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■■ 12 ■■
場所は変わって、日本から距離にして約8000キロほど離れた異国のルーマニアにて。
時差も7時間ほどあり、こちらはまだ朝の5時前と、暗い。
そんな夜の、草木もまだ眠っているだろう時間帯のルーマニアのどこかというと、先ほど話題にあがったドラキュラ城ことブラン城ではなく、首都はブカレストの“とある建物”でのことである。
横幅は約280メートル、高さは約85、延べ面積は33万平米に部屋数は3100あり、さらにその外観はベルサイユ宮殿のごとく豪奢を尽くされた、まるで学園モノに出てくる学舎を数倍から巨大化したようなバカでか建築――
“国民の館”――
かつて冷戦の社会主義時代に当時の指導者が作らせた建物であり、その大きさは米国国防省ペンタゴンに次いで世界で二番目に大きな建物である。
内部も外観と同じく巨大かつ豪華なもので、大理石の内装や彫刻細工の床、柱、天井――、そしてその天井高は10メートルほどもありそうで、柱の連なる回廊はまるでゴシック聖堂のように感じさせる。
さて、そんな国民の館の中であるが、一般人はもちろんのこと政府要職さえ知らない謎のセクションがあった。
その秘密の回廊に、
――カツーン……カツーン……
と、足音が響いた。その反響の長さから、このセクションも広大なことがわかる。
薄暗い中に足音とともにシルエットが浮かんだ。
着物姿に長い髪の女、さらにその頭には猫身にならぬ狐耳のようなそれと――、すなわち、足音の主は妖狐・神楽坂文であった。
「ふぅ……」
妖狐は少し疲れていた。
というのは、“葛葉”の妖力の消費もそうであるのだが、ここまで来る途中、マッハ20という人工衛星の周回速度や弾道ミサイルの速度、それから某マンガのタコ姿の先生にひけをとらない超高速で移動したからである。
チートクラスの妖力であるから、たかだかマッハ20など軽いものだろと言うなかれ。マッハを1あげるごとに妖力の消耗は倍になるという鬼のような制約があり、短時間とはいえ多大に妖力を消費してしまうのである。
なお、途中この妖狐は人工衛星にちゃっかり腰を下ろして休み、妖力を節約しているが。
説明はそこそこに、妖狐・神楽坂文は歩き続ける。
この先に目的となるエリアがあり、その中には目的となるものがあるはずである。
そうして歩みを進めていた時、
「……ふむ?」
と、妖狐は何かの気配を感じた。
同時に、“それ”にはもっと早く気がつくべきだった――
――ヒュッ! バスッ! バスッ!!
「がはっ!!」
暗闇を劈く音が聞こえたかと思うと同時、妖狐の声が響いた。
その衝撃に妖狐は数メートルほど後ろへ弾かれるように飛ばされ、勢いよく床に叩きつけられていた。
「ぐっ……」
妖狐は手をつきながら、ゆっくりと起き上がる。
小さな狐火で灯して確認してみるに、そこには棒手裏剣のごとく――超合金製と思しき大きな針が自身の身体に突き刺さり、あるいは貫いており、着物が流血に染まっているのが分かった。
「ちっ……」
妖狐は口から血を垂れながら舌打ちし、それらをグッと引き抜く。
また灯りによって、フロアに蠢く“何か”の姿が2、3体ほど見えた。
それらはずんぐりと丸い体にトゲトゲがついており、ハリネズミ型のドローンのようだった。
「くっ……、10本近くも刺してくれおって」
妖狐は口の流血を拭いながら、ドローンの次の動きに警戒する。
しかし、相手はそれだけではなかった。ドローンだけでなくさらに多数の者の気配が、蠢きながら自分を囲っているのが分かる。その動きは特殊部隊、忍びの部隊の“それ”のように感じる。それも超人怪人クラスの。
彼らの音はおろか姿も見えない。恐らく高度な光学迷彩か何かを用いているのであろうか――
また、その時、
――フッ……
と、狐火も消えてしまった。
完全な暗闇の中、
――ヒュッ! バスッ!
