝承の出自がここルーマニアだからってのか……。ただ、欧州支部にもそのような情報はなさそうだったがな、今回の件があって、妖狐が“葛葉”で調べたから分かったのか」
「ええ、確かに、欧州の支部のデータベースを調べてみましたが、この国民の館の秘密セクションの情報はなかったすわ」
松本に零泉がそう答えた。
次に、この“転送された”棍棒について具体的に調べてみる。
一見するとただの木製の棍棒であるものの、多次元空間とリンクした魔道回路はもちろんのこと、反重力生成、反物質生成と保持機構を備えてあり、その破壊力は大陸間核弾道ミサイルはおろか、かのツァーリボンバを遥かに凌駕するものであった。
「――確かに、これなら神楽坂はんの書いたメモのように、月まで余裕で投げれますし、月を消滅させることも余裕っすね」
「うわっ、そんなにヤバいものなの?」
さらっと言った零泉に黒桐が驚いた。
また、松本が零泉に聞く。
「そんで、それってさ、どれくらいのスピードでなん?」
「そうですね……」零泉が暗算をしているのか、上を向いて答えた。「だいたい、3秒もしないうちに月まで行きますわ。野球の守備練習で、外野からホームベースに投球する感覚すかね」
「……」
横にいる黒桐がポカンとし、
「何じゃそりゃ……?」
時間差で、同じような顔して松本が言った。もし何か口に咥えていたら、ポロっと落としてしまいかねないような顔で。
「はぁ……。月に、棍棒を投げるっ、か……」
ため息交じりに松本が呟いた。
「まるで、エヴァのロンギヌスの槍ってか?」
「ああ、そういえば室長、そんな世代でしたね」
「んあ? まあ、な」
エヴァとロンギヌスの槍の言葉に反応した黒桐に、よく知ってるなと松本が軽く意外そうな顔をした。
「月に棍棒を投げる……。ムーンにショット、……ムーンショット」
松本が再び呟いてみた。
海外では、今回の日本の件は『ムーンショット・コンテスト』などと呼ばれているそうであるが。
「――そういえば、碇賀さん、本当にどうしたんですかね?」
話題を変えるように、黒桐が聞いた。
「さあ、分からん」
松本は冷たくスパっと答えながらも、「……ったく、こんな、いちおう重大に危機的な案件の可能性があるから呼び出してんのに、失踪するとか。ガーのヤツ……」と愚痴るように吐いた。
「ちなみにですけど……」
今度が零泉が前置きして聞いてくる。
「……んあ? どした?」
「いや、無いとは思うんですけど……、その……、棍棒を投げる会の投げ手に、選手に碇賀さんが選ばれたとしたら――」
「……」
「――ほんで、それで投げる気満々だったら、どうしやす?」
「その時か……」
恐る恐る聞く零泉に、松本はゆらりと目を冷たく細めて答えた。
「――殺す」
「……」
「……」
殺気のこもった「殺す」の言葉に、黒桐と零泉の二人は冷や汗を垂れて戦慄し、ゴクリと唾を飲んだ。
殺す、ときたか……
「――まっ、言うて、その可能性はあんま無いと思うけどな。だって、『“棍棒を投げる会”を調査していた機関の人間が失踪する→実は投げ手に選ばれました→そのまま、敵キャラとして立ちはだかりますわー』って……、まるで怠け者が作ったみたいなストーリじゃん」
沈黙してこわばっていた二人を解くかのように、松本が冗談交じりに行った。
「怠け者が作ったストーリー、ですか……」
「半分冗談だけどな。まあ、もし、そうなっていたとしたら、私たちの世界は怠け者によって創られたことになるかもしれんけどね」
松本は黒桐に答えながらも、
「はぁ……いずれにしろ、ちょっち一服しよ! 黒桐、今度はアンタ、コーヒー淹れて来てよ!」
と、コーヒーブレイクの用意を頼んだ。
「かかかか、畏まりぃー!」
黒桐はガチガチの動作で答え、敬礼とともにソ連軍のパレード行進のような動作で給湯室に向かった。
「ちっ、お前も早よ行けってんだよ、タコっ……」
「……」
舌打ちする松本の横では、今度は零泉が無言で冷や汗を垂らして戦慄していたが。
──続く




