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翌日、少々あやふやで、何ともしっくりとこない気持ち悪さがあるものの、“月に棍棒を投げる会”の調査を続けることになる。
場所は三重県の滋賀県よりの山中にて、神楽坂事務所の三人は古文書に記されていた“主炭襤褸蛮”の棍棒なる物品が保管されている可能性のある蔵を調査に向かっていた。
レンタカーでの道中、
「――いちおう、投げる会の棍棒が“ある”って前提で進めるんだろ? そしたらわざわざ遠出して調べる必要があるのかね?」
助手席の綾羅木定祐が運転席後ろの、着物姿の妖狐・神楽坂文に聞いた。
「まあ、ものは分かっている分には分かっているだけよい。それに、そのスタンボロバンとやらの棍棒と思しき物か、もしくは類似する物さえ入手できれば、“共鳴情報”から現在国内にある他の棍棒も探せるかもしれないのだ。もちろん、妖力を使ってだがな」
「まったく、結構なご都合主義の妖力だな」
妖狐のいうところはつまり、その棍棒さえ入手できれば、妖力を用いて他の棍棒が日本国内のどこにあるか、まるでレーダをつかうように分かるということである。あくまで、可能性であるが。
そうしているうちに、レンタカーは山間の集落――かつての忍者集落へと入っていく。
古くからの屋敷が多く残っており、それらの屋敷や敷地内の蔵には南蛮貿易のころの宝物、武具が残っているとのことである。
これは彼らの先祖たちが忍びとして“お上”からの強力な信頼を得ながら、秘密裏にそれらを隠してきたのであろう。
「――それで、この屋敷に向かうわけか」
「ああ、“あやしいね!”も立っているからな」
妖狐は定祐に答えながら見せたタブレット……、そこあったのはSNSの“いいね!”のようでいて、しかし中指を大きく逆立てたアイコン――すなわち、妖術の“あやしいね!゛であった。
なお、この妖術を簡単に説明すると、怪しいものや怪しい事象が起きそうな場所などに対し、フラグを立てるといった機能である。
「またその、“あやしいね!”かね……」
「ほんと、何だろう? その中指立ててるの、若干イラっとしてくるんですけど」
「フン、やかましいぞ。低級動物どもには中指立てたコイツがお似合いであろう」
そのようにしながらも、しばらくして3人は“とある忍者屋敷”に着くことになる――
***
場面は屋敷へと変わる。
牙賀家――
集落の他の家と同じく忍者の末裔であり、渋くも格式のある重厚で広い玄関にて、一見すると農作業から戻ってきたラフスタイルの中高年の牙賀夫婦と、セーラー服姿に黒髪の女子高生の娘が妖狐たちを出迎えた。
「――どうも、我々はこういうものです」
まず、妖狐・神楽坂文が名刺を渡した。
その後ろでは、定祐と上市が「「……」」と無言で顔をしかめつつ、それも、どこか顔を引きつらせているように見えた。
まず、『神楽坂古文書調査堂』と、名刺には本来の『神楽坂怪奇探偵コンサルタント事務所』とは異なる事業所名が印字されているのだが、これは妖狐が妖術で急遽作ったものだからである。ちなみに、所長も綾羅木定祐でなく神楽坂文になっている。
いや、“それ”はまだいい。
それよりも、気になることがあった。
狐耳をヒョコヒョコと動かす妖狐の額――、そこにあるのは紅葉しかけた“葉っぱ”であった。
典型的な化け狐の妖術スタイルなのだろうが、如何せん、わざとらしすぎるのではなかろうか。場合によっては、相手を舐めているのではないかと思うものですらある。
