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再び、場面は怪奇調査機関の半仮想現実融合型大規模調査室、通称VR室にもどることになる。
妖狐のチートクラス情報蒐集術の“葛葉”と怪調のスパコン、量子コンピュータと、それを操作する零泉円子との合わせ技で作業を進め、“それっぽいもの”が引っかかることになる。
その中のある資料に、
「――これは、古文書か?」
と、綾羅木定祐が思わず言葉にした。
確かに、そこには年月を経て変色した――それも明治や幕末のそこらでなく、もっと昔の江戸以前と思われる古文書が実物に等しいくらいリアルなホログラフィで“表示”されていた。
戦国時代、もしくはもっと以前の日本の古文書。
ただし、
「これは何か、暗号か? う~ん……、何か見たことある気がするが、何の暗号だったか?」
定祐はそれが普通の古文書でなく、何か暗号めいたものであることに気がついていた。
「んん? 忍者の、忍びの暗号とかじゃないか?」
定祐の横から松本が補足し、
「確かに、そんな感じですね」
零泉も、忍者の暗号文の参考資料のホログラフィも表示させてみせた。
そこへ、
「おい、クソ夫婦ども。解読してやる」
と、妖狐が続けて暗号文の解読を買って出た。
その傍らで、「「いちいちクソ夫婦ってうっさいわ」」と定祐、松本の二人がつっこみながらも、お言葉に甘えてここは狐のヤツに任せることにした。
***
――しばらくすると、妖狐の暗号文の解読の結果が出た。
「う~ん……、何やら、安土桃山、南蛮貿易の時代のものみたいだな」
定祐が解読された内容を見て言った。
「南蛮貿易って、ザビエルとか、あの時代ですよね?」
「まあ、そんな感じかのう……」
上市も定祐と一緒に読む。
内容は何やら安土桃山時代の、南蛮貿易のころの南蛮貿易とともに訪れた一団との交流や交易の記録であるようだった。それによると、彼らを通して異国の文物、美術品から武器など、様々なものがもたらされたようであった。
読み進めていると、
「うむ――? これは……」
定祐が何かに気がついた。
古文書の解読された文章の中にある単語が、“棍棒”と“主炭襤褸蛮”なる読み方不明の当て字のようなものがあった……
「ぬし、すみ……、しゅたん? そのあとは何て読むんですかね?」
上市が読もうとしてみる。前の二つは何となくわかるものの、後ろの三文字が分からない。南蛮漬けの『蛮』ならともなく、他の二文字に至っては日常でお目にすることなどほとんどないだろう。
そのようにして、上市は「うーん……」と読み方不明の単語と格闘していたところ、
「――スタン、……ボロ、バン」
と、答えたのはこの調査室の室長・松本清水子であった。
「スタンボロバン……とな?」
定祐が顔をしかめながら復唱してみた。
スタンボロバンとは何ぞや? 英語圏ではなさそうだが、少なくとも欧州のどこかの言語のものだろうか?
そのように定祐が考えていると、
「――ちょっと、この“スタンボロバン”と“棍棒”のキーワードで調べてみますわ」
零泉がそう言って、再びVR空間を通じて情報蒐集・解析を行ってくれた。
すると、すぐに結果は出てきた。
「スタンボロバン……、何か、ルーマニアの民話のようですね」
「る、ルーマニア?」
「うん……?」
上市と定祐が意外そうな顔でルーマニアとの国名に反応した。いっぽう、妖狐は「……」と無言でチラリとホログラフィを見ていたが。
ここから、民話『スタンボロバン』の内容についてである――
――その昔、ルーマニアのあるところに、幸せに暮らしていた農家のスタン夫婦がいたのであるが、ある日、夫のスタンボロバンは妻が憂いている姿を見た。
「どうしたんだい? しおれた花のように?」と理由を聞いてみたところ、妻は、「私たちには、乳牛に農作物に蜂蜜と、確かに恵まれた暮らしをしている。だけど、どうして私たちには子供がいないんだい?」と打ち明けた。
それを聞いたスタンはさっそく魔法使いのところへ行って相談し、魔術をかけてもらったのであるが、その結果は驚くものだった。家に帰ってみると、確かに子供がいたのであるが、その数は四人五人の騒ぎではない……、いっきに百人ほどいたのである!
