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■■ 間章 ■■
哲学者ニック・ボストロムは、我々がシミュレーションの中に生きているという可能性を追求した。彼の主張を簡単にまとめると次のようになる。
ⅰ: 何らかの文明により、人工意識を備えた個体群を含むコンピュータシミュレーションが構築される可能性がある。
ⅱ: そのような文明は、そのようなシミュレーションを(娯楽、研究、その他の目的で)多数、例えば数十億個実行することもあるだろう。
ⅲ: シミュレーション内のシミュレートされた個体は、彼らがシミュレーションの中にいると気づかないだろう。彼らは単に彼らが「実世界」であると思っている世界で日常生活を送っている。
**『シュミレーション仮説』(Wikipedia)より
■■ 8 ■■
ここで、少し違う方面に目を向けてみることにする。
世間ではハロウィンに向け、相変わらず“月に棍棒を投げる会”の話題がニュースやネットを賑わしていた。
その一場面、肩書様々なコメンテーターを交え、
『――しかし、“月に棍棒を投げる会”って、ねぇ……。何か、ハロウィンにちなんだ悪質なイタズラじゃないんですかね』
『まあ、その可能性はありますが、とは言ってもですよ! 国家スケールのイタズラですよ! これ!』
などと紛糾しながらも、結局とくに具体的に今回の騒動を起こしている“棍棒を投げる会”なる組織について、明らかになることは一切なかった。
また、司会の女が次に進める。
『……では、次です。もし、月に棍棒が投げられ、破壊されたとしますと、こちらのようなことが起こると予想されます――』
そこから先は、センセーショナルなフリップボードに、専門家とされる方々やタレントがああでもないこうでもないと話すという、情報番組お決まりの不毛な展開が続くことになるのであるが――
*****
続いて、こちらはそのような表向きの世間とは違い、裏の方である。
“棍棒を投げる会”については、ハッカー集団や外国によるサイバー攻撃の可能性として追跡調査中と発表しておきながらも、政府中枢では防衛、警察、特務機関を集め、秘密裏極秘に調査が進められていた。
首相、大臣に黒服の者たちが逐一報告をし、討議する。
「――それで、“月に棍棒を投げる会”というのは本当に存在するのかね」
「……ええ、残念ながら、恐らく、この“棍棒を投げる会”は実際します。彼らがいう、棍棒が月に命中したらが破壊されるというのも冗談ではないでしょう」
深刻な面持ちをする首相に、黒服の特務官が答えた。
また、他の重鎮たちも、
「……」
「何と……」
と、絶句していた。
「それで、どうするのだね? ハロウィンまで、もうそんなに時間がない……!」
「すでに、怪調への調査協力を要請しています」
再び険しい顔で尋ねる首相に、特務官が答える。
「か、怪調……」
「……!」
特務官から出た“怪調”、すなわち“怪奇調査機関”との単語に、場がざわついた。
「怪調……。あの、怪奇調査機関か……」
「ええ。それと、その怪調は“彼ら”にも……、“彼”にも調査協力を依頼したとのことです」
「“彼”だと……?」
「ええ、こちらのデータを――」
特務官は言いながら、“ある資料”を見せた。
“妖狐・神楽坂文”に関する極秘のデータベース資料――
まるで、ゴルゴ13ことデューク東郷のように、この妖狐も日本をふくめて世界各国の機関にその存在をマークされていた。
ちなみに、その資料の中の写真であるが、妖狐・神楽坂文を隠し撮りした写真が写されていた。写真の中の妖狐は何やら戦闘機に――それもすっかり旧式になって久しい、“空飛ぶお爺ちゃん”との愛称で親しまれているF4ファントム戦闘機に搭乗しており、しかもその服装はというと大正時代の女学生姿に、かつノーヘルでカメラ目線でドヤ顔しているという舐めくさったものであった。
「本当に、こんな妖狐がいるんですね……」
「しかも、何? このカメラ目線? 若干腹立つんだけど」
若手の黒服特務官たちも交えながら、妖狐の写真に場が何とも言えないシュールな空気になっていた。
*****
またいっぽう、今度は投げ手たちのことである。
日本国内、場所は別々に――、年齢、性別、その経歴も違うものたちが“委員”によって投げ手に選ばれていた。
ある者は、投げ手として適任であろうか、元スポーツ選手で、今は地方のジムで働いている男であったり。
またある者は、都内のオフィス街が働くOLであり、ラーメン屋に行った帰りに委員より選出されたり、と――
彼らも、突然投げ手に選出されて困惑したり、またある者は兆ドル単位の天文学的な賞金に熱狂したりもしていた。
それはちょうど、“この男”、月野ヒロシも同じであった――
月野は田舎で建築関係の職人をしていたが、ここ最近は仕事にも家庭にもうんざりし、妻子がいるにもかかわらず仕事をサボり続けて職場をバックれ、パチンコやギャンブルに金を溶かすという典型的な破滅パターンの最中であったのだが……
「へっへっへ……。兆ドルの賞金か……」
目に大きなクマができながらも、恍惚交じりの不敵な顔で、パーカー姿の月野は笑っていた。
へっ! まさか、俺が投げ手に選ばれるなんてな。やっぱ、“持って”んのかなぁ、俺って……!
月野は思い出しながら興奮していた。
先日、閉店間際までパチンコに入り浸り、いつものようにムシャクシャしながら車に乗ろうとしたとき、月野は突然声をかけられた。
声の主は妖しい気配の女であり、突然のことに月野は驚き不思議がりながらも、女からこう告げられた。
すなわち、女は“月に棍棒を投げる会”の委員であること。そして月野は投げ手の一人に選ばれたのであり、棍棒を渡し、“投げる会”が定める条件でハロウィンの夜に投げるように、とのことであった。
さて、そんな月野は夜の街を車で走っていた。
「ふぅ……、いちおう、下調べしとかねぇとな」
月野は呟いた。
スポーツだったり、何かを投げるなんて運動をするのは、社会人になってからは草野球の助っ人に呼ばれたとき以来か?
「――しかも、投げるのは棍棒だしな……。それも、超高層ビルの屋上からなんて、めんどくせえ制約だぜ!」
月野はやれやれと、ひとり愚痴る。
しかし、一世一代というか、大逆転をかけた博打のようなものだ。
気は抜けない緊張感の中、棍棒は後部座席の下に分かりやすく置かれてあるという緊張感のない行動――
月野は後ろを走る車には、気がつく由もなかったが……
──続く
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