「ちょっとぉ、詐欺とか、あやしい業者じゃないの?」
「う~ん……、そうかなぁ、母さん」
かかあ天下が見て取れる様子で、金縁の眼鏡にパーマの牙賀夫人が前に出てきたが、
「お母さんたちはいいから――」
と、そんな父母たちを後ろに下げ、前髪ぱっつんスタイルの黒髪の娘が代わって前に出てきた。
大和撫子の凛とした雰囲気と、忍びの末裔からなのか、牙賀家長女の牙賀碧は静かにかつ動じることのなさそうな目で、まるで当主のような雰囲気で妖狐の前に佇んだ。
「神楽坂、古文書調査堂……か?」
セーラー服の牙賀碧はゆるりと、確認するように妖狐に聞いた。
「はい。事業所名のとおり、古文書に関する調査を行っています」
「それで、貴方がたはどのような目的で当家に来られたのですか? 貴方がたの事業内容から察しますと、当家にある古文書を調査するということでしょうか?」
「ええ、古文書を調べるのはそうですが、このたびは主に古文書に、……安土桃山時代のあるものがこの集落の蔵にあると記されておりまして、その物件と、関連するものを調べさせていただきたいのです、(ニンニン……)」
「「ん?」」
二人が話すのを聞く中、定祐と上市は“何か”違和感あるものが聞こえたような気がした。
気のせいかと思いながらも、そのまま二人の話の続きを聞く。
「安土桃山時代のあるもの……だと?」
「はい、これは……その古文書のデジタルアーカイブですが、それによるこちらの東欧貴族のスタン家にまつわる美術品が、恐らく南蛮との交易で尾張地方に伝わり、その一つがこの集落に残っている可能性があるのです。それで、この屋敷もその中の一つなので、ござる……」
「「――!?」」
定祐と上市が再び反応した。
ん……? やっぱり、何か言ったか? 語尾に……
二人は若干引きつり始めながらも、
「はぁ……、そんな古いものが、ウチの蔵にあるのか」
「あるのは間違いないですよ、お父さん。自分たち先祖から伝わる蔵のことくらい知っててくださいよ」
「そうよ、アンタ」
「ハハハ、スマンスマン、碧。……そうだな」
牙賀主人が娘と夫人にたしなめられて頭をかく、家族のほのぼのとした一幕が。
また、牙賀碧は続ける。
「それで、そのスタン家の美術品が当家の土蔵にあるかどうか調べたい……、そういう要件ということでよいな?」
「はい、そういうことです。蔵を見せほしいのです。この辺りは忍者集落で、貴方方も忍びの家系でござるな、ニンニン」
「「はっ――?」」
今度こそ定祐、上市の二人は引きつった。
おいおい、何だよ? その、ござるとかニンニンとか露骨な忍者語尾……
「(お、お前……!)」
「(ふ、文さん! な、何言ってんすか! し、失礼ですよ!)」
二人は冷や汗かきながら慌て、小声で注意する。
下手をすれば相手が怒ってしまい、追い返されてしまわないかとハラハラする中、
「……ええ、そうですよ。それが……何か?」
と、牙賀碧は妖狐のおふざけの忍者語尾が聞こえていなかったのか、それとも気にしていないかのようであった。
「――いえ、特に、何もないでござる。ニンニン」
「そうですか……。それでは蔵に行きましょう。お父さん、お母さん、私がこの方たちを案内してきます――」
***
屋敷の敷地内、柿の木のなる庭の中にある大きな土蔵――
漆喰塗りの土蔵には丸に龍の文字と、もはや有名になって久しい秘密結社フリーメイソンのような幾何学マークの鏝レリーフ、それから龍をイメージした小さな鏝絵が施されていた。
そんな蔵の中で、
「ふむ……」
