第十話 七瀬の安全確保は、だいたい安全じゃない
写真部のロケハンで、僕と副部長、ナールの三人は駅前の再開発エリアに来ていた。
春の展示用に、街の風景を押さえておく。
そういう名目だ。
でも実際には、副部長が言うところの
「歩いてれば何か撮れる」
という、わりと雑な思想である。
駅前では工事が続いていた。
カラーコーン。
バリケード。
仮囲い。
休日の人通りも多い。
その少し向こうで、ざわつきが起きた。
「……何だ?」
僕が顔を上げる。
工事現場の脇で、男が二人、若い女性に絡んでいた。
いかにも面倒な感じのチンピラだ。
通行人が距離を取っている。
スマホを向ける人もいる。
でも誰も近づかない。
僕が一歩出ようとした、その時だった。
「下がって」
静かな声。
振り向く。
七瀬だった。
休日なのに制服姿。
相変わらず無駄に整っている。
「……七瀬さん?」
「生活安全補助巡回」
短い返答。
絶対それ以上のものを含んでいる気がする。
男の一人が七瀬に気づいて笑った。
「何だよ、またロボか?」
七瀬の目が、ほんの少しだけ細くなる。
「警告します」
いつものトーン。
冷静で、綺麗で、少し怖い。
「対人威圧行為、進路妨害、迷惑防止条例に抵触する可能性があります」
「うるせえよ」
男が一歩踏み出した。
その瞬間。
七瀬の足元にあった工事用ポールが、ふわりと浮いた。
「うわっ」
僕の声が漏れる。
次の瞬間。
ポールが男の足元すれすれへ、正確に突き刺さる。
コンクリートに、かん、と乾いた音。
男が飛び退く。
七瀬は無表情のまま。
「これは攻撃ではありません」
また始まった。
「進路誘導です」
「進路誘導!?」
僕が思わず叫ぶ。
ナールが横で淡々と言う。
「合法ギリギリですね」
「ギリギリすぎるだろ!」
もう一人の男が逆上して、近くのバリケードを蹴った。
その瞬間。
七瀬が動いた。
華麗だった。
まるでヒーローものみたいに。
工事用の三角バリケードを片手で持ち上げ、男の前に滑り込ませる。
どん。
逃げ道を塞ぐ。
次にカラーコーンが飛ぶ。
頭上五センチ。
完全に当てない。
でも、絶対に逃がさない。
「うぉおおお」
気づいたら声が出ていた。
「かっけえ……!」
七瀬の動きが、一瞬だけ止まった。
こちらを見る。
ほんの少しだけ。
ほんの少しだけ。
表情が揺れた。
「……そう」
声がいつもより低い。
でも。
たぶん悪い意味ではない。
男たちは完全に怯えていた。
「な、何なんだよお前」
七瀬は静かに言う。
「安全確保です」
「それ安全なのかよ!」
僕がまた叫ぶ。
ナールが横からぼそっと言う。
「竹内さん」
「何」
「私は一度もそう言われたことがありません」
「今そこじゃない!」
副部長が吹き出した。
「ナール、張り合うところ違うわよ」
七瀬はそのまま男たちを見下ろした。
「次に威圧行為を継続した場合」
「心理的制圧レベルを上げます」
「何だよそれ!」
男たちは完全に戦意喪失し、そのまま逃げるように去っていった。
周囲から、少し遅れて拍手が起きる。
助けられた女性が何度も頭を下げている。
七瀬は軽く頷くだけだった。
僕は思わず駆け寄った。
「……すごいな」
「……」
「いやマジで」
「……」
「ヒーローじゃん」
七瀬が目を伏せた。
その横顔が、ほんの少し赤く見えたのは、夕方の光のせいだろうか。
「当然」
そう言う。
耳元の髪を払う仕草が、少しだけ照れているようにも見えた。
副部長が横から小さく笑う。
「竹内、わかりやすいわね」
「何がです?」
「かっこいいもの見ると素直」
言い返せない。
ナールが追撃する。
「人物相手にもそれができれば」
「やめろ」
その時。
駅前の大型ビジョンにニュース速報が流れた。
『全国各地で黄金の鳩、大量発生』
さらに。
『UFO群、都市部上空で同時確認』
見上げる。
空に、銀色の点が七つ。
ゆっくり降下していく。
僕は思わず言った。
「……また雑草取りかな」
副部長が吹き出す。
七瀬が小さく息を吐く。
ナールだけが真顔で。
「可能性は高いです」
と答えた。
この町の異常も。
僕たちの日常も。
もう、どこまでが普通で、どこからが異常なのか、少しずつわからなくなってきていた。