喜ぶ妻とは逆に、今度はスタンが頭を抱える羽目になる。「おいおい、こんな沢山いてどうするのだ?」と。しかし妻は、「多い分にはいいじゃない」と能天気に答えるだけである。
困ったスタンは決心し、子を養うために稼ごうと、国を困らせているドラゴンの退治に乗り出すことになる。
そうして、ドラゴンが登場するわけである。古今東西、現実世界異世界お馴染みの龍のアイツである。
スタンはドラゴンの城に乗り込んだのであるが、運が良かったことに、そのドラゴンが少しマヌケでショボいヤツであった。
そして、その城にて次のような場面が出てくる――
夜、城の窓を開けて、スタンは何かを手に構えながら月夜を眺めていた。
「おい、何をしている?」と、不思議に思ってドラゴンが尋ねてみたところ、スタンからは、「月が邪魔だなぁ……。棍棒を投げようと思ってるんだが、月が邪魔でしょうがない」との答えが返ってきたのである。
これを聞いてドラゴンは仰天し、月を破壊されてはたまらないと慌て、「とんでもない! お前は棍棒なんか投げなくていいんだ!」と、スタンの投てきを制止した。
これはもちろん、スタンのハッタリである。ドラゴンはスタンのことを、おっかない力を持った危ない男だと勘違いして恐れてをなし、スタンはそれを利用して、城から金塊を奪うことに成功するのである――
と、ここまで読んで、
「――確かにここ、月に棍棒を投げるって、直球すぎんか?」
松本は思わず驚いた。
本当にド直球に、確かに『棍棒を投げようと思う』と、主人公ことスタンボロバンが話している記述があるのだ。
これは、何かの偶然か……?
とりあえず、それは一旦おいて、さらに話は次のように続く――
城でのスタンのハッタリに、ドラゴンは母子ともども騙されてしまい、城の金塊を奪われてしまった。
当然、ドラゴンは後から騙されていたことに気がつき、怒ってスタンの家へと復讐に向かった。
だが、そこでドラゴンはまたしても恐怖することになる……
スタン家に飛来したドラゴンは仕返しに躍起になっていたが、恐ろしい光景を見た。
そこには、100人ものスタンの子息が空に向かってフォークやナイフを構えていたのである。すなわち、彼らはドラゴンを、まるでご馳走の肉でも来たように狂喜乱舞して迎えていたのである!
ドラゴンはこのシュールで狂気的な光景にゾッとし、観念して退散してしまう。
その後、スタン夫妻と子息たちは金塊とともに幸せに暮らしましたとさ――と、昔話のテンプレ的ハッピーエンドで話は終わる。
――とりあえす、ここで物語を確認し終えた。
「うーむ……、内容はこういったところか。まあ、民話や伝説というのものは、時に暗号のようなものだ。ドラゴンの物語、百人の子供たち……、これらは龍の一族を、人間を超越した者たちの集団を暗示している可能性もあろうな。あくまで可能性だが」
「龍の一族とは、アヌンナキとかか?」
可能性として話す定祐と松本が言葉を交わす。
なお、アヌンナキとはオカルト筋に出てくる超古代文明の宇宙人的なアレである。そのような単語が当たり前のように会話に出てくるのが、この怪奇界隈らしいといえば怪奇界隈らしい。
「まあ、そうだな……、そう言った超文明的存在であれば、月まで投てきできて、かつ破壊することも可能な棍棒も作ることはできるかもしれんな」
「すると、定祐先生はそのアヌンナキや龍の一族みたいな人たちが、この『棍棒を投げる会』に関係してる、って考えてるんですか?」
「いや、適当に言ってみただけだが」
「ちょ、適当て……」
上市がまさかの答えにガクッとなる。
いやいや、何かそれっぽい感じで話していたじゃないか、とつっこみたくなるも、
「――まあ、とは言えそんな仮説でも充分かもな。棍棒を投げる会について何もつかんでない状態から、キーワードだけで辿りつけるのはこれくらいでもいいかもな」
と、松本は案外納得しているようだった。
確かに、調査モノでは、例えば殺された遺体などを始点として、様々な証拠を蒐集してから仮説をたてるのだろうが、あいにく今回の自分たちは違う。
『棍棒を投げる会』がハッキングして行った放送と、“月に棍棒を投げる”といったキーワードくらいしかない。そこから日本や世界広しと情報を蒐集したのである。これは情報技術と妖狐の妖力の合わせ技の賜物だろう。
また、話を進めていく。
「ちなみに……、ああ、出てきたぞ」
妖狐・神楽坂文が今度は何やら城のホログラフィを映しだした。
海原のように広がる森の中、白塗りのやや丸みを帯びた感じのフォルムに赤屋根の古城――
「あっ、城ですか?」
上市が率直に口にした。
確かに城であるが、樹海に佇むその古城はどこか不気味な雰囲気があった。