と、妖狐・神楽坂文は何かを感じたのか、考える様子で言った。
「怪しい……。怪しいでござる、ニンニン」
すると、
「おい、いい加減にしろ。さっきから“ござる”とか、“ニンニン”とか」
「そうですよ、文さん。さっきから、ふざけすぎですよ」
さすがに、そろそろここで定祐と上市のつっこみが入った。いくら妖狐とはいえ、限度というものがあるだろう。
「すみません、牙賀さん。気を悪くさせてないですか?」
上市が気を使うが、
「いえ……、特に」
「あ、そ、そうですか……」
牙賀碧はまったく気にしてなかったようで、逆にポカンとしてしまった。
(いや、この人も少しは気にしないんかい……!)と。
また続いて、
「――それで、狐さん、先ほどの古文書のアーカイブを見せていただけますか?」
「はい。コーン、コン♪」
今度は牙賀碧の方から頼まれ、妖狐は指で狐の形を作るとともに、声色も女のそれに変えて答えてみせた。
((あ、もう妖狐ってのバレてるし、気にしてないんだ……))
定祐と上市はシュールな顔で眺めながら思った。
まあ、そもそも狐耳に尻尾といった、テンプレ的な妖狐スタイルだから仕方がない。
その間も牙賀と妖狐は話を進めていた。
例の“主炭襤褸蛮”と“棍棒”に関する元の古文書と、解読した内容を牙賀に見せており、
「安土桃山時代の古文書、ですか。それから、棍棒って……、もしかして例の、『棍棒を投げる会』と何か関係がありますか?」
「まあ、結論からいうと、そうだ」
妖狐が再び鬼畜紳士風の声色に戻して答える。
「――もしかして、古文書調査堂も、表向きの肩書ではありませんか?」
「「――!?」」
まさかの指摘をされ、妖狐ではなく定祐と上市の方がギクリと反応した。肝心の妖狐の方は「……」と無言でゆるりと、特に何かに動じることなく佇んでいたが。
そこから何を聞かれるのかと、微妙な空気になったが、
「まあ、それも特に気にしてませんが……」と牙賀は言いながら、藁がむき出し、ヒビの入った土の荒壁の方へ歩みよった。「……ですが、“探す”のは恐らく少々骨が折れるかもしれません。このとおり――」
続けざま牙賀が荒壁のあるところを押すと、ギィッ……と音を立てながらある一画がクルリと回転した。
「あっ! か、隠し扉!?」
上市が思わず驚きの声をあげた。忍者村のようなテーマ施設ならまだしも、こんな民家の土蔵でまさか実物を見れるとは思ってもみなかった。
「ええ。当屋敷が忍者屋敷のように、同じくこの土蔵もカラクリや仕掛けがありましてね……」
「はぁ……。確かに、“普通には”探せんかもしれんな」
おいおいと嘆息する定祐の傍ら、さらに牙賀はデモンストレーションのように三人に見せる。
「それから、おそらく皆さん、この上階への階段がないのを気づいていると思いますが――」
「うむ……? ああ、確かに、そうだな」
「あ、そう言えば、気づかなかったですね」
今さらながら、土蔵の違和感に気がつく二人に、
「それで、こちらですが――」
と、牙賀が今度は柱のある部分をいじる。
すると、同じくギィィッ……と鈍い音がしながらも、上階の一部がカラクリ仕掛けのように階段のそれへと変形していった。
「あっ! こ、今度は階段が!?」
「こ、これで登るのかね?」
「いえ……。見ててください……」
定祐がごく自然な質問をするが、まだ“何か”あるようでだった。
牙賀はどこか、二人が階段の方に向かわないように制止しているようにみえながらも、ボロボロになった座布団を取り出して段の上に放った。
すると、
――カタカタカタカタ!!!!!