「がぁっ――!?」
再び放たれた合金針が襲い掛かり、その衝撃で妖狐は柱に叩きつけられる。
ドカッ――! と、人間であればそれだけで即死してしまうほどの衝撃。
さらに、敵の攻撃はそれだけで終わらない。
まるで柱に同化していたのかのごとく、妖狐は後ろから何者かに羽交い絞めにされ、そのまま床にねじ伏せられてしまう。
「ああ”っ!!!」
妖狐の、女の声色の叫び声が響いた。
ねじ伏せるられた妖狐は、「ハァ……、ハァ……」と絶え絶えの息で、観念したように弱っていた。
反撃不能となった妖狐を、ガーディアン――衛士たちが囲う。
そのまま侵入者である妖狐に制裁を与えるか、始末するつもりであるか、ゆらりと無慈悲に近づいてくる衛士たち。
その時、
「ムッ――!?」
忍びのごとき衛士が気がついた先――、そこにあったのはカボチャ頭に棒のような胴体と手足のカカシではないか!
またそれでけでなく、姿の見えなかった衛士たちは夜光塗料でも塗られたのか、ハロウィンのイタズラのようなペインティングが浮かび上がる!
「なっ――!? 何だこれは!?」
「き、狐のヤツはどこに――!?」
慌てふためく衛士たち。
続いて、
「――オ、オゥ!?」
「わっ!? ワァー!!!」
などと、叫び声をあげていた。
自分たちを襲う得体の知れない力――
見えないが縦横無尽に張り巡らされた漁網かクモの糸のごとく、彼らを絡めとり、途端に身動きを取れなくして戦闘不能にする。
完全に、形勢は逆転し、
「く、クソォ! 切れねぇ!」
衛士の一人がナイフで切ろうとするも、ケブラー繊維の何百倍も強靭かのようにビクともしない。
さらに衛士たちのピンチは続く。
謎の、多次元の網のごとき力は衛士たちを“あるところ”まで引きずり出した。
もがきながら見上げた先――、そこには贅と豪奢をとことん蒐集したかのような巨大なシャンデリアが、大グモのように待ち構えているではないか!
キシキシ……と、凶悪な擦過音を立てて迫る巨大シャンデリア――
「ひっ! ひぃっ!!!」
「そ、そいつで我々を潰す気か!?」
怯え、あるいは最後まで抗おうとする衛士たち。
「く、クソ化け狐がぁああ!!!」
中には無駄だと分かりながらも、ある者は姿の見えない妖狐に虚しく機関銃を乱射する。
ゴゴゴゴゴ……!!! と、無慈悲にも落下してくるシャンデリア!
そのまま床を叩きつけ、10名近い衛士たちをミンチ肉にせんとする――、その時、
――ピ……タッ……
と、……まさかのことか、あと一尺ほどのところでシャンデリア落下をとめていた。
続いて、着物姿の妖狐のシルエットが現れた。
「うっ! うわぁあああ!!!」
錯乱したのか、衛士の一人が“網”の中で再び機関銃を向ける。
そこへ、
「――よせ……。そんなもの、いくら撃っても無駄だ。我々が、戦って勝てる相手でない……」
と、低くも重く響く男の声が聞こえた。
同時に、回廊からカツーン……、カツーン……と足音とともに、人影が現れる。
フロアの照明が灯る中、男の姿が露わになる。
貴族のような重厚なコート姿、ブロンド交じりの長い髪はオールバックにし、その顔は整いながらも瘦せぎすで、どこか吸血鬼の貴公子ともいえる雰囲気でもあった。いや、実際に白ワインなど手に持ちながら佇んでいるのだが――
そんな貴公子風の男は赤く冷たい目でこちらを見ており、妖狐・神楽坂文と目があった。
「貴様が、この超人部隊とでもいうべきか、――この衛士たちのリーダーか?」
「左様……」
赤目の男は妖狐の問いに答えた。
今度は男の方が妖狐に尋ねる。
「逆に、妖狐よ……、君は何をしにきたのかね?」
「ふむ。棍棒について、調べさせてほしいのだ」
「調べて、どうするのだ……?」
「先日の、……日本のことを貴様たちも知っておるだろう」
妖狐はそう答え、ドヤ顔で男の方を見ていた。
──続く