夜ともなれば、それこそ悪魔であったり吸血鬼とかが出てきそうな、怪しい古城……
すると、
「これは、アレか――」
「ああ、ドラキュラ伯爵のモデルとなったウラド三世で知られるブラン城だ」
ピンときた松本に、妖狐はご名答と答える。
ブラン城――
ルーマニアの中腹、トランシルバニアにある古城である。
なお、その当時の領主のウラド三世は串刺し公との異名を持ち、侵略者は串刺刑にかけることはおろか、串刺しにした遺体を並べて晒し、徹底に見せしめにするという狂気で恐れられていた。まあ、これもよく知られるようになった雑学であるが。
「ブラン城ですか、確か、何かで聞いたことあります。競売に出されたとか出されてないとかでしたっけ」
黒桐が思い出したように松本と零泉に話を振るが、
「……」
「……」
「す、スルーですか!?」
悲しいかな、松本と零泉は一瞥したかと思うと、何も言わずにスルーするだけであった。
そんな茶番はさておき、
「ちなみに、このドラキュラとは“ドラクル”……“龍の子”という意味があるそうだ」
「うむ……?」
「……」
そう話す妖狐の言葉に、定祐と松本は意味深にゆるりと振り向いた。
「このドラキュラ城で、真偽は定かでないが、その昔、ある事件があったそうだな……」
妖狐はそう言いながら、これまた古文書を表示させた。
こちらは、おそらく当時のルーマニア、ワラキアの記録であり、それによると次のような事件があったとのことである――
某日、晩秋の満月の夜のこと。
ブラン城の内外は騒然としていた。一人の暴漢が現れ、彼は酔狂か悪魔に取りつかれたように暴れていた。
警備は男を追うも、男は超人的な身体能力で逃げ回り、城の屋根へと飛びのった。
警備たちも何とか屋根の上にのって追おうとしたところ、男は月に向かって何かを構えた。
男が構えたものは棍棒であり、男は大きく振りかぶると、それを月に向かって投げた。
棍棒は凄まじい速度で月に向かって飛ぶが、あわや月に命中することはなく爆発し、夜空に怪光が目撃されたとのことである。
なお、その際の反動か呪術的なものによるのか不明であるが、男は屋根から落ちて死んでいたと、記録にはあったが……
――と、以上が古文書に記されていた記録である。
「はぁ……。そんな記録あったのか? てか、これ本当のことなのか?」
松本が半信半疑そうに顔をしかめる。
「ちなみに、欧州支部のデータベースにはないですわ。何か、ありそうなもんですけど」
零泉がVR空間で欧州支部のデータベースにアクセスして確かめた。
怪奇調査機関とは日本を含め、昔の怪奇的な事案の膨大なデータベースを持っており、引っかかるような気がしていたが……
「はぁ……。とりあえず、ここまで調べて、“それらしき棍棒”と一族、もしくは集団が存在するかもしれないということは分かったか……」
松本はため息交じりにも、一旦まとめるように言った。
また、続けて松本は、
「ちなみにだけどさ、もし、月に投げる棍棒ってのがあるとするとどんなものだと思う? 魔動力を用いたものか、超文明的な技術が用いられているのか? もし、龍の一族、アヌンナキ的な集団が関係していたとしたら、この棍棒には超科学的な力があっても不思議ではないのか?」
と、あくまで仮定交じりにだが、定祐たちに聞いたみる。
「超科学的な力って、SFにでてくるようなものかね?」
「まあ、反重力とか反物質とか、そう言った類かな……」
定祐と松本が言葉を交わし、イメージを具体的にしようとする。
“反重力”、“反物質”とは、いかにもSF好きや物理好きが好きそうな単語である。
そのように話す松本や定祐たちの傍らで、妖狐は何やら書いていた。小さい紙に、縮こまったようにして。
「何書いてるんだ、おい?」
「――ああ、これか」
定祐が声をかけると、妖狐は書き終えたものを見せた。
風に吹かれたらひらひらと飛んでいきそうな小さなメモ用紙に、細かく文字や数式の様なものが書かれてあった。
「何、これ……?」
松本がジッと目を細めてながら読もうとした。
「何とは? 分からぬか? やつらの棍棒に用いられていると思われている技術とその数式だ。反重力発生回路と、反物質生成・保持回路に関する数式だ」
妖狐は答える。
どれどれと、他の者たちも皆して寄って、細かく書かれたメモ用紙を覗きこんでみる。
「「「「「……」」」」」
一同、ジッと目を凝らして読もうとした。
びっしりと書かれた数式と文章――
それらは、まるで米粒にでも書かれた写経のように、極めて小さかった。
「何だ、そんなものも読めぬか? 滓ども」
呆れる顔の妖狐に、一同つっこんだ。
「「「「「いや、ガチで字が小さすぎて読めないんだが……」」」」」
──続く