「おわっ!?」
「えっ!? だ、段が!?」
と、けたたましく、乾いた音ともに隠し階段の段が折りたたまれたかと思うと、そのまま急傾斜の斜面形成したではないか! 登ろうとする者の足を挟んで苦痛を与えるとともに、滑り落とすという。
さらにそれだけでない。落ちる先の土間がパカリと落とし穴式に開き、その中は大きな門松のような竹やりが口を開けて待っているという凶悪な仕様であった。
「ぶ、ブービートラップか……」
「こ、これ、落ちたらタダじゃすまないですね……」
定祐と上市が覗きこんで戦慄した。さすがというべきなのか、やはり忍者の末裔の屋敷というだけある。
土ぼこりを被ったシンプルな竹のトラップの、ちょっとやそっとでない年月を経ながらも蔵を守ってきた、ただならぬ存在感……
依然としてその牙は衰えることなく研がれており、そこに落ちたらどうなってしまうかと想像するのもしたくないだろう。
そのようにしていると、
「――本物の階段は、……こちらにあります」
「あ、はい」
牙賀碧の声がして、穴の中ばかり覗きこんでいる定祐と上市の二人は調査へと戻された。
***
しばらく、牙賀碧とともに妖狐たちは蔵の中を調べる。
「――ハァ……、ハァ……、疲れますよね。筋肉痛になりますかね?」
「まったくだ。アスレチックじゃあるまいし」
忍者屋敷まがいの――いや、実際に忍者屋敷の土蔵であり、そのカラクリ的にアスレチックな仕掛けに定祐や上市は奮闘し、疲れていた。
いっぽうの牙賀碧はさすが忍びの末裔であるからか、運動神経がよく、忍者的ギミックの土蔵を難なく調べていた。
そのようにしながら、牙賀と三人は目当てのものを探し出すことができた。
重厚な、黒ずんだ木箱――
ちょうど棍棒を収納できそうな大きさであり、保存状態は良いものの数百年以上という時の中で経年変化していた。
「ふむ、これか……。では――」
妖狐・神楽坂文は言いながら、“何か”の妖術を用いた。
黒い靄のようなオーラが木箱の表面の、すでに変化して読めなくなって久しい墨らしき跡を浮かび上がらせる。
「ふむ。確かに、“主炭……”、“棍棒”と、それらしきものが書かれてあるな……」
妖狐が言った。
「……開けても大丈夫かね?」
「はい」
定祐は牙賀に確認し、慎重に開けにかかる。
ギギッ……と、少し固くなって開けにくかったものの、木箱は開いた。
中には予想を裏切ることはなく、確かに棍棒らしきものが入っていた。
続いて、妖狐は前に出て再び妖術を使う。
今度は緑のオーラとともに手をかざし、“葛葉”の蔓を召還していた。
「これが、そのスタンボロバンの棍棒なんですか?」
「今、それを調べている」
上市に答えながら、妖狐はジッと手をかざし続ける。
「……ん? 何か、魔動力のようなものはあるにはあるが、これは思ったより、かなり弱いな……」
「弱いだと? まあ、かなり昔のものだからじゃないのかね?」
やや怪訝な表情の妖狐に、定祐が言った。
「それもあるのだが……、何か、後で付け加えたような違和感があるのだ」
「「い、違和感だって……?」」
「……」
ポカンとする定祐と上市の二人と、その横で、牙賀は眉を険しくさせる。
「恐らくだが、中身を入れ替えられた可能性がある……。“コイツ”が調査される可能性があるのを知ってか知らずかだが……」
「「え?」」
ますますポカンとなる定祐、上市。
その二人をよそに、
「――それを、お主も気がついておろう」
「やっぱり、……ですか。しかし、この屋敷の蔵で、よくそんなことができましたね……」
牙賀も妖狐と同じく、蔵が何者かによって侵入されていたことに気がついていた。
「はぁ……。すると、徒労だったというわけかね」
「まあ、実際に“もの”があればよかったのだがな。これでは、妖力を用いても“反応”することができないだろう」
「そんな……」
目当てのものを見つけ出したと思いきや落胆させられる展開。
すると、
「まあ、そう落ち込んでいても仕方がない、低級動物ども。私は、ちょっと次の調査に、――ルーマニアに行ってくる」
「「る、ルーマニア!?」」
妖狐から告げらて驚く定祐、上市の声が土蔵に響いた。
──続く